転移した世界で最強目指す!

RozaLe

文字の大きさ
上 下
41 / 48

第三十七話 行く道にて

しおりを挟む
「うわあ…結構面倒なことになってたんだ」
「うん。まあ、間接的に海そのものが救われたんだけどね」
 ここはマニラウ。中央にそびえる大工房の近くのレストランの、人も殆どいなくなった、と言うよりひとっこ一人いない時間に、俺はステーキを頬張っていた。
「て言うかさ、ピーリー焼肉店ここが噂の発信地になってるって本当?」
「あはは…多分私がちょこちょこお客さんに話してるからかなぁ…」
 苦笑いを浮かべる彼女はリタ。ピーリー焼肉店のウェイターをしている女性で、歳は俺より三つ上の一七歳。白髪に赤いラインが毛並みに沿って入っている。これは地毛だと言っていた。代々家族はこの様な髪色を持っているとも言っていた。
「だろうと思ったよ。まぁ、減るもんじゃないし良いけどさ」
 俺が食べているのは『オヴンステーキ』と言う、フォルガドルで放牧されている動物性モンスターの肉を使った辛味の強いステーキだ。部位もそれなりに希少な所を使っているそうで、値段ももちろん張る。が、今やそんな値段の事なんて気にする事も無くなっている。
「それで?そのモンスターって倒したの?勇者パーティヒカルくんたちなら全然余裕だったでしょ?」
 俺の座る反対側で、リタさんはテーブルに上半身を預けて伸びをした。そのままくたっと力を抜いて、顔だけを上げてこちらを見る。メルも時折りする動作で、どこか猫の様な気を帯びる。
「ん、まあね。結局みんな死ななかったから良かったよ」
 シア及びプライトルを出て、フォルガドルへ行く途中。リチュードと言う集落に現在腰を落ち着かせている。ここへ転身で来る前、みんなも来ないかと誘ったが、邪魔立てはしたくないと言われ突っぱねられた。つまり俺以外はそのリチュード村で昼食をとっているし、現在のフォルガドルについても聞き込みをしてくれている。それらを任せっきりなのも悪いと思ったが、気にするなの一点張り。皆の笑顔があんなに下卑ていたのは久しぶりだ。
「…そうそう。ディザントがね、正式に声明を出したよ。色々端折るけど『モンスターとの共存を決定した』だそうよ」
 リタさんは思い出した様に言った。それは俺たちにはまだ届いていない情報だった。マニラウとディザントは頻繁にキャラバンを通して交易をしているから、情報も素早く入って来やすい。ついこの間、王都トエントへ使いが行ったらしく、もうすぐこの国全土へ通達されるだろうと。
「なんでも、砂漠の王が戻られたとか言ってたよ?詳しく聞けなかったけど、それもモンスターらしいね」
 最初は私も困惑したなぁと一人で頷いているリタさんだったが、その時俺の動かしていたナイフとフォークが止まっていた。あれ?と思ったのだ。
(みんな知らないよな…多分。それ、多分ドラゴンだ。イエロードラゴンだろ。でも、砂漠のドラゴンはアイツだけの筈だ。調査したもん。まさかもう次が生まれたのか?)
