私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
77 / 82
本編

はぐれものの島-4

しおりを挟む
 夜が明けても薄暗く見通しの悪い景色は、皆の心情を表しているようだった。コバルト号の上甲板には、全ての乗組員が集まっていた。皆、心は決まったのだろう。最初に、マリーが口を開いた。

「あたしたちドロール商会は、アルメイシャに戻るよ。あたしは、商会長だしね。やっぱり自分の商会を放っておくわけにはいかない」

 一晩、話し合った結果なのだろう。マリーの後ろに立つ商会員たちも、同意の様子だった。

「ぼくも、カラルタンに戻ろうと思う。カスミには、勇気をたくさん貰ったから。今なら、店のみんなとも、違う向き合い方ができる気がするんだ」

 眉を下げて、アントーニオは微笑んだ。

「俺たちもカラルタンに戻るぜ。ここには戦えそうな奴もいないしな。アントーニオ一人で帰すのもなんか心配だし、ついてってやるよ」

 ラコットが、アントーニオの肩に腕を回しながら言う。それを、舎弟たちは苦笑しながら見ていた。

「俺は、暫くこの島に残ろうと思う」

 真っすぐなレオナルドの目を、メイズが見返す。

「カスミをいつまでも待つ、ってわけにはいかない。ヴェネリーアには、ちゃんと帰る。あの工房は……母さんと、親父と過ごした場所だから。俺に、遺してくれたものだから。だけど、俺はこの島のことをもっと知りたい。あの人たちの話も、ちゃんと聞いてみたい。だから、少しの間ここにいるよ。窓を通れば、帰るのはいつでもできるみたいだしさ」

 奏澄の帰還を期待してのものなら、止めただろう。ずるずると居残ってしまい、踏ん切りがつかなくなる可能性があるからだ。しかし、明確な目的を持って、短期間のみと定めているのなら。それもまた、彼の道だろう。

「私も、この島に残ります」

 意外な申告に、皆が目を丸くしてハリソンを見た。

「白虎は、いいのか」

 監獄島へ突入するのを手伝ってもらったきり、そのまま別れてしまった。彼らがあの後どうなったのか、気にならないはずがない。
 ハリソンは、奏澄のためにたんぽぽ海賊団へ移籍した。その彼女がいないのなら、白虎に戻るとばかり思っていた。
 メイズの問いかけに、ハリソンは緩やかに微笑んだ。

「あの人たちなら心配要りませんよ。長い付き合いですから、わかります。同じように、白虎の皆も、私のことをわかっているでしょう」

 仲間たちを思い返すように、ハリソンは一度目を伏せた。そしてメイズに向けて、言葉を続ける。

「言ったでしょう。私が最も必要とされる場所に、身を置いていたいと。聞けば、この島には医者がいないそうです。交易の無いこの島では、薬を手に入れることも困難でしょう。できる限りのことを、したいのです。この島なら、セントラルにもそうそう見つかりませんしね」

 穏やかな笑みを浮かべたハリソンは、偽りを述べているようには見えなかった。彼らには彼らの、信頼関係がある。ハリソンの信念に基づく決断なら、口を挟む理由も無い。
 残るは、ライアーのみ。未だ迷いが残る様子で手に持った布を握りしめた彼に、メイズは急かすこともなく、ただ視線を向けた。ライアーは、途切れ途切れに言葉を吐き出した。

「オレ、は。カスミのことも、もちろん、心配だけど。ずっと、アンタたちに、笑ってて欲しいって。二人が幸せになることが、オレの、願いだったんだよ」

 ライアーは、手に持った布をメイズの胸元に叩きつけた。

「オレは帰る。でもメイズさんは、ちゃんとカスミのこと、待ってろよ! 途中で諦めたり、腐ったりしないで。戻ってきたカスミが悲しまないように、アンタちゃんと生きてろよ!」

 強い言葉で言い切ったライアーは、うっすらと涙を浮かべていた。メイズが押し付けられた布を受け取ると、それは海賊旗だった。掲げるべき人を失って、外されたもの。

「それ、カスミが戻ってきたら渡してください。それはカスミの物だから。んで、できれば、また海に出てくださいよ。二人で」

 この旗に、どれほどの願いが込められているか。メイズはそれを受け取って、ごく自然と言葉が口をついて出た。

「会いに行く」

 ライアーが目を瞠った。

「カスミが戻ってきたら、二人で会いに行く。約束する」

 仲間と、約束など。初めてかもしれない。こんな言葉は信用されないかもしれない。それでも、しっかりと目を合わせたメイズに、ライアーは僅かに唇を震わせた後、明るい笑みを見せた。

「ちょっとちょっと、ライアーだけかい?」

 茶化すように割って入ったマリーの言葉に、メイズは微笑した。そして、仲間たちの顔を見渡す。

「カスミが戻ったら、お前たちに、必ず会いに行く。約束だ」

 その言葉に、全員が笑顔で答えた。



*~*~*



 奏澄が目を覚ますと、暗い闇の中にいた。右も左もわからない中で、それでも体を横たえていたのだから地面はあるのだろう。地面らしき場所に手をついて、だるさが残る体を起こした。
 すると、ぼうっと光るものが目の前に現れた。明るさに慣れない目を数回しっかりと瞬かせると、それはどうやら変わった形の窓のようだった。六角形のそれは、姿見程度の大きさだった。奏澄がそれを鏡ではなく窓だと認識したのは、映っているのが自分の姿ではなく、見慣れた景色だったからだ。

