私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
52 / 82
本編

ヴェネリーア島-9

しおりを挟む
 約束の二日が経ち、奏澄とアントーニオはレオナルドの元へ向かっていた。勿論、メイズも共に。
 色々あったので、修理品を引き取るだけだし来なくて大丈夫だとやんわり伝えたのだが、当然のように却下された。
 気まずい時間を過ごしながらも、三人はルーナブルーへ到着した。

「こんにちは」

 中に人影が見えたので、奏澄は一声かけて、そのまま扉を開けて中へと入る。続いて、アントーニオとメイズが入り、メイズは前回と同じく入口近くで立ち止まった。

「ああ、いらっしゃい」

 答えたレオナルドは、店内の掃除をしていた。

「……あれ?」

 違和感を覚えて、奏澄は店内を見回した。陳列してあった商品が、一つも無い。

「頼まれてた品ならそこね。金貰ってないし、納品書無いけどいいよな」
「え、あ、はい。あの、お店どうしたんですか?」
「閉めるから、片付けた」
「え!?」

 奏澄は驚いて大きな声を上げた。アントーニオも目を丸くしている。

「どうして」

 このタイミングで閉店、と言われれば、奏澄が無関係だとは思えない。責任を感じてしまい、焦ったように奏澄が尋ねると、レオナルドは平然と答えた。

「あんたについて行こうかと思って」

 言われた言葉がすぐには飲み込めず、奏澄は目が点になった。

「荷物もまとめてある。工房の管理も職人仲間に頼んであるし、今日にでも出れるぜ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。展開が早すぎて、何がなんだか」

 こめかみに指を当てる奏澄を、おかしそうに見るレオナルド。

「元の世界に帰るための旅なんだろ? あんたが帰るところを、見たいと思った」
「……それは」
「別に、俺が向こうに行けるとは思ってないよ。あわよくば、覗けないかなくらいには思ってるけど」

 冗談めかして笑うレオナルドに、奏澄は笑い返せなかった。
 母親の故郷を、一目見たい。それが理由だとしたら、奏澄には断れない。
 
 いや。断れない、のではない。断りたくない。叶えたい。

「わかりました。歓迎します、レオナルドさん」

 しっかりと言い切って、奏澄は手を差し出した。

 これが同情でないとは、言い切れない。それでも、流されて、受け入れるわけではない。
 彼の母親に対する想いを。あの時の、震えた声を。縋る手を。覚えている。
 独りの怖さを、知っている。ここに彼を独りでいさせたくない。
 一歩踏み出すきっかけを、手助けできるのなら。

 奏澄の表情に、どこか眩しそうにしながら、レオナルドは手を握り返した。

「おい」
「いいじゃない。手先の器用な人は重宝するでしょ。船の修理も頼めるかも」

 レオナルドと握手を交わしながら、口を挟んだメイズに答える奏澄。

「自分で言うのも何だけど、結構便利だと思うぜ俺」

 レオナルドの台詞に、メイズは顔を歪めた。心情的には断りたいが、正当な理由が見当たらない、といったところか。

「そんなに心配しなくても、人の女に手を出すほど野暮じゃないつもりだけど」

 びし、と何かに亀裂が入ったような音が聞こえた。気がする。

「……そういうのじゃない」
「ああ、違うんだ。どっちかなーとは思ってたんだ。露店に来た時から、恋人っぽくはなかったもんな。じゃ、何も気にすることないわけだ」

 唸るように低く答えたメイズに、レオナルドは挑発するような調子で返した。
 その台詞の中に不穏な言葉が聞こえた気がして、奏澄は首を傾げた。
 くるりと奏澄に顔を向け、レオナルドが問いかける。

「あんたの船、恋愛禁止?」
「え? いや、特には。常識の範囲内で」
「そ。良かった」

 ――何が良かった……?