 俺はシアにいる頃、アビスから聞いたのだ。ドラゴンと言うのは、例外の一種を除き、それぞれ一頭づつしか世に存在しない。ブルードラゴン系統は、セピエトと言うイレギュラーによりその数を増やしたと彼女は言っていた。また、次のドラゴンが生まれるのに、少なくとも二月以上の間隔があるとも言った。明らかに二ヶ月も経ってない筈、なのにもう次のドラゴンが復活したらしい。
 ドラゴンは自らの住む領域の秩序を保つ存在。増え過ぎたモンスターを排し、異常が発生すればその為に尽力する。人と諍いを起こすのは稀であり、起こしたとて、それは一種の『力試し』。の事が殆どだそう。
 とにかく、異常な事が起こって居る。だがかと言って何か心配する訳でもない。ディザントはモンスターとの共存を始めたと言った。ディザントの領主か、砂丘隊の面子かが始めた事。そこに本来砂漠の生態を管理している者が帰って来ただけ。ショゥルと同じ言い回しにするならば、『砂漠の意思』と呼べる存在だ。むしろ安心してるまである。ただ、この世界の法則が崩れて行っていると、密かに思っただけだ。
「ねぇねぇ、今度はどこに行くの?」
 俺の燻った顔を覗き込み、リタさんは問いかけた。
「色々確かめなきゃいけなくなったから、フォルガドルに行く」
 その名を聞いた途端に、リタさんの顔色が悪くなった。反射的にテーブルを手のひらで打って立ち上がり、腿をテーブルのへりで擦った事にも気づかず、倒れ込む寸前までこっちへ身を乗り出した。
「ッフォルガドル!!いっ今、あそこがどんなに危なくなってるか知ってるでしょ!?」
 こんなに慌てる彼女は初めて見た。それだけフォルガドルの治安が悪化しているらしい。いつかから始まり今日に至るまで、フォルガドルの噂は腐るほど聞き、また現状も把握しているだろう。しかも、リタさんが聞いているのは数日か数週間前の情報だ。人が聞きここへ伝えるまでに、現地の状況はさらに悪化していてもおかしくない。
「心配しなくて良いよ。大丈夫だから」
 俺はステーキの最後の一切れを口に運び、水を一口飲む。彼女は俺の言葉で安心しきれなかったのか、眉を八の字にして表情を曇らせる。分かった、その一言を最後に彼女は黙り込んでしまった。
「じゃあこれ、会計ね。また来週」
 値段丁度の硬貨を渡し、俺は店を出た。見送るリタさんの顔は冴えず、初めて手を振り返してくれなかった。

 フォルガドルへ向かう道中、リチュード村にみんな居る。火山が近く土壌がまだ育ち切っていない場所故に高い草木は無く、しかし海が近い事により植物自体は多い。リチュードでは牛や豚などの飼育。火山により近いフォルガドルではそれらに加えて、燃え盛る綿毛を持った羊型のモンスター『オヴェラ』に、この世界で唐辛子の役を担う植物『アルディアラ』を育てている。
 牧畜中心の街だから平屋が多く、住民も少ない。しかも若者は家畜の世話係ではなく、英雄を目指して街へ出ていく為、ここには年端も行かない子供とその親か、少なくとも三十路以上の帰郷した者が大半だ。だからこそ基本的には平和な村だそうだが、今日だけは違った。この世界ではお決まりの様式なのか、街の中心に広場があり、そこにマニラウ程ではないが広場が埋まりかけるくらい人が集まっていた。
「いやあ、あなた達が来てくださったのなら安心ですわい。最近はここらが物騒になって敵いませぬ」
 少しだけ聴覚強化を施したら、中心からおじいさんの声が聞こえて来た。ついでに聞き馴染んだ声も。
「ああ!任せなさいな!今回の仕事のついでに片付けるよ。…あでも、本筋が片付き次第一旦手を引くぞ」
 やるべき事があるので、と言いスピットは締めくくった。それで十分だと、おじいさんは返す。リチュードの村長らしいその老人は、ここに長く居座らない事を聞いていたのか、何か記念になる物を残して欲しいと言い出した。無茶振りなのを承知で、できればですがと付け足した。
 その時、痺れを切らしたのか、二人にしか聴こえぬ獣の声が響く。
『来たぞ。知らせよ』
