私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
53 / 82
本編

青の海域-1

しおりを挟む
 船は無事に出航し、レオナルドの歓迎会もつつがなく終了した。というのも、ライアーを中心に一部の男性陣ががっちりとレオナルドを捕まえていたため、奏澄の方に来ることが無かったのだ。来れなかった、という方が正しい。
 酔い潰されるのではないかと奏澄は遠目から心配していたが、レオナルドも我が強いので、自分の意志はしっかり通していた。朝まで飲みそうな面子に引きずられることもなく、日付も変わる頃には部屋に戻ったようだ。レオナルドの部屋は相部屋なので、そのままゆっくり眠れたかどうかはわからないが。
 奏澄はマリーに愚痴をこぼしたり、ヴェネリーアで仕入れた酒の味見に付き合ったりしながら、楽しい時間を過ごした。

 しかし当然それでレオナルドが諦めるはずもなく。

 レオナルドは事あるごとにカスミに話しかけてきた。そしてそれを有志の乗組員が時々邪魔をする。
 何かを察知したらしいライアーと、それを聞いた数名の乗組員は「レオナルドをカスミに近づけない方がいい」と判断したようだった。しかし大半は「いい大人同士なのだから、行き過ぎた行為さえなければ当人たちの問題」という意見でいる。
 奏澄はもちろん後者に賛成なので、レオナルドとは適度に仲間の距離をたもっている。近づき過ぎはしないが、過度に避けたりもしない。
 メイズはと言えば、たまに視線を感じることはあるが、奏澄の言葉を気にしているのか何も言ってくることはない。奏澄の裁量に任せているのだろう。多少の信用は得られたのだろうか、と奏澄は少し安心した。

 この日も、上甲板で一休憩していた奏澄に、いつものようにレオナルドが声をかけた。

「カスミ。ちょっといいか?」
「レオ。珍しいね、髪下ろしてるの?」
「髪紐が切れちまって」

 いつもは後ろで一つに括られている黒の長髪が、今は背中に広がっていた。

「髪紐あるよ。貸そうか?」
「それもいいんだけどさ、良かったら簪の挿し方教えてくんない?」
「いいけど……レオが挿すの?」
「男が挿したらだめなやつ?」
「あ、ううん! そうじゃなくて。レオ、髪さらっさらだから……できるかなぁ」

 簪は癖毛の方が挿しやすい。細い髪や直毛は、髪がまとまらないのだ。
 レオナルドの髪を眺めながら唸る奏澄だったが、レオナルドは別段気にした様子もなく。

「ま、だめならだめで。やるだけやってみてよ」
「いいよ。じゃ、その辺座ってて。道具取ってくる」
「部屋行こうか?」
「それは無し」

 ちぇ、と軽く笑うレオナルドに苦笑を返して、奏澄は自室に向かった。
 軽口を叩いただけで、レオナルドも本気ではないだろう。よく話しかけてはくるが、強引な素振りは一度も無いし、過度なスキンシップも無い。奏澄の方も、二人きりにはならないようにしている。
 メイズはまるで奏澄が異性に対して全くの無頓着であるかのように言ってくるが、その実そんなことはない。レオナルドの件に関わらず、奏澄は以前から最低限の注意は払っている。それをレオナルドにも適応しているだけで、特別厳しくしているわけでも、逆に甘やかしているわけでもない。
 その最低限の基準が、メイズにとっては低すぎるのか、或いは偶然甘い場面ばかりが目に入っているのかはわからないが。

 鏡や櫛などを持って上甲板に戻ると、レオナルドが適当な木箱を椅子代わりに座っていた。

「お待たせ」

 一声かけて、奏澄は後ろに立った。レオナルドに鏡を二枚渡して、結っている間はそれを見ているように告げる。見づらくはあるが、これで後ろの手元も見えるはずだ。

「簪は?」
「これ」

 渡された簪は、シンプルな木製のものだった。一瞬サクラの簪を渡されたらと身構えた奏澄はほっとした。さすがに形見を扱うには自信が無い。

「じゃぁちょっと失礼して」

 レオナルドの髪を手に取り、軽く梳きながら一つの束にまとめ、捻じっていく。

「痛かったら言ってね」

 自分で挿す時は全く気にしないが、簪はかなりきつめに捻じり上げるし、挿す時も頭皮に当たる。下手をすると刺さる。そうでないと、少しでも緩めると簡単に解けてしまうからだ。
 人の髪をいじることなどあまりないので、どきどきしながら仕上げていく。

「よし、これでいったん……」

 まとまった、と思ったそばから、するりとほつれてしまう。

「うーん、やっぱりさらさらすぎる」
「難しい?」
「香油とかつけたらいけるんじゃないかな……。クリーム系のが良さそうだけど、何か持ってる?」
「いや。あんま髪とか気にしないし」
「手入れしなくてこれなんだ……羨ましい」

 羨望の眼差しで、奏澄はレオナルドの髪をすくった。どうして無頓着な人ほど高級天然素材を有しているのか。神は無慈悲だ。
 さらさらと流れる髪を手にして考える。奏澄の香油を使ってもいいが、それでもあまりしっかりまとまるとは思えない。今後レオナルドが自分でやるのだとしたら、本人が持っていない物を使うのもどうだろうか。

