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88.三度目っす…
しおりを挟む「……これはサンプルと案内なんですよ」
「サンプルと案内?」
頭の天辺に大きなたん瘤を作った俺と店員のお兄さん。とても痛い。
あの後すぐに騒ぎを聞きつけてやってきたこの店の店長(厳つくてゴツかった)に「うるせぇ!!」と問答無用でお兄さんと一緒に拳骨をもらい、小さな小部屋へと放り投げられた。頭を冷やせとのことらしい。
どうやら店長さんは店員のお兄さんのお父さんで、親子で最近このお店を開いたそう。お兄さんはひょろひょろだが、脱いだらすごいらしい。筋肉モリモリの細マッチョだと自慢げに教えてもらった。
その他、いろんな雑談をお兄さんと交わしつつ、落ち着いたところで俺はどうしてここから逃げようとしたのかを話した。それにお兄さんは「確かにそういう人もいますから、気をつけるに越したことはないですけどね」と苦笑していた。
……そっすかぁ。ほんとにいるのはいるんっすね……。
気軽に一人だわーいと考え、ぶらつき、楽しんでいたがもっと警戒心を持つべきだったかもしれない。そうして現在。さっきの場所まで戻って俺はお兄さんから商品と値段の説明を受けていた。
「はい。この店の二階は工房となっておりまして、装飾品に関してはオーダーメイドや魔道具の受注も承っておりますのでその案内とサンプルをこちらに飾らせていただいているんですよ。こちらに説明書きもありますよ」
「え? …………あ」
……ほんとっす。
「この金貨と言う表記も一部の例であって、もちろんこれより下の大銀貨、小銀貨といったお客様の費用にあったモノをお作りすることも可能です。それもこちらにサンプルと説明が」
「…………」
「オーダーメイドや魔道具となるとやはりそれなりに費用はかかってしまいますが、この一階に置いてある商品はみなさんが楽しめ、かつ気軽に購入できる価格帯のものばかりをご用意いたしておりますのでご安心下さい。もちろんぼったくりも詐欺も行っておりません。商売は信用第一ですからね」
お兄さんが「ほら」と、近くにあったテーブルからおしゃれなブローチと値札を手に取り見せてくれる。確かに普通の値段だった。全然高くない。他の品物を見回してもそれは同じで、それどころかもっと高くてもいいのではと思えるほど心惹かれるかっこいい意匠のものもたくさんあった。
「他のお店に比べてこのお店は種類豊富な品揃えも誇っておりますからね。きっと良いものが見つかると思いますよ? ……ここは私の自慢のお店なんです。お客様もきっとこのお店のことを気に入っていただけると思います」
ニコッと笑顔を見せるお兄さん。そんなお兄さんからはとてもこのお店が好きで、誇りに思っている気持ちがビシバシと伝わってくる。
「…………っ」
そんな人に、お店に俺はっ!!
「っご、ごめんなさいっす!!!」
「え゛ぇ!?」
床に手をついてガバッと頭を下げた。
これはやばいっす! 土下座で謝るだけじゃ足りないっすよ!
思い込みでとても酷い事を言ってしまった。お兄さんが大切に思っているお店に俺はなんという言い掛かりをつけ、侮辱するようなことを言ってしまったのか。こんなにもお店思いの優しいお兄さんに対し!! 俺はっ!!
「勘違いしてごめんなさいっす!!」
「ちょっ、お客様!?」
「勘違いだけじゃなくて酷いことも言って……っ。俺間違ってたっす、本当にごめんなさいっす!」
「ちょっもういいですから頭をあげて下さいっ。誤解が解けて嬉しいですから! 怒ってないですから!」
「!? うぅ~っ優しいっす! なのに俺疑ってっ……本当にごめんなさいっす!」
「いや、だからいいですって! 本当にいいから頭をあげてください!! 注目されてますから!!」
「でも迷惑かけちゃったっすもん!」
「今現在もかかってますから頭を上げてくださいって!!」
「でもっす!」
「いいから! 頼むから!! ~~あ~~もう!!」
「っ!? ?????」
大きな声を上げたお兄さんは俺の両脇に手を入れ、ガバッと俺を持ち上げた。驚いて、俺は目をパチクリさせそのまま固まってしまった。お兄さんはそんな俺を持ち上げたまま歩き出し、少し進んだところで降ろす。
「ほらここです! 誤解も解けたことですし悪いと思っているのならうちの商品を見ていって下さい!」
「は、はいっす。――うわ~綺麗っすね」
ここと言われた場所を見てみると、色々な色やデザインの指輪がテーブルの上や飾り棚に並べられていた。指輪なんて意識して見たことなんてなかったが、改めて見てみると意外にも興味がそそられた。
「そうでしょう? 指輪をプレゼントするならこれとかいいと思いますよ?」
「……」
……だから別に指輪を買うとは言ってないっす。
ちょっと興味はそそられ、いいなと思うものの別に買おうとは思わない。
「あれ? もしかしてお探し物は指輪ではない?」
「……ないっすね」
俺の微妙な反応にやっと気づいたお兄さんは「あれー?」と言いながら「じゃあどんなものをお探しで?」と聞いてくる。
「んーと、ボスがびっくりして腰を抜かすようなプレゼントを探してるっす」
「ボス? ボス様ですか? ではやはり……。その方は恋人かなにかで?」
「ち、違うっす!!」
そんなんじゃないと首を横に振りまくった。
ダメっすよ。誤解はちゃんと解かないと!!