 たった二人の聴こえる者は、その身をピクッと震わせた。片やその獣の憑く少年、片や仮面を付けた剣士。仮面の御仁は、意外と早かったな、と自らの耳にだけ届く囁き声で言った。彼は普段俯いた顔を上げ、言霊を込めて言う。
「帰って来たぞ」
 その瞬間に皆の意識はターラの言葉へ、そしてそのまま突然現れた少年に釘付けとなる。
「お!おかえりー」
 見慣れた仲間達は当たり前の様に迎えるが、そうでない者達はちょっとした異常風景に言葉を詰まらせた。
「やっぱりマニラウあっちにも噂が広まってる。かなりやばい状況らしい」
「そっか…プライトル前の関所でアルガフが言ってた、獣人国ハイミュリアのギャング『ルィック』が原因らしい。最近何故か知らんが活発化してるってさ」
 俺があまり深く追求出来なかった事を察して、スピットがあちら側でまとめた情報を話した。
「へぇ、ルィックねぇ。名前は大して恐ろしくないな」
 俺の溢した率直な感想に、そのまま彼は説明した。
「んま、名前はな。だが、ダッドリーとアルガフから聞く限り、法律でアウトな事は大体やってるらしい。そんでもって構成員も多い。人と言えど、身体能力や繁殖力は獣の特徴と同じ。だから、いつまで経っても鼬ごっこなんだと。だからせめて警備の強化と被害の減少をってのが、今あいつらがやってる事だ」
 スピットは英雄になる前、ダッドリー率いる騎士団の元で修行していた。その時にルィックの事はもう耳にしていたのだろう。そして今も情報くらいはもらっているらしい。因みに例の関所で初めて聞いたダッドリーとは、スピットの育ての親であり、現在の王都騎士団の団長でもある男である。以前暇だった時に聞いたんだ。
「つーわけで、出発しようか。あ、その前になんか渡せる物ないか?」
 真面目な話が終わると村長のお願いを思い出し、いつもの明るい笑顔で皆に振る。村長はありがたそうに腰低く会釈を繰り返している。そこで俺は、一つ思いついていた事があり真っ先に声を上げた。
「それなら俺に考えが。メル、小さめの氷塊作って」
 メルは言われるがまま、直径三十センチの氷の球を作った。それを俺へ手渡し、何をするの?とワクワクしながら腕をパタパタと振る。メルに限らず村長含め、周囲に集まっている人々も興味を持ってまぁ見ててと言いながら、少し下がってと手振りで伝え、十分下がった所で俺はある魔法を行使した。
 パキンとザクッの中間か、それらの重なった音が響いた時、氷は砕け、パラパラと破片が舞い落ちる。俺の手の上にあった氷塊は、水色に輝くトロフィーとなってそこにあった。
「…うわぁお…」
 台座の上に円盤が立ててあるのを基本形とし、円盤には枠を設けその中心には王都のマーク。そのマークに被るように、いつ決めたのか分からない現国王デザインの勇者のマークが彫ってある。
 いつの間にか出回っていたシンボルには、メンバー六人分の各個をイメージした紋様が入っている。スピットなら頬の傷、バトラなら矢と眼鏡、ターラは仮面の上半分。ジラフは槍と盾、メルは丸い覆鎧と言う具合だった。残る俺はと言うと、三つの菱形が中心に集まり、その外に淡く獣の耳と、牙と、爪が描かれている。取り分け凝ったデザインだったし、位置で言えばスピットの隣に描かれ、まるでツートップと言わんとしている様だった。
「こっ!これを儂達に!?」
 この上ないほど興奮しながらも、村長は俺からトロフィーを受け取った。そしてその手に渡った時、冷たさを感じない事に気がついた。スピットも感心しながら、リチュードの皆に礼とさよならを言い、俺達も後に続いた。その後少しの間、後方から感謝と感嘆が聞こえ続けた。
「なぁメル、溶けない氷ってどうやったんだ?」
 村の牧地を抜ける頃、バトラが目ざとく質問をした。いくらすぐとは言え濡れてもいない手と、村人の驚き様で仕組みを知ったらしい。
「ああ、私の回復魔法と同じだよ?絶対熱よかで溶け出さない様にしたら、なんか冷気も出さなくなったんだ」
 この世界の物理学の知識はまだ浅い。ふーんと流すバトラだったが、今はそれで十分じゃないだろうか。魔法でやってる事だし。
