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RozaLe

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第三十六話 シアを出ずる日

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 ジューンブライドと言う言葉がある。六月に結婚する女性は幸せになるとの古くからの伝承だ。この世界でもほとんど同じ理由で結婚には縁起の良い月だ。奇しくもメルとモートンの結婚式典が行われる月でもある。しかし、その陰に蠢く者数多あまた
「根回しは完璧か?」
「ああばっちりだ。しかし…マジにやるんだな?」
 少ない人口故に大人数が動いても噂にすらならず、遂にその日までバレなかった。因みに、その日というのは式典当日ではなくて、式典の二日前、突如国王からの下知でシアの住人全員が広間に集められた日の事である。
 常に光り輝くシアの中央、本日はいつもより明るくなっている。シアで暮らすエルフの九割が集まった事で、海底も建物の屋根にもごった返し、浮かんでいる者も所狭しと並んでいる。ただし誰一人として二人のために作られた壇上を見れない者は無い。しかし今日登壇する予定なのは新郎新婦でなく、この国の王だった。
「えぇっと…何が始まるって言ったんだっけ?」
「国王から重大発表だってさぁ。あれじゃね?我が子を祝ってくれとかだろ?」
「俺はそう思わんな。聞いた事無いか?最高貴族スティンガー家の家庭事情。ぶっちゃけあんま仲良くないらしいじゃん」
「ほう」
「しかも不可解だと思わんかね?見渡す限りの人でわかりづらいかも知れんが、異常に海兵隊が多くないか?」
 時を待つ民衆の中の二人の会話。その会話が気になって耳を傾けた者は少ないが、その限られた人々は周囲を見渡した。その二人がいたのは屋根、いい感じに見渡しやすい位置だ。そこから見える範囲に、着崩されたり装備不足だったりするが、必ず何か一つは武具の類を持った海兵隊員が等間隔に配置されていた。
「ああ…確かにな。この感じなら全員居るんじゃ…」
「お?来たぜ。ショゥル・スティンガー最高位貴族こくおう
 こんなにも人が集まりながらたった一ヶ所、いや、一筋の空白があった。王直属の衛兵が人を退けた道からは城が見え、スゥッと泳いで来るその御姿もしっかりと確認出来た。静かに騒めいていた広場が途端にしんと静かになり、王も近くに降り立つと、そこからはゆっくり歩き、広場へ入り、壇上へ。
「海エルフの皆殿、急な召集にも関わらず集まってくれて感謝する」
 シアには居ない牧師の為のマイクには拡声効果の風魔法が付与されており、ショゥルはそれを手に取って早速話を始めた。
「今回集まって頂いたのは他でも無い、我が息子とメル・クリオネア殿との結婚式典についてだ」
 ここまでは全員の想定通り、自分らの考えていた内容と相違なかった。しかし、直後に裏切られた。
「この件は、特例を以って破談する事となった」
 言葉が吐き捨てられ、皆の頭の中で理解が及んだ時。その内容の余りの衝撃に幾度もそれを反芻し、結果全員が小規模のパニックを起こし慄いた。外野から観察していた俺は、ショゥルが語った直後にみんな同じ顔をして硬直するのが可笑しく見えた。またそれは民衆だけに非ず。その件の当人であるモートンも同様に硬直、更にはポカンと口を開けていたのだった。
「これを説明するにはまず、知って頂かなければならない。事の発端は皆も知るであろうあの事件だ」
 ショゥルは動揺の渦中に投げ込まれた民衆を前に話し続けた。
 十五年前、『氷雷事件』。メル・クリオネアが引き起こした未曾有の破壊。そうなった原因は当時教育者として一人しか充てがわれて居なかった事に起因するとされる。この件は一族の一族に対する無知が招いた事である故、誰もが何者をも責められない。ならば、監督者が派遣出来なかった事が全ての発端と言う訳だ。
