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58.不安
しおりを挟む朝、きょろきょろと周りを気にしつつ塩袋を握り締めながら目の前にある扉を叩いた。
コンコンコン
「……はい……ってツキさん?」
団体部屋から個室に移動となったフレイ君は、快適な睡眠が取れているようで顔色も良く、今起きたばかりなのだろう。寝ぼけ眼を擦りながら部屋から出てきた。けれど、俺がいたことが意外だったのかその目を丸くした。そんなフレイ君にそわそわもじもじしながら誘いをかける。
「あの……フレイ君、おはようっす。一緒に朝ご飯食べに行かないっすか?」
「え? ご飯……ツキさんもう大丈夫なんですか?」
「はいっす。……その、迷惑かけちゃってごめんっす」
小さく頷き、頭を下げた。フレイ君にはたくさんの迷惑と情けない姿を見せてしまった。頼れるお兄ちゃんを目指そうとしていた筈なのに、なんでこんな反対の姿を見せてしまうのか。だというのにフレイ君は嬉しそうにパッと表情を明るくさせた。
「そんなことどうでもいいですよ! よかった! 朝ご飯ですよね? 直ぐに用意するので中で待ってて下さい!」
「は、はいっす!」
促されるまま部屋に入り、元気よく引き出しから服をポイポイ取り出し、慌てて着替えるフレイ君にホッとバレないように息を吐き出した。
……よかったっす……嫌われてないみたいっす。
「お待たせしました! じゃあ行きましょう!」
「はいっす」
頷き、ニコニコ笑顔のフレイ君とお喋りをしながら食堂を目指す。そうしていると、すれ違う仲間達が俺を見てみんな目を丸くした。そして「もう大丈夫なのか?」「よかったな!」と声をかけてきてくれる。嬉しいが少し恥ずかしかった。
……俺、どんだけ心配かけちゃうようなことしてたんっすか。
何があったのか、自分が何をしていたのかはなんとなく覚えている。だけど、少し前までは不安でいっぱいでそれだけしかなく、周りにまで意識を向けられていなかった。道ゆく仲間達から声をかけられ、辿り着いた食堂内でもモージーズー達をはじめ、いろんな人達から揉みくちゃにされ、よかったと喜ばれた。
「ふふ。ツキさん人気者ですね」
「……そうっすか?」
……人気者というより、みんなが優しいんだと思うっす。
それから朝食を食べ終わった後、フレイ君に聞かれる。
「それでツキさんはこれからどうするんですか?」
「……フレイ君と一緒にお仕事するっす」
サボっちゃってた分、働いて取り返さないとっす!
「え? 大丈夫なんですか? ボスさんは……」
「ボスからは許可をもらってるっすよ」
今朝早く、フレイ君の所に行く前にボスの所には行って、お仕事の許可はもらってきている。この一週間あとをつけていたことを謝ったあと、お仕事を下さいと言った時のボスは目を丸くしていたけれど、少しの間の後「……フレイと行ってこい」と言われた。
「そうなんですね。じゃあ一緒にいきましょうか!」
「はいっす!」
それからいつものようにフレイ君と共にお家のお掃除をして、畑仕事を手伝ってその他の色々な雑務、お仕事をこなしていった。……だんだん不安になった。
「…………」
……おかしいっす。
「どうかしたんですかツキさん?」
「……何でもないっす」
塩袋は決して手放さないまま終えた一日。晩ご飯を食べるためにやって来た食堂で、もそもそと食事を食べ進める。せっかく食堂のおばちゃん達がお皿いっぱいにご飯を盛り付けてくれたのに全然手が進まない。じわじわとした不安が胸に燻っているのだ。
……今日……なんにも起こらなかったっす。
今日一日、何の不幸も起こっていない。いつもならお皿を割ってしまったり、箒が折れたりとあらゆるモノが必ず一つは壊れ、何かが落ちてきたり飛んできたりと色々とするのに今日は何も起きなかった。今までの経験上こんなことはない。……だが、よくよく考えれば熱を出して眠っていた辺りから何も起こっていないような気がする。それは眠っていたから知らないだけなのか、だけど、絶対起こると思ってボスのあとをつけていた時でさえ何も起こらなかった。不思議だった。
……もしかしてこのあとからおっきな不幸が襲って来たりしないっすよね?
