私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

白虎、邂逅-1

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 コバルト号船内、食堂にて。
 こほ、という小さな咳を耳にして、メイズは音の方へ視線を向けた。
 それに気づいたのはメイズだけではなく、近くにいたアントーニオが奏澄に声をかけた。

「カスミ、大丈夫? 喉痛い?」
「んん、大丈夫、です。なんかちょっと、乾燥して」
「この辺砂っぽいもんね。喉にいいお茶淹れよっか」
「わ、ありがとうございます」

 咳払いをする奏澄に、アントーニオは湯を沸かす準備を始めた。奏澄は喉を気にしながらも、朝食後の片付けを続ける。
 船内の食堂には他にも数人乗組員がいたが、咳をしているのは奏澄だけだった。このくらいで影響が出るものか、とメイズは眉を寄せた。

 コバルト号は、金の海域へ入っていた。
 今後の進路を決めるにあたり、玄武海賊団の船長キッドの発言を受けて、白虎海賊団の船長エドアルドにコンタクトを取れないか、という話になった。今現在、白虎がどこを航海中なのか、正確な情報は不明だ。ひとまず金の海域に入り、いくつかの島で情報を集める方針となった。
 金の海域は、他の海域に比べて島が少ない。加えて、島の大きさと人口の多さが比例せず、海域の情報に疎いと栄えている島に辿り着くことも難しい。
 その原因は、金の海域が乾燥帯であるからだ。砂漠が多く、小さな島ではオアシスが存在せず、無人島となっていることも少なくない。大きな島に見えても、砂漠地帯が広ければ街は小さい。全てはオアシスに左右される。
 過酷な環境に置かれることの多い海域において、支援活動を行っているのが白虎海賊団だ。四大海賊が義賊とも言われる所以は、元は白虎にある。設立は最も古く、船長のエドアルドも六十近い。セントラルの一強状態だった世において、切り捨てられることの多かった金の海域を守るため、レジスタンスとして活動したのが始まりだ。
 その成り立ち故、残虐性の高い黒弦との相性は非常に悪い。メイズは白虎と直接の面識は無いが、交渉の場には出ないつもりでいる。当然この船にメイズがいることは向こうも把握済みだろうが、奏澄と直接話をすれば、大事になることは無いだろう。

 現在航海している場所は、近くに島は無いはずだが、この海域はどこも風で砂が運ばれ、空気が全体的に乾燥している。耐性が無いと、体に影響が出やすいのかもしれない。
 これまで奏澄は大きな病にかかったことは無く、特に体が弱いという印象は持っていない。しかし、玄武との一件で奏澄はかなり消耗していた。船旅も長くなっている、疲労も蓄積されていることだろう。ここの気候は、お世辞にも体に良いとは言えない。
 早めに目的を済ませてこの海域を抜けてしまいたい、と咳を続ける奏澄を見てメイズは思った。

 それが、朝のことだった。



 昼を過ぎて暫く。メイズはおかしい、と感じていた。奏澄の姿を、全く見かけない。
 常時見張っているわけではないが、普段ならあちこち移動していたとしても、視界には入る。どこかの部屋に篭っている可能性もあるが、それなら居場所を伝えているはずだ。
 やけに気になって、メイズは通りがかりのライアーを捕まえた。

「カスミを見てないか」
「え? カスミなら、倉庫のロープを日干ししてたと思いますけど」
「甲板にはいなかった」
「じゃ倉庫の方じゃないですか? なんか急ぎの用です?」
「いや、そういうわけじゃないが」

 言葉を濁すメイズに、ライアーは呆れたように半眼でメイズを見上げた。

「メイズさん。常に居場所を把握しようとすんのは束縛ですよ」

 束縛。そんなつもりは毛頭なかったが、メイズは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
 あまり褒められた行動ではない、ということくらいわかる。

「女の子には一人の時間も大事なんですよー」

 言い残して、それじゃ、と去っていくライアーの背を何とも言えない感情で見送る。
 自船の中で何があるということもあるまい。気にするのはやめよう、とメイズは溜息を吐いた。



 いよいよ違和感が強くなったのは、夜。夕食の時間が過ぎても、カスミは姿を見せなかった。
 普段なら、アントーニオを手伝っているはずだ。メイズは厨房のアントーニオに声をかけた。

