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80.行ってくるっす!
しおりを挟む――二日後
「じゃ! 行ってくるっす!」
「忘れ物は?」
「ないっす!」
外、お昼前。姉さんの屋敷に行くための最終チェックをボスから受ける。ボスの側にはレト兄やモージーズー、イーラさんの他に仲間達がたくさん俺達の見送りに来てくれていた。
なんか姉さんのとこ行くだけっすのにお見送り豪華で緊張しちゃうっすね!
これから俺とフレイ君は、フレイ君の転移によって姉さんの所に行く。昨日は雨が降ったが今日は快晴でいいお出掛け日和だ。
何故朝からの出発ではないのか。お昼からだとお泊まりの可能性が上がってしまうのではないのか。そんなことを思いながらも寂しくないと言った手前ボスには聞けず、昨日レト兄にこっそりと聞けば「朝からおやつとケーキは胃にもたれるだろ?」と言われ納得した。だが、泊まりは? と聞けば笑って誤魔化されたのでもう泊まりは決定事項なのだと諦めた。
「ハンカチは?」
「持ったっす!」
「消毒液と包帯は?」
「持ったっす!」
「ポーションは?」
「持ったっす!」
「泊まりセットは?」
「待ったっす!」
「……なぁ、やっぱ行くのやめねぇ?」
「やめないっす!」
「でもなぁ……」
「やめるならボスの方について行くっすよ!」
お菓子の話を聞いてから今日までの間に、ボスやレト兄などの周囲から聞き出した内容によれば、ボス達は今日どうやら以前フレイ君を餌……いや、違う。フレイ君の協力を元に得た情報とその時捕まえた連中から聞き出した話、また魔物襲撃事件の犯人から聞き出した内容を元に奴隷商人達の本拠地となるアジトを洗い出す最終チェックを行いに行くそうだ。
ぜひ、本拠地を見つけ、乗り込む際には俺も連れて行ってほしいところだが、今日はその前段階ということなので俺は俺達を待つ姉さんとたくさんのお菓子達の方へと行く。これはもう決定事項だ。
「それもなぁ……フレイと一緒に留守番は?」
「絶対に嫌っす!」
連れてってくれる気がないのならさっさと諦めるっすよ!
姉さんの所に行くのは決まっていることなのにボスはぶつぶつと文句を言ってくる。こんなこと言われ続けてたら、何がなんでも絶対に姉さんのところに遊びに行くに決まっている。
フレイ君もケーキ食べたいって言ってるっすし!
レト兄の様子からお泊まりはもう決定事項なのだと察した俺は、事前にフレイ君と話をし、どんなことをして遊ぶか、どんな部屋に泊まることになるかなどをいっぱい話して今では少しお泊まりが楽しみになっているのだ。そんな心を折ってこようとしないでほしい。
「ボス」
苦笑してレト兄がボスを呼ぶ。そんなレト兄をチラリと見て、ボスは大きな溜息を吐き出した。
「はぁぁぁぁ」
「……あの、そろそろいいですか? もう約束の時間ですよ?」
「いいっすよ!」
確認してくるフレイ君に笑顔で答える。
「……んな元気に許可だすな。いいかツキ? いい子にしてろよ? 帰りは俺が迎えに行くからな」
「ムッ。子どもじゃないんっすからそんな言い方はやめてほしいっす」
「はぁぁ……反抗期だな」
「…………」
前はそんなこと言わなかったのにと嘆くボスにジト目を送った。反抗期というよりも自分の行動をもっとよく振り返ってほしい。反抗したくもなるから。
「……あのほんといいですか? 行き先は公園でよかったんでしたっけ?」
「え? 公園? 姉さんの家っすよ?」
何故公園? と首を傾げるも、フレイ君はまだ何もしてないのに疲れた顔をしていた。
「え、フレイ君大丈夫っすか?」
「大丈夫ですよ……。すみません、お二人の会話からどっか遠くにピクニックにでも行くんだったっけ? って思って間違えました」
「? なんかおかしなとこあったっすか?」
「……もういいです」
「?」
「はぁぁ……心配だな」
「……ボス、なんのためにツキを送ることに決めたんだよ」
「「「坊ちゃん往生際が悪いぜ?」」」
「なんか今日嫌な予感がすんだよなぁ」
「もうボス!! しつこ――って、今さらっと不吉なこと言ったっすね!?」
ボスの勘はよく当たるのだ。なのにさぁ今から出掛けるぞと言う時に嫌な予感とはなんて縁起でもないこと言うのか。
せっかく行く気満々だったっすのにやっぱりやめようかなって思ってきちゃうじゃないっすか!! そういう手っすか!? そういう手っすよね!? えぇ……行くのどうしよっす……。
「大丈夫ですよツキさん。何かあれば僕もついてますから。転移だってありますし、僕だってやる時はやるんですよ? だからボスさんも心配しないでください!」
ぐらぐら悩み揺れていると、フレイ君がにこりと笑って言う。そんなフレイ君にボスは胡乱気な目を向けた。
「いや、お前も信用ならねぇよ」
「あ?」
「っボス!」
流石にその返しは酷いっす! なんかフレイ君からすっごい低い声出たっすよ!?
