私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
56 / 82
本編

玄武、襲来-2

しおりを挟む
 はやく。はやく。はやく。
 心に体が追いつかずに、足がもつれる。それでも、奏澄は止まることなく走った。
 レオナルドの言葉を聞くと同時に、反射的に体が動いていた。
 何の説明も聞かなかった。何が起こっているのかもわからない。ただレオナルドは『今すぐ』と言った。急がなければならない理由があるのだ。
 それだけで、充分だ。呼びに来てくれて良かった。

 ――レオナルドが、私を呼ぶことをためらわない人で、良かった。

 息を切らせて上甲板へ飛び出ると、真っ先に目に入ったのは眼前に剣を突きつけられたメイズの姿だった。

「メイズ!!」

 青い顔で叫ぶと、目を瞠ったメイズが声の方へ顔を向けようとした。
 しかし寸前に剣を突きつけている相手に何かを言われ、動きを止めた。

 メイズに釘付けになりそうな視線を何とか動かして、奏澄は甲板の様子を観察した。
 玄武海賊団の巨大な主船、ブルー・ノーツ号がコバルト号に横付けされており、玄武の乗組員がこちらの船に乗り込んできていた。
 当然全員ではないだろう、だが人数差は圧倒的で、ラコットたち戦闘員は玄武の乗組員に囲まれ身動きが取れないようだった。その内、ラコットだけは拘束されている。よほどうるさくしたのか、口まで塞がれていた。
 メイズの状況と合わせて考えると、おそらく戦闘はメイズが止めたのだろうと思われる。仲間がなるべく傷つかない方法をとってくれたのだ。
 ラコットはそれが納得いかずに暴れ、拘束されたのだろう。だが拘束に留まり、大きな負傷をしていないところを見ると、マリーの言った『人道的』という言葉はあながち外れてはいないのかもしれない。白旗は、最低限の役割だけは果たしたようだ。

 メイズと対峙している男は、鮮やかな水色の髪をしていた。四大海賊という言葉から連想される年齢よりは若く見えるが、貫禄がある。四十そこそこといったところか。背丈はメイズとそう変わらないが、体格はやや細身だ。しかし筋力はあるのだろう、彼の手にしている剣はカトラスではなく、ヴィーキング・ソードだ。重量のあるそれを、全く剣先をぶれさせることもなく片手でメイズに突きつけている。
 服装には飾りが多く、格好だけなら軟派な印象を受ける。しかし今は身が竦むほどの威圧感を発しており、一目で強者だとわかった。おそらく、彼が玄武の船長、キッドだ。
 彼の左横には、一回り大きな体格の男が並び立っていた。片目に眼帯をしたその男は、憎しみを込めた隻眼でメイズを睨みつけていた。

「嬢ちゃん」

 よく通る声で呼ばれて、心臓を跳ねさせた奏澄は、恐る恐る声の主を見た。

「アンタが、この船の船長だったよな」

 メイズから視線を外さずに問いかけるキッドに、奏澄は固唾を呑んだ。
 覚悟を決め、自分を鼓舞するように強く声を発する。

「そうです。私が、たんぽぽ海賊団船長の奏澄です」

 言いながら、慎重にキッドの元へ歩を進める。
 自分から団名を名乗ったのは初めてかもしれない。今奏澄は、海賊としてこの男と向き合わねばならない。

「カスミ、来るな」
「おっと、喋っていいとは言ってねぇぜ」

 奏澄を止めようとしたメイズは、キッドに黙らされた。
 止められても行くつもりだった奏澄は、歩調を緩めることもなく真っすぐ進み、メイズの右隣に並び立った。
 キッドを睨み上げるようにすると、瞳孔の開いた豹のような目と視線がかち合い、ぞくりと寒気が走る。

「アンタが、今の飼い主か」
「その言い方は不愉快です。メイズはこの船の副船長で、私の護衛です」

 明確な敵意を向けた言葉に、メイズは驚き、キッドは口笛を吹いた。
 温厚な性格の奏澄は、他人に敵意を向けられることも、向けることも苦手としている。
 しかし、自分の大切なものが危険に晒されているとなれば話は別だ。人道的かどうかは関係が無い。
 仲間への気持ちがあるからこそ。奏澄はこの世界に来て初めて、相手を『敵』と認識し、争う姿勢を見せている。

