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漂う結び目
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絵梨花はよほど空腹だったのか、オムライスだけでなくエビフライも食べ、さらにハンバーグをスプーンでどうにか食べようとしていた。
賢一は弁当屋の袋の中から未使用だった割り箸をとりだして、ハンバーグを小分けにしてやった。
「今日こうやって庸子が職場に来たのも、縁というか、何かの思し召しというか。あいつ、六年も音信不通だったくせに、今日になってメールを寄越してきた。返信を考えてたら面倒になってきて、電話したよ」
自然とそんな言い草になってしまうものだと、賢一は自分で思った。
「詩郎、なんだって?」
庸子は先ほどまでとは違う表情で聞いてきた。
「元気みたいだな。昨日今日で、滑川の実家に帰省してたってさ」
「本当? どんな顔して帰ったんだろ。お母さん、泣いたんじゃないかな」
「それか、烈火のごとく怒り狂ったかね」
意地が悪くも見える笑い方をして賢一が言った。
「他には何か言ってたの?」
「今までのことを簡単に聞いたよ。春から秋は北アルプスの山小屋で働いて、冬は三陸の牡蠣小屋に行ってたんだってさ」
「なに、その組み合わせ。六年間ずっとそうしてきたの?」
「たぶんね。小屋で働いてた同僚が岩手の人だったみたいだよ。その縁で、冬の住処と仕事を得たらしい」
賢一が詩郎と六年ぶりに話したのは、庸子親子が来る直前だった。電話をしたのは、上司が支社本部の定例会議でいなくなるのを待ってからだった。
思い返せば、お互いに平常心ではなかった。大事なことをいろいろ聞きそびれた気がする。
やたらと元気そうな口ぶりなのが無理を感じさせた。メールを送るには勇気が必要だっただろうと、賢一は電話口で詩郎の声を聞きながら思った。
「北アルプスって、もう富山じゃんね」
「小屋はかろうじて長野県だったってさ。だから、一応は七年ぶりの故郷だとか言ってたな」
「どんな思いでいたんだろう」
「さあね。直接聞いてみるさ。消息不明なときは心配したけど、いざ声を聞くと、大げさに騒ぐことなかったなって思うよ。七年故郷に帰ってない人間なんて、世の中にザラにいる」
賢一の愚痴っぽい口調が面白かったのか、庸子はころころと笑った。
「どんな顔してるのかな。髭伸ばしてたりして」
「直接会ってみなよ。いつでも地元にいるんだから」
賢一は興味なさそうに言うと、携帯とは逆のポケットから、個包装のチョコレートを取り出した。
「お菓子あげる」
「ありがと」
絵梨花は素直に礼を言った。賢一は目で庸子に断ってから絵梨花に渡した。
女性事務職のご多分に漏れず、五十嵐のデスクには様々な非常食が忍ばせてある。彼女は帰り際にいくつかを賢一に渡していった。
「ねえ、その山小屋の同僚って、女の人でしょ?」
「まあ、普通に考えればそうだろうね」
詩郎が山小屋で親しくなった女性は、地元の岩手にアパートを借りていた。一年の三分の二を山で過ごすとしても、帰る場所は確保しておかなければならない。
冬の間、詩郎は狭いワンルームに女性と住みながら、観光客向けの牡蠣小屋で働くことにした。
その季節労働生活が六年半以上続くことになったのは、詩郎にしても想定外だったのだろう。彼の話しぶりから賢一はそう感じていた。
庸子は食いつくようにして賢一に話しかけた。
「で、滑川に帰ることにしたと」
「どうせ、その女性とうまくいかなくなったに決まってる」
「そんなの、わかんないじゃない」
「あいつの話はそんな雰囲気だった。でも、いいきっかけだとは言ってたよ。今年の春、放送大学を卒業したから、職探しをしようと思ってたんだってさ」
賢一は携帯をもてあそびながら話した。
「明日は小屋閉めで山に戻るみたいだけど、またすぐに富山に帰るらしい」
「ふうん、そうか。詩郎、戻るんだ」
庸子は静かに言ってから、口調を変えた。
「ね、その女の人ってどんな人なのよ」
「電話で聞けるか、そんなこと」
「じゃあ、帰省したときに聞いてみようか。また三人で会ってさ」
庸子の瞳が揺れたのを、賢一はちらりと見てしまった。
