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漂う結び目
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ゴールデンウィーク明けの輸入事務ラッシュをやり過ごすと、次はもう週末の輸出事務が待っている。その週は支店本部から回される案件が妙に多かった。
首都にありながら傍流扱いの東京支店も、最近は忙しいようだ。ただ、それが業績に結びつくような繁忙なのかどうかは、離れ小島にいる賢一たちにはよくわからなかった。
「弁当買いに行きまーす」
午後六時を過ぎたところで三園が声を張り上げた。今日は誰も帰れそうもない。賢一も午前午後とも外に出たため、机仕事が吐き気を催すくらい積み上がっていた。
「またげんき弁当? 俺はパス」
稲田がぼそっと言うと、河野係長も手をひらひらさせて断った。
「飯食った方が効率上がりますよ」
「行くなら、ちゃんと中抜け扱いにしろよ」
「りょーかい」
敬意のかけらもない返答をすると、三園は賢一を指で呼んだ。
賢一に選択の自由はなく、三園に連れられて町に出た。
日没までまだ間がある空は、あかね色よりも濃紺が占めつつあったが、まだ明るさが残っていた。
逆にビルの谷間はすっかりと暗がりに浸っていた。町の陰影が最も濃くなる時間だ。
街路からは通り沿いの事務所や店舗が、ガラス越しに明るく見える。もう歩いている人のほとんどは緊張から解放された足運びだった。
げんき弁当はオフィスから歩いて五分以上、浜町にさしかかるあたりの細い通りにあった。それより近い弁当屋もあるし、昼はワゴン販売が多いから、賢一が一人で行くことはまずない。
「三園さん、あそこ好きですよね」
「いいんだよ。舞ちゃんが」
「まあ、作りが丁寧ですけどね」
「木曜日だけなんだよな、舞ちゃんがいるの」
かみ合わない会話をしながら三園は機嫌が良さそうだった。
本来ならどんなに遅くなろうが仕事が終わるまでは食べなくても平気なくせに、三園は木曜日の夕方だけはげんき弁当に行きたがった。厨房に入っている女性が目当てだ。
三園は、交際する女性を途切れさせたことはないと普段から豪語していた。確かに、彼のように必要以上に深いつながりを求めようとしない性格は、女性側にも需要があるのかも知れない。
賢一からしてみれば、そんな三園が、一声かけるだけの弁当屋の女の子にこだわる理由がわからない。
「あれはアイドルみたいなものだから」
無愛想で目つきが鋭く、ピンクのメッシュが入った弁当屋の娘をそういうのだから、賢一にはますますわからなかった。
夜に開いている弁当屋が少ないせいか、げんき弁当にはこの時間でも客がいた。近辺の居住人口が多いということだろうか。
店はカウンター前に人が二人立てばもういっぱいだから、先客がいれば、できあがりは外で待つことになる。
その夜も、店に近づく前から女性の話し声が聞こえた。弁当屋の立て看板に点った明かりのそばに、三人の人影がある。いや、もう一人、子どものシルエットも見えた。
「やだ、こんなところ見られて。恥ずかしいな。この子、お腹が空いたってきかないから」
「絵里花ちゃん、何頼んだの?」
「オムライス」
そんな会話が聞き取れるような場所まで来れば、賢一にも誰が立っているのかわかった。
ひときわ目立つ大男は、昼間見かける保育士だ。今はエプロンはせず、パーカーを羽織っている。その横には、あざのある腕に薄手のシャツを着た女性が薄く微笑んで立っていた。
彼らと向かい合っているのは、四五歳の女の子を連れた女性。この女性も男性保育士ほどではないにしろ背が高く、賢一と同じくらいはあるかもしれない。手入れされた髪型と相まって、よく目立った。
暗がりの中、賢一はその背の高い女性の横顔をまじまじと見た。
ぶしつけな視線に気づいた女性が振り返り、目を大きくした。
「庸子?」
「賢一!」
身長より姿勢で庸子だとわかった。暗い中、庸子も一目で賢一を認識したようだ。
賢一は予期せぬ再会よりも、庸子の腰のあたりにまとわりついている女の子の方が気になった。
「娘さん?」
「うん、そう。うわあ、こんなとこで会うなんてね」
庸子は賢一に歩み寄って言った。お互いに懐かしい相手だ。
賢一が庸子にどこで働いているのか聞こうとしかけた時だった。今度は賢一の後ろで三園が大きな声を出した。
「虎泰!」