「へぇ、そんなナリでも海賊の女だな。気が強い」
「話をする気があるのなら、まずは武器を収めてもらえませんか」
「そいつは無理な相談だ。コイツの早撃ちを知ってるか? 抜かれたら困るんだよ」

 抜く気があるのなら、もっと早くにそうしているだろう。
 今こうしている時点で、メイズは戦意が無いことを示しているだろうに。
 そうは思ったが、奏澄が出てきたことで予定は狂っているのだろう。奏澄に危害が加えられる可能性がある今、メイズがどう動くかわからない。

 奏澄は剣先が触れないように気をつけつつ、メイズの右腕にしっかりと抱きついた。
 その行動に、キッドは虚をつかれたようだった。

「だったら、私はこのままメイズから離れません。利き腕が使えないガンマンなんて、玄武の船長にとっては恐れるに足りないでしょう」

 キッドは睨みつける奏澄を面白そうに眺めて、

「ソイツ両利きだから利き腕あんま関係無いけどな」
「!」

 言われて、奏澄は咄嗟に顔が赤くなった。そうだった、メイズは二丁使いだった。でも普段の生活では右利きのようにしていたから、てっきり右利きなのだと思い込んでいた。

「か、片腕封じただけでもハンデでしょう!」
「ま、絵面が面白いから良しとするかぁ」

 顔だけは笑いながら、キッドは剣を下ろした。しかし、鞘に収めることはせず、いつでも振れるようにしている。依然として厳しい目に、奏澄は抱きつく力を強めた。

「それで、あなたは何の用でうちの船に来たんですか」
「黒弦のメイズが移籍したって聞いてな。新しい海賊団がどんなか様子見と、ついでにメイズに落とし前つけてもらおうかと」
「落とし前?」
「コイツの目の、な」

 そう言ってキッドが指し示したのは、隣に立つ隻眼の男だった。

「……彼の目を、メイズが?」
「そうだ。殺されてるヤツもいるから、目だけで済ますか、命を取るかを審議中ってところだ」

 奏澄は息を呑んだ。
 殺した。メイズが。この人の、仲間を。

 薄々、わかってはいた。人の命を奪える人だということは。
 それでもこうして、被害者がいざ目の前に出てきてしまうと、足が竦む。
 恨まれて当然だ。正当な理由も無いかもしれない。正義は向こうにあるかもしれない。
 それでも。

「メイズは、この船の要です。彼が死ねば、私も死にます。容認できません」

 わかってしまった。自分が、存外善良な人間ではなかった、ということが。

 殺された人は気の毒に思う。でも、海賊同士の戦闘だ。命のやりとりがあることは織り込み済みだろう。
 無暗に乗組員に危害を加えていないこの状況を見れば、玄武の側は道理を弁えている。わざわざ報復行為に来たということは、黒弦の側に非があったことは想像に難くない。単なる戦闘以上のことがあったのかもしれない。奪わなくて済む命も、あったかもしれない。
 だがそれらは過去のことだ。今更、取り戻すことはできない。黒弦という集団に問題があったのなら、メイズ一人が責を負うことでもない。玄武もそれがわかっているからこその『審議中』なのだろうが。
 できる範囲の行動で謝罪を示せるなら協力もするが、メイズの命を捧げても、被害者の気が済む、以上の償いにはならない。

 、メイズは渡さない。

 奏澄の優先順位は、はっきりしていた。
 世界中を敵に回しても。どんな理由があっても。誰から非難されたとしても。
 奏澄にとっては、自分の世界を守ることが、何よりも優先される。
 誰もが納得できる結末が用意できないのなら、他者を傷つけてでも、自分の主張を押し通すしかないのだ。

 奏澄は自分自身の熱に驚いていた。かつて自分が傷つけられて、ここまで怒りを感じたことはなかった。やむなく誰かと争えば、敗者となるのは仕方のないことだと諦めていた。
 だが大切な人を失うかもしれないとなった時。自分が間違っていたとしても手段を選ばないものだと、初めて知った。
 絶対に退けない。負けられない。この命をかけてでも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...