イベリスは実らない

夕季 夕

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第1話 いつまでも、幼馴染のままでいて

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「俺はお前が好きだ」

 幼馴染である大木竜巳は、生物委員が飼育している蛙に想い人を重ねて告白していた。その瞳はとても真剣だ。しかし、当の蛙はそんな言葉を一ミリも気にせず、ケースの中でじっとしている。側から見ると、なんともシュールな一コマだった。

「……本人に直接告白しないの?」

 生物室の扉を開けてすぐ目に入った光景が幼馴染のそれだったので、思わず苦笑いしてしまう。私の言葉に、タツはちらりとこちらを見た。その瞳が少し悲しげで、意地悪な質問をしてしまったとすぐに後悔した。

「姿穂は、できるのか」とタツが口を開く。

「できるかは、わからないけど……好きなら告白する権利はあるんじゃないかな」
「……そうか」

 タツはぶっきらぼうにそう答えると、再び視線を蛙の方へ移した。私はその辺の机に鞄を置き、部屋の中をぐるりと見回す。この生物室にある植物や生き物は生物委員が飼育しているけれど、それのほとんどをタツが行っていると言ってもいい。その証拠に、今ここにいるのはタツと私だけだ。
 タツは背が高く、黒髪に黒の切長な目をしていて、一般的に『クール』と言われる容姿をしている。おまけに口数が少ないので、見た目の印象と相まって、中学のからミステリアスな人だと評価された。
 そんな彼は、昔から植物や小さい生き物の世話が好きだった。そういったギャップが女子の心をくすぐり、高校に進学したあとも、ちがうクラスなのに1年生のときからタツのうわさをよく耳にしていた。そして、何組の誰が告白した、という話を聞くたびに、心にちくりと小骨が刺さった。
 私も彼女らと同様に、タツのことが好きだった。……いや、過去系にするのは間違っている。今でもタツのことが好きだ。けれども、この想いは心にしまっておこうと考えている。
 13歳の夏、“幼馴染”という関係が壊れてしまうのを恐れつつも、私は川で一緒に魚を観察しているときに告白をした。雲ひとつない青い空に、魚の泳ぐ姿がはっきり見えるきれいな川。水面には魚を観察する私たちが、ゆらゆらと映っている。あのときの、少し申し訳なさそうに、複雑な表情をした彼の口から発せられた言葉は、今でも耳に残っている。

「姿穂とは、大事な友だちでいたい」

 それから、少し間をおいて、彼は重い口を開いた。

「……俺は、女子を恋愛対象として見られない」

 タツの重く、低い声と、川の流れる音を思い出していると、ケースに入っていた蛙がぴょんと跳ねた。

「……男が男に」
「私はいいと思うよ。だって、好きなんだから」
「お前は優しいな……あんな話をされても、幼馴染を続けてくれるなんて」
「タツの方こそ」

 タツは、同じクラスの小形圭のことが好きだ。タツが、小形くんのどこに惹かれたのかはよく知らない。小形くんは私と同じ図書委員なので会話はするけれど、話すたびにタツとは正反対だなと感じる。社交的でおしゃべりな性格。色素が薄い髪に色白の肌。彼も、クラスで人気があるらしい。
 タツと小形くんが話していると、女子の嬉しい悲鳴が上がるとうわさで聞いた。どうやら、そういう関係が好きな人もいるらしい。ふたりは1年生のときから同じクラスで、クール系のタツと弟系の小形くんが一緒にいる姿は絵になると言う。それから、小形くんはよく“ファンサービス”をするとも聞いている。ただ、人の気持ちをエンタメとして消費しているような気がして、私はあまり好きじゃなかった。タツが小形くんと一緒にいるのは彼のことが好きだからであって、周りの人にエンタメを届けるためじゃない。
 生物室で育てられているイベリスに視線を移す。ちょうど今が開花時期で、小さく白い花がひとつに集まり、一生懸命咲いている。私はこの花を見るたびに、少し切ない気分になる。イベリスの花言葉は『初恋』。一年草であるイベリスは実をつけない。
 初恋は実らないと誰かが言った。初恋は実らない。私もそうだと思った。
 だから、私は生物室へ来るたびに、イベリスに水をやる。実らなかった私の初恋の代わりに、タツが幸せになれますように。
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