 そうなった原因こそが、深海魚と深海生物の大行進。大小様々、種族も様々な魚群がシアへ押し寄せ、結果としてそれらによる都市の被害は無かったが、その為に総動員されたシアの兵士の多数が負傷し、数人の死者を被った。何故そうなったのか今の今まで不明とされて来たが、真には既に解明されていた。
「今から五年前にも同様に魚群が迫ったであろう。だがその様子がどうにもおかしかった。何かに怯え、逃げている様に見えた。違和感を覚えた我らはスティンガー家の男と衛兵のみで直ぐ様沖へ出た。すると巨大な縦穴を見つけた、そこから穴を掘った本人も顔を覗かせた」
 後は何度も俺たちが聞いて見て来た内容だった。地盤の破壊に伴う生物たちの住処の消失と、土地が死にかけた事。水面近くまで『セティエンティア』が浮上していた事。食い止める為の衛兵の別動隊があった事。そして調査の結果、アストラとマザーシップの襲来も連続した事象であると発表された。
 ここで一旦話は区切られ、ショゥルは周囲に目配せする。その間に聴衆のどよめきは大きく広がって行った。しかしまだ、なぜこんな話をしたのかの説明に入っていない。始まりの為の前話の段階だ。話が見えないとあちこちで声が上がり、同時にそのモンスターに恐怖する者、噂を知っていたか顔をしかめる者も多かった。
「セティエンティアに関しては何も問題無かった。我が兵のみで十分対応が可能だった。故に公表せず、上辺だけは平穏な時代に見せたのだ。残念ながら、時間を掛けても根本の解決には至らなかったがな」
 聴衆から、今はどうなっているのだと野次が飛ぶ。話の具合から、解決しないから今も同じ状況だと考えられるが、その声の主は勘が良く、王の言葉が全て過去形である事に疑問を示した。やっと引っ掛かる者が、それを主張する者が現れた事に嬉しく思いながら、ショゥルは最も伝えたかった事柄を話し始めた。
「端的に結論から言おう。脅威は無くなった。勇者らのお陰でな」
 その三言で、会場は更に騒然とした。勇者がここに?セティなんとかは撲滅したのか?そもそもなぜ小国が勇者を動かせる?破談の理由は結局何だ?混乱と怒りと謎が瞬時にひしめいた。ショゥルはその喧騒を割いて、今度こそ経緯を話し始めた。しかも事実を並べる様に淡々と。
「勇者の一人となったメル・クリオネア殿は、プライトルに約三週間前に到着。同日にシアの防衛線にて活躍。記憶に新しい筈だ。その時我が息子モートンもメル殿がシアないしプライトルにいる事を知る。十日経ち、貴族の城に家族へ顔を出す為に戻り、その日の内にモートンに見つかった。結婚の申し立てがあったのはその時だ」
 それはおよそ一週間前に作戦を立てる上で俺達が話した証言。その要約だった。そこからは実際に俺たちの体験して来た内容だけだった。
 ルールの制定と早い者勝ちの勝負。セティエンティアの捕縛、又は討伐の証の頭部を持って来ると言う内容で、モートンが勝った。その事実は揺るぎ無い。
「メル殿も承諾したルール、誰も文句は言えん。しかし、問題はこの先にある。「海の意思』の介入があったのだ」
 聴衆は互いにコソコソ話し合い、情報の整理を付けていた。これまであった異を唱える者も殆ど消え去り、必死に消化に当たっていた。
 当事者モートンは大衆から少し外れた所に座っている。式典ではそこに父親が座るはずの席である。今は民が押し寄せ立つも浮かぶも無理な為そこに居た。今もモートンは腰を落ち着かせたままだが、明らかに顔が崩れている。最悪の想定と焦燥か、青白い顔が更に青くなっている。今にでも動き出したくて震えているが、一向に動き出さない。当たり前だ、あのヒトが押さえつけているから。
「この勝負にて、メル殿の発見したセティエンティアが、彼女に討たれる前にドラゴンによって無力化された。この事実を以って、勝敗結果は白紙とされ、婚約は不成立。破談の運びとなった」