「どうして……」

 呆然として、言葉を零した。窓の中に映るのは、かつて自分がよく通った場所。元いた世界の、海の見える高台だった。
 震える手を伸ばして窓に触れると、とぷん、と水のような感触がして、手が窓の向こうまで入っていった。驚きに、すぐさま手を引っこめる。心臓が、早鐘を打っている。

 この窓の向こうは、元の世界だ。

 帰れる。ようやっと、自分の世界に。長く続いた航海の目的が、目の前に。
 だというのに、どうしたことか。奏澄の胸には、歓喜も、安堵も無かった。ただ困惑と、後悔があった。
 メイズに、何も言わずに来てしまった。
 別れの言葉一つ、告げられなかった。心の準備をする暇も無かった。こんなに、急に。
 考えたところで、奏澄は俯いた。急ではない。帰ると、そう言って旅をしていたのだから。コンパスを使えば、はぐれものの島に辿り着けるだろうと、元の世界に帰る手掛かりが掴めると、わかっていて行動したのだから。結果は変わらなかったはずだ。それが少し、早まっただけ。
 向き合うことを恐れて、後回しにしたのは奏澄だ。

「――……」

 目から熱いものが流れ落ちて、奏澄は顔を覆った。わかっていた。別れが来ることは。自分がそれを選択したのだから。
 帰らなければいけないと、思っていた。自分が在るべき場所に。それは義務感にも近かった。自分を形作ったものがある。世話になった人たちがいる。その恩を、返し切れていない。
 だというのに。それより大切なものが、できてしまった。残してきたもの全てを放り投げてでも、ただ一つ、守りたいと思うものが。

 本当は、途中から帰りたい気持ちは失せていた。でもそんな無責任なことは、口が裂けても言えなかった。
 奏澄を元の世界に帰すために、メイズはずっと大変な思いをしてきた。仲間たちも、その願いを叶えるために、力を尽くしてくれた。他にも、奏澄のために、力を貸してくれた人たちがいる。彼らを大切に思えばこそ。自分の勝手で振り回すことなど。
 言えなかった。メイズは、奏澄が元の世界に帰るまでの護衛だったから。もういいと、帰らなくていいと言ってしまえば、彼に守ってもらう理由は無くなる。
 怖かった。メイズは、自分に引け目を感じている節があったから。奏澄が仲間を得て、生きる術を手に入れて、危険が無くなり、航海の必要が無くなれば。自分を、不要だと思ってしまうのではないかと。奏澄がどこか安心して暮らせる場所を用意して、姿を消してしまうのではないかと。航海を続けることでしか、彼を自分に繋ぎとめておくことができなかった。

 メイズがどこかで幸せになってくれれば。それでもいいと、思ったこともあった。彼を偶像化して一線引くことで、自分が傷つくことのない、安全な場所から彼の幸福を願った。
 無理だ。
 今なら言える。彼を幸せにできるとしたら、自分だけだと。
 玄武に襲われた時、本気で失うかもしれないと思った。そうしてやっと気づいた。どうしても、この人を失いたくないと。見える所にいてほしい。手の届く所にいてほしい。できれば笑っていてほしい。この人を、幸せに、してあげたい。
 メイズは自分の幸せを二の次にしてしまう。その彼に、自身の幸福を考えさせようというのなら。メイズを誰よりも大切に思う人間が必要だ。奏澄が、必要だ。例え彼自身が、拒んだとしても。
 メイズには、あれほど傍にいろ、と言っておいて。どうして、相手も同じかもしれないとは、考えなかったのだろう。どうして、自分も同じように渇望されていると、信じられなかったのだろう。帰郷を目的とする奏澄に対して、メイズが口に出せるはずがなかったのに。

「ごめんなさい……」

 帰らなければと。そればかりで、メイズに対する気持ちをごまかしてきた。好きになってはいけない人だと、無意識に歯止めをかけていた。今の関係を壊すのが怖くて、気持ちを伝える勇気が無かった。失ってしまえば、戻らないのに。

「会いたい」

 今更、もう遅い。それでも、口にせずにはいられなかった。

「メイズに、会いたい……っ!」

 何も要らない。二度と元の世界に帰れなくてもいい。恩知らずだと、罵られてもいい。
 どうか、あの人の傍にいさせて。あの弱くて寂しい人を、この先ずっと、守ってあげたい。

 涙を流し続ける奏澄の背後に、ぼうっと明かりが灯った。驚いて振り返ると、そこには正面にある窓と同じ、六角形の窓があった。
 全く同じものかと思われたが、違う。映している景色は、霧のかかったどこかの島。小さく、コバルト号が見える。

「これ……」

 メイズのいる、世界だ。
 奏澄は呆然と、その窓を覗き込んだ。
 片方は、生まれ育った世界。片方は、仲間と旅した世界。
 どちらかを、選べということだろうか。 

 奏澄は黙って、高台の見える窓の前に立った。そして目を閉じて、深く、深く頭を下げた。
 今までの人生に、感謝を。残していくものに、謝罪を。
 暫くそうしてからゆっくりと顔を上げ、霧の島の窓の前に立ち、向こうを見据えた。
 この窓を越えれば、もう二度と、元の世界には帰れないだろう。
 それでも。

「!」

 とん、と何かに背を押された。ぐらりと、奏澄の体が傾いて、霧の中へ倒れ込んでいく。

「――ありがとう」

 奏澄は、見えざる手に礼を告げた。
 その手は、優しかった。もしかしたら、背中を押してくれる存在なのかもしれない。
 新しい人生へ、踏み出すための。
 暗闇の向こうに、優しい女性の微笑みが見えた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...