不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター

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89.いつもの日常  

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「ありがとうございました! またいらしてくださいね!」


「はいっす!」


 にこにこ笑顔の店員のお兄さんに、ちょっと引っ掛かりを覚えながらも元気よく手を振って俺は店を後にした。全く気づかなかったが、俺が入った入口は裏に当たる場所だったらしく、本当の入口は大通りに面した場所にありそっちから今度は外へ出た。


 ……結局買わされちゃったっすね。


 今、俺の手の中には薄茶色の袋にラッピングリボンがつけられた小さな袋がある。見ている最中に惹かれた物に、お兄さんは目敏く気づき怒涛のセールストークをお見舞いされ、「おお?」っと思った瞬間にはもう買う手筈が整い、包装されていた。


 お兄さん恐るべしっす!


 財布の中身が少し寂しくなってしまったが後悔はしていない。それどころか良い買い物ができたと気分が良いくらいだ。


 やはりお兄さん恐るべしっす!


「……ふふん♪」


 これはちゃんと自分のお金で買った、俺からボスへのプレゼントだ。中身? 中身は……


「……あれ?」


 なんで俺これにしちゃったんっすかね? 買わないって思ってたっすのに。



「…………」


 立ち止まり、ジーっと小袋を見た。何故これにしたのか。お揃いの――などに。


 これ、ボスに渡すんっすか? ボスを振ったっすのに? 散々恋人になる気も、姉さんに言われて離れる方がとも考えたのにこれを渡すんっすか? ……でも、ボスとお互いに身につけてる姿を想像ちゃった時、胸がギュッとなったんっす。


「…………俺、優柔不断っすね……」


 ポツリと言葉が落ちる。


 諦めているのなら、諦めがついているのなら姉さんやお兄さんに少し言われたくらいでボスとの関係について今更考えることも、落ち込むこともないはずだ。このプレゼントすらも、深く考えずボスに似合うと思ったから。その理由だけでボスに渡せば済むだけの話。……なのに迷ってしまう。俺とボスとお揃いで、それを身につけ笑い合う姿を思い描いてしまっている。その光景に俺は自分の想いをのせてしまっているからこんなにも悩んで迷ってしまっている。


「……これが答えなんっすかね……」


 何が諦めてるっすか……。未練たらたらじゃないっすか……。
 

 下がる視線に自分の手元を見れば、また袋を持つ手に手を重ねて無意識に指輪を触ってしまっていた。お守りだと渡された指輪。それだけの筈なのに、魔道具以前にボスから渡されたものにこんなにも喜んでしまっている自分がいる。


「……」


 グラグラと気持ちが揺れる。ダメだダメだと思う気持ちと、もしかしたら……との気持ちにまた顔が下がった。


 ……ちょっと不幸がなくなったくらいっすのに、都合が良すぎるっすよね。


「…………」


 そのまま、なんとなく指輪を撫でたその時――


 ふわっ


「ん?」


 身体から何かが消えるような、縛り付けられていた感覚から解放されたかのような感覚がした。パタパタとあちこち触ってみるが特に何の異常は見当たらない。


「んん? 一体な――」


 バシャ

「うわっ!! なんだこれ!?」


「きゃっごめんなさいっ」


「おわっ!」


 ドサッ

「いて!?」


「大丈ッズル きゃっ!?」


「ええ?」


 なんかすっごいもの見たっす。


 目の前で起こった連鎖。まず、歩いていた男の人が持っていた飲み物のカップの底が何故か破れ、飲み物がこぼれた。そして、それを見ていた女の人が前から歩いてきた別の男の人にぶつかり、その男の人が持っていた買い物袋が近くを歩いていたこれまた別の男の人の足の上に落ち、座り込んでしまった。それを心配して駆け寄ろうとしたまた別の女の人が足を滑らせ転んでしまったのだ。――だが、それだけでは終わらない。


「ギャ!」「うわっ!」「危ない!」「痛っ!?」「何すんだテメェ!」「てめぇこそ!!」


 他にも次々とそれと似たような変なことが起き始めて、その場が軽く混乱し始める。みんな踏んだり転んだり落としたり落ちて来たりぶつかったりして、中には喧嘩を始める人もいた。


「……」


 ……この光景どっかで見たことあるっす。


 いや、見たことあるというレベルではなくて 最近までこんな人の多いところにいれば絶対と言っていいほどの馴染み深い光景だった。


「これは……ガクンッいだっ!?」


 一歩下がった道の端に凹んだ水溜りがあり、気づかずハマってしまう。そしてバランスを崩し、思いっきり尻もちをついてしまった。痛い。……が、


 ……こんな所に水溜りなんてあったっすか?


