63 / 82
本編
白虎、邂逅-3
しおりを挟む
「ちょっと、メイズ!?」
呼び止めるマリーの声を無視して、メイズは乱暴にドアを開け奏澄の部屋を出ていき、そのまま足早にライアーの部屋に向かった。その勢いのまま、大きな音を立ててドアを開ける。
「えっメイズさん!?」
驚いてドアの方を見たライアーは、ぼさぼさの髪をしていた。机上には海図とメモが散乱している。医学書も開かれていたが、それらは全てメイズの目には入らなかった。
「次の島までどれくらいかかる」
その一言だけで、メイズの言わんとしているところはわかったのだろう。ライアーは悔しそうに歯噛みした。
「どう急いでも、あと四日はかかります」
四日。意識の無い状態で四日は、待てない。メイズは舌打ちした。
「何とかならないのか」
「気持ちはわかりますけど、こればっかりは」
そう言われて、メイズは思わず頭に血が上った。
「お前に、俺の気持ちがわかるか」
低く、低く。辛うじて聞き取れるほどの小さな声で、吐き出すように呟いた。
わかるものか。誰にも、自分の気持ちなど。わかって、たまるか。
衝動のままに手が出て、ライアーの胸倉を掴み上げた。
「航海士だろ。何とかしろ!」
額を突き合わせ、脅すようなメイズの気迫に、ライアーが言葉を詰まらせる。しかしライアーが何かを言おうと口を開いた瞬間、メイズは後ろから肩を掴まれ、強く引かれた。
その動作に苛立って相手を怒鳴りつけようとすると、甲高い破裂音が響いて、遅れて痛みがやってきた。
「目は覚めたかい?」
すぐには事態が飲み込めず、メイズは半ば呆然として、マリーを見つめた。
マリーは、ライアーに詰め寄るメイズの頬に、思い切り振りかぶった全力の平手打ちをお見舞いしていた。
「仲間に当たるんじゃないよ、みっともない」
「……ッ」
射抜くような鋭い視線に、メイズは反射的にマリーを睨み返した。並みの人間なら悲鳴を上げて尻込みするようなその眼光に、マリーは一歩も引かなかった。
「あんたの気持ちなんか、あたしらにはわかんないよ。でもあんただって、あたしらの気持ちはわかんないだろ。カスミが倒れてからライアーが何をしてたか、あんたは知ってんの?」
マリーの言葉に、メイズは黙った。ライアーが、奏澄のために何もしていないわけがない。当然だ。メイズがそれに目を向ける余裕が無かっただけだ。
同じことを、繰り返している。周囲が目に入らずに、結局、守れない。
自分に力が、足りないばかりに。
思い詰めたような顔のメイズに、マリーは一つ息を吐いて、視線を和らげた。
「人の気持ちなんて、全部はわかんないさ。けど、全部わかる必要はない。あたしたちは、メイズがどれだけカスミを大切にしてきたかを知ってる。同じものが大事なら、それだけで命を張る理由になる」
マリーはメイズの胸元に、軽く拳をぶつけた。
「あたしたちはみんな、カスミが大事。あの子のためなら、全力を尽くす。だからそのための方法は、みんなで考えよう。仲間だろ」
仲間。その言葉はメイズにとって、同じ船の乗組員、という以上の意味を持たなかった。
ただの括りでしかない。上っ面の言葉。
けれど奏澄は、その言葉を、存在を、関係を、とても大切にしていた。
メイズには、その感情はまだわからない。けれども。
「マリー」
呼んだはいいものの、真っすぐに顔が見られなくて、メイズは片手で顔を覆ったまま続けた。
「……お前がいてくれて、助かった」
それにマリーは一瞬目を見開いて、力強く笑った。
「メイズさん! オレ、オレは!?」
「悪かった」
「それだけ!?」
しれっと返すメイズに、ライアーは大げさな反応を示す。それをメイズは適当にあしらった。ライアーにも感謝の念はあるが、この態度で来られると言う気にならない。
しかし、メイズにもいい加減わかっている。これはわざとやっているのだ。彼は空気を読む能力にはとても長けている。
マリーも、ライアーも。初期からこの航海を支えてきた面子だ。単純な労働力ではない。気を配ってもらった、自覚がある。
二人とも、黒弦のメイズのことは事前に知っていた。だが、メイズに対して遠慮はしなかったし、奏澄とメイズを引き離そうとするようなこともなかった。ただありのまま、自分たちの見た姿を信じて、受け入れた。それがメイズにとって、どれほど助けになったことか。
メイズが『常識人のふり』ができたのは、奏澄の力だけではない。メイズの思考が、行動が、外れそうになった時。引き戻してくれた言葉が、確かにあった。
疑念は消えない。こればかりは、自身の性根によるものだ。それでも、信じたいと思う。
自分も誰かを、信じられるのかもしれない、ということを。
呼び止めるマリーの声を無視して、メイズは乱暴にドアを開け奏澄の部屋を出ていき、そのまま足早にライアーの部屋に向かった。その勢いのまま、大きな音を立ててドアを開ける。
「えっメイズさん!?」
驚いてドアの方を見たライアーは、ぼさぼさの髪をしていた。机上には海図とメモが散乱している。医学書も開かれていたが、それらは全てメイズの目には入らなかった。
「次の島までどれくらいかかる」
その一言だけで、メイズの言わんとしているところはわかったのだろう。ライアーは悔しそうに歯噛みした。
「どう急いでも、あと四日はかかります」
四日。意識の無い状態で四日は、待てない。メイズは舌打ちした。
「何とかならないのか」
「気持ちはわかりますけど、こればっかりは」