 一対一の勝負に第三者の介入。それだけで無効試合は成立するが、そのサードパーソンが超大物だからそこで終わらない。問いを立てそれに答える様にショゥルは続けた。
 何故セティエンティアを追っていたのか。それはドラゴンが一族総出でそれを見張り封印していたから。
 何故封印する必要があったのか。それは再び解き放たれればこの海全てが死ぬから。
 何故今まで解決出来なかったか。それは生かせど殺せはしないから。
「封印は強くそれだけで事足りた。それ以上もそれ以下も無い。そんな安泰な状況から一変して、急遽殺さねばならぬ、違うな。殺す事も厭わぬ状況となった。これはドラゴンらから聞いた事だ。セティエンティアは切り離され外へ出て居ただけに過ぎぬ、ただ一体のモンスターの一部だったのだ」
 語られる裏事情は常に人を釘付けにし、静かにも混乱を招いた。我が身を置く場所の静かな危機に頭を抱えているが、忘れるなかれ、これが全て過去の話だと言う事に。冷静な一部の聴衆は取り乱さずに、ただ渋い顔をして聞き続けていた。
「ドラゴンは勝負の話を聞くと早急に対応策を提示した。それが勇者に託された『セピエト・グラーク』討伐の依頼だ。その怪物は奇怪にも頭部から八本の脚を生やし、その前面の脚がセティエンティア、背面の脚はまた別の形態を持つ。また、内臓の詰まった腹は頭の上に付いている」
 魔力性モンスターならともかく、列記とした動物性と考えられるモンスターがそんな姿だと告げられる。皆の顔を見れば分かりやすく気味悪がっていた。頭足類など知らずに育ったからやむ無しか。
 そもそもタコなんて動物が異質なんだ。イカさえまだ骨の痕跡器官があるのにタコには無いし、全身筋肉それに色まで変えられる擬態の達人。知能に至っては自然界に有るまじき高さ。内から閉まったペットボトルを開けられるし、鏡を見れば写っているのが自分だと気付き、更にそれに見惚れてポージングし巣穴に居る奥さんに砂掛けられて叱られる。個体によっては人間と遊び、終いにはある程度慣れ懐く。
 そんな元がオーバースペック気味の存在のモンスター化。少なくとも奴の口振りではその筈だ。簡単な物差しで測っても、大半のモンスターより遥かに脅威になる存在だ。
「よし、そろそろか」
 悍ましい怪物が語られ、その頭でどんな姿か想像する人物も少なくない。話に夢中になってのめり込み、先の威勢も何処へやら。そんな時、大人しくなった聴衆のそこかしこから、外へ抜けて行く人々があった。俺はそれに続き後へ下がる。まばらに退がる約一割の聴衆に気付く者は少なかった。気付いたとて深く考える者も無い。その時ショゥルはそのモンスターのスペックを語っていた。居なくなる人々よりも、空想に花を咲かせる方が有意義だと思っていただろう。
「その体躯に、再生能力。失われた雷魔法の行使と、討伐には苦戦を強いられたと聞いた。しかし勝った。最終的に、傷の一つも負わずにな。これにてシアとこの海が守られ、勇者はこの海に、国に、大きな謝恩を作った。これで受け入れられたのはメル・クリオネアの返還と婚約破棄。それですら有り余るが、それ以上を要求しなかった。勇者のメンバーが欠ける事を良しとしなかったと言う簡単な理由だが、それをどうこう言う筋合いはこちらに無い。これだけで済んで何よりだ」
 国王は長く喉を使った為に少し調子を確認した。こんなに長く話し続けるのは、彼自身の戴冠式以来だと言っていた。記憶が正しければ、それよりも明らかに長いとも。ふっと一息ついた時、ショゥルは頭上に目を向けた。ゆっくりとだがはっきり見える。人々の浮かぶそのまた向こうに、稲妻の這う様子。
(準備は万端か…)
 そっと目を閉じて再び拡声器へ近寄り、瞼を薄く開けて思い出した様に。
「そうだ、この一連の出来事に対し、勇者らにも、我らシアの住民にも、どうしても謝罪したいと申し出た男が居る。最後に其奴から話を頂こう」