「正月に日本海? 何が楽しいんだろうね」
賢一は北風とセットになった初日の出と立山連峰を思い出して言った。
賢一は弁当屋の袋の中から未使用だった割り箸をとりだして、ハンバーグを小分けにしてやった。
「今日こうやって庸子が職場に来たのも、縁というか、何かの思し召しというか。あいつ、六年も音信不通だったくせに、今日になってメールを寄越してきた。返信を考えてたら面倒になってきて、電話したよ」
自然とそんな言い草になってしまうものだと、賢一は自分で思った。
「詩郎、なんだって?」
庸子は先ほどまでとは違う表情で聞いてきた。
「元気みたいだな。昨日今日で、滑川の実家に帰省してたってさ」
「本当? どんな顔して帰ったんだろ。お母さん、泣いたんじゃないかな」
「それか、烈火のごとく怒り狂ったかね」
意地が悪くも見える笑い方をして賢一が言った。
「他には何か言ってたの?」
「今までのことを簡単に聞いたよ。春から秋は北アルプスの山小屋で働いて、冬は三陸の牡蠣小屋に行ってたんだってさ」
「なに、その組み合わせ。六年間ずっとそうしてきたの?」
「たぶんね。小屋で働いてた同僚が岩手の人だったみたいだよ。その縁で、冬の住処と仕事を得たらしい」
賢一が詩郎と六年ぶりに話したのは、庸子親子が来る直前だった。電話をしたのは、上司が支社本部の定例会議でいなくなるのを待ってからだった。
思い返せば、お互いに平常心ではなかった。大事なことをいろいろ聞きそびれた気がする。
やたらと元気そうな口ぶりなのが無理を感じさせた。メールを送るには勇気が必要だっただろうと、賢一は電話口で詩郎の声を聞きながら思った。
「北アルプスって、もう富山じゃんね」
「小屋はかろうじて長野県だったってさ。だから、一応は七年ぶりの故郷だとか言ってたな」
「どんな思いでいたんだろう」
「さあね。直接聞いてみるさ。消息不明なときは心配したけど、いざ声を聞くと、大げさに騒ぐことなかったなって思うよ。七年故郷に帰ってない人間なんて、世の中にザラにいる」
賢一の愚痴っぽい口調が面白かったのか、庸子はころころと笑った。
「どんな顔してるのかな。髭伸ばしてたりして」
「直接会ってみなよ。いつでも地元にいるんだから」
賢一は興味なさそうに言うと、携帯とは逆のポケットから、個包装のチョコレートを取り出した。
「お菓子あげる」
「ありがと」
絵梨花は素直に礼を言った。賢一は目で庸子に断ってから絵梨花に渡した。
女性事務職のご多分に漏れず、五十嵐のデスクには様々な非常食が忍ばせてある。彼女は帰り際にいくつかを賢一に渡していった。
「ねえ、その山小屋の同僚って、女の人でしょ?」
「まあ、普通に考えればそうだろうね」
詩郎が山小屋で親しくなった女性は、地元の岩手にアパートを借りていた。一年の三分の二を山で過ごすとしても、帰る場所は確保しておかなければならない。
冬の間、詩郎は狭いワンルームに女性と住みながら、観光客向けの牡蠣小屋で働くことにした。
その季節労働生活が六年半以上続くことになったのは、詩郎にしても想定外だったのだろう。彼の話しぶりから賢一はそう感じていた。
庸子は食いつくようにして賢一に話しかけた。
「で、滑川に帰ることにしたと」
「どうせ、その女性とうまくいかなくなったに決まってる」
「そんなの、わかんないじゃない」
「あいつの話はそんな雰囲気だった。でも、いいきっかけだとは言ってたよ。今年の春、放送大学を卒業したから、職探しをしようと思ってたんだってさ」
賢一は携帯をもてあそびながら話した。
「明日は小屋閉めで山に戻るみたいだけど、またすぐに富山に帰るらしい」
「ふうん、そうか。詩郎、戻るんだ」
庸子は静かに言ってから、口調を変えた。
「ね、その女の人ってどんな人なのよ」
「電話で聞けるか、そんなこと」
「じゃあ、帰省したときに聞いてみようか。また三人で会ってさ」
庸子の瞳が揺れたのを、賢一はちらりと見てしまった。
「正月に日本海? 何が楽しいんだろうね」
賢一は北風とセットになった初日の出と立山連峰を思い出して言った。
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