獣の血

森のチンアナゴ

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禁忌の祠

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身を隠すために入った森やったけど、霧があまりに濃くて──
隠れる必要すらなかった。

大木に背を預けて、大きく息をつく。

心臓は、今も跳ね馬みたいに暴れとる。

ガサ……ガサガサッ。

すぐ近くの茂みが揺れた。
反射的に、大木の影へ身を滑り込ませる。

……村人の気配やない。
そこに、“何か”おる。

息をするのも忘れて、じっと耳を澄ませた。

――そうや。忘れとった。
ここには、“アイツ”がおったんやった。

背筋に、ぞわり、と鳥肌が立ってきた。

霧で視界が効かんぶん、耳だけがいやに冴えてくる。
けどそれが余計に怖い。
全ての動物が息を殺しとる。
生き物の気配が”ひとつ”なんが分かるんや。

静寂の中で、不意に聞こえてくんねん。

「……スゥ……ハァ……」

どこかからの、息づかい。

遠いような、すぐ耳元のような、距離の分からん呼吸に背筋が凍る。

そのたびに俺はしゃがみこみ、葉擦れひとつ立てんように気配を消した。

"アイツ"から逃げとるはずが、気付けば“追われている気配”が背中にまとわりついて離れへん。

確認しようにもこの霧や。見えへんねんけど、振り向かれへん。もしそこにおったらと思うと本能が拒否しとるんや。

どれくらい歩いたか分からん。
そもそも、歩いとる“方向”すら分からんはずやのに――

「……祠、か?」

霧がふっと薄くなった瞬間、目の前に“それ”があった。

辿り着く理由なんかどこにもない。
せやのになぜか、“ここに来るしかなかった”ような気さえした。

導かれたような感覚に、得体のしれない恐怖がある。俺は祠を前にして、しばらく呆然と突っ立っていた。

……なんで。

拳を握りしめた。力を込めると血がジワジワ頭に登るのを感じた。

「なんで、俺がこんな目に会わなあかんのや……」

絞り出すような声は、怒気をはらんどった。このままでは終わらせへん。

俺はそう決意して、祠の中に入っていった。

足を踏み入れた瞬間、今までの張り付くような気配が、"霧"のように消えていた。


―――

祠の中に入ると、外の霧で霞んどった視界は一変した。
足元に敷かれた土と古木の匂いが鼻を突き、薄暗い空間に蝋燭のかすかな光が揺れとる。ときおり水滴が落ちる音が、中を反響しとった。

静寂の中、俺の息だけがやけに大きく響く。
手を伸ばすと、ひんやりした石の感触が指先に伝わってきた。
身体の力が抜けそうになる……けど、ここで止まるわけにはいかん。

何とか自分を奮い立たせて先に進む。すると少し開けた場所に出た。

中央には石の台があり、古い祭具が置かれている。

苔むした壁にある、ところどころある黒い染みがやけに気になる。

閉鎖的な場所やからやろか。祭壇というより、処刑場のような気配がある。

おそるおそる、台の前まで歩く。いくつかの器に、何かが入っているのが遠目に見えていた。

そしてそれを認識した瞬間、息を呑んだ。

「……骨や」

器の中身を見て呟く。見たまんまや。

動物の物に違いない。せやけど、落ち着かない。

――羊頭狗肉

そんな文字が浮かびよる……。

俺は震える指で、骨に触れた。冷たさが、これが確かに「モノ」やと告げてくる。

知らん間に、一番大きい骨を掴んで、器をさらっとった。

――カサッ

「……?」

骨だけやない。
底に紙片が隠れとる。
俺の想像を裏切るみたいや。

「なんや……『ケモノ』、獣か?」

カタカナで「ケモノ」とだけ書いとる。
訳が分からへん。頭をかきむしるしかなかった。

紙片は折りたたんで、元の場所へ戻した。
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