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薄氷の笑み
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――光や。
……走っとる。笑っとる。叫んどる。
「――ッ、――ッ!」
分からへん。でも、何かこれ――
「ッ!」
目を覚ました。熱い、身体が熱を持っとる。さっきのなんや。思い出そうとする。
……あかん思い出されへん。俺は頭を左右に振った。
「……いてて」
ところどころ擦り傷ができとる。昨日、転げるように走ったからな。
「お目覚め?」
そこには女の人が立っとった。物腰は柔らかいけど、背すじは伸びとる。すっと俺の額に手を当てた。
「……あっ」
「……うん、熱は下がっとるね。あんま無理したらいけんよ」
ニッコリ微笑んだ。俺は思わず「はい」と声が上ずった。
病み上がりとは言え、身体は動く。むしろ腹が音を立てて、空腹を訴えてきとる。
「あっ……」気まずそうにする俺を見て、奥さんはクスリと笑った。
「昼やもんね。すぐ準備するけぇ、椅子に座っとって」
俺は小さく「すみません」と目を伏せた。
「ええんよ」――その言葉に、救われる。
窓から漏れる陽の光、昨夜のことがウソみたいや。コトリとお椀を置かれる。美味しそうな湯気に、俺はのどを鳴らした。
「冷めへんうちにね」
「いただきます」
「おいしい?」
「……はい、めっちゃ」
「たくさん食べぇね」
ガツガツと食べる姿を見て、奥さんは目を細めた。
「ふふ、森を抜けて来たんじゃって?」
「は、ふぁい、んくっ、そうです」
俺は慌ててお茶を飲み、返事をする。
「あん森はおっかないけぇねぇ……。夜は誰も近寄らんの。"バチ"が当たる、言うてね」
「…………」
「…………」
俺は思わず、食べる手を止めるた。ゴクンとご飯を飲み込む。
奥さんは手元のお茶を両手で持ち、視線は手元に落ちていた。
ゆっくり顔を上げる。
「――で、見たんね?」
何を言われたんか、一瞬分からんなった。二の句が継がれへん。俺は落ち着くために湯飲みを傾けた。空やった。
奥さん、笑てる。せやけど、目が、笑ってへん……湯気で、顔が一瞬歪んだ。
瞬きをする。やっぱり奥さんは笑っとった。
「ああ、お茶、空やね」
「……」
スッとおかわりを次ぐ。声が出ぇへん。何や、この感じ。
「冷めへんうちにね」
「……」
な、なんでそんな、急かすんや。
俺は疑問に思いながらも、お茶に口をつけた。
―――
台所からの水音が途絶えた。
ゴト。
……なんやろ。なんか落としたんか?
足元から重低音が伝わってくる。
またや。奥さん、奥で何をしとるんや。
そ~っと覗く。奥さんの背中や。しゃがんどる。持つ手から血が。……え?な、生臭い。……あ。
「魚や……」
魚の首を切って。その後、目を――
グシュッ。
見てられへん。俺は思わず目を瞑ってもうた。
ゴト。
落ちた"それ"はピクリとも動かへん。
……
ゴクリ、とのどが鳴る。後退りしようとした時、見てもうた。奥さん――
「笑っとる」
「ハッ、ハッ」
気付いたら、駆け出しとった。寒気が止まらん。胃が震えとる。
……怖い。何が分からんけど、本能的に「逃げろ」て言うとった。
せやけど、手だけは妙に静かに動いてて――ゆっくり、ドアを閉めた。
……走っとる。笑っとる。叫んどる。
「――ッ、――ッ!」
分からへん。でも、何かこれ――
「ッ!」
目を覚ました。熱い、身体が熱を持っとる。さっきのなんや。思い出そうとする。
……あかん思い出されへん。俺は頭を左右に振った。
「……いてて」
ところどころ擦り傷ができとる。昨日、転げるように走ったからな。
「お目覚め?」
そこには女の人が立っとった。物腰は柔らかいけど、背すじは伸びとる。すっと俺の額に手を当てた。
「……あっ」
「……うん、熱は下がっとるね。あんま無理したらいけんよ」
ニッコリ微笑んだ。俺は思わず「はい」と声が上ずった。
病み上がりとは言え、身体は動く。むしろ腹が音を立てて、空腹を訴えてきとる。
「あっ……」気まずそうにする俺を見て、奥さんはクスリと笑った。
「昼やもんね。すぐ準備するけぇ、椅子に座っとって」
俺は小さく「すみません」と目を伏せた。
「ええんよ」――その言葉に、救われる。
窓から漏れる陽の光、昨夜のことがウソみたいや。コトリとお椀を置かれる。美味しそうな湯気に、俺はのどを鳴らした。
「冷めへんうちにね」
「いただきます」
「おいしい?」
「……はい、めっちゃ」
「たくさん食べぇね」
ガツガツと食べる姿を見て、奥さんは目を細めた。
「ふふ、森を抜けて来たんじゃって?」
「は、ふぁい、んくっ、そうです」
俺は慌ててお茶を飲み、返事をする。
「あん森はおっかないけぇねぇ……。夜は誰も近寄らんの。"バチ"が当たる、言うてね」
「…………」
「…………」
俺は思わず、食べる手を止めるた。ゴクンとご飯を飲み込む。
奥さんは手元のお茶を両手で持ち、視線は手元に落ちていた。
ゆっくり顔を上げる。
「――で、見たんね?」
何を言われたんか、一瞬分からんなった。二の句が継がれへん。俺は落ち着くために湯飲みを傾けた。空やった。
奥さん、笑てる。せやけど、目が、笑ってへん……湯気で、顔が一瞬歪んだ。
瞬きをする。やっぱり奥さんは笑っとった。
「ああ、お茶、空やね」
「……」
スッとおかわりを次ぐ。声が出ぇへん。何や、この感じ。
「冷めへんうちにね」
「……」
な、なんでそんな、急かすんや。
俺は疑問に思いながらも、お茶に口をつけた。
―――
台所からの水音が途絶えた。
ゴト。
……なんやろ。なんか落としたんか?
足元から重低音が伝わってくる。
またや。奥さん、奥で何をしとるんや。
そ~っと覗く。奥さんの背中や。しゃがんどる。持つ手から血が。……え?な、生臭い。……あ。
「魚や……」
魚の首を切って。その後、目を――
グシュッ。
見てられへん。俺は思わず目を瞑ってもうた。
ゴト。
落ちた"それ"はピクリとも動かへん。
……
ゴクリ、とのどが鳴る。後退りしようとした時、見てもうた。奥さん――
「笑っとる」
「ハッ、ハッ」
気付いたら、駆け出しとった。寒気が止まらん。胃が震えとる。
……怖い。何が分からんけど、本能的に「逃げろ」て言うとった。
せやけど、手だけは妙に静かに動いてて――ゆっくり、ドアを閉めた。
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