 聴衆からはすっかり気が抜け、国王の元へ来るだろう人物を待った。会場は静まり返り、刻々と時間が過ぎる。だが、待てどもその様な人物は来なかった。そしてぽつぽつと、まだかまだかと声が上がり、図ったか見かねたかショゥルは言い出した。
「ああ、もう来ているぞ。をよく見てくれ」
 何も動いた気配の無い会場を、民衆はキョロキョロと見渡し始めた。だが、勘の良い人々は首を動かした直後に察しがついた。それと同時に、既に真っ青になっている誰かと同じ様な顔つきになった。
「居れば分かる筈なんだが。皆も、特徴くらいは知っている筈だ」
 ショゥルから言葉が吐かれた瞬間、特に察しの悪い者以外は全員ハッとして顔を曇らせた。一足先に顔から血の気が引いている連中は、唯一確認していなかった方向を見る。そこは水中だった。なのにそれを見て腰を抜かすのが容易に把握できてしまった。
 つい十数分前の事だから記憶に新しかったの姿形。丸い腹部の下に頭があり、そのまた下に脚がある。脚の数は八本であり、内四本はドラゴンに似て、内四本は鋭い槍かつぼみに似る。骨は頭骨だけ存在し、側面からは太い巻角が伸びる。瞳孔は横に長いと聞いたが、今は縦に長くなっていた。そして強い再生の力と、無属性の一種の雷魔法を操る怪物。それが聴きしに勝る恐ろしさで天の暗闇に浮かんでいた。
「あ…」
 誰かが思わず声を上げ、それを皮切りに聴衆達は広場から逃げ出した。ストーリーの中の怪物が目の前に現れたのだ。恐ろしさを、強さを知っている為に、叫ぶ余裕無く逃げ惑った。
「あ!は!?お前ら!!」
 我先に逃走して行く友人や仕事仲間を尻目に見ながら、一定の人数の残った人々は壇上に残る国王を見る。そのかたわらに天を仰ぐ若い男の姿が。他でもないモートン・スティンガーだ。
「あいつが!!?ここに何を……えっ」
 モートンはそれを目にした時、魔法を放とうとした。しかし、寸前である事に気が付いた。金縛りに遭ったように動かなかった体が動いたのだ。腕も伸びきる前にピタッと静止した彼はその間に更に見えた。怪物の奥に更にもう一体、体をくねらすドラゴンが見えた。
「まさか…俺の体はアイツが…」
 存在が公となった今、もう隠し立てする必要が無くなった。そこに残った者達はどうやら虚をつかれた様子で、去った者達は振り向いた時にそれを目の当たりにする。
『これで良かったんだな?こう言うのを意図的に起こすとなると気が引けるな…』
『これの何処が面白いのやら…彼はこれで満足でしょうか』
 ある程度ざわつきが残っているが、静かになったのを見計らいセピエトとアビスが言葉を交わした。
「おう。計画通り、で、良いのだな?」
『ええ、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかったですが。それと、『痺籠しびかご』に触れた者も設定通りの被害のみに留まっています。それでは拡声魔法の強化を』
 ショゥルがマイクの先端を小突くと、元々輝いていたそれは更に強く瞬く。魔法の効果が強まり、勇選会で司会進行者が使っていた時以上に広く響き渡る声が完成した。
「何を逃げる必要がある?初めから脅威は無いと伝えたはずだし、彼自らが出向いてくれたのだぞ。ただ、空いている場所など上しか残っていなかっただけの事だ、戻って来たまえ」
 スピットの提案の概要。初めは取り決め通り、セティエンティアの公表と根源の無力化を旨とする話をする。しかしそこでショゥルの言動によって勘違いをさせ、追加で不必要な夢物語を長々と話し、終わる頃には絵本を読んでもらう幼子の様に聞き入っているだろう。そこでおとぎ話の怪物を投入。パニックを起こし現実に引き戻すと同時に種明かしをするのだ。
「ここ海だろ?静電気でも危ないんじゃねーの?」
 勇者の面々はドッキリが成功するや否や、ショゥルの近く、及び壇上へ集まっていた。バトラが戻って来るシアの住人を待つ間に、俺に訊ねてきた。
「確かにね。でも、俺が直々に調節したから大丈夫だよ。発生する静電気は地上で暮らす人にとっては気付かないレベルだし、肌を這うのもたった5センチまで。それ以降は伸びない様にキャンセルが掛かる仕様にした。元々セピエトあいつは無益な殺生を嫌ってたし、調整しようって持ち掛けてきたのもあっちだ。コントロールをしくじるはずが無いさ」
 そっかと言ってバトラは広場を見下ろした。その時には怖気付きながらも元の四割弱は戻って来ていた。
「にしても、静電気か。そもそも電気ってのは弱い雷で良いんだよな?」
 スピットが退屈凌ぎに俺に訊いた。
「うん。比較にならない強さだけど、自然界で発生する時の仕組みは大体同じだよ」
 静電気は弱い雷と彼が言った様に、雷も強過ぎる電気と言って良い。魔法となるとまた話が違ってくるがそれは置いておき、力の調節をマスターすれば変幻自在に扱える物であるのに変わりない。
 さっきのスピットの言動からも、この世界じゃ電気そのものがまだ珍しい。雷と言う魔法の形で存在していたが、性質の似た全くの別物と言われていたらしい。それがつい最近、もっと言えば現在の二国の王達によって解明が進みつつあるらしい、とジラフが言っていた。この国じゃ気温は快適、あるいは高いかが普通で、静電気なんて起こらないのが普通だった。だから中々説明に苦労した。
「うむ。これくらい集まれば良いだろう」
 ショゥルは七割方戻った聴衆と、安全確保のために散らばった海兵隊の集合を確認し、最後の話を始めた。
「要らぬ説話をした理由は二つ。こんな話にも首を突っ込ませ、彼の登場でこの状況を作り、現状を身をもって体感してもらう事が一つ。そして、信じ難い真実を認めてもらう事がもう一つだ。心して聴きなさい」
 ショゥルは話した、先の説話の中の省いた部分を。俺たちが戦いを辞め、和解したと言う事。そして明かされたセピエトの現状と、その後にあったドラゴンとの和解も。最後に、『魔王の気配』の事もだ。
「海洋生物も、今の所浅瀬には十分存在している。逃げ去った深海生物はセピエト・グラーク殿とアビスドラゴン殿が呼び戻し、新たな住処も作るそうだ。『侵膿しんのう』と言う物も何百年前から止まったまま故、現在の生態系は次期元に戻るらしい」
 一旦彼は言葉を切ると、ため息混じりに言い放った。
「私とて、これを知ったのは数日前。これ程大事おおごとだったとは露にも思っていなかった、完全に飲み込みきれていないのは皆同じだ。それでも考えたのだ。小国シアの王程度ではできる事に限りがある。ならばせめて出来る事は何かと。それが勇者の返還。勇者かれらシアわれらの意見は噛み合った。全てが終わった後に公表する運びだったが、一人の我儘で形が少し変わったのだ」
 その時スピットはニシシッと笑い、大人しく聞いていた聴衆はめざとく気付いた。アンタか…と言葉にしたい所を抑え、冴えない顔色で真っ直ぐ見ていた。
「これが最初に言った特例だ。海は生き返る、脅威も無くなる、果ては強力且つ強固な友好関係を確立出来た。これでシアの将来も安泰となった、これ以上何も望むものは無いだろう。これでなら、其方らも納得してくれるはずだ」
 ショゥルの言葉に難色を示す者もいたが、ぽつぽつと賛同する人が増え、結果大半の人々が肯定した。しかし、明らかに反発する人物が一人だけ居た。この計画を進める上で一番厄介な男だ。
「お、おい!待ってくれよ父さん!こんなに準備したのに、打ち止めかよ!」
 モートン・スティンガーこの件に関わる重要人物の中でも、ただ一人だけ何も知らなかった男。加えて、王位も妃も、たった今失ったと思っている男だ。息子に父は言う。
「不満か。だがな、私はこう事が運んで喜ばしい。お前は本来、王に成るに相応しい器の持ち主では無い。あの時、あの部屋で、勝負の条項を取り決めた後に、お前は無自覚の内に白状しただろう。上手く外面だけ上手く繕っていたのか、それで良しと思っていたのかは知らんが、私はその時確信した」
 何か言い返そうとするモートンを制し、ショゥルは最後まで聴きなさいと言い聞かせた。息子の入り込む余地無く父の話は続く。
「取り決めた事を独断で中止とはいかなかったからな、勝負は行う他無かった。どうにか負けて欲しいと思ったが、お前が先に戻ってきた時は、それはそれは最悪の気分だった。まぁ、それはさて置くとして。お前は、本当に彼女を愛しているのか?お前は彼女の何を知っている。魔法の強さ位しか知らんだろう。それも、知っているのは自らが受けた魔法だけだ。一般の思考なら相手を嫌うかするだろうに、お前はかした。お前の中にあるのは憧れと、そんな彼女を妻とする事で得るだろう優越感に浸っているだけだろう。お前は何も変わっていないじゃないか。十五年前から何一つ成長していない。大人になった気でいるだけだ。そんな男に国を任せるなどとても出来ぬよ」
 全ての心の内を明かすが如く、または説教を垂れると言うのか、父は息子に長々と言葉を連ねた。いつの間にかその子供はワナワナと体を震わせ、目元が赤く腫れていた。ここは海、涙も出た途端に周りの塩水と同化する。泣き顔が幾分か恥にならないだけ良いが、逆を言えばその他全てが恥だった。行動も、言動も、その心中ですら。その果てに彼は声を振るわせながら言葉を絞り出し反論する。
「っけ、けどよぉ。父さん、あんたが約束なんて提案しなけりゃ良かっただけじゃねぇか。約束があったから俺はここまでしたんだ。出来ることなら全部やった。それが全部無駄だったって言うのか!?」
 彼の足は竦み、しかし前へ出ようとして傾いていた。父は息子へ向き直り、確と地に足を着けわざわざ歩いて近寄った。モートンは目前に来たショゥルに気圧され、尻餅を付きへたり込んだ。
「何も無駄だとは言っていない。足りていないのだ。正直に言おう。お前の統制は素晴らしい手腕だ。誰にも悟られずに部隊を動かした位だからな。時に私の代わりに事務作業をこなしていた事も感慨深かった。ただ一つ、その心持ちが問題なのだ。もし、危機的状況になったとする。そんな時に王が自身の心に惑わされ、誤った決断をしたならどうなると思う。今回は丸く収まってくれたと言えようが、奇跡のような物だろう。これからは忙しくなくなるだろうからな、共に学び合う時間も多くなる事だろう。王位継承も婚約も破棄に訂正は無いが、悔い改めるならば一年以内に王に相応しい男になるだろう」
 言い終わると、ショゥルはモートンへゆっくりと手を差し伸べた。尻もちをついたまま、息子はその手の向こうの父を見た。そこには今まで見た事も、誰かに向けた事も無かった表情があった。王と王子の関わりではなく、父と息子として、この時初めて向き合った。
「…うん…分かった。…頑張ります」
 いつも浮かれた彼しか見ていなかったからなのか、決意を固めたモートンが逞しく見えた。彼は目前の手をガシッと強く握り、モートンは父の力を借りて起き上がった。
「さて。これでこの場でやるべき事は終わった。それとも、今後の会議もここでするかい?」
 そう言って会を簡単に終わらせてしまったショゥルは、上でずっと見守っていたアビスとセピエトに話しかける。
『移動も面倒だろう?それに、このまま民のいる間に決めた方が後も楽で済む』
 それもそうだな、と、ショゥルは言った。そして、また俺たちの方へ体を向けて言い聞かす。
「そういう訳でな、後はこちらでどうとでもなる。今一度、私から謝罪したい。私の目が行き届いておらず、目が節穴だった事も原因だ。本当に申し訳無かった」
 ショゥルは親子二人分の謝罪を俺たちにした。頭が腰より下になる位に深い礼だった。
「俺たちも俺たちなりに考えたんだ。もうそれは必要無い。それよりさ、メルって今どこに?最初っからどこにもいないみたいだけど」
 スピットが勇者を代表してそう伝え、ついでに姿の見えないメルの居場所を訊ねた。するとショゥルは、穏やかに返す。
「ああ、城の実家に居るよ。君達を待ってるだろうさ。それと、もう用が無いのなら、そのままの場所へ行くと良い。見送りは出来ないが、無事を祈ってるよ」
 そう言ってくれたショゥルに、俺たちは甘えることにした。雑破にも縦一列に連なって、五人それぞれ、居合わせた人々に別れを告げた。俺たちが去っていくらか間があったが、直ぐに今後の会議が開かれた。冒頭の三言みことまでなら聞こえたが、それ以降は判別不能になった。
「やぁっと海から出られるのか。弓使えないわ、待ちが多いわ、この覆鎧はダセェわでうんざりだよ」
 城までの短い道中でバトラが耐えかねてぼやいた。こらこら、と弱めに咎めたが、正直言って俺も同感だったし、もっと言えば異論を唱える者などここには居ないだろう。
 城には無論誰も居らず、無防備に開け放たれていた。二色の装飾の施された廊下の先の、階段を中心とした四つの扉のある空間に到着する。角ばっているし小さく短いが、ここは回廊と呼べるかもしれない。そしてその中の一つ、青白い壁に青い扉。ここがクリオネア区画、言い換えるとメルの実家、の入り口。他の扉が緑だったり赤だったりしているのに、ここだけより寒く見える。貴族家の色分けのせいだろうが、もう少しなんとか工夫出来なかったのだろうか。
 スピットがドアの突起に手を伸ばし、そこの出っ張ったボタンを押す。するとベルが鳴るのかと思いきや、ゴンゴンッと強く重い音が響いた。カップでも被せたような見た目だったが、内部構造がどうなっているのか少し気になった。
「メルー!入って良いかー!」
 スピットが大声で扉の向こうのメルに言う。すると、わぁー!と中から長い叫び声が聞こえて来た。だんだん声は大きくなり、それが扉の前に来てスンと静かになると、直後にドアが大音立てて勢いよく開いた。
「…みんなぁ!」
 ガバッと扉の開いた向こうには、メルが目を輝かせて待ち構えていた。そして目の前にいたスピットに向けて急発信し抱き付いた。余りの勢い、唐突さにスピットはうわっと声が出たが、衝突でが口から出る前に体を持って行かれていた。二人はグルングルンと縦回転で転がり、みんなが避けたせいで中央の螺旋階段の外壁に二人して叩きつけられていた。
「…んんおおお!会いたかったよぉー!」
 メルの覆鎧もスピットのクラゲもギュウっと潰れていて、メルの頬擦りはスピットに届いていた。クスクスと小さく聞こえて来たと思えば、開け放たれた扉越しに、穏やかな海エルフの女性が微笑んでいた。メルをそのまま大きくしたようなこの女性が彼女の母親だろう。聞いていた通り、どう見ても姉妹にしか見えない。
「ふんす!」
「「げっ!」」
 メルは一旦満足するや否や、彼を手放し今度は俺たちへ目を向けた。目の輝きは一層強く、残る者の反応通り、少しだけ先の未来が鮮明に見えた。そこからは捕まった者から順々に、メルの強烈な抱擁とほっぺすりすりの餌食となった。俺はみんなと違い鎧用の分厚い下着も着込んでいないので直にパワーを感じていた。しかしメル自身にはそんなに力が無い様で、側から見るよりずっと優しく包まれた。
 全員に抱擁を終えたメルはとても満足気で、勢いのまま押し倒された何人かはまだ目を回していた。
「全く、子供っぽいのは彼と変わらないじゃないか」
 俺の隣で平然と立つターラが皮肉らしく言った。
「良いじゃん、私はずっと外で暮らして来たんだし」
 ターラは呆れてか俯いて、仮面に掌を押し当てた。
「まぁ良い。メル、正式に婚約は破棄されたし、このまま地上へ行っても良いそうだ。別れの挨拶を済ませたら、こいつらを引っ張って行くぞ」
 メルは、はーい、と元気よく返事をすると、ダウンした三人の隣を素通りして母のもとへ泳いだ。メルの母は近寄って来たメルの覆鎧の手を取り、娘の目をまっすぐ見つめて言う。
「じゃあねメルちゃん。またいつでも帰って来てね~」
 彼女の名前は確かクローネ。また何ヶ月か何年か離れる娘に、精一杯の惜別の情を込めて言った。表情は優し気でありながら、永遠の別れかの様に目元が赤くなっていた。
「うん!」
 それとは対照的にメルの笑顔は晴れやかだった。最後に互いに抱きしめ合い、扉が閉められる最後の時まで二人は手を振り合っていた。
 ガチャンと扉が閉められると、者惜しそうなメルは首を振り、ターラと俺を見据えた。
「それじゃ、行こっか」
 ついに城を出ても起き上がらなかった三人を引っ張り大泡の中へ。ターラが甲斐甲斐しく未だふらつく三人の覆鎧を取り、待機していたシービーに『バブルリフト』で地上へ送ってもらった。いつもエセ関西弁で口うるさい彼も、心穏やかそうに俺たちを乗せて行った。その内に目眩の消えた三人は起き上がり、海上の桟橋を歩く頃には殆どいつも通りだった。
「ほななー!気張るんやでー!」
 揺れる橋の上に立つ俺たちに向かって、小屋の扉の前でシービーが大きく腕を振っていた。本当にシアを離れる時が来ると、なんだか惜しんでしまう。だが、そこで手に入れた情報は俺たちを休ませてくれない。今すぐにでも出立しなければならない状況となった。
「信じられるか?まだ昼過ぎだぜ?なんかすっごい時間が経ってる気がするんだけど」
 復活したスピットは早速元気に先頭を歩いた。
「確かに…てかメルのアレのせいだろ。二日酔いみたいに気分悪い…」
 バトラは浮き沈みする橋に追い打ちをかけられながら、吐きそうになるのを耐えて歩く。
「ごめんって、寂しくてつい」
 メルは謝る気のない声でテヘッと舌を出す。たった二週間弱だったのだが、思ったより反動が大きいと思った。もう一緒にいるのが当たり前で、甘えるのも当たり前となっていたらしい。当たり前と言う日常が崩れれば、こうなる事も、あるのだろうか。
「何言っても無駄だよバトラ。それより、やっと堅苦しい場所から出られたんだ、景気付けに良いレストランにでも行こうじゃないか」
 ジラフがニッと笑いかけながら提案した。この頃は勇者でまとまって動く事も少なかったから、今日は丁度いい機会だ。しかしスピットが釘を刺す。
「それも良いけど、を忘れんなよ」
「…ああ、分かってるとも」
 ジラフもこればかりは真剣な眼差しで答えた。
 俺らが次新たに追う物は、人物。セピエトとの会話で出た重要な情報により、魔王の拠点の形と、支配種の種数。それに加え、セピエトの主人だった魔王に、尊敬し崇拝していた人物が居た事が上がっている。前者二つはそれだけで良い情報だった。しかし問題は後者、最後の一つ。
『我の主人である魔王は、事あるごとにある者の名を口にしていたな。彼の者ならどうするだろうか、とかなんとかな。それは聞く内に初代魔王であり、全ての元凶だった名と知った。忘れもせぬよ、もう何百と聞いたからな……」
 そして彼は教えてくれた。『ユアン・クラムバス』当時の魔王は確かにその名を言っていたと言う。『クラムバス』。俺たちはその様な名を持つ者を一人しか知らない。ついこの間も行動を共にしていた男、『ケシュタル』と同じ苗字だ。
 今日日まで色々と調査した。各自がそれぞれの方法で。そして判明したのは、『クラムバス』と言う姓を公的に持つのは、今現在『ケシュタル』の家系のみと言う事。そして聞き込みをした結果、彼は現在『フォルガドル』に居ると分かった。俺らと砂漠で別れた後からずっとそこへ居るらしい。
「丁度フォルガドルに行こうって事だったし、ここまで因果な事あるかい?」
 バトラは奇なる現実を意味もなく疑った。しかし信ずる以外を絶たれている。しかも、彼について深く知る事が出来れば、それは直に魔王に近づく事になる。少なくとも可能性はゼロな筈ないのだ。正体の知れぬ魔王の片鱗でも暴く事が出来るならばと、俺たちは大地へ踏み出した。行くは火山の街。今最も情勢の不安定な場所である。
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