「アントーニオ」
「えっ!? あ、メ、メイズさん」

 挙動不審なアントーニオに、メイズは片眉を上げた。これは絶対に何かある。

「カスミはどうした」
「え? さ、さぁ……ぼくは、知らない、かなぁ」

 明らかに目が泳いでいる。隠し事が下手過ぎて不安になるが、今は好都合だ。

「カスミは、どうした」

 メイズは圧をかけて詰め寄った。だらだらと冷や汗をかいたアントーニオは、観念して口を割った。

「じ、実は……」



*~*~*



「カスミ!!」

 メイズがノックも忘れて奏澄の自室のドアを開けると、奏澄は奇妙な悲鳴を上げてベッドに潜った。

「何!? なんで!? 何事!?」
「熱は」

 すっぽりと頭まで毛布に包まる奏澄に、メイズは顔色を見ようと毛布に手をかけた。しかし、奏澄がそれに抵抗する。

「誰だメイズに告げ口したの……!」

 それを聞いて、メイズは大げさに溜息を吐いた。憎まれ口を叩ける程度には元気らしい。

「むしろ何で隠せると思ったんだ」

 奏澄の部屋はメイズの部屋の隣だ。夜になれば、自然と気づいただろう。何故そういう無意味なことをするのか。

「薬飲んだし、夜までには回復するかもと、思ったの」

 毛布の中からもごもごと返す奏澄に、メイズはベッドの端に腰掛けた。

「いつからだ」
「昼前くらいから……風邪だったら移すと大変だし、部屋に引きこもってた」

 昼前。ということは。

「あの野郎……」

 平然と嘘を吐いたライアーの顔を浮かべて、メイズは低く零した。名は体を表すとはよく言ったものだ。

「誰か知らないけど、怒らないでよ。私がメイズには黙っててって頼んだの」

 奏澄が、毛布から僅かに顔を出した。こんな時でも、他人の心配ばかりする。

「何で俺に隠す」
「だって……色々、あったし。あんまり心労かけたくなくて」

 色々、とは、玄武のことを指しているのだろう。あの件で一番疲弊したのは、奏澄のはずだ。それでも、メイズがそのことで自分を責めるのではないか、と危惧したのだろう。
 言いたいことはあるが、この件に関しては深掘りすると堂々巡りになる。今は奏澄の体調が優先だ、とメイズは思考を切り替えた。

「熱、下がらないのか」

 少しだけ開いた毛布の隙間から手を入れて、奏澄の首元に手を当てた。

「ひぇっ」
「……熱いな」

 その温度に、メイズは顔を顰めた。普段の体温からすると、かなり高い。

「なんで、首」
「体温を測るなら、血管の太い場所じゃないのか?」
「普通、手を当てるなら額、だと思う」

 そういうものか、とメイズは手を引っ込めた。

「今夜はこっちの部屋にいる」
「え、ダメ」

 即座に否定されて、メイズは思わず黙った。何故か、断られるとは思っていなかった。そして、そう思っていた自分に動揺した。

「同じ部屋にずっといたら移るでしょ。マリーたちがたまに様子を見にきてくれるから」
「夜中に何かあったら」
「呼ぶから、大丈夫。いられた方が気になる」

 そう言われると、居座るとも言い辛い。言葉だけなら遠慮しているとも取れるが、なるべく顔を見せないようにしている姿からしても、今回は本当にいられたくないと見える。ライアーにも小言を言われたばかりだ。心配ではあるが、本人の気が休まることが一番だろう。

「わかった。いいか、何かあったらすぐに呼べ。壁を叩けば、来るから」
「うん、ありがとう」

 少しだけ覗かせた顔が、力無い笑みを作った。顔を完全に出さないのは、やはり見られたくないのだろう。これ以上ここにいない方が良さそうだ、と判断して、メイズは部屋を出た。
 
 ドアの前で、メイズは奏澄の首元に触れた手を、じっと見た。
 薬は飲んだと言っていた。なのに、あれほど熱が下がらないものか。
 いつかのレオナルドの話が、蘇る。異世界から来た、彼の母親だけが、薬が効かなかった。
 嫌な予感がして、じりじりとした焦燥感が襲う。
 そんなはずはない、とメイズは首を振った。すぐに、治るはずだ。そうでなければ。
 そうでなければ、自分は。
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