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1.プロローグ①
しおりを挟む……痛い。
痛い痛い痛い。
『っ……』
体を襲う激痛。
魔物に殺されたはずが、見える暗闇にヒクリと喉が恐怖に引きつった。
左腕を見ると腕がない。
魔物に喰われたんだ。
胸を切り裂かれもした。
息がうまく吸えねぇ。俺……生き返ったんじゃねぇの……? 全然治ってねぇじゃん……。
ただ目を覚ましただけ……? ……なら、魔物もまだそばにいる?
『っ』
息を呑んで辺りを確認するも、どこにも魔物はいない。気配もない。
生きてる獲物を放置して離れる理由がないから、やっぱり一回死んだのか?
死んでから、どれくらい時間が経ったんだ?
『……ック』
暗い洞窟の中、俺は震える体に鞭を打ってうつ伏せになると地面を這った。
腕も胸の傷も治ってはいないが、つけられた当初とは違い、血が出ている気配はない。
……もう死ぬ傷じゃないんだろう。
だけど痛い。
外で魔法をくらって焼かれた右足もなかなか治ってはくれず、ジリジリとした痛みがずっと続いている。
あれ? それはもう治ったんだっけ?
もうどこが痛いのかもわからないほど、麻痺するように全身に痛みが広がっていて身体中が痛かった。
進まない距離に荒くなる息を必死に押し殺して、俺は壁に張り付き自分の体を抱き込むよう恐怖に縮こまった。
『……ふっ……ぅぅ……っ』
もう嫌だ。怖い。
痛いし苦しいし熱いし寒いしもう意味わかんねぇ……。
なんで生き返るくせに治ってくれねぇの? 俺の体、今どうなってんの?
確認する勇気もなくて、震える自分の体が余計に恐怖を煽ってくる。
次から次へと涙が溢れ出てきて、頭を抱えることしかできなかった。
殺されたと思っても生きていて。傷が治ったと思っても治りきってなくて。痛みだけがずっと続いてる。
魔物が戻って来る前にここから離れねぇとなんねぇのに、どこに逃げればいいのかもわからない。
外に出ても殺される。
俺を見れば殺しにくる。人から逃れて隠れても、あちこちに魔物がいて殺される。食い殺されるんだ。
ずっと逃げて隠れて殺されて……これがもう何年? 何十年続いた?
なんでこうなったんだろ……? 俺はなんでここにいるんだっけ?
わかんねぇよ……ッ。
『……っ……』
噛み殺しきれない嗚咽が漏れる。
現状を理解したくても、痛みと恐怖が思考を打ち消してくる。何回、何十回と殺されて食われて嬲られた記憶が体を竦め、恐怖以外の思考を放棄させてくる。
もう嫌だ……。
極度の緊張と恐怖の末、頭がぼーっとしてくる。
ぼやけた目に映る暗闇に、この闇と一体化してこのまま眠りたいと思った。
でもーー
『!』
砂利の音だ。
誰かが来た。
『……ここに本当に黒髪がいるのか?』
『間違いねぇよッ。お前だって森に入っていくのを見ただろ? この辺りで隠れられる場所っていやぁもうこの洞窟しかねぇ!』
聞こえるのは困惑した声と怯えに焦る声。
壁を挟んだ向こうに、揺れる松明の明かりが見えた。
『でも暗かったし本当に黒髪かどうかわからなかっただろ? もしかしたら見間違いだったのかも……。見たのももう一ヶ月も前の話だし、とっくにどこかに行ったか、死んでるんじゃないのか? ここは潜土竜の巣でーー……』
『馬鹿が!! あれは黒髪だったッ。けど災厄の王じゃないってことはその仲間に決まってんだろ!? ……俺達の村をッ、俺達を殺しに来たんだ! 災厄には仲間がいる話は聞いたことがある話じゃねぇか!! そんな相手に魔物は配下であっても脅威じゃねぇ。ここら一体に瘴気が漂い出したのはそいつのせいだよ!』
近くで聞こえる声に必死に手で口を押さえて息を殺す。
そして、いつの間にか食われてなくなっていたはずの左腕があることに気づいて絶望した。
『……っ……』
ポタポタと涙が落ちる。
治っても……今さっきまで感じていた痛みがすぐになくなるわけじゃない。
また食われて、奪われる痛みを思い出して涙が止まらなくなった。
もういい加減にしてくれって叫びたくて仕方なかった。
『……ッぅ』
誰なんだよ、災厄の王って。そんなやつ知らねぇよ。瘴気も俺のせいじゃない。お前らを殺そうとだなんて思ってない。だから放っておいてくれ。頼むから見つけないでくれっ。
『でも……、仲間がいたって話は昔の、それこそ三百年以上も前の話だろ? 災厄の王が人間に擬態してた時に仲間の方は討たれたって話じゃないか。確か……擬態してた時の災厄の名前はウェルトだったっけ? 仲間の方は……』
……ウェルト?
恐怖に塗りつぶされていく思考に、なぜかその言葉が深く残った。
『知らねぇよ! んな化け物共の名前なんてどうでもいいって! お前こんな時に何を呑気に考えてんだよ!!』
『っお、おいさっきから大声出すなよっ。魔物に気づかれるだろ!? いや……この前見えた黒髪の男がさ……なんか、その……怯えた普通の人間に見えて……本当に災厄の仲間なのかなってちょっと気になって……』
『馬鹿が!! んなの俺達を油断させて殺すための演技に決まってんだろ!? お前はお人好しすぎるんだよッ。ああやってあの化け物は俺達を騙してーー!!』
『おい!! お前ら喋りすぎだッ。そんな大きな声を出してーーッ、地響きだ。魔物に気づかれたんだ!! チッ、ビビってんなら隊に加わるんじゃねぇよ! 逃げろ!!』
聞こえた別の声に、近くにいた男達が慌てて遠ざかっていくのがわかる。
いつもならホッとして、近づいて来る魔物の気配に怯えて固まるのに、さっき男が言っていた『ウェルト』との言葉が頭に残って気にならなかった。
……ウェルト。ウェルト……。
『……はは……ああ、そっか……』
久しぶりに笑った。
胸が熱くて、目も熱くなってまた涙がこぼれ落ちた。
でも、それはさっきまで流していた恐怖からの涙ではなくて、流せば流すほど恐怖と痛みに追い詰められていた思考が晴れて、目の前がはっきりとしていく涙だった。
『なんで……俺、忘れてたんだろ……』
見失いかけてたんだ?
ウェルト。
その名前は俺にとって大切な奴の名前だった。
俺はそんなウェルトを救けるためにここにいるんだった。そして、ウェルトに会うために俺は……
『ああ、これは夢だ』
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