「え? 違うんですか? でもその指輪は……」
「指輪? これはボスに貰ったっす」
「……ボス様は恋人では……」
「ないっす!」
「……なる予定は?」
「ないっす!」
なんでお兄さん、恋人とか指輪とかばっか繋げて聞いてくるんっすかね?
「……え? ない……あれで両方違う? もしかして俺の人違……いや、そんなわけ……。……もしかしてこれあの人の片想いで……いやこの子が無自覚なだけで――」
呆気にとられたような顔をして、お兄さんはボソボソと呟いたあと、まじまじと俺の指輪を見てくる。
「なんすか?」
「あ、すみません。えと、……よほどその指輪が大切な物なんだなと思いまして」
「そうっすか?」
大切な物なのは大切な物だけれど、どうして会ったばかりのお兄さんにそんなことがわかるのだろうか? そう不思議に思う俺に、お兄さんはクスリと笑った。
「ええ。先程からことあるごとにその指輪を触っていましたのでよほど大切な物なのかと」
「…………」
お兄さんの指摘通り、自分の手元を見下ろしてみると確かに今も指輪を触っていた。指摘前から手は動かしていないので本当にずっと触っていたのだろう。でも……
え? 俺そんなしょっちゅう触ってたっすか?
なんだか恥ずかしくてなって、手を後ろに持っていき隠した。
「それはラ……ボス様という方にもらったんですよね?」
「……はいっす。お守りだって」
「……そうですか。私は魔道具や指輪の製作にも精通しているので分かります。その方はとてもあなたのことを大切に思っているんですね」
「え?」
ハッとお兄さんを見上げると、お兄さんはすごく優しい目をしていた。
「それはお客様のためを想って送られたもの。お客様も、その方が大切なのですよね?」
「……コクリ」
頷いた。そんなの当然のことだから。ボスは俺の大切な人で一番大好きな人なのだ。
「すごいですね」
「え?」
「だって両想いじゃないですか。私はすごいと思うんですよ。自分が想っている相手が自分を想い、同じ気持ちでいてくれることは。……人の心はみんな同じじゃないんです。そんな中でお互い同じ想いを抱いているって奇跡みたいなものだと思いませんか?」
「……そうっすね」
「ええ。だからこそ……――後悔のない選択をしてくださいね」
「……後悔?」
「ええ。お客様、ボス様のことを恋人じゃないと、なる予定もないと仰っていましたが、さっき外でお店を覗いてた時お店の指輪を見ながら左の薬指を触っていましたよ?」
「え!? ほんとっすか?」
「クスはい。それはそのボス様を想いながら触れていたのでは?」
「っ」
な、なんと……っ!!
愕然とした。まだ指輪を触るのならまだしも左薬指の方を? 俺はボスとどうこうなるつもりなどないのにどうしてそんな……。
「お客様。私はお客様の事情を全く知りません。ですが後悔のない選択をなさってください。人は十人十色でその心すらもみんな違います。でも、この指輪の送り主はあなたを想っている。あなたも少なからずその方を想っているのならその気持ちを充分に考えて……信じてあげて下さい」
「……っ。……はいっす」
……後悔がないように。信じる。……今日こればっかっすね。
姉さんにも同じようなことを言われたこともあって、頭も胸もモヤモヤし俯いてしまう。そんな俺に眉も頭も下げてお兄さんが謝る。
「……申し訳ありませんお客様。口喧しく生意気なことを言ってしまい……。俺の悪い癖なんです」
「え? ……あ、だ、大丈夫っすよ!」
いけないいけないと慌てて頭を振った。暗くなってどうする。……無意識の行動など言われなければわからない。俺のその行動はお兄さんの目にどう映ったのだろうか。きっとお兄さんがこうして話してくれたことこそがその答え……。俺を思っての言葉。この好意を無碍にすることなどあってはならないだろう。
ここは明るくお礼を言うのが正解っすね。
……と、お礼を言おうとしたところで
「そうですか? ありがとうございます! お詫びに割引させて頂きますのでいい物があったらご遠慮なく仰って下さいね!」
「え? あ、はいっす」
パッと笑うお兄さんに呆気に取られる。
……あれ? これ結局何か選んで買わないといけない感じっすか?
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