「ちょっと、変則的なことしてもいい?」
「お好きにどうぞ」

 許可を得たので、奏澄はレオナルドの髪を編んでいく。そのままだとするすると解けてしまう髪を編み込むことでなるべく束にし、髪紐で留めてぐるりと巻いて団子状にする。その根元に、簪を挿した。

「お母さんのやり方とは違うだろうけど……こういう感じなら、挿せると思うよ」

 今回は奏澄がやったが、レオナルド自身がやるならサクラの簪を使うのも有りだろう。もし今後簪を身につけたいのなら、結い方に拘るより、使える方法を提示した方がいい。

「……ああ。ありがとな」

 鏡の中のそれを、レオナルドは目を細めて見つめた。
 ひとまず気に入ってはいそうだ、と奏澄は胸を撫で下ろした。しかし、余計だった気がしなくもない。
 そもそもレオナルドは簪を販売していた。それを櫛のように挿すとも。結い方に拘らず、とりあえず挿せれば良いのなら、別に奏澄がやる必要は無かったのではないか。

「なぁ、カスミの髪でやってみてもいい?」
「へ!? な、なんで!?」
「俺の髪でできないなら、人の髪でやってみようと思って。俺の店でも売ってたし、客に説明できた方がいいからさ」
「ああ、なるほど」

 奏澄はあっさりと納得した。簪屋の店員は大抵他人の髪が結える。そこまで考えているかはわからないが、もし簪を布教させるなら、結えた方がいいだろう。
 だが、髪を触るという行為は、果たして簡単に許していいのかどうか。
 今までならこのくらいすぐ了承していたと思われるが、メイズから受けた注意もある。奏澄の脳内ジャッジが始まった。

 感覚的には、異性に髪を触れさせるというのはそれなりに特別な行為だと思う。美容院では男性に担当してもらうことも珍しくないが、あれはそういう職業だからだ。それを言い出せば、医者は体のどこにでも触る、ということになってしまう。
 では仲間に触らせるのはどうか、と言えば。奏澄を子ども扱いして頭を撫でる乗組員は一定数いる。ぐしゃぐしゃ、という効果音が似合うやり方だが。
 そして奏澄はライアーに髪をいじってもらったことがある。これは大きい。ライアーが良くてレオナルドが駄目な理由は何か、と問われたら、答えられない。
 厳密には、奏澄に好意を持っている可能性があるから、という理由はあるものの、確定ではないし、拒む理由にはしづらい。
 脳内ジャッジは「まぁいっか」の方へ軍配が上がった。

「いいよ。じゃぁ交代しよっか」

 奏澄は木箱に腰かけ、レオナルドが奏澄の後ろに立った。

「一応鏡見ておくね」

 奏澄は鏡を手にして、後ろ頭が見えるようにした。

「んじゃ失礼して」

 レオナルドの大きな手が、奏澄の髪をすくい上げた。
 するすると髪をまとめていく指は細く長く、繊細な作業に向いていそうだ。

「ほい。こんな感じ?」
「はや! ああうん、合ってる。さすが、器用だね」

 さすがは職人だと奏澄は感嘆した。一度やって見せただけで覚えて実践できるとは。
 ライアーもなかなかに器用だし、二人は実は話が合うのではないか、などと余計なことを思っていると。

 ちり、とうなじのあたりに何かが走った。

「……?」
「ん? 何、どうかした?」
「……いや、何も」

 思わずレオナルドを振り返ったが、特に変わりない様子だった。
 もやついた気持ちのまま簪を外そうとすると、レオナルドが制止した。

「せっかくなんだし、そのままつけときなよ」
「だってこれ売り物でしょ? 返すよ」
「やるよ。そのつもりで使ったんだし」

 レオナルドは微笑んでいるが、奏澄は困ったように眉を下げ、簪を引き抜いた。

「あ」
「ごめんね。知らないとは思うんだけど、簪を贈るのって、特別な意味があるから。受け取れないよ」

 レオナルドの手に返した簪は、海の色をしたとんぼ玉が付いていた。
 波間に光が反射するように、ちらちらと輝きが見える。硝子の中に粉か何か入っているのだろう。
 奏澄は目を伏せてそれを見た。
 綺麗だ。これが友達からのプレゼントだったなら、喜んで受け取っただろう。
 簪が特別な意味を持っていたのは昔のことで、現代では必ずしもそうとは限らない。まして、この世界では誰も知るはずもない。それでも、レオナルドから受け取るわけにはいかないと思った。

「ちぇ。プレゼント作戦は失敗か」
「気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」

 寂しそうなレオナルドに、奏澄は胸が痛むのを感じた。
 人の厚意を無下にするような行為は、奏澄にとっては負担だ。それでも、ここの線引きはしっかりしておきたい。
 この簪をつけて、メイズには会えないと思うから。

 レオナルドが他の乗組員に呼ばれたので、奏澄は道具を片付けに部屋に戻った。
 一人になって、ふと思い出し、うなじのあたりをさする。

 あの感覚は、どこかで。

 しかしほんの一瞬だったこともあり、気のせいだったかもしれない、と奏澄はそのことをすぐに忘れた。
 第六感を馬鹿にしてはいけないと、常々思っていたはずなのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

蝋梅
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...