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81.煩悩滅っす!
しおりを挟むシクシクシクシク……
「……ツキさん大丈夫ですか?」
「……はいっす」
シクシクと、みっともないとわかっていても涙が止まらない。それもこれも全てボスが悪いのだ。
だっていきなりガブっとっすよ?
「あれはびっくりしちゃいますよね」
「すっごくしたっす。……歯形ついてないっすか?」
左頬を見せ、フレイ君に確認してもらう。これから姉さんの所へお邪魔すると言うのに歯形がついていたら大変だ。かっこ悪恥ずかしすぎる。
「うーん見た感じは……薄らと」
「ついてるっすか!?」
急いで頬っぺたをモニモニグイグイ歯形が消えるように揉んだ。
もう! ボスはなんて事するんっすか!! 姉さんの家までピョンなんすよ? こんな目立つところに歯型なんてつけてたらびっくりさせちゃうっすし笑われちゃうじゃないっすか!!! やっぱり最近のボスは油断禁物っす! ……でも、ボスが言ってたガブって噛むのを口でする関係ってなんっすかね? 普通に口噛まれるのも嫌っすけど……。
いーっと頬っぺたを引っ張りながら考えた。今思い出せば、アジト内で左手薬指に指輪をしている人は結婚している人がほとんどだった。ということはまさか……と、頭に思い浮かぶものはあるが一応フレイ君に聞いてみよう……。
「あの、フレイ君。指輪を左手の薬指にする意味ってなんだかわかるっすか?」
「……だいたいが愛を誓うとかの意味があるらしいですよ?」
「!?」
やっぱりっすか! えぇじゃあボスが言ってた『絶対すぐそこに嵌めてやるからな』って『覚悟して』ってそう言う意味で……
「///!!」
「ツキさん? ……照れてるんですか?」
「な、何でっすか!?」
「え? だって顔赤いですし」
「こ、これはなんか心臓がドキドキしてるせいっすよ!! 体温が上がって来ちゃってるんっすね!!」
「…………それ照れてるからでしょ?」
「照れてるわけじゃないっす! うぅ~~煩悩滅っす!!」
ガンッ!!
「ツキさん!?」
目の前の扉にガンガン頭を打ちつけて馬鹿な考えを振り払う。俺は別にボスと恋人同士とかになるつもりなんて全然全くなく、ボスのことも振ったのだ。なのになんでこんなことくらいで心臓をドキドキさせているのか。ボスもボスで未練を復活させるようなことしないで――
「っ///!? ~~これも違うっす!!」
ガンガンガンッ!!
「ちょっ!? ツキさん打ちつけすぎ!!」
「だって!!」
ダメなんっす! 馬鹿な考えは今すぐに捨てなきゃなんないんっす! 未練なんてないんっす! ボスとどうこうなるつもりなんてないんっす! 全く微塵も思ってないんっすから捨てるっす!! 馬鹿な思考捨てるっす考えないっす!!!