 ともかく、休憩も聞き込みも終えた。次はケシュタルの居るフォルガドルへ向かうだけだ。村を出て勇者だけになり伝え聞いた事によると、どうやら彼はルィックと何かしら関係があると考えられるそうだ。ルィックが活発化した最近になってフォルガドルへ居座っている。ディザントの時も、直前までフォルガドルに居たそうだから。ただこれはジラフが覚えていた事だ。その他みんなはその話を覚えていなかった。
 初代魔王と同じ家系のケシュタルと、ケシュタルが関わりをもっているかもしれないルィック。もし後者が悪い方に真であるとなれば、魔王とルィックとまでもが繋がっている事もあり得る。ただ、それらは行って確かめなければ分からない。俺達はみんな、まだ彼を見限って居ない。何故なら、俺達が長く間近で見て来た彼の行動や笑顔が、嘘だと思えないからだ。
「でも、そのユアン・クラムバスってさ、プライトルの書籍にはブラムスカって姓で載ってたよな?なんで本に嘘書かなきゃならんのさ」
 色々と話が進む中、スピットが珍しくも小難しい話を始めた。どうやらシアの王子が押し掛けたと言う休日に読んでいたらしい。そしてそれはバトラも目にしていた内容だった。
「やっぱり気になってたか。ユアンってどっかで聞いた事あったんだよな」
 どちらかと言えば見た事だと思うが、それは気にする事じゃない。その内容にこそ用がある。
「そこには何て書いてあったんだ?つか、そもそも信用できる本か?」
 初めて耳にした情報でも簡単になら考えられる。聞いた通りなら『クラムバス』と『ブラムスカ』は書で偽られているだけで、実際は同一の家系という事になる。しかし、以前の調査でも分かっている事だが、国王の家系は当初から変わらず、クラムバス家も独自で続いている家系。交わる箇所は無し、少なくとも記録上は。
「セピエトに頑張って思い出して貰って出てきたのは、魔王は元々王族だったって事。一応本の内容と一致してる。でも細かい事は分からない、奴が次男だったのかも魔王になる以前はどんな人物だったのかも」
 正直言って、もうみんな頭がこんがらがって頭痛を起こし始めている。数百年前の記憶か、数百年前の記録どちらが正しいか分からなくなって来ていたのだ。信用できそうなのはセピエトの方だが、それでも足りない。そもそも勇者と言えど首を突っ込んで良い話なのかすら分からない。今回はただ一つ、簡単な事をこなせば良い。ケシュタルに直接問いただす。それで白か黒かはっきりさせればそれで良い。今この時からケシュタルから出る魔王への糸口をあれやこれやと想像するのは早計かも知れない。
結言侖けつろーん。行って訊くだけで良い。だな、うん」
 同じ所をぐるぐる回り始めていた論争にスピットが歯止めを掛けた。話している間に随分とだだっ広い草原に来たが、そこもかしこも腰辺りまでの高さの草が生えている。遠くには今も黒い煙を吐き続けている火山が見え、溶岩流も毛細血管の様に何筋も見える。フォルガドルと言う街は、あそこの麓にある。
「てかさぁ…」
 急にスピットは足を止めた。既に双剣の片割れを左手に持ち、首をあまり動かさない様にしながらも出来るだけ周囲を見渡していた。その時、ターラとジラフが同時に武器に手を掛けた。どうやら出たらしい。
「居るよな」
 がさっと風が鳴り、姿勢低く影が飛び出した。狙いはスピット、その存在の突き出した爪が彼へ伸びた。だが普通に届かなかった。鋭い爪はくるりと回しただけの剣に弾かれ、そのまま柄で頭を殴られ気絶させられた。ドサッと倒れ込んだその存在は、概ね人型をしていた。
「あっ」
 スピットの足元に延びている人型には、獣の様な毛と、足と、尾と耳が付いていた。間違いなく、彼は獣人だった。
 それを確認するや否や、今度は八方から仲間だろう獣人達が飛び出して来た。八方と言ったが人数も丁度八人。勇者各個に一人ずつ、しかし俺には三人が襲い掛かって来た。
「ガキが、良いの持ってんじゃねぇか」
 俺に襲いかかって来た中でも最も大柄な獣人がそう語りかけて来た。やはり四足獣さながらの低姿勢、目線は俺の目元に向けながらも、狙っているのは俺の首元より少し下にあるらしい。獣人らの爪が向く先は全てそこに集まっていた。
(なるほど。目当てね)
