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31.予期せぬお願い
しおりを挟む「ツキさん! お願いがあるんです」
「!」
夕方。物干し場で洗濯物を取り込もうとしていた手を止めた。
ついに来たっすねこの日が!!
「はい、なんっすか?」
フレイ君からのお願いという言葉に、頼られているという嬉しさから顔がニヤけてしまいそうだった。魔火撒鶏を倒し、美味しく頂いてから早一週間。ずっと何かを考えている様子だったフレイ君からついに今日、その内容を相談される。
なんっすかね~? どんな内容っすかね~!
またボスと仲良くなりないと言う内容か。もっと魔火撒鶏の料理を食べたいと言う内容か。それともモー達とまた川遊びに行きたいと言う内容か。この間はちょっとしか遊べなかったため、それもさもありなんとドキドキしながらフレイ君の言葉を待った。なんだなんだ任せてくれと胸を張った。……だが、次の瞬間の予想外のお願いごとに困ってしまった。
「僕、外に行きたいんです。だから連れて行ってくれませんか?」
「……え? 外っすか? ……今いるっすよ?」
家のすぐ横手にある物干し場。見紛うことなき外の景色が俺の目には映っている。
……ここ外っすよね? 実は部屋の中だったりするっすか? いやいや、そんなことないっす。朝からいい天気で程よく風も吹いてくれていたおかげで洗濯物がよく乾いてるっす。
外にいるのに外に出たいとは、フレイ君はどうしてしまったのだろうか。
「っそーうーいーうー意味じゃないです! 僕が言ってるのはこの場所以外のこと! 街に行きたいってことです!」
「…………街っすか?」
「はい! また山ん中とか川じゃなくて! 狩りとかじゃなくて!! 街がいいんです! パーっと遊びに連れて行って下さい!」
「……」
いつになく自分の要望を口に出し強気に願うフレイ君。そんなフレイ君に自分の眉が下がったのがわかった。
……フレイ君、まだ十四歳っすもんね。
まだまだ遊びたい盛り、いろんなことをしたい行きたい盛りなのだろう。ずっと大人しく粛々と日々を過ごしていたフレイ君。こうして日に日に自分を出し、「したい!」とお願いを口にして言ってくれるのは心を許してきてくれているようで嬉しい。嬉しいが……
「……ごめんっす。街は……そのお願いは聞けないっす」
せっかく頼ってきてくれたというのに、お願いを聞いてあげられないことに肩を落としてしまう。
フレイ君の「街」との言葉は前回行けなかったことを引きずっているが故の言葉だろう。すごく落ち込んでいたし、慣れない環境でまだまだ戸惑うことも多く、鬱憤が溜まることもあるのだろう。だからこそ余計に外へ、行けなかった街へ行きたいという気持ちが昂ってしまったのかもしれない。
フレイ君ほんっといい子っすもんね……。
俺の仕事を積極的に手伝ってくれるし、俺の側にいることで襲いかかってくる様々な不幸も優しく受け止め「大丈夫です」と微笑んでくれる。穴に落ちたり、魔蚯蚓に地中にある巣に引き摺り込まれかけたり、鳥に糞を落とされアホ~っと鳴かれても、ケケケと笑われても、お風呂上がりに調子に乗ったむさ苦しい男どもに「雫に輝く筋肉!」と意味のわからない自慢を目の前でされ、揉みくちゃにされても笑顔で受け止め、それでつけられたお風呂の水滴も黙って拭う広い心を持つフレイ君だ。魔火撒鶏を狩りに行った時もすっごく疲れた顔をしていたのに「大丈夫です」と笑顔を見せ(顔はだいぶ引き攣ってはいたが)、いい食べっぷりを披露し仲間達から「いいね!」とたくさん拍手をもらっていた。
そうやってフレイ君はずっと頑張っている。ボスやモージーズー、他の仲間達にもしっかりと笑顔で挨拶をし、愛嬌よく話しかけてこの場所に馴染もうと一生懸命頑張っているのだ。俺は最初の頃、ほとんどをボスの後ろに隠れて過ごしていたため、フレイ君の積極性には脱帽する思いだ。そんなフレイ君におっさん連中はみんなデレデレし、受け入れ始めており、フレイ君一人の時でも姿を見せるようになったほどだ。ずっと冷たい態度をとっていたボスも、最近ちょっと態度が柔らかくなってきている(大変だなとちょっと同情してるだけ)。
流石フレイ君っす! ……けど、それが疲れないわけないっすよね……。
日々、気を遣い、馴染もうと頑張る生活。所々でフレイ君がぶつぶつと何事かを呟いたり、手を握りしめ体を震わせ影で黒いオーラを漂わせる回数が増えてきていることを俺は知っているのだ。だからこそ、フレイ君からのお願い事、リフレッシュの機会を提供してあげたい。なんでも聞いてあげたい気持ちはあるのだが、こればかりは俺の一存では何も言えない。
「……どうしてもダメでしょうか?」
「……んー。何でそんなに街に行きたいんっすか?」
俺とフレイ君はお互い困った顔で向き合った。
「……姉に……手紙を出したいんです」
「お姉さん?」
フレイ君お姉さんいたんっすか?
確か天涯孤独ではなかったかと首を傾げた。
……いや、そこまでは言ってなかったっすか? あれ、でも、さっきフレイ君パーッと遊びに行きたいって……
そこまで考えたところで、フレイ君は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……すみません……まだ目が覚めた時には完全にボスさん達を信じられなくて姉の存在を隠していました。……僕と姉は両親が死んでからずっと森に隠れ住んでいたんですが、僕が攫われる数ヶ月前に姉は森を出て、外で人に紛れて暮らす道を選んだんです。僕は森に残りたいと言ってそこからは本当に一人で暮らしていたんですが、時々姉が会いに来てくれて、関わりはあったんです」
……なるほど。
「……でも、こんなことになって、姉もとても心配していると思うんです。だから無事だけでも知らせたくて街に……」
「…………」
「無理を言っているのはわかっています。それでも姉は唯一の僕の大切な家族なんですっ。きっと心配してます……。だからお願いですツキさんっ。僕を街に連れて行って下さい!」
必死の様子で願うフレイ君。そんなフレイ君の姿に心が打たれた。想像していた理由と全然違った。
誰っすか、鬱憤とか疲れを晴らしたいからとか思ってた奴。たぶん、俺が聞いたパーッと遊びたいって言葉も幻聴だったんっすね。……お姉さんに無事を知らせたい。こんな健気な想いを持ってたなんて知らなかったっす! でも――
「……ごめんっす。それでもやっぱりそのお願いは聞けないっす」
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