「――……ツキちゃん、随分豪快なノックの仕方ね? 扉、開けてもいいかしら?」
「! 姉さん!!」
打ちつけていた扉の向こうから姉さんの声が聞こえた。ピタリと頭を打ちつけるのをやめ、扉から離れるとすぐに中からクスクスと笑いながら姉さんが出て来た。その後ろにはレジヤさんもいる。
「いらっしゃい二人とも。久しぶりね? 元気にしていた?」
「はいっす! 今日はお招きありがとうございますっす。よろしくお願いしますっすね!」
「……お久しぶりです」
ぺこりと、フレイ君とお辞儀した。
「ふふ、ええ。二人とも歓迎するわ。さぁ、上がって? 今日をとても楽しみにしていたの。ツキちゃんは……おでこの方大丈夫そう?」
「大丈夫っす! ごめんなさいっす。ちょっと煩悩消してて……」
えへへ、と照れながら頭を掻いた。
「……煩悩? ……そう。大丈夫ならいいのだけれど……。でもちょっと血は滲んじゃってるから後で手当はしましょうね。その後に……なんだか面白そうな話もしていたようだし、詳しく話を聞かせて欲しいわ。――さぁ、どうぞ」
「はいっす!」
姉さんの招きに応じて屋敷の中に入る。そして、姉さんのあとをついて行った。通る道からしてたぶん裏にある庭園の方に案内してくれようとしているのだろう。この先に待っているであろうお菓子達を想像して頬が緩むが……。
「……フレイ君どうかしたんっすか?」
ちょっと後ろに下がって、何となく俺の後ろに隠れているようなフレイ君へと、俺はこっそり声をかけた。
「え? あ、いや、別に……」
どことなく緊張した面持ちのフレイ君。もしかしてトイレか。
「お腹痛いならトイレ連れてってもらうっすか?」
「お腹は大丈夫です。……いや、お菓子に釣られて忘れてましたけどレーラ……様ってそういえばどことなく雰囲気が僕の姉様……姉に似ていてちょっと苦手なんですよね」
「お姉さんにっすか?」
目を丸くし、俺はチラリとレーラ姉さんを見た。姉さんに似ているなんてフレイ君のお姉さんはどんな人なんだろうか。きっと、しっかり者で優しい人なのだろう。でもそれなら苦手という言葉がわからない。というか……
……フレイ君のお姉さんって本当にいたんっすね。
別に疑ってはいなかった。疑ってはいなかったが街の一件以来話に聞かないし、手紙も結局送らなかったし、不思議だなと思っていたのだ。
疑いと不思議は別っすからね!
続きを聞こうとするも、結局は詳しい話を聞くこもなくその話は終わってしまった。だって、俺もフレイ君ももうそれどころじゃなくなってしまったからだ。
「――うわ~! 姉さんこれなんすか!!! なんなんっすか! これ全部食べていいんっすか!?」
芝生に覆われた緑の地と多様な花々に彩られた裏庭の庭園。そこにはおしゃれな三つの椅子と一つの大きな丸テーブルが置かれていた。そして、その上にお菓子があった。こじんまりと置かれているのではない。ガラス台に代わり木の台に変わった三段の他二段と用意された台の上には、食べたことがないような様々な色合いのケーキとお菓子が盛り付けられていて、台の他、その周辺にもキラキラとしたお菓子や果物がテーブルを埋め尽くさんが如くの勢いで置かれていた。それは空いたスペースが各々の取り皿とティーカップがなんとか置けるかというほどにしかないほどに。
「ええもちろんいいわよ? 私達だけだしマナーも気にせず思う存分食べてね」
「姉さんありがとうっす! すごいっすねフレイ君! これ全部……フレイ君?」
「っこ、こんなにいっぱい……。これ全部食べてもいいの? 怒られないの!? 最高すぎる!!!」
「…………」
……目、輝いてるっすね。
フレイ君の目はもうお菓子の山に釘付けで、今までにないほどキラキラと輝いていた。こんな興奮したフレイ君は初めて見る。さっきまで後ろに隠れ気味だったのに今ではどんどん自分から前に出ていっている。
姉さんは、驚き感動する俺達にクスリと笑うと席に座るよう促した。席につけば、それと同時にレジヤさんがいつの間にか持ってきていた救急箱で俺のおでこを消毒してくれた。
「ありがとうっす!」
「はい」
笑ってお礼を言えば、レジヤさんもニコリと笑ってくれた。それを見て、姉さんが告げる。
「さぁ、じゃあ手当ても終わったようだし二人ともどうぞ。たくさん食べて」
「はいっす!」
「はい!」
元気よく返事をした後、俺とフレイ君はじーっとお菓子の山を見つめた。どれから食べたらいいか迷い、手が出せないのだ。どれもこれも美味しそうで全部食べたい。となれば……
「フレイ君」
「はい」
「「全部とって食べる(っす)!!」」
「ふふ、お菓子は逃げないから落ち着いて食べなさいね?」
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