俺やボスの心配を和らげようとしてくれたフレイ君に対し、ボスはなんてことを言うのか。流石の優しいフレイ君も傷ついたのであろう。笑みが壊れて口元と眉がピクピク、頬は引き攣ってしまっている。
大丈夫っすよ、俺はフレイ君の言葉すっごく頼もしかったっす!
「~~ボス! もういいってほらいい加減にしなさい!! 早くツキ君達を見送ってあげるよ! これ以上引き止めるな! 何がしたいんだ!!」
埒が明かないと思ったのか、とうとうイーラさんが怒り出してしまった。かれこれ準備を完了してから三十分以上も経ってしまっている。ボスがグダグダ煩いからだ。
「ツキ、気をつけて行ってこいよ! フレイちゃんもな!」
「お腹いっぱい食べてこいよ! んでできれば土産持たせてもらえ! 酒限定で!」
「ツキならいける!!」
「わかったっす!」
「「「「「じゃあなツキ! フレイちゃん(君)! 楽しんでこいよ!」」」」」
「はいっす!」
「はい!」
「ツキなんかあったらすぐに駆けつけてやるからちゃんと知らせるんだぞ」
「は――ん? どうやってっすか?」
もう出発する気満々だったのにまたボスが、今度は謎の言葉をかけて来た。
知らせるって言っても方法がないっすよ? 頭の中でボスー! って念飛ばせば届くっすかね?
だが、この前モー達にやったがそれは届かなかった。
「ああ、それな」
「?」
ボスがゴソゴソと自分のズボンのポケットを探る。
「ツキ。左手寄越せ」
「…………」ジリ……
「誰が下がれっつったよ。なんもしねぇからさっさとよこせ」
日頃の行いが悪いんっす。
仕方ないなと警戒しつつジリジリとボスに近づけば、焦ったいとばかりに左手を掴まれ引っ張られてしまった。
「!? な、なんっすか!? なにする――……指輪っすか?」
「ああ」
自分の左手の小指に銀色のシンプルな指輪が嵌っている。
「それお守りな。その指輪に魔力を送れば俺の方の指輪に信号が来る」
「信号? これ魔道具っすか?」
ほへ~と掲げて見ていた手を下ろし、ボスを見てみると、渡された指輪と同じ指輪がボスの左手の小指にも嵌っていた。そのあと魔力を送ってみろと言われたので指輪に向かって魔力を送れば、淡く光、ボスの指輪も同じように光っていた。
「体質が治ってんなら魔道具もすぐには壊れねぇだろ」
「! そうっすね!」
確かにっす! やったっすね! 久しぶりの俺の魔道具っす! かっこいいっす!
「……本当は左手のここにつけてぇところだが今は我慢だな」
にこにこと喜んでいると、ボスがまた俺の左手を取り、指輪ではなくその隣の薬指をサラリと撫でた。
「? なんの我慢っすか? 別に俺はどこにつけてもいいっすよ?」
これはボスがくれた指輪なんっすからボスのつけたいと思うところにつければいいと思うっす。俺側には特になんのこだわりもないっすよ?