「…………」


 ドクン


 心臓が嫌な音を立てはじめた。


「……っ……い、いや、これはあったっすよね! 俺が気づいてなかっただけでこれは流石にあったっすよ! いや~さっきまでは順調だったんっすけど、やっぱり俺ドジなんすかね? 一回はこんなことしちゃうんっすから! は、はははは!」


 笑う。笑うが目の前ではわーきゃーとまだちょっとしたハプニングが起こっている。だが、みんな謝ったり助け出されたりしたあとは何事もなくこの場から去っていつもの日常へと戻りはじめる。喧嘩をしていた人達も周りに仲裁され戻っていく。こんなこと、ここを過ぎれば忘れるような、この人達にとってはちょっとドジってしまった話で終わる普通の日常の中での出来事。……だから大丈夫。俺も普通の、やっと手に入れた普通の日常へと戻るのだ。


「……っあ、あ~あっす。水ん中にプレゼント落としちゃってるっすよ! せっかく綺麗に包装してくれたっすのに」


 唇が震えている。声が出しづらい。だが、それを無視するように少し大袈裟な、でもできるだけいつも通りの声を喉から絞り出して、ビショビショになってしまったプレゼントを拾った。俺は戻るのだ。


 ……大丈夫っす。大丈夫っすよ。フレイ君にちゃんと魔法か何かの力はかけてもらってるんっす。こんなの偶然っすよ。


 耳に聞こえてくる騒ぎから目を逸らして考えないようにする。でも、今日はもう帰ろうと決めた。空を見上げればもう夕方だ。これは仕方がない。姉さんとフレイ君には悪いけれどまた日を改めてボスのプレゼントやフレイ君へのお礼の品は買いに来ようと思った。


 ――だが、そんな時にふと思い出してしまう。


『ああそれなら大丈夫よ。ここのところ怪しい人物の目撃情報は一切ないし、アクル商会も今のところ静かなものだから。……だからバーカル……アクル商会の手のものに誘拐されて、その犯人達の本当のアジトへと連れて行かれてその居場所を突き止めることができたり、山賊達やその者達によって行方不明になっている被害者達全員の居場所を突き止めることができたりとかそんなことはまず、絶対にあり得ないだろうから安心して?』


「……ッまさか姉さ――」


「うわぁぁぁーん!!!」


「ビクッ!?」


 小さな子どもの泣き声にハッとそっちを見る。まだ四、五歳くらいの男の子だ。また別の人が始めた喧嘩に、その一人が男の子にぶつかってしまったようで膝から血が出てしまっている。


「……血……」


 ドクドクドク


 その血の色がやけに鮮明に自分の目に映った。その泣き声すらも鮮明に聞こえてくる。わんわんわんわんと、だんだん重く逸る心臓の音と同じ、響くように大きく耳へと届く。


 ……いつもと同じ日常。ありふれた光景。喧騒も怒鳴る声も泣く声も、それを心配する声も俺にとってはいつもと同じ光景。そして、不満そうに、不快そうに、不安そうに……恐ろしそうに俺を見る目も同じ。俺を見て、みんな言うのだ。


『お前がいるせいで』


「――ヒュッ!!」


 息が詰まりしゃがんで胸を掴む。全員俺を見ていた。違う、それは幻覚だ。あれは昔の光景だ。誰も俺なんか見てない。でも、その考えすらも胸に突き刺さりズキッと胸が痛んだ。


「……っ……ハッ……ハッッだ、大丈夫っす……っ」


 無理矢理声を絞り出した。


 俺にはボスがいるっす、仲間達がいるっす。一人じゃないんっす。独りじゃないんっす。怖くないっす。みんな優しいんっす。大丈夫って言ってくれるんっす、笑ってくれるんっす。


「……ハッッ……うぅっっ……」


 ボロボロと涙がこぼれる。大丈夫だと思うのに嫌な記憶ばかり頭に流れる。目を瞑っても耳を塞いでも何も変わらない。


「ボス……っ」


 ボス怖いっす、みんな怖いっす……っ。っ苦しいっす……苦しいっすよ……っ、助けてっす……独りは嫌っすよ……っ。


「ふ……ぅぅ…っっ」


 ポロポロ落ちる涙を拭う。早く、早く帰りたいボスに会いたいとなんとか立ち上がれば……


「やっと見つけたぜ!」


「ングッッ!?」


 誰かに口を押さえられ意識が途絶える。


 ……人間都合がいいのだ。いつも怖がっていた癖に、少し訪れた幸せにすぐ大切なことを忘れかける。……不幸は幸せも好きだが、油断も大好きなのだ。



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