「っ……」
そう思ってしまえば本当に起こりそうだから怖い。この静かな時は、とてつもない不幸が起こる前触れなのかもしれない。
カタン
「……」
「ツキさん?」
一気に押し寄せてきた不安から食事をやめ、椅子から立ち上がった。
「……あの、フレイ君ごめんっす。俺、やっぱりボスの所に行くっす」
「え? どうしてですか?」
「それは……」
なんと言えばいいのかわからず口籠る。早くボスの元へ行かなくては。けれど、逆に行かない方がいいのかもしれないと思って動けなくなった。俺と一緒にいたらボスに酷い不幸が襲いかかってしまう。でもこういう場合は俺がいなくてもボスに酷いことが起きると経験からわかる。……なら、側にいたい。
「ご、ごめんっすフレイ君、俺っ!」
「待って下さい!」
サッと身を翻そうとするも、その手をフレイ君に掴まれ止められる。
「フ、フレイ君……? て、手離して欲しいっすっ」
「ダメです! 急にどうしたんですか? 何か不安があるなら僕に話して下さい。話すまで絶対に離しませんよ?」
「いや、でも……」
「ダメです! 話して!」
「っ……フレイ君……」
どれだけ腕から手を離そうとしてもフレイ君の力が強くて離れない。引っ張っても無理でオロオロと困ってしまう。
早く……早くボスのところに行かないといけないっすのに……。俺のせいでボスが……あ……で、でもっおっきな不幸が来るんならフレイ君もみんなも危ないんじゃないんっすか? ボ、ボスだけじゃなくてみんな……みんなが……っ
「あ……フ、フレイ君……あの……」
「ダメです」
「うぅ……」
もうどうすればいいのかと、目に涙が溜まる。とりあえず離してくれないかと思うも、フレイ君は「ダメ!」の一点張りで全然手を離してくれない。
……これ、俺知ってるっす。絶対に言うまで離してくれないやつっす。
「……っあの……俺、今日何の不幸なことも起こってないんっす。今日だけじゃなくて最近全然ないんっす。だ、だからっ! も、もしかしたらこの後におっきな不幸が来るかもしれなくてっ。それでボスがっ! あ、危ないっすから塩を……」
不安に声が震えながらもフレイ君に説明する。そして、どうしようか、フレイ君にも塩を振ろうか考えた。フレイ君だけではない。ここにいる全員に振り掛けなければ。
「塩?」
「は、はいっす……。ま、前何かで塩には厄除けする効果があるって聞いたっすから……」
ぎゅっと塩袋を握りしめた。
だからいっぱい塩を投げて厄除けするんっす。
やはり一番はボスに投げなければならないだろう。ボスが一番今回の不幸を被る人だから。ボスに厄災が降りかからないためにも、降りかかったとしてもその厄災が少しで済むように、ボスが怪我をしないように願って投げるのだ。それが気休めだとしても縋らないと、縋りたいのだ……。
「……だからフレイ君、手を離して欲しいっす」
「……不幸……それなら大丈夫ですよ?」
「……え?」
……大丈夫?
困惑に顔を上げれば、微妙に俺から目の逸らし、神妙な面持ちをしたフレイ君がそこにいた。
「……すみません言い忘れてました。実はツキさんがお疲れ様会をするって言って乾杯する前に僕、少し力を使ってたんです」
「……力?」
「はい……。ツキさんの力が予想以上にしんど――っん゛ん゛ン……大変そうでしたので僕の力を使って一時的にツキさんの力を封印してみました! だからしばらくの間は何も起こりませんから安心して下さい!」
誤魔化すように、そして最終的に元気に明るく言うフレイ君に目が点になった。
「…………?」
んん?
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