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漂う結び目
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翌日、賢一は速度の上がらないレインボーブリッジから、灰色の埋め立て地に挟まれた水面を眺めていた。
使う頻度は高くない道だった。普段は首都高深川線を使う。それが事故渋滞しているので迂回路をとったが、こっちはこっちで流れは良くなかった。
故郷の富山湾東部から中部にかけては、自然の海岸線がほとんどないという点では、東京港と似ているかもしれない。賢一はいまさらながら思った。テトラポットと整備された護岸、防砂林の松が、帯となって長大な湾を縁取っているのだ。
東京の湾岸と似ているところは生活臭の無さで、違うところは人の気配の有無だ。
故郷の滑川や魚津は、人工の海岸線のところどころに漁港、工場、観光施設が点在する、清潔と言えば言える場所だった。
高校生の頃、その整備された護岸に自転車で乗り付けては、庸子や詩郎と時間を過ごしたことを思い出していた。
魚津の高校の入学式で最初に話をしたのがその三人だった。
それ以来、それぞれに違うクラスになり、違う放課後の過ごし方をし、ちがう人間関係を広げていきながらも、時間が合えば石だらけの浜辺に行った。あのころ、そんな過ごし方をしている高校生は多くはなく、かといって珍しくもなかった。
庸子は他校の生徒にも顔が利くような活動的な性格なのに、賢一たちとつるみたがった。いろいろな人と関わるのが好きなタイプだったのだろうと思う。賢一も似たようなところがあったので、庸子とは共感と反発が時折挟まる関係だった。
詩郎は違った。三人で海に行くほかは、一人でいることが多かった。
休み時間のクラスで静かに過ごす詩郎を、賢一はよく廊下から目にしていた。
詩郎は高校生になっても動物や虫が好きな少年だった。好きというよりは、生き物の事を考えていることがストレス発散だったのかも知れない。
人への接し方にこれといったクセはなく、かつ人の気持ちを察しすぎるタイプだった。関われば大抵の人間は好感を持つだろうと思ったが、彼は自分から人の輪に入ろうとはしなかった。賢一から見れば、詩郎は人並みの高校生活を送るのに苦労していた。
そんな三人が連れだって海を見ながら菓子を食べたりする時間を持っていたのだから、珍妙ではあった。
賢一と詩郎に付き合う庸子の心中は、実のところ、あのころからさっぱりわからなかった。
対して、自分自身の動機は自覚していた。三人の弟妹に場所と時間をとられるのがかなり煩わしく、ひたすら学校や海辺を居場所にしていたのだ。
庸子も何かからの避難場所にしていたのかもしれないと、ハンドルを握りながら賢一は思ったりした。
頭の中では、海岸で何やら嬉しそうにポッキーをくわえている庸子の姿と、げんき弁当で見た疲れ果てた顔を比べていた。
いつでもひたすら前向きで明るい、漫画のような人間は、そうは多くない。
昔のことを常に考えていたのは庸子も同じだったようだ。
げんき弁当から数日後には賢一の携帯にメッセージが入っていた。一緒に食事をしたいのだが、都合はどうか、とのことだった。
賢一はレインボーブリッジで物思いに浸った翌日の昼休み、オフィスから庸子に電話をした。SNSで事前に知らせていたので、庸子はすぐに出た。
「俺はかまわないけど、そっちは家があるだろ?」
「だから、もれなく子ども付き。夫は単身赴任中だから気にしなくていいよ」
「ああ、そうなんだ」
「なんかさ、気晴らしが欲しいんだよ。仕事しながら家事も育児もワンオペでしょ」
賢一は一人でうなずいた。
「シングル状態か。日時はラインで送ってもらった候補でいいけど、店のあては?」
「ない。ファミレスとかでいいよ」
あっけらかんとした庸子の声だった。
