獣の血

森のチンアナゴ

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狂える村

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広場は一種のお祭り騒ぎやった。

老若男女、皆が楽しそうに会話の花を咲かせとる。

こんなに人がおったんか。俺はもっとこじんまりした印象を、この村に持っとったから驚いた。

不安そうに両親の影に隠れとる子どもが目に映った。親の袖をしっかり握り、はぐれんように必死みたいや。

キョロキョロ周りを観察しとると、1人の女の人と目が合った。

「……来てくれたんね。みな、待っとったんよ」

最初の宿に泊めてくれた奥さんやった。

野良猫みたいに警戒した俺やったけど、奥さんは慈しむように俺の頭を撫でた。

「怖あない、怖あない。村のだれも、あんさんのことを悪うするつもりはないんよ」

聖母のような声色に、俺はすっかり毒気を抜かれてしもた。

聞こえるのはざわざわという、周囲の喧騒だけや。

一人の若者と目があったが、気まずそうに目をそらされた。

「あーーー!」

唐突の叫び声に思わず飛び上がった。声の方を見ると、小さい子が俺に指を差しとる。母親が慌ててそれを止めさせた。なおも子どもは止まらず

「おやしきにおったにーちゃんじゃ。かみさまにあいさつ行くんじゃろ?」

大きい声でそう言うと、周囲の音がピタリと止んだ。俺を中心に円ができとる。

シャラン

鈴が鳴る。話し声は小さくなっていく。じょじょに道ができ、その先には村長がおった。

壇上におる村長は、静かに、そして威厳を持って周りを見渡した。

「村の者、みな生活の営みに忙しい中で、よう集まってくれた。ありがとう」

ゆっくり頭を下げる村長。そこにいる全員が同様に一礼する。圧倒された俺は、思わず横にいる村人の真似をした。

ざわつきが消え、俺の心にざわめきが生まれ始めた。

村長は視線をゆっくりと俺に戻し、口を開いた。

「儂らは助けあって生きていかにゃいけん。こんな森の深い辺鄙な村じゃ。誰も助けてなんざくれんのじゃ」

どこかで鼻のすする音が聞こえる。

「じゃが、そんな儂らが今こうして生きておられるんも――『神様』の助けがあってのことなんじゃ。のう?」

何人もの村人が頷いた。村長の言葉の一つ一つが"鉛"のようや。俺の心の奥深くに沈んでいくのを感じ、胸が圧迫感に喘いどる。

「自然とともにある儂らは、その恵みでもってして今日まで生き延びてきとる――」

(村長は少し間を置き、視線を村人たちに向ける)

「そして今日もまたその『恵み』の日となった」

村長が右手を高らかに掲げた。

シャラン、シャラン。

左右に控えた男が大きな鈴を鳴らすと、村人が全員向きを変えた。そして全ての視線が"俺"を射抜いた。

村長は穏やかに、しかし力強く俺に言った。

「……よう、来なすった」

そこにいる全員が、俺に向かって頭を下げた。

あまりにも異様な光景に、俺は思わず後ずさる。

――狂っとる。

脳裏で呟いた。膝が笑い、思わず崩れそうになる。

よろけた瞬間、弾けたように逃げ出していた。
不思議なことに誰も捕まえようとはしなかった。

―――

「……よろしいので?」

村長の隣にいる男が言った。視線の先には今しがた逃げた「獲物」が入った森がある。

ふっ、村長は小さく息をつく。

「好きにさせてやれ。どうせあれはもう、逃げられん」

左右の男たちは淡々と頷き、猟銃の手入れを行い始めた。それを横目に村長は身体を揺らしながら笑っていた。
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