その声に反応したのは、庸子の向こうにいた大男だった。厳つい顔をみるみる崩して、庸子の後ろから賢一たちの方へやってきた。
「三園!」
この二組の再会を、黒髪の女性保育士はぽかんと眺めていた。
首都にありながら傍流扱いの東京支店も、最近は忙しいようだ。ただ、それが業績に結びつくような繁忙なのかどうかは、離れ小島にいる賢一たちにはよくわからなかった。
「弁当買いに行きまーす」
午後六時を過ぎたところで三園が声を張り上げた。今日は誰も帰れそうもない。賢一も午前午後とも外に出たため、机仕事が吐き気を催すくらい積み上がっていた。
「またげんき弁当? 俺はパス」
稲田がぼそっと言うと、河野係長も手をひらひらさせて断った。
「飯食った方が効率上がりますよ」
「行くなら、ちゃんと中抜け扱いにしろよ」
「りょーかい」
敬意のかけらもない返答をすると、三園は賢一を指で呼んだ。
賢一に選択の自由はなく、三園に連れられて町に出た。
日没までまだ間がある空は、あかね色よりも濃紺が占めつつあったが、まだ明るさが残っていた。
逆にビルの谷間はすっかりと暗がりに浸っていた。町の陰影が最も濃くなる時間だ。
街路からは通り沿いの事務所や店舗が、ガラス越しに明るく見える。もう歩いている人のほとんどは緊張から解放された足運びだった。
げんき弁当はオフィスから歩いて五分以上、浜町にさしかかるあたりの細い通りにあった。それより近い弁当屋もあるし、昼はワゴン販売が多いから、賢一が一人で行くことはまずない。
「三園さん、あそこ好きですよね」
「いいんだよ。舞ちゃんが」
「まあ、作りが丁寧ですけどね」
「木曜日だけなんだよな、舞ちゃんがいるの」
かみ合わない会話をしながら三園は機嫌が良さそうだった。
本来ならどんなに遅くなろうが仕事が終わるまでは食べなくても平気なくせに、三園は木曜日の夕方だけはげんき弁当に行きたがった。厨房に入っている女性が目当てだ。
三園は、交際する女性を途切れさせたことはないと普段から豪語していた。確かに、彼のように必要以上に深いつながりを求めようとしない性格は、女性側にも需要があるのかも知れない。
賢一からしてみれば、そんな三園が、一声かけるだけの弁当屋の女の子にこだわる理由がわからない。
「あれはアイドルみたいなものだから」
無愛想で目つきが鋭く、ピンクのメッシュが入った弁当屋の娘をそういうのだから、賢一にはますますわからなかった。
夜に開いている弁当屋が少ないせいか、げんき弁当にはこの時間でも客がいた。近辺の居住人口が多いということだろうか。
店はカウンター前に人が二人立てばもういっぱいだから、先客がいれば、できあがりは外で待つことになる。
その夜も、店に近づく前から女性の話し声が聞こえた。弁当屋の立て看板に点った明かりのそばに、三人の人影がある。いや、もう一人、子どものシルエットも見えた。
「やだ、こんなところ見られて。恥ずかしいな。この子、お腹が空いたってきかないから」
「絵里花ちゃん、何頼んだの?」
「オムライス」
そんな会話が聞き取れるような場所まで来れば、賢一にも誰が立っているのかわかった。
ひときわ目立つ大男は、昼間見かける保育士だ。今はエプロンはせず、パーカーを羽織っている。その横には、あざのある腕に薄手のシャツを着た女性が薄く微笑んで立っていた。
彼らと向かい合っているのは、四五歳の女の子を連れた女性。この女性も男性保育士ほどではないにしろ背が高く、賢一と同じくらいはあるかもしれない。手入れされた髪型と相まって、よく目立った。
暗がりの中、賢一はその背の高い女性の横顔をまじまじと見た。
ぶしつけな視線に気づいた女性が振り返り、目を大きくした。
「庸子?」
「賢一!」
身長より姿勢で庸子だとわかった。暗い中、庸子も一目で賢一を認識したようだ。
賢一は予期せぬ再会よりも、庸子の腰のあたりにまとわりついている女の子の方が気になった。
「娘さん?」
「うん、そう。うわあ、こんなとこで会うなんてね」
庸子は賢一に歩み寄って言った。お互いに懐かしい相手だ。
賢一が庸子にどこで働いているのか聞こうとしかけた時だった。今度は賢一の後ろで三園が大きな声を出した。
「虎泰!」
その声に反応したのは、庸子の向こうにいた大男だった。厳つい顔をみるみる崩して、庸子の後ろから賢一たちの方へやってきた。
「三園!」
この二組の再会を、黒髪の女性保育士はぽかんと眺めていた。
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