賢一は椅子を横滑りさせると、昼食でいない三園の机に手を伸ばした。「こずえ」のカードが電話機の前に置いたままだった。
「ならば、行ってみたい店があるんだけど」
使う頻度は高くない道だった。普段は首都高深川線を使う。それが事故渋滞しているので迂回路をとったが、こっちはこっちで流れは良くなかった。
故郷の富山湾東部から中部にかけては、自然の海岸線がほとんどないという点では、東京港と似ているかもしれない。賢一はいまさらながら思った。テトラポットと整備された護岸、防砂林の松が、帯となって長大な湾を縁取っているのだ。
東京の湾岸と似ているところは生活臭の無さで、違うところは人の気配の有無だ。
故郷の滑川や魚津は、人工の海岸線のところどころに漁港、工場、観光施設が点在する、清潔と言えば言える場所だった。
高校生の頃、その整備された護岸に自転車で乗り付けては、庸子や詩郎と時間を過ごしたことを思い出していた。
魚津の高校の入学式で最初に話をしたのがその三人だった。
それ以来、それぞれに違うクラスになり、違う放課後の過ごし方をし、ちがう人間関係を広げていきながらも、時間が合えば石だらけの浜辺に行った。あのころ、そんな過ごし方をしている高校生は多くはなく、かといって珍しくもなかった。
庸子は他校の生徒にも顔が利くような活動的な性格なのに、賢一たちとつるみたがった。いろいろな人と関わるのが好きなタイプだったのだろうと思う。賢一も似たようなところがあったので、庸子とは共感と反発が時折挟まる関係だった。
詩郎は違った。三人で海に行くほかは、一人でいることが多かった。
休み時間のクラスで静かに過ごす詩郎を、賢一はよく廊下から目にしていた。
詩郎は高校生になっても動物や虫が好きな少年だった。好きというよりは、生き物の事を考えていることがストレス発散だったのかも知れない。
人への接し方にこれといったクセはなく、かつ人の気持ちを察しすぎるタイプだった。関われば大抵の人間は好感を持つだろうと思ったが、彼は自分から人の輪に入ろうとはしなかった。賢一から見れば、詩郎は人並みの高校生活を送るのに苦労していた。
そんな三人が連れだって海を見ながら菓子を食べたりする時間を持っていたのだから、珍妙ではあった。
賢一と詩郎に付き合う庸子の心中は、実のところ、あのころからさっぱりわからなかった。
対して、自分自身の動機は自覚していた。三人の弟妹に場所と時間をとられるのがかなり煩わしく、ひたすら学校や海辺を居場所にしていたのだ。
庸子も何かからの避難場所にしていたのかもしれないと、ハンドルを握りながら賢一は思ったりした。
頭の中では、海岸で何やら嬉しそうにポッキーをくわえている庸子の姿と、げんき弁当で見た疲れ果てた顔を比べていた。
いつでもひたすら前向きで明るい、漫画のような人間は、そうは多くない。
昔のことを常に考えていたのは庸子も同じだったようだ。
げんき弁当から数日後には賢一の携帯にメッセージが入っていた。一緒に食事をしたいのだが、都合はどうか、とのことだった。
賢一はレインボーブリッジで物思いに浸った翌日の昼休み、オフィスから庸子に電話をした。SNSで事前に知らせていたので、庸子はすぐに出た。
「俺はかまわないけど、そっちは家があるだろ?」
「だから、もれなく子ども付き。夫は単身赴任中だから気にしなくていいよ」
「ああ、そうなんだ」
「なんかさ、気晴らしが欲しいんだよ。仕事しながら家事も育児もワンオペでしょ」
賢一は一人でうなずいた。
「シングル状態か。日時はラインで送ってもらった候補でいいけど、店のあては?」
「ない。ファミレスとかでいいよ」
あっけらかんとした庸子の声だった。
賢一は椅子を横滑りさせると、昼食でいない三園の机に手を伸ばした。「こずえ」のカードが電話機の前に置いたままだった。
「ならば、行ってみたい店があるんだけど」
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