獣の血

森のチンアナゴ

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始まりのワラジ

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「血が、赤い……」

……あれ、なんや。目が離せへん。

体毛に覆われた獣。爪から流れる液体を見て、呟いとる……?

「……うぅ」

倒れた村人の生命はもはや風前の灯や。それでも生命を繋ごうと、俺の方に手を伸ばしとる。

「ッ!」

何や、勘弁してえな。そんなん、無理やん。耳を塞いだ。うずくまることしかでけへん……。

「……」

何秒経ったやろう。耳から手をおそるおそる離す。

ドクン、ドクン――

心臓だけが生を主張しとる。そうして世界が帰ってきた。
だから、
俺は――
もう一度覗いた。


「……おらん」

木々だけが、風に揺れていた。


―――


茂みから――まだ様子を見た。虫の音が森をこだましとる。

「……」

おらん、思い切って、村人の下へ駆け出した。

「はっ、はっ、はっ」

喘ぐように酸素を取り込む。こんな……こんなしんどい、思いまでして、

立ち尽くすしかなかった。俺はアホや……自分のことしか考えてへん。

人だった「もの」を見て、そんなことしか考えられへんかった――

二の腕で、目をぬぐった。
視界が、揺れとるんや。

そんなことしとる場合ちゃうやろ。できることを、するんや。

「……ほんま、すんません。ちょっとお借りします」

震える手で、ゆっくりワラジに手をかけた。そっと履いた瞬間、息を呑んだ。

何やこのワラジ。俺を知ってんのか?

その場で足踏みをする。……すごい馴染んどる。他人のワラジとは思えへんほど、履き心地がいい。

――もしかして俺は、選ばれとったんか?

立ち尽くしたまま、村人を見下ろした。うつ伏せに倒れ、右手を伸ばしている。

「……?」

その指は、不自然に三本立っていた――
月が雲に隠れていった。
遠吠えが聞こえた。
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