聖女が望むものとは…「さぁ、アリス…君の望みを言ってーーーえ?」

タッター

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心強い嫁

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ー宰相邸ー


 夜、深夜に近い時間帯にスターチス邸に1人の男の姿があった。


ガチャ

「今帰った」


「お帰りなさいませ旦那様」


「うむ。………あいつは?」


 その男、イアンは帰宅すると執事に上着を預け、ある人物の存在を確認する。


「はい。奥様なら…」


「旦那様ぁ~。お帰りなさ~い」


「…………うむ。今帰った」


 猫撫で声でイアンに声をかけた女性はアリス・スターチス。イアンとはつい3ヶ月前に結婚したばかりで新婚ほやほやの夫婦だ。


「イアン様ぁ~お疲れ様ですぅ~」


「うむ。…寝ていなかったのだな。すまない」


「いいえ~私がぁイアン様を待っていたかっただけですからぁ~」


 アリスはそう言ってイアンに抱きつく。


「!?は、離しなさい!」


「ええ~嫌ですよぉ~。私達結婚したての夫婦なんですよぉ?甘えたっていいじゃないですかぁ~」


「そ、そうだが…い、いや!ダメであろう!こんな人前ではしたない!」


「ええ~」


 イアンは新妻の言葉に頷きそうになるが、近くにいる執事やメイド達の温かい眼差しに気づくと、頬を赤くしてアリスを引き離す。


 執事もメイドも急に尊敬する主人に近づいてきたアリスに警戒心を露わにしていたが、イアンが気付くと皆アリスとイアンの仲を応援するようになっており、アリスの事を認めていた。


「ーーはぁぁ」


 アリスを連れ、自室に戻り少し服を着崩したイアンは溜息を吐く。


「…………イアン様ぁ最近お仕事忙しいんですかぁ?」


「……ああ」


 イアンは今進めている治水工事の案件が上手く纏まらず、帰宅する時間が遅くなることが多くなっていた。


「……そうなんですねぇ」


「……すまぬな。1人にしてしまって」


「いいえ~イアン様は頑張っているのでぇ。それにぃアリアちゃんとも時々会ったりしていますからぁ~」


「…そうか」


 イアンはアリスのこういう所を気に入っている。構ってくれないからと拗ねたり、責めたりなどしないからだ。その分慈しみを持って彼を心配してくれる。


「アリア様からぁ少し聞いたんですけど~治水工事が上手くいかない理由ってぇ~…」


「ああ、民たちからの言葉を上手く纏める事が出来ていなかったようでな。もう一度意見を聞き、調査をし直すとなれば時間もかかる事だろう…。なんと不甲斐ない…」


 実は治水工事を担当していた数名が不正をしており、そのため必要な書類が充分に揃っていなかったのだ。


「……そうなんですねぇ」


「ああ」


「ーーそれならよかったですぅ!」


「…んん?」


「イアン様ぁはい!これ!」


 そう言ってアリアが渡して来たのは何枚もある紙束だった。


「……コレは?」


「治水工事についてぇ~皆さんの意見をまとめたものとぉ、その他諸々の必要かなぁ~と思うものを纏めてみましたぁ~」


「……」


「あ!もちろん執事さんにも確認してオッケーもらえましたよぉ~」


 イアンが中を確認するとちょうど今欲しい情報が全て記載されていた。


「………どうやってこれを?」


「私ぃお友達多いですからぁ~!」


「………………そうか」


 それから1月ほど経ち、


「アリス、この間の資料助かった。お主のお陰で計画通りに事が運べそうだ」


「それならよかったですぅ~」


「……ああ」


「イアン様ぁ。最近またお疲れですね~…」


「そうだな」


 今、この王都に不穏な動きがある。他国でも有名なある盗賊団がこの国に潜入している可能性があるとの情報が入ったのだ。まだ大きな被害は出ていないもののその盗賊団が犯したであろうと考えられる事件があちこちで起こりはじめていた。


「はぁぁ。出来るだけ早く対処をせねばならぬのだがな…」


 早く捕まえなければと思うものの、相手は大物の盗賊団だ。隠れるのが非常に上手く、なかなか尻尾が掴めない。


「そうですねぇ~。そんなイアン様のためにこんな物を用意しましたぁ~」


「なんだこれは?」


 また渡されたのは数枚の紙だった。


「たぶん~ここにイアン様が探している盗賊団がいるんと思うんですよぉ~」


「なに!?」


「私もぉたっくさんのお友達に話を聞いて情報を纏めたのでぇ~たぶんあっていると思いますぅ~」


「………友達。だがそれだけでこんな情報が…」


「入りますよぉ~。私お友達がとっても多いのでぇ~!」


「…………………そうか」


 それからまた数週間後…


「イアン様ぁ~今日もお疲れですかぁ?」


「………ああ」


 最近隣国に怪しい動きがある。まだ盗賊団の問題も解決したばかりだというのに今度はその調査に上も下もてんやわんやしているのだ。


「そうなんですねぇ~」


「…………」


「イアン様ぁ~この資料なんですがぁ~」


「見せてくれ」


 イアンはそうアリスの言葉に食い気味に返事をする。そこには隣国の物価の推移や鉄などの輸入と輸出量、この国に出入りしている怪しい隣国の者達の居場所など他にも知りたかった情報が全て書かれていた。


「……………………………この資料はどうやって?」


「私ぃ、友達がすっごくすっごくすっーーごく多いんですぅ~」


「…………………………………そうか」



 こうして無事に隣国の怪しい計画を阻止することに成功した。






 そんなある日のこと、イアンは執務室で王であるサリオルと王太子となったガランと話をしていた。


「私の妻が物凄く優秀なんだがどう思いますかな?」


「こえーよ」「怖いわ」


 イアンが真面目な顔をして、サリオルとガランに言うが、2人にとっては恐怖でしかない。


「何故、お前の嫁はそこまで情報を手に入れることができるのだ」


「あの女、友達って言葉使えば全部許されると思ってんじゃねぇか?」


 確かにアリスのお陰で全て解決することは出来てはいるが、情報の出所が謎すぎて恐怖を感じられずにはいられない。


 そんな2人の恐怖もさておき、イアンはとても満足そうな顔を浮かべている。


「私はあのような娘を嫁に貰えてとても幸せだ」


「「…………ソウカヨカッタネ」」


 ガーベラ王国は今日も平和である。



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