「……………………いや、流石にやめとく」
長いためを開け、悩んだ末にボスが言う。
「おお、ボスが我慢した」
「よく我慢できたね」
「「「立派だ坊ちゃん!」」」
「「「「「偉いぞ!」」」」」
「?」
上がる周囲の声に俺は首を傾げ、ボスは鬱陶しそうな視線を向けた。そして、またボスは俺の左手へと目を落とした。
「その指輪は仮もんだし、ここに指輪を送んのはまた今度にする。大事なもんだからな」
「? 何が大事なんっすか? なんか意味があるんっすか?」
ボスの感じ、なにかそこに指輪をすることに意味があるようだ。
……あれっす?
そこでふと思い出した。そういえばこのアジト内にも何人か左薬指に指輪をしている人がいたことを。
「もちろんあるぜ?」
「!!」
ニヤリとした笑みを浮かべるボス。嫌な予感がし、体を引くも時すでに遅し。掴まれていた左手をそのまま引かれたかと思うとそのまま頬っぺたにガブッと噛みつかれてしまった。
「ギャッ!?!?!?」
「「「「「「あちゃー」」」」」」
「うわ~」
「!?!?!? な、な、なッなにっす!?」
噛んだあともなおもボスは俺の腕を離さず、そのまま間近から色気を含んだ笑みで俺を見下ろす。
「この指にはな、ツキが今のをちゃんと口にしても許してくれる関係で尚且つツキも求めてくれるようになった時に嵌めるような場所なんだよ。――絶対すぐそこに嵌めてやるから、覚悟して今日はいい子に待ってろよ」
「~~~~そう言うところっすよ///!!!!」
理解できそうでわかんないそんな微妙な説明いらないっす!!
ガッ!
「いってぇ!」
「うわぁぁぁぁあーーーーん!! フレイ君!!」
ボスの脛を思いっきり蹴り上げた後、俺は急いでフレイ君の後ろに抱きつき隠れた。
油断禁物っす!!!!
「……あ~はいはい。びっくりしましたねー。とりあえずもういいですよね? もう面倒くさいし、時間だしお腹すいたし行くね」
そうして俺達はその場をあとにした。
――ツキ達が去った後……
「……いや~、フレイちゃんだいぶ最近素出すようになってきたなぁ」
「最後とかもう完全にそれな。もう面倒くさいっつってたもんなぁ」
「わからないでもないけどなぁ」
消えたツキ達を見ながらモー達が言う。イーラはラックに呆れた目を向け、レトはモー達に頷きつつ脛を押さえながらも謎のやりきった感を滲ませているラックのその背へと問いかけた。
「…………ボス、なんで最後ツキにかぶり付いたんだ?」
「ああ? 可愛いだろ。見たかよあれ。散々俺を警戒してたくせに嬉しそうに指輪眺めて、なんも知らねぇ顔して意味あんのかって……おちょくりたくなるだろ?」
「「「まじそう言うところな」」」
「「「「「はぁぁぁ……」」」」」
碌でもない答えに一同溜息をついた。そこで手を出すからツキの警戒心を余計に煽ることになり、距離を取られる結果となるのだ。……いや、その警戒する姿すら、今のラックにとっては可愛げある行動としてしか捉えられていないため、何を言っても無駄かと全員諦めた。
「「「「「はぁぁぁ……」」」」」
「さっきからうるせぇよ」
二度目の溜息に対し、ラックは眉を顰めながら立ち上がった。そして――
「――俺達もそろそろ行くぞ」
次の瞬きの瞬間にはその惚気に満ちた空気を完全に消し去り、鋭い瞳で仲間達を見やると毅然とした態度で告げた。
「イーラ、ここは任せたぞ。……全員気引き締めとけよ。ツキに言った嫌な予感ってぇのは本当のことだからな。――この仕事、何が起こるかわからねぇぞ」
「「「「「了解」」」」」
「任せて」
そこからツキには内緒の作戦が始まった。
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