そう言われて、メイズは思わず頭に血が上った。
「お前に、俺の気持ちがわかるか」
低く、低く。辛うじて聞き取れるほどの小さな声で、吐き出すように呟いた。
わかるものか。誰にも、自分の気持ちなど。わかって、たまるか。
衝動のままに手が出て、ライアーの胸倉を掴み上げた。
「航海士だろ。何とかしろ!」
額を突き合わせ、脅すようなメイズの気迫に、ライアーが言葉を詰まらせる。しかしライアーが何かを言おうと口を開いた瞬間、メイズは後ろから肩を掴まれ、強く引かれた。
その動作に苛立って相手を怒鳴りつけようとすると、甲高い破裂音が響いて、遅れて痛みがやってきた。
「目は覚めたかい?」
すぐには事態が飲み込めず、メイズは半ば呆然として、マリーを見つめた。
マリーは、ライアーに詰め寄るメイズの頬に、思い切り振りかぶった全力の平手打ちをお見舞いしていた。
「仲間に当たるんじゃないよ、みっともない」
「……ッ」
射抜くような鋭い視線に、メイズは反射的にマリーを睨み返した。並みの人間なら悲鳴を上げて尻込みするようなその眼光に、マリーは一歩も引かなかった。
「あんたの気持ちなんか、あたしらにはわかんないよ。でもあんただって、あたしらの気持ちはわかんないだろ。カスミが倒れてからライアーが何をしてたか、あんたは知ってんの?」
マリーの言葉に、メイズは黙った。ライアーが、奏澄のために何もしていないわけがない。当然だ。メイズがそれに目を向ける余裕が無かっただけだ。
同じことを、繰り返している。周囲が目に入らずに、結局、守れない。
自分に力が、足りないばかりに。
思い詰めたような顔のメイズに、マリーは一つ息を吐いて、視線を和らげた。
「人の気持ちなんて、全部はわかんないさ。けど、全部わかる必要はない。あたしたちは、メイズがどれだけカスミを大切にしてきたかを知ってる。同じものが大事なら、それだけで命を張る理由になる」
マリーはメイズの胸元に、軽く拳をぶつけた。
「あたしたちはみんな、カスミが大事。あの子のためなら、全力を尽くす。だからそのための方法は、みんなで考えよう。仲間だろ」
仲間。その言葉はメイズにとって、同じ船の乗組員、という以上の意味を持たなかった。
ただの括りでしかない。上っ面の言葉。
けれど奏澄は、その言葉を、存在を、関係を、とても大切にしていた。
メイズには、その感情はまだわからない。けれども。
「マリー」
呼んだはいいものの、真っすぐに顔が見られなくて、メイズは片手で顔を覆ったまま続けた。
「……お前がいてくれて、助かった」
それにマリーは一瞬目を見開いて、力強く笑った。
「メイズさん! オレ、オレは!?」
「悪かった」
「それだけ!?」
しれっと返すメイズに、ライアーは大げさな反応を示す。それをメイズは適当にあしらった。ライアーにも感謝の念はあるが、この態度で来られると言う気にならない。
しかし、メイズにもいい加減わかっている。これはわざとやっているのだ。彼は空気を読む能力にはとても長けている。
マリーも、ライアーも。初期からこの航海を支えてきた面子だ。単純な労働力ではない。気を配ってもらった、自覚がある。
二人とも、黒弦のメイズのことは事前に知っていた。だが、メイズに対して遠慮はしなかったし、奏澄とメイズを引き離そうとするようなこともなかった。ただありのまま、自分たちの見た姿を信じて、受け入れた。それがメイズにとって、どれほど助けになったことか。
メイズが『常識人のふり』ができたのは、奏澄の力だけではない。メイズの思考が、行動が、外れそうになった時。引き戻してくれた言葉が、確かにあった。
疑念は消えない。こればかりは、自身の性根によるものだ。それでも、信じたいと思う。
自分も誰かを、信じられるのかもしれない、ということを。
0
あなたにおすすめの小説
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
蝋梅
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。
一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。
聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。
居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。
左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。
かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。
今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。
彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。
怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて
ムーライトノベルでも先行掲載しています。
前半はあまりイチャイチャはありません。
イラストは青ちょびれさんに依頼しました
118話完結です。
ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる