転移した世界で最強目指す!

RozaLe

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第三十五話 元支配種

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 あの夜。砂漠に残るコーレットを捕獲すると決めた夜。俺達はある人物の住処の戸を叩いた。その内側から、寒くなるからさっさと入れと言われ、俺を含めた五人は研究所に押し入った。すぐに入って扉を閉めて、急いだもんで閉まる扉に尻を叩かれたバトラがっ!と言う。
 ひりつく尻を摩るバトラは置いておき、立ち入った部屋は広くも手狭な印象だった。別にディザントここの飲食店並みに狭い訳じゃ無いが、辺りには本や資料を始め、研究道具が散らばっていて足場が少なかった。
「こっちだ」
 ちょっとだけ面食らっていると、奥へ続く廊下から声が響いて来た。入口こそ物が多かったが、その廊下にはあまりそう言うのが落ちていない。ああ、。出来るだけ物を踏まない様に進み、一番奥の作業部屋に着くと、そのエルフは作業の手を止め俺達に向き直る。彼は開口一番にこう言った。
「私に何の用だ。手短に頼むぞ」
 彼は『ルイス』。『ルイス・ナージャー』。俗に言う『砂丘隊』の一人で、そこではバックアップが主な仕事。だけど、彼自身が本来行なっているのは魔法の研究。今現存する五種類はもちろんの事、失われた魔法、『無属性』についても探究している。この無属性と言うのは、この世に『無い』から無属性と言うのであって、属性が無いから無属性と言うのでは無い事を先に言っておく。
「砂丘隊としてじゃなくて、無属性の研究者として聞きたい事があるんだ」
 俺は目の前の小男にそう伝えると、直ぐに返事が返って来た。
「分かりきった事を。この家を訪ねて来るのはそう言う要件の輩だけだ」
 砂漠の夜みたいに冷めた言葉だった。ルイスはそのまま言葉を繋げる。
「面子を見れば何を聞きに来たのか丸分かりだな、あの新入りの事だろう?」
 お見通しだったらしい。彼は俺達から質問をされるまでもなく、俺達の知りたかった事を話し出した。
「あのヒカルとやらの魔法、根元からこの世の物では無い」
 その第一声に、俺達は慄き聴き入った。
「デーモンコアの居たあの空間に、ヒカルの魔法の残滓が残っていた。あれは確かに火魔法であったが、本来必要な魔法陣が無かった。達人ならそれを省いて唱えるだけ、又は念じるだけで良いだろう。しかしそれも無い。正確には、彼は念じるだけで魔法を発動出来るが、加えてが彼を手伝っている。魔法が意思を持っているのだ」
 俺達はそれを聞いてようやく合点がいったと思った。この俺、スピットと同い年らしいヒカルが、確認できる限り四つの魔法を完璧に操れる理由を。
 あいつは魔法と共存していると言って良い。日常でも多分に魔法を使いこなし、一度だって暴走を起こした事がない。あいつの両手の甲と額にはそれぞれ『赤』『青』『緑』の魔石が嵌っている。装着ではなく一体化している。普通魔石の力を借りるなら首に掛けるだけでも良いのにだ。魔法があいつを選び、あいつも魔法を離さない。
「誰か、奴の解石の記録を見た事は?」
 しんとした空間にルイスが声を上げる。幾らか間が空き、バトラが話し出した。
「確か、レベル14位のだったかな。スキルの所に載ってたよ。『統火』『賢流』『括風』…どれもモンスターが使う魔法だった」
 それは俺たちも知っている事だ。勇選会の後、集合の前の期間に皆で探して、見つけて、度肝を抜かれた。今バトラは言わなかったが、あの時点で今の俺を上回る『基礎値』を持っていた。じゃあ今の彼はどうなっているのか、見当もつかない。
「成程。本来モンスター共しか使えぬ魔術体系だが、奴の場合、差し詰め似ていたのがそれ位しか無かったと言う所だな」
 ルイスの感想には皆同感だった。だが、どうしたらそんな魔法を使える様になるのかが次の疑問として浮かんだ。
「ヒカルの魔法の根源はあの魔石だろ?あれの出所は何処なんだろうな」
 俺はその疑問を口にした。前の仮定にあやかるなら、ヒカルがどうこうじゃなく、魔石がどうこうと考えるのが自然だ。
「少なくとも、
 そのルイスの言葉が、とても強く響いて来た。
「私にしてみれば直ぐに分かるさ。上部だけ見れば省略された魔法としか分からんだろう。しかし深くまで観察すれば、それが今世界で使われている魔法の構造の悉くとかけ離れている事が見て取れた。どう言う理由かは知らんが、奴は世界を渡り歩いて来た子供だぞ」
 また納得する事が一つ増えた。ヒカルは世界の情勢についてまるで無知だった。森にでも住んでいた様な蒙昧さだった。でもその代わりに、俺らの知らない事も多く知っていた。薄々そうじゃないかと疑っていたが、ルイスの発言を以って確信に近づいた。
「それはそうと、私からも良いかい?」
 思慮に囚われ黙った集団にルイスが問う。
「勇選会で、ヒカルは『光魔法』を使ったと聞いた。しかもそれは、物体にも触れられるとも。私が調べ上げた限りでは、過去の記録の何処にも光魔法が物体に干渉したとの記載は無い。それについて、当事者に見解を伺いたいのだが、ブルーニー殿、宜しいか?」
 ターラは少しだけ前に歩み出でてその質問に答えた。
「確かに物体に触れたぞ。ルール上必要な魔力で成された光球をな。しかも、私は剣を挟み込みガードをしたつもりだったが、剣も、鎧も、私さえすり抜けて、胸部と背部の光球を同時に壊した。こちらからも問おう。私は、教養でしか知り得なかった光魔法の事だ、対象の選択さえも出来るらしい…と、思っていたのだが。これは貴方からしてみればどう見える?」
 俺達は密かに驚いた。あの全てを縦に両断する攻撃は、剣も鎧も全て斬っていたと思っていた。そうだと言うのなら早くそう言って欲しかった所だ。
「そうか、じゃあ、確定だな。あいつは本来光魔法だけを携えているな」
 それは今更驚く事では無かった。
「もうよく分かったろ。奴は文字通りこの世のことわりから外れている。だったらどうする、私から言えるのは、事だけだ」
 少しの沈黙の後に、俺が代表して言って見せた。
「決まってるよ。俺らがあいつを育てて、俺らの誰よりも強くする」
 奇しくもか、必然か。勇選会の時にヒカルに立てさせた目標と合致した。ヒカルには、そうなれる素質も能力もあった。
「ならば、君らは知らねばな。彼の使える魔法の種類を。見た目はほぼ同じなのだ、必ずそれに該当する属性か魔法があるはずだ。指示する上でも必要になるだろう?」
 ルイスの言葉は俺らに対する助言となっていた。始めは煙たそうな顔だったが、終わる頃には何だか晴れていた。
 あいつの使える属性、魔法は、深淵に降りるまでに六つ確定していた、『火』『水』『風』『光』『空』そして『雷』。通常の属性は前の三つだけ。後ろの三つは世界から失われた無属性達だった。
 今、深淵で戦って、更にもう一つ確定した。それは何者にも干渉されない為に生み出された魔法で、本来は既存の魔法に被せる形で使う。無属性の一つ、『うつろ』。アストラやマザーシップとの戦闘の時から疑問だった。風魔法は水の中じゃ使えない。のに、ヒカルは平気で使っていた。水の中じゃ召喚するだけで一苦労、出来たとしてもせいぜいあぶくになるだけ。
 ヒカルは虚魔法を使える。ようやく分かって来たぜ、お前の事。
(虚の火。再生なんてさせないさ)

 四人がほぼ同時にセピエトの額に降り立った。白く輝く黒い炎は、それでもただ一つだけを燃し続けていた。悶え苦しむ蛮声の上、ニヤつく顔から無情な指令が下された。
「刻め」
 音波が耳に届くや否や、全ての刃物が舌舐めずりし、その身体をギラつかせた。
 直後より振り下ろされる無数の斬撃は止めどなく、だがそれでも全てが致命傷となっていない。それはセピエトの秘技、刃を受ける瞬間に表皮を固め、頭骨を薄く裂かれるのみに留めていた。
「こいつ…こうなっても防御に余念が無い」
「まだ何か狙ってると?」
 俺が一足遅く降り立った時には、セピエトの額は顔面や頭にも巻き添えを食いつつも切り傷で埋め尽くされていた。俺が持っているのはたかが20センチのナイフ一つ。魔法で参じようにも出来ない状況。仕方なく、にとんぼ返りした。
『ンンンヌ゛ウウゥゥゥッ!!!』
 その直後から、セピエトは一際大きく揺れ動き、唸り声と共に異変が起こり始めた。ボールが坂を転げる様に激しかった動作が、次第に次第に小さくなっていく。それを気に留めずに斬りまくる四人は見えていない。セピエトの頭部、正確には腹部の後方が裂け始めている。震えが鎮まるにつれ音も無く亀裂は広がり、遂に片端は額に到達した。
 そこから覗くのは白い骨と、薄桃色の筋組織か。スピット達は手応えの変化で事態を察し、総じて手を止めそれを見る。
「『羅刹らせつ…』」
 プルプルとしたピンクのゼリーに向かって人差し指を向け、親指はそれと垂直に上を向いて、指先に集まった魔力は螺旋を描き、水魔法として撃ち放たれる。咄嗟に繰り出した破壊の一撃、の筈だったが、簡単に避けられ暗い岩壁にぶつかった。
 海底にはセピエトの抜け殻と、燃えて露わになった白い頭蓋。そして四人の困惑した顔があった。誰もその動きが見えていなかった。逃げの一手。気配は手品の様に入り口付近へ瞬間移動していた。全員の視線が光差す所の隣へ集まる。微かに照らすセピエトの側面は、血走る桃から段々と元の体色へ戻り、今度は縦に細くなった瞳孔が赤く光った。
『『二重頭蓋』…まさか…役立つとは…。癪だが、これだけはに感謝だな…』
 あれは息が上がっていると言って良いのか、あのタコのエラがひっきりなしに開閉している。それが少しずつ穏やかになると、天井に留まっていた奴はそこから手を離し、急ぐ必要なく落下して来た。それは形態変化したから出来た余裕から、と言うわけでは無さそうだった。と言うのも、一人ため息を吐きながら武器を納める者がいたのだ。
「はぁ…、またこのパターンか」
 仮面で見えない表情が、分かりやすく呆れた風になったと思う。ハテナが皆の頭上に浮かぶ中、ターラは腕を組み、降りてくるセピエトに訊ねた。
「先に一つ聞きたい。そのとは誰の事だ?」
 それに返されるセピエトの声は、先程までと違いとても落ち着いていた。
『我が時代の魔王に決まっておろう。我を意思無き傀儡とし、我に屈辱を、生涯消えぬ怨嗟を与えた者だ』
 セピエトが語り終える頃、奴は海底にドスンと着地し、またふわりと砂埃を舞わせた。
『まさか勇者だとは思わなんだ。小僧が二人も居るなぞ奇怪きっかいでしょうがないわ』
 セピエトの肉体は二回り程小さくなっていたが、言葉の軽さとは裏腹な外見をしていた。元々見た目がゴツゴツしていた腹部は更に凹凸が大きくなり、刺々しく。燃やして初めて存在を知った頭と腹の間にあった岩石質の冠は消え、代わりに黒っぽい骨が冠を成している。触腕も腹部同様に刺々しくなり、セティエンティアは灰色チックに変わっていた。
「だが分かってるだろ?は私よりも数段強いぞ」
 ターラはそんな外見に臆せず話し続けた。セピエトは八本の触腕をある程度広げ終えると、脱力したのか多少なり薄っぺらくなった。その時砂煙も多く舞った。
『だからおかしいとは思っとったんだ、あのアビスドラゴンが半端な奴を送り付ける筈無いとな。あそうだ、あれは、あの飛ぶ斬撃は何の魔法だ?少なくとも我は知らん』
 何か言葉を発する度に、セピエトの体と腕が揺れ動く。人間で言う身振り手振りなのは分かるが、いちいち小さくても地鳴りが起こって小煩い。
「ああ、あれか。あれは…」
「おい。待て。」
 ターラが説明しようとしていた矢先、その肩にガッと強く手が掛けられた。
「まさかだが。こいつもか?」
 話題にもあった傷の小僧、もといスピットが引き攣った笑顔を見せながらターラに迫った。そのまさかだと、ターラは気安く答えた。その証拠に答えてすぐセピエトに向き直った。ぎゅっと目を閉じ、顔の中心に向かって皺を集めて怒るスピットを他所に彼は続きを話し出した。
「あの斬撃は、剣に自身の魔力を乗せて撃ち放つ金属魔法の一つだ。威力は使用者の持つ魔力量や振るう速度などに依存する」
 ほう、と感嘆の声を出すセピエト。俺に説明されていなかった技の仕組みだったから、俺も同じく聴き入っていた。
 すると、今度はバトラが口を挟む。
「で?なんかもう戦闘ムードじゃないけど、しっかり説明してくんないか?」
 彼はジトっとした圧を感じる目でターラを見つめ、ターラは少し引き下がる。
「こう言えば早いか?橙の霧。察するに、あの砂漠のドラゴンと同じだ」
 彼の話を聞き、全員が無事武器を納めた。何だか煮え切らない顔をしながらだが。特にスピットは強い心残りがある様子だった。
「あぁなんかみためつよそうになっておもしろくなりそうだったのになんだよまたかよまたなのかよこうげきじゃなくていどうがみえなかったのひさびさだったのにここでおわりかよどうしてだよよけいなきたいさせんなごらてかなんでさいきんこういうのおおいんだよふざけんなよ………」
 と言う感じに、息継ぎもせずにブツブツずっと独り言を唱え始めた。人並外れた肺活量からか、小さな一呼吸でも一分以上途切れなかった。バトラが必死に宥めに入ったが、海底に座り込んで体育座りのまま動こうとしなくなった。
「スピット…あんな風になるんだな」
 海底に座り込むスピットを見てターラが呟いた。少なくとも俺より付き合いが長い筈の彼も初めて見る姿らしい。心なしか、怒る仮面も今だけは悲哀の目をしている気がした。
『そうだ、我からも。あの物理的にも精神的にも沈んでおる彼奴が言っておったな。とは何だ?砂漠のドラゴンがどうしたと言うのだ』
 縦にミョンミョン揺れながらセピエトがターラに訊ねた。
「前もって断っとくが、長くなるぞ」
 今日のターラはやけに饒舌だった。場の流れがそうさせたのかも知れないが、率先してセピエトと受け答えをした。スピットは酷く落ち込むし、バトラはその対応に追われ、ジラフは呆然となった瞬間から話に入るタイミングを逃し棒立ち、俺は特に混乱していなかったがこの場はターラに任せて引き下がった。こんな唐突な状況にも動じない、ターラの兄貴肌がよく役立った。
 彼は砂漠での事件のほぼ全てを話した。ゴーレムとデーモンコアの事。コーレットの事に、モンスターが逃げて来た事。ゴールデンドラゴンと、最後に、あの目玉だけの怪物の事も。セピエトはよく話に食い付いていた。特に最後の野郎に関して目に見えて興味を示し、また出た言葉は俺らを驚かせた。
『ほう、巨大な目玉に大小多数の触手か…似た様な奴を知っておる』
「何だと!?」
 流石にターラも感情を隠せず狼狽える。セピエトは自身の境遇を交えながらも、そいつについて話し始めた。
 それは、およそ四百から五百年前の事。魔王の魔法によりセピエト・グラークとして創り変えられ、モンスターとして生を受けてから、俺達がアビスから聞いた惨劇を起こす少し前の頃。未だ魔王の拠点近辺に居た折、最新作だと言って当時の魔王が連れて来たと言う。頭も胴体も無く、眼と瞼だけを残し、その裏から数本の太い触手と無数の小さな触手を生やしていた。それは俺達が出会ったモンスターと大分似ていて、違うのは触手の細かな数と、瞼の有無だけだろう。
 セピエトは当時から自身の言っていた通りの『意思無き傀儡』状態だったが、意識ははっきりしていて、体の自由を奪われていたのだと言う。やりたくもない世界の侵蝕を担わされ、挙句こんな辺境に実行から四百年以上閉じ込められている。
「意識はあるのに、意思は魔王の物か…流石と言うか、むごい事をする…」
 ターラはそう小さく声にしながら腕を組み、仮面の顎を右手でさすった。
「ちょっといい?そのモンスターに名前あるの?」
 不意に、スピットが割り込んで質問して来た。数分前まで消沈してたのに。バトラが頑張ってくれたおかげか。
『ああ、聞いておる。『アゴーボラ』とか言うておった。何だ?お前らの方には別に名前があると?』
 そう言うわけじゃねぇよとスピットは言った。確か、まだ決まって居なかった筈だ。デーモンコアとは違い、十分な協議の時間が無かったから決められなかったのだ。今はもう決まっているだろうけど、その報は届いていない。
「アゴーボラねぇ…昔の言葉で『巨人の眼』か」
 バトラが丁度いい岩の段差を椅子にしながら言った。昔とはどれ位前か分からないが、とりあえず安直な命名センスと言う事は分かった。
「そろそろいいか?まだこいつは話し足りないそうだぞ」
 少し話が反れそうになった時、ターラが皆に呼びかけた。心が読めるのかと、セピエトが小声で。俺達は慣れてしまったが、セピエトは、どちらかと言うと引いていた。
「それで?今度は何を話すんだ?私達の知りたい事なら大方済んだが」
 ターラは左手を腰に当て、首を少し横に倒す。差す目線は鋭くも柔らかかったが、一変、セピエトの低い唸り声で空気はズンと重くなった。今まで古き友と語らう程に軽かった口調が急に畏まり、むしろ今からが本題と言う様な空気感になった。そして彼は、重い口を開いた。
『そうだな…ならば話そう。これは、願いだ。我が唯一の願い。そなたら勇者に託したい』

 全ての発端は、二十年前。現在の魔王が顕現した日に遡る。いつもの様に暗い海底で目覚めると、懐かしくも世で最も嫌悪する気配が近くにあった。それは眼前に舞い降り、寝ぼけた頭に入り込もうとした。が、セピエトはそれを難なく阻止、咄嗟のレーザーで焼き払い消滅させた。しかし同時に確信した。深海で衰弱していたが、紛れも無くかつて自分が操られていた物だった。セピエトは、魔王が復活した事を悟ったのだ。
 それからセピエトは、そうと決めた目標の為に行動を起こす。まず手始めに、アビスドラゴンとコンタクトを取った。結果惨敗。理由としては『意見の相違』と言うべきか、ただ『信用に足りない』だけだったのか、毎度耳を貸してくれる事もなく、武力行使で断られたそう。
 ならばと思い、今度は張り巡らされた魔法の隙間を縫って壁に穴を掘り、触腕だけを浅瀬に向かわせた。
 タコには複数脳があると言われるが、セピエトに関しても同様のことが言えた。本体の持つ主脳と、セティエンティア及び前側四本の腕に備わる副脳、計五つの脳があった。前腕は本体から切り離されると副脳のみで行動し、知能は人の七歳児と大差ないと言う。
 それをまずは偵察として、自由に放って情報をかき集めた。セティエンティアに向かわせ、情報を得て、再び合一するまでが一つの流れ。集めた情報も、帰ってこなければ意味がないらしい。その例を上げたこんな言い分があった。
『確か、海エルフの男が隠れていた我の腕の上を泳いで行ったな。結構な速度で』
 それはつい最近の事、モートンとメルの競争の時刻と合致していた。しかし、そのもう一人の方、メルに関しての情報を彼は知らないと言った。メルが発見した時、確実にセティエンティアに見られたと言っていたが、ドラゴンが討った事でその記憶はチャラになったと言えた。
 ともかくとして、十数年に渡りそれを繰り返す内にドラゴンに目をつけられ、俺らも身をもって知る今までの状況になった訳である。
『我にはもう闇を操る手段は無い。この領域を出たとて、海に残る『侵膿しんのう』がどうなると言う事は無いのだ。そう言うても蛇共は永遠に信じてくれん』
 セピエトがドラゴンに対する愚痴を止めない。仕方ないと思っていると彼は言っていたが、やるせないのは変わらないらしい。
 ドラゴンの言い分も分からなくない。セピエトが解放されればヘドロ、本当の名は侵膿、それが再び動き出す。おそらくずっとそう言い伝えられていて、封印こそアビスドラゴン達の存在意義だろう。そこに実行犯から、甘い囁きがあったら、断るに決まっている。
『我らは支配種と呼ばれていた。世界を暗黒に染める為に、魔王が創り出した手駒だ。瘴気は魔王が生み出し、今も垂れ流されている。だが水には溶けず、遥か天空にも届かない。故に支配種を創造、操作し、全てを我が物にしようとした』
 そもそも魔王が瘴気を創り出したのは、己を主とする国を作り、絶対の王政を確立する為だとセピエトは言う。まずは大陸を朽ちさせ、生物を限定化させる。そして生き残った者たちを民とし、自らの思い描く王国を作るのだと言う。その初代魔王は少なくとも高貴な家系に生まれ、常に政治が隣にあった。しかし、自らが王に成れぬと知ると、闇を携え家を飛び出し、魔物の王へと成り下がったと、セピエトは知る全てを教えてくれた。
『魔王は思い至ってしまったのだ、陸のみを支配した所で真の王には成れないとな。だから我ら支配種を創り出し、各地を蝕む様に命令したのだ。歴代では空と海の奪取を目的とする支配種が多かったが、アゴーボラは異端だな、陸の侵食をより早く進める為の奇策だろう』
 魔王を倒して欲しいと言う思いから、セピエトの口からは次々と情報が飛び出してくる。特に重要なのは、『魔王が拠点とするのは城ではなく塔の様な建物』だとか、『支配種は世界に三体しかいない事』だとか、『セピエトの時代の魔王には、憧れていた人物がいた事』とかだ。
『流石に何百年と経てば世界も変わるな。地形、気候、命あるものの姿形も、人やモンスターの強ささえも』
 奴の話したい事は山積みだった。次から次へと、必要不必要など関係無く、セピエトの知る事は洗いざらい。それでも俺達は静かに聞き続けていた。時に口を挟む事もあったが、真剣な話は一度たりとも遮らなかった。だが、最後に言われた事は、俺たちを震撼させた。
『お主らを冒険者、今では英雄と呼んだ方が正しいらしいが、そうと勘違いした理由が分かるか?それは、お前達が弱すぎるからだ』
 刹那、皆顔に皺が寄る。
『正確に言えば、我の知る平均は超えている。弱くなった我も超えている。しかし勇者かどうかと聞かれたならば、全く及んでいない。それだけ平和だったと解釈できるが、こと今回の魔王に勝つなど夢の話だろうな』
 その時四人から溢れ出たのは、一体どんな感情だったか。俺にも見える強い魔力の揺らめき。驚愕、動揺、焦り、そして顔に出た怒り。とりあえず言える事は、負の感情に苛まれている事だった。そして、こんな事を言われても、俺は些細な心の変動さえ無かったのに、自分でも驚いた。
『ただ誤解するな。あの時代には金属魔法など無い、魔法さえ力押しだった。今はより小さな力で、大きな効果をもたらす魔法が多く、剣技も進化している。戦ってみて初めて分かった。一概にどちらが上かなど我の口から言える物ではないよ。実際、そなたらは改良されたであろうアゴーボラを討ち倒している。例い全盛であろうと我の命を摘める』
 要するに、力が弱くなった分技術が秀でていると言う事か。
「そっか。んま、そんとこは心配御無用さ」
 険悪なムードを断ち切ってスピットが話し出した。
「俺は英雄やってたった五年だぜ?魔王討伐の期限はあと十ヶ月だろ?だったらそれまでにもっと強くなればいい話だ。そこの魔導士に至っては英雄になって、確か二ヶ月位だったっけ?それで俺らと肩並べてんだ。心配する必要がどこにある?こう言うも上手く使っての勇者だと思ってる。それより、メルの件を何とかする方を考えてくれないか?」
 その言い振りは、様だった。
『ああ、仲間の海エルフの娘か。我のせいで面倒ごとになったと言う』
 この瞬間をもって、セピエトから真剣な眼差しが消えた。
「シアにアンタの脅威が無くなったと伝わればそれで良いんだけどさ、とりあえず上に居るドラゴン達に言わなきゃ始まんないな」
 そう言いながらバトラがスッと立ち上がり、足を投げ出す様にしてゆっくり歩み出でた。
「だな、じゃあ俺行ってくるわ」
 その時顔を上に向けて飛びあがろうとしていたバトラの襟部分を引き、スピットが代わりに飛び立った。バトラはえ?と発言し、スンッと感情が凪いだ。そしてこんな事を言う。
「おい…流石にそれくらいは…俺今回ほぼ何もしてねぇんだぞ…」
 確かに、バトラはこの戦いであまり出番が無かった。あまり戦力になれなかった事を気にしているらしいのが、伸ばそうとした手を引っ込めしょぼくれた事からよく分かる。

 深淵の最奥へと勇者を派遣して何分経ったか。先代アビスとその従者が行使した封印の魔法により、外に居る我々には中で何が起こっているのか探る事が出来なくなっている。後どれほどの時間で決着するのか。あの者達ならそう長くは掛からないと思っているが、不測の事態も考慮すればまだ時間がかかると考えて良い。脅威の再生力、ベースは水属性だが操るのは雷魔法、そして魔王より賜りし闇魔法。あの魔導士が虚や空を使えるとしても相性込みで五分と考えている。
「主様。結果を急くのは理解出来ますが、覗き込んで分かる物では有りません。これで八度目ですよ」
 側近として仕えるウォータードラゴンに気にし過ぎだと注意された。もしもの事があれば指揮するのはわたくしだ。気を取られ、指示が遅れるなどあってはならない、のは、分かっているが。
「ん…」
 最奥への穴を離れようと首を逸らした時、封印の範囲を抜けて気配が一つ上がってきた。魔力の揺らめき具合からして、降下するより遅いスピードでヴォイルーゴが近づいて来ている。
「一人だけか…」
 焦ってなどいない事から、戦闘は早くも終わったらしい。
 ひょいと顔を覗かせたヴォイルーゴは私と目線を交わすと、周囲を見渡した後に不思議な事を言う。
「あのさ、アビスとアビス直属のドラゴン達…だよね?ほら、入り口に来てたあの三頭も一緒に、上に行っててくれない?」
『え、どう言う…』
 私が問う間も無く彼は再び最奥へ行ってしまった。予想と全く似つかない展開に戸惑いながらも、ただ彼が何かを企んでいる事だけは察しがついた。
「…行きましょうか」
 えも言わせぬとはこの事だろう。一体何がしたいのか不思議でならないが、例の三頭を引き連れて私は指定の場所、深淵の入り口まで上昇を始める。彼らを連れて来た時は話をしたかったのともう一つ、彼らに極力負担を掛けぬように遅かった。それが無ければ、この深海一万メートルの場所から五秒以内に到着する。
 四頭揃い踏みで上昇を始めて、中間地点を過ぎた時、入り口に存在が六つある事に気が付いた。魔導士が空魔法を使い移動して来たのだろうと察したが、どうにも一つ気配が多く、そしてそのサイズも巨大だった事に予感が頭をぎる。他の三頭も遅れて気配を察知し、私達は一秒後に見た光景に等しく慄いた。
『ほぉ…。にしてもセティエンティアこやつらの記憶の通り何も居らん。どこまで離れていったのやら…』
「さあ、俺達も把握出来てない。シアここに来たばっかりだし、細かい状況を聞くだけの時間も無かったしな」
 私の目に映るのは、よもやの景色。先代から継いだ記憶に有るばかりだった巨影が、今確かに目の前にある。記憶より一回り小さく、仰々しい出で立ち。だが、奇妙な確信がある。そんな容姿だけで無く、セピエトの内の何かが変わっていると感じ取っている。
「何の真似だ!」
 ハッとした時には、ブルードラゴンの片割れが条件反射で吠え、攻撃に至っては私以外の三頭全員が尾を構え振り下ろしていた。あれ程までに人語で発声しろと命じていたのに、それを忘れる位に憤慨していた。
『ああ!やっぱりぃ!』
「大丈夫だ。心配するな」
 ブルードラゴンの背びれは一列。ウォータードラゴンには尾に三列。尾を振ればそれら背びれを媒体として魔法を放ち、刃より鋭い斬撃を放てる。それが私達の種族が最も得意とする攻撃だった。だが、厳密には斬撃などではなく、緩急の激しいただの波である。
 魔法の行使で操れるのは水だけ。一部を尖らせ、そこにのみ極端に速い水流を作り、それを比較的遅い水流と並行させ、刃のように仕立て上げているに過ぎない。水を発生させるのでなく、変質させるのである。水が無い場所では使えないし、何より外部からその流れを一度乱してしまえば、たちまち無力となる。
 図体の割に怯える怪物に向かい飛び行く水の刃らは、その巨体の前に佇む赤黒い仮面の前でぱったり姿を消した。
「な?」
 そう振り向き言う彼には見えていたことだろう。魔力の流れを見ることが出来るその眼を以って、私自らが刃を解いた瞬間を。
「何故です!?を見逃すなど!!」
 ウォータードラゴンが声を張り上げる。勇者らには吠え声にしか聞こえていない。
『私の知るセピエト・グラークではありません。正確には先代の知る。…どうやら、私達は耳を傾ける必要がある様です』
 先代の背を走る悪寒が記憶から蘇る。その時感じた恐怖の正体、それを私は見つけられなかった。観測してやっと辿り着いた真実。奴は魔王の支配から逃れたその日から、今の今まで、『闇』など携えていなかった事に。

 ドラゴン達は、セピエトの話す事柄と、俺たちからの補足に終始静かに驚いていた。アビス以外の三頭は特に感情が外に漏れ出し、自覚無くソワソワと揺れていた。一方のアビスはセピエトの目の前でとぐろを巻いて、真っ直ぐ眼を見つめて話を聞いていた。
 俺達にそうした時と変わらぬ時間で必要な事は全て伝え終わった。その頃には他三頭もアビスの近くに鎮座して、殆ど動かず、会話を遮ること無く最後までそのままでいた。
「話の中で、『アゴーボラ』と言うのが出て来たのを覚えているか?私にも、あいつの中の闇が見えた。だから戦闘中でも、唯一『光』を使えるヒカルに言った、使わなくて良いのかと。まだ使わないと返されはしたが、それは彼にも潜む『闇』は見えていた証。最奥に入った時、私にも彼にも、それが見えも感じもしなかった。これだけでも答え合わせになるだろう?」
 アビス、セピエト、ターラが主な話し手で、その他は基本輪の外だった。
『これは言い訳にしかなりませんが、結界の外からでは、内に居る者の存在も魔力も遮断され、知覚する事は叶いません。闇の封じ込めに成功しても、気配さえ恐れた者がいた為に隔離したらしいのです。また、魔力は基本心臓か脳付近に留まっており、最奥から逃げ果せた触腕から魔力を探る事も叶いませんでした」
 アビスは目をそっと閉じ、深く頭を下げる様な動作をとる。しかしセピエトは辞めてくれと言いながら前腕二本でアビスを元の体勢に戻した。
『確かに返り討ちにされたあの時は頭に来たが、壁を破る時に結界の効果を知った。あれでは分からなくても当然。むしろ貴様は正しい行動をしたのだ』
 二体の和解は考えていたより穏やかに進んだ。アビスは一族の失態を悔い、セピエトはそれを許した。知らないほど恐ろしい事は無いと、セピエトは言った。かの有名なシュレディンガーの猫と同じ、観測するまで中で何が起こっているのか分からない。しかも今回問題だったのは、世界を滅ぼせる力を持つ闇が生き続けているのか、死んでいるのかだ。もし蓋を開けて闇が再び放たれればどうなるか、アビス自身よく知っている。そんな世界の命運を分ける究極の二択、安全な方を取るのは誰だって同じだ。
『もう良いだろう?久々の外だ、やる事やったら気ままに生きさせてもらうさ』
 平謝りを続けるアビスを諭し、セピエトは次の話題へと移行させた。それはお待ちかね、我らがメルについてだ。
「そうだ。私達の目的は、結果的にメルを再び勇者パーティへ帰還させる事。セピエトの首を土産にするつもりだったが、そうも行かなくなった。アビスよ、奴を討つのは侵膿ヘドロを止める為、こんな結果でも目的は達成したと言って良いだろう?」
 会話のグループの中で最も小さく、かつ異彩を放つ者は言った。アビスはそれを肯定し、また、更なる過ちを犯さず良かったとも言った。
「ならばだ、ショゥルにどう報告したものか、考えるのを手伝ってくれんか?」
 ターラの提唱に二体は賛同した。元々シアからすれば、セティエンティアのせいで少ない居場所を追われた深海魚達が押し寄せる事が問題になっていて、が居なくなるだけで多少の解決になる手筈だった。しかしそれがドラゴンとの、もっと言えば張本人との兼ね合いで不可能に。その代替案必要になった。
『今度はあれか?シアとやらの住人か?』
 セピエトもアビスも、シアの王の名はまだ聞いていなかった。俺達も知ったのはアビスと出会い帰った後だった。直後にターラから、その王の名だと言われ、少し面食らっていた。しかし、いざ話し始めると、次々とシナリオが決まって行った。
 第一に国王を呼び状況の報告と、王族のやって来た影の仕事の発表。それは以前から必須の事。第二に、式典前にセピエトの亡骸の公表だった物を、アビス自らが趣き、勝負への第三者介入による無効試合宣言に変更。更にその後、セティエンティアの本体であるセピエト・グラークの登場と、謝罪。最後に、王への報告時に最終決定するが、メルの結婚式の取り止めと勇者稼業への復帰と、モートンへの王位継承の延期の発表がされる事になった。
 ターラが元の計画を話し、アビスとセピエトが替えの案を出し、それを少し改変してターラと俺たちがOKを出す。そんな具合で四半刻も掛からず全ての段取りが決定された。
「後は…ショゥルの返答次第という感じか」
 アビスとセピエトがうむと返し、ターラは一仕事終えた風に背伸びをし、俺たちの方へ戻って来た。
「お疲れさん…何から何まで任して済まんな」
 ジラフが労いの言葉を言うと、ターラはいつも通りのだんまりに戻り、しかし首を縦に振った。気にするなと言った様に俺には見えた。
『本当にこのままシアへ行かれるのですか?式典までは後七日あるのでしょう?一日二日後でも問題無さそうですが』
 さあ行こうと言う雰囲気の俺達にアビスがそう語り掛けた。言われた通り、第一段階である王への報告は、実はたった今から行く事になっている。それは王の返答にどれだけ時間が必要か分からないから。だったら早い方がいいよね、と言う思考である。
「そのつもりだけど。だって休んでらんないじゃん?」
 アビスから最も近くにいたバトラが代表して答えた。確かに、今から行動を起こすとなると夕飯も食べられなくなりそうだが、それ位で音を上げる様な人たちでは無い。筈なんだが、一人だけ普段より瞼が上がっていない人が居た。見るからに不服そうで、強く目で訴えていた。
「…何だよスピット。思い通りに行かなかったなぁって顔してんな」
 バトラが少し気怠げにスピットに言った。
「あ、分かる?」
 待ってましたと言わんばかりの顔で彼は反応した。
「お前はすぐ顔に出るからな…」
 面倒な事になりそうなのを悟り、バトラは気を落とした。
「予定変更して良いか?まあ初めはショゥルに報告だが、他にも先に知らせておきたい人らがいんだ」
 指をクイとさせ、アビスに近寄る様にと指示をした。スゥっと近寄り、スピットの目論みを耳打ちで聞いたアビスは、わざわざため息を吐きそれに応えた。
『良いでしょう…しかし、あなたと言う人は…』
 アビスもはたと呆れるその計画は、度を超えていると忠告すべきか迷うが、混乱を起こすならベストと言えなくも無い。目標に対して是か非かがグレーゾーンだった。一応の答えはターラが出した。これも、ショゥルと要検討、だそうだ。
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