 一斉に刺突が繰り出された。三方向から攻撃されると、人は避けようとしてもどれか一つには当たってしまうと言われている。最悪回避も虚しく全弾当たる事もある。なら避ける必要なんて無い。当たる前に抑えれば、全て無かった物と同じ。爪先が胸元に触れるより一瞬早く、獣人達は重力に引っ張られる様に崩れ落ちた。
「ムガッ!」
 俺の相手の内二人は長く突き出た口を持っていて、余計叩きつけられたダメージは大きかった。そして彼らは揺れる視界の中で、それを見た。鮮やかな、しかし半透明な緑色の植物が、全身をくまなく縛り地に押さえつけているのを。そして唯一口が無事な一人が言った。
「コイツァ…魔導士か!?」
「正解」
 俺は無様に伏す獣達に、丁寧に教えてやった。
「これは風魔法『がらみ』。俺としちゃ自然魔法って呼びたいんだがそれは良いとして、この魔法は『種』から植物の様な像の鎖を伸ばし、自在に操り縛る魔法。今回は種の代わりに、そこら中にある植物の根を借りてみた。特徴同じだろ?つうか、お前らもしかして…」
 偉そうな餓鬼に見下され歯軋りの酷く耳障りになった頃、スピットが叫んだ。
「ああ!バッジだ!」
 丁度問い質そうとした矢先に、スピットが彼らの正体に迫る決定打を見つけた。俺が振り返ると、既に残る五名の獣人は積み上げられており、等しく意識不明だった。最初に倒された人も含めると合計九人。メルが作った太い氷柱に全員を括り付け、ついでにうるさくなりそうなので口も縛り、俺らはスピットの発見したバッジを覗き見た。
 丸くて平べったく、直径1センチ程度。銀色の金属で作られていて、作りたてなら金の塗装があった事も見て取れる。他の獣人にも同様のバッジが服のどこかに付いていた。俺を襲った獣人の一人からは、黒い塗装のバッジが押収され、それがこの部隊のリーダー格だという事も察しがついた。
「これ、ルィックの構成員バッジだよ。数年振りに見たけど、正直見飽きた」
 バッジを摘み上げそれを見ながらスピットが言った。英雄になる前に衛兵の手伝いでもしていたんだろう。その時から繰り返し見て来た物だからと言って、特段思い入れは無さそうだ。
「コイツら、何目的?」
 バトラが間髪入れずに口を開く。
「これだってさ。鼻が良いと判別付くらしい」
 それに俺は、胸元に入れてあるネックレスを取り出し、それを掲げる。みんなから納得の声が上がる程の価値の宝石がそこにぶら下げてあった。
 青い宝石、内側は太陽光を反射し水色に輝く。その中には不純物も混じるが、それさえも輝きのエッセンスにする。ディザントでしか採掘されず、加工にも専用のスキルを持った鍛冶屋が必要な特別な宝石。
「『砂漠の蒼星』かぁ…まぁ英雄の中でも常に持ってるのはお前くらいだろうな」
 ジラフのコメントに加えて俺は防具無し。鎧も着ていない少年は、さぞ格好の的に見えた事だろう。それがまさか、あの勇者だとは思うまい。
「でー…あの子達どうする?」
 メルが九人の獣人に目線を送り、俺達五人は低く唸った。だがしばらくすれば、こう言う仕事に慣れているスピットが対応法を教えてくれた。
「まずはだな、コイツらが出て来た草むらに入って荷物を見つける。応用風魔法、もとい空魔法はあっちも使える。何処かに隠し通路があるからそこに入ろう」
 既に段取りが決まっているかの如く淡々と、スピットは勇者としてではなく騎士の一人として先行し始めた。それをぼけっとみていた俺達だが、彼が草むらに足を踏み入れた頃にやっと歩みを進めた。普段垣間見れないスピットの一面を見たからだろうか、少しだけ見惚れていたのかもしれない。
 草むらはどう見ても普通の草むらだったが、獣道の様に草の生えていない場所があった。ある程度高い植物だったから葉先が拡散して、根元なんて見えない状態だった。その中を彼らは超低姿勢を生かして何も無い場所を通り、音もなく近寄る事が出来た様だ。
「ん?おーい!ここに穴があるぞ!」
 ジラフが草むらのより深い場所で叫び手を大きく振った。皆がそこへ集まると、足元には直径数十センチの穴があった。しかもあまり深くなく、太陽の光が容易に底を照らしていた。
「ここだな。よっ」