 何故そんなことを確認したのか。疑問符だらけの奏澄に対して、メイズの方は明らかに苛立っている。可哀そうに間に挟まれているアントーニオは何も言えずに冷や汗をかいている。

「危害を加えるなら容赦しないと、警告はしてある」
「危害なんか加えないさ。ちょっかいは出すけど」

 びし、という音が、今度こそ聞こえた。

「カスミ、こいつやめとけ」
「まぁまぁ。ラコットさんと似たようなもんだって」

 宥めながらも、奏澄もほんの僅かに後悔していた。ラコットとは違う、ということは薄々わかっている。
 おそらくレオナルドの場合は、奏澄に母親を重ねているのだ。しかし、それは奏澄が同胞だと気づいたからで、初対面からそうだったわけではない。つまり、顔貌や空気がサクラと似ている、というわけではないのだ。
 ということは、すぐにわかるだろう。全く別の人間だということも、その気持ちが一過性でしかないことも。
 だから大した問題にはならない、と奏澄は結論づけた。
 この時は本当に、そう思っていた。



*~*~*



「新しい仲間のレオナルドさんです。皆さん、よろしくお願いします」

 出航前、コバルト号の上甲板にて。奏澄はレオナルドを乗組員たちへ紹介した。
 メイズは文句ありげだったが、船長の決定には逆らえないので、レオナルドは無事たんぽぽ海賊団の仲間入りを果たした。
 ほとんどの乗組員は奏澄とレオナルドの間にあったことを知らないので、奏澄の連れてきた新入りということで、何の疑念も無く歓迎した。
 ざわざわとした出航準備の音を聞きながら、奏澄はレオナルドに向き直った。
 
「夜に歓迎会をする予定なので、自己紹介とかはそこで改めて」
「ああ、どーも」

 返事をして、まじまじと奏澄を見るレオナルドに、奏澄は居心地悪そうにした。

「何か?」
「いや、あんた本当に船長だったんだなーと」
「何だと思ってたんですか」

 ふくれる奏澄に、レオナルドは手を伸ばして髪をくしゃりと撫でた。

「拗ねるなよ」

 その声色に、手の感触に、奏澄は一瞬動きを止めた。 

「そうだ。なぁ、あとで船の中案内してくんない?」
「それはオレが案内してやるよ!」

 突如割って入った声に、奏澄は驚いた顔でその人物の名を呼んだ。

「ライアー」
「男同士の方が都合がいいだろ。わざわざがすることないし」

 圧を感じるライアーの態度は気になるが、正直助かったので奏澄はほっとした。

「うん。ありがとう、ライアー。お願いできる?」
「任せて。いろいろ、しっかり、教えておくから」

 やけに念を押すような言い方をするライアーに、レオナルドはさして興味もなさそうに「ふぅん」と漏らした。

「なんだ、船では普通に砕けて話してるんだ。なら俺もそうしてよ。名前もみんなレオって呼んでたし」
「船では、というか、相手によりけりで」
「俺がその方が嬉しいんだけど。だめ?」

 駄目か、と問われれば、駄目だと言う理由も無い。
 ずるい言い方だ、と思いながら奏澄は溜息を吐いた。

「わかった。わかったから、今はライアーの指示に従って。
「よーし、オレが船の仕事を教えてやるからなー!」

 自分よりも身長の高いレオナルドを引きずっていくライアーに、奏澄は苦笑しながら手を振った。

「またえらいクセの強そうな美形だね」
「マリ~……!」

 レオナルドがいなくなるのを見計らったかのように、マリーが現れた。

「なんかあったらしい、ということはエマとローズから聞いてるけど。詳しく聞いた方がいい?」
「夜に是非……!」
「オッケー」

 マリー自身も興味があるのだろう、楽しげに笑った彼女に、奏澄も自然と笑みを返した。
 大丈夫だ。今の自分には、頼れる仲間たちがいる。一人で不安を抱えることも、一人で立ち向かうこともない。
 自分の決断を、間違っていない、と思わせてくれる人たちがいる。
 
「よしっ!」

 顔を上げて、奏澄も自分の仕事に取りかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

処理中です...