 そう言ってスピットは真っ先に飛び降りていった。と言うよりかは吸い込まれていった。少し跳ねたと思えば、足元から縮小していって穴の中へ行ってしまった。
「あ!おいって!」
 バトラが手を伸ばすも、その手が穴に近づいた事で吸引されそうになった所で踏みとどまった。うわぉと咄嗟に声が出たバトラだったが、結局穴へ降りた二番手の人間となった。彼に続き、ジラフ、メル、ターラ、最後に俺が穴へ飛び込み、ついに全員が不思議な体験をする事になった。
「…んだ?これ…」
 降り立った場所は土でできたトンネルそのもの。例の坑道と同じく崩れる心配はなさそうで、照明として使われている火も魔力で燃焼していて、悪い気がたまる事も無いだろう。
「これが空魔法で作った空間だろうな。空で出来る事は幾つかある。空間を完全に隔てる事、空間を丸ごと移動させる事、空間の隠蔽。そしてこれは、空間の拡張だろうな」
 俺はともかく、魔法に関してはスピットが一段と博識だったらしく、みんなが感心していた。空間の隔離と、空間の移動は、俺も使える『断空』と『転身』が良い例だろう。隠蔽も坑道行きのテレポーターの待機場所がそうだった。今回のは初めて見るタイプだ。
「これがか…よくもまぁ、難度の高い事を」
 ジラフが周囲を探りながら言う。
「え?でもさぁ。獣人って魔法使えたっけ?」
「ああそれは追々な。てか知らないんだな、そこら辺の事」
 メルの疑問がスピットによって振り払われ、その一言でメルの頬は膨れた。
「あれだ」
 スピットが相変わらず先行し、それを発見した。近づいて見てみると、三つの車輪がついた引っ張って動かすタイプの荷車だった。既に荷台には幾つも物が積んであるが、上から布が被せてあって何かは分からない。
「これって…あいつらが盗んだ物か?」
 バトラは情報通のスピットに問うと、半分正解と返って来た。再び荷物へ目を向け、スピットが躊躇無く布を剥ぐと、荷物の全容が明らかとなった。
「盗んだ物もあるだろうが、大体は密輸品だよ」
 何かの動物かモンスターの角、珍しい魔力を孕んだ石。既に加工された魔石の杖。特に目を引いたのは、様々な種類の石と鉄に、独特の臭気を放つ黄色い石に、とある物の設計図。それは見るからに横に長く、殆どを鉄で構成した筒で、特に湾曲した持ち手付近の構造は複雑で、トリガーとそれと連動する着火機構がある。間違い無い。
「銃か…」
 ふっと言葉に出た。まさかこの世界に有るとは思っていなかったからだ。しかし銃と言えどもその形式は古い。俺の世界では四百年前位に生み出されていた物だ。しかし、この世界では科学より魔法が重視されている。これでも十分最新式だろう。
「知ってたな」
 ふとした時、スピットは微笑み呟く俺へ目を向けていた。そのまま銃を手に取り話し始める。
「その通りだヒカル。これは銃だ、しかも俺が見た事ないタイプだな。でも火薬の方は変わって無い。そこの黄色い石や木炭、あとは硝石を火薬にして鉄の弾を撃てる」
 俺はまた驚かない程度の事だったが、他はどうだ。皆一様に思い詰めた顔をしている。
「スピット。その鉄の弾ってのはどの位のスピードだ?」
 ジラフが質問を投げかける。帰って来た答えは、秒速三百メートル位。それは俺たちにとっては大した速度では無いかもしれない。しかし、勇者視点からの物言いが常識に当てはまるはずが無い。流通し、悪用すれば、一般人は勿論、英雄の芽や中堅クラスまでもが毒牙に掛かる。その考えに皆が至った時、さらにスピットが情報を足した。
「あそうだ、こうやって密輸されてるって事は、向こうの大陸じゃ量産体制が整ってるって事だ。これより出来の良い銃か、もっと凶悪なのが、あっちには有るだろうね」
 俺からすれば想像し易い。つまり雷管を組み込まれた現代の形を持っているかも知れないと言う事だ。それか、魔法を組み込んでいたなら。
「まあ、これがどんだけヤバイもんかはもういいだろ?んじゃ、これを持って関所まで行くぞ」
 スピットの指示に、俺たちは黙って首を縦に振った。
 荷車ごとメルの氷で閉ざし、矢を一度突き立て窪みを作り簡単な楔を作る。後でここにバトラ自前の火薬矢を突っ込んで起爆させれば一気に氷が崩壊する仕組みだ。荷車を引くのはジラフとターラ。獣人らは残りの四人が二、三人づつ引きずって行く事になった。
 ちょっとした足止めを食らってから小一時間で、最寄りの関所に到着した。辺りからは背の高い草がいなくなり、たんぽぽ位の小さな花だけしか目に映らない。より浅黒い岩肌が多くなり、緩やかな傾斜が知らぬ間に足を疲れさせる。
 関所の前の道らしい所の両脇に、騎士が佇んでいた。そこに俺らがやって来ると、彼らは首の動きだけでコミュニケーションをとり、片方がこちらへ小走りでやって来た。
「スピット君じゃないか。彼らは勇者パーティだね?いやぁ、今回も助かったよ」
 近寄る時から笑顔を絶やさず、その人は会釈を繰り返した。
「今回は九人だよ。あと、荷物も押収したぜ」
 繰り返して来た事だろうから、流石対応が早い。そして日常茶飯事な騎士にとっても慣れっこだった。スピットの指示でバトラが背から矢を一本取り出し、楔にそれを突き立てそれを引き抜いた。ドゴンッと想像より強い爆発が起き、氷にはヒビが一挙に走り瓦解した。あの爆発でも内容物は無事だった。燃え易い物も入っているのに。
「それで、聞きたい事って何かい?」
 プライトルの時と同じ様に、俺たちは応接室へ招かれ紅茶を頂いていた。ただ、スピットはカップに手を付けずにさっきの騎士から情報を得ようとしていた。
「今の状況。ルィックが活発になってるって散々言われてるけど、どれだけ酷いのかをね」
 影響範囲は、この国『ルグトリノ』の南西の海岸からトエントの少し北までと、獣人国『ハイミュリア』の北側領土に及んでいる。俺の居る国がルグトリノという名だったのは初めて知ったが、ハイミュリアの北側領土だけでファムエヤの倍近い面積を持っていることも初めて知った。
 ルィックは、ハイミュリアで生まれたギャング。総構成員数は数百万単位。一人のボスと、ボス直属の幹部、更にその支配下に置かれる統率者、その指示で動かされる上級構成員に、最も位の低い下級構成員で成り立っている。金メッキのバッジが下級構成員、黒メッキが上級構成員だった。
 ルィックは、勿論あっち側でも恐れられている組織で、一般国民は日々恐々としていて、遂に勢力拡大に伴い、ルグトリノへ安全確保の為移り住む者も最近多くなって来たらしい。
 恐れられている理由としては、人攫いが主な理由。地方の貴族などの金持ちの中には、大枚を叩いてでも奴隷を欲する人も多いらしく、国籍問わず、条件に合った者がいれば状況次第で直ぐに連れ去る。その他では違法薬物の売買、暴力沙汰、最悪の場合殺人。また依頼を受けての汚れ仕事や重要物資の強奪もする。何より戦力の増強に重きを置いていて、先に言った犯罪の行動原理も資金を確保する為だろう。と、騎士は語った。そして活発になっている理由はそれだけで無く、なんと、フォルガドルの周辺に拠点が完成したためだと思われると言った。
「…嘘だろ?」
 未だに紅茶に手を付けず、スピットは騎士の話をじっくりと聞いていた。ようやく口を開いたと思ったら、より深刻な表情になってしまった。
「それは初めての事か?」
 目線を騎士へ向けて言った。普段の声より1オクターブ低く、真剣すぎて逆に心配しそうになる。
「初めてってわけじゃねぇけど…前回が…えっと…あ、190年位前だっけな。今のオニキスと共同で潰したんだと」
 軽い物言いで騎士は言うが、その年数は人間にとってとてつもなく長い期間だった。この世界のエルフの生まれてから死ぬまでの時間を超えている。しかしそれ以前からルィックは巨大な組織であり続けている事が確定した。盛者必衰であるのに、組織は寿命に抗い続けている様だ。
「あの婆さんね…ん、あっちからの侵攻が無いのって婆さんのおかげなんじゃ?…」
 スピットはオニキスを婆さんと呼んだ。正直それがどんな存在なのか未だ不明だ。少なくとも、武器に加工出来る爪を持ち、心なる素材を生み出し、エルフを超えた寿命を持っている。確実に人の類いでは無いが、人並み以上の理性と正義感を持っていると聞こえた。
 騎士はスピットの発した小声に対して、ふふっと笑いながら、気付いた?と語りかけた。騎士がオニキス鋼山こうざんを警戒する必要が無いのは彼女のおかげだとも言う。
「そっか…じゃあ今回も共同戦線張るの?」
 いや、それは断られてた。と騎士は軽く言った。と言うのも、理由はまさに己にあった。
「今回は歴代最強って言われてる勇者が来るから私の出る幕は無いってさ。スピット君はそれだけ信用されてるって事だよ。んまあ彼女は彼女で気になる事があるらしいし、そっちに専念したいのもあるかね」
 そっかー、とうなだれるスピットだったが、まいっか、と言って起き上がる。協力してくれれば楽になるなとでも思っていたのか。しかし、最も俺らが欲しいのは最後に尋ねた情報だった。
「じゃあ、他に協力してくれる人って誰がいるんだ?」
 騎士は少し時間を置き、大体を思い出して概要を伝えた。
「それがさ、各地の名うての英雄を招集して戦力増強を図ったんだけど、集まりが悪いらしい。ディザントは後回しにして北の方から声を掛けて回ったんだが、今の所指折りしか居ないってよ」
 どうやら追加戦力は当てにできなさそうだ。続いてスピットが問う。
「じゃあ支援の方は?人が集まるんだから物資も連絡手段もいつも通りじゃないだろ?」
「当たりめぇよ。特に食料に関しては国全土からそれなりに貰ってるし、連絡手段ならが居るから助かってるよ」
 その一瞬、勇者の視線は騎士へと静かに集められた。あの人って?とスピットが追求すると、騎士はにこやかに答えた。
「ケシュタルさんよ。いやぁ水晶の技術って素晴らしいよねぇ。見たままをうつせたり動像どうぞう録れたりさぁ。懐サイズの水晶で長距離でも連絡がとれるから大助かりだ!今はフォルガドルに泊まっててダッドリー団長と行動してるはずだよ」
 その騎士が楽しく語っている傍で、スピットは俺たちに一瞬顔を向け、一度だけ頷いた。ケシュタルはフォルガドルに居るだろうと言う仮定から、そこに居るとの確定した情報になった。そしてこれから俺たちがする事は、ルィック関連の案件をこなしつつケシュタルへ接触し、彼の真意を探ると言うので決定した。
「なるほどねぇ。その水晶なら俺らも砂漠で使ってたし、問題無いんじゃねぇかな」
 え、まじぃ?と騎士が驚いている前で、スピットは紅茶を一気飲みすると、すくっと立ち上がって溌剌とした声で言う。
「よし!出発だ!」
 了解、と五人が言い、空のカップを置き去りにして関所を後にした。
「でさ、あの九人ってどうなんの?」
 関所の入り口を出るとバトラがちょいとスピットに訊いた。
「そうだね。物品は回収して、破壊して、王国の資源に。獣人共は軽く禁固刑にされた後にハイミュリアへ引渡されるだろうね。まぁ引き渡したんだし考えなくてよろしい!目の前の問題に集中しよう!」
 おー!と高く拳を挙げたスピット、明らかに普段よりテンションが高い。と言うのも、育ての父に久々に会えるのだからそれも道理か。メルにそれを指摘されながらも、フォルガドルまで一直線で向かうのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

辺境伯令息の婚約者に任命されました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:2,019

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:60,706pt お気に入り:3,776

箱入りの魔法使い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,171pt お気に入り:11

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:3

どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:1,740

記憶がないっ!

青春 / 連載中 24h.ポイント:2,754pt お気に入り:2

処理中です...