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二章

五十一話

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「んんっ……」

 ジャスミン姉さんが起きる。もう、神秘の泉は使わせない。絶対に。


「あれ……おかしいわね」

 いつだって余裕のある表情のお姉さんが、きょとんとしている。無理もない。神秘の泉を行使した後の記憶が丸々抜け落ちてるのだから。


 さて、どうしたもんか。苦しみながらも作ってくれたフィギュアは……ない。

 時間そのものが巻き戻ってるのだろうか。……どうでもいいか。とにかく今は、神秘の泉を使わさせず乗り切る事が先決だ。


「ごめんなさい。寝惚けてるのかしら。もう一度行うわね」

「お姉さん、話があるんだ」

「慈悲深き水の女神よ…………」

 えっ?! うそでしょ?!

「お姉さんっ?! だめっ! それ中止!! あっ、冷たっ……」

 と、止められない……のか? うそだろ?

 起きて速攻とか、そりゃないでしょぉ?!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「もうっ、泣かないの!」
「うぅ。ごめんなさい……ごめんなさい……」


「前回の記憶は引き継いでるし、死ぬのとはちょっと違うみたい。並行的に世界は繋がってる。10分間だけの短い世界……だけど……ね?」

 
 意味はわからないけど……またさっきの時間を繰り返すんだ。そしてお姉さんは消えちゃう……。


「いつまで悄気てるの? 時間は無いのよ。いいの? ほら……アヤノちゃんが好きな事……しないの?」


 するに決まってる!
 全力で三回、首を縦に振った!


「じゃあ、おいで! アヤノちゃんっ!」

「ワオーーンッッ!」


 なんだこれ……まさか……。

 幸せの10分間ループか?!


 もうほんとに意味がわからないよ。でもこのたわわなお山は紛れもなく現実だ。

 ──がしゃらに夢中に埋まった。こうしてる間だけは全てを忘れられる気がした。



「こーらっ! 乱暴にしちゃだめよ? めっ!」

 ハッ!! 俺は……なんて事を……。


「ごめんなさい……」
「女の子の体はね、デリケートなんだから。こうやって、優しくするの。わかった?」
「はいっ! むにゅう……」


 なんだろうか。絶望的な状況に陥ったかと思ったのに……心が安らぐ。幸せ過ぎる。


 今はただ……時間の許す限り……お山に埋まろう。


 ◇

「そろそろ時間ね。アヤノちゃんよく聞いて」
「はぁはぁはぁ。う、うんっ」

 埋まり過ぎて呼吸がままらない。10分しかないと思うと、一秒が惜しい。だってこれは……パラダイスタイムなのだからっ!


「まったくもう。そのままで良いから聞いてちょうだい。恐らくはまた収束する。戻ったらすぐにロフトから出なさい。エリリンに助けを求めるの。いい? わかった?」

「うん……。わかった」

「すぐそうやってあからさまに元気を無くすんだからっ。この世界はね、許されてないのよ。わかるでしょ?」


 この時間のお姉さんはまた無かった事になる。つまりは死んじゃうって事。だけど、次があったら? 生き返るって事?

 ううん。死への恐怖は必ずしもあるはずだ。こんな事は繰り返してはならない。

 これが本当のお別れ。最後は笑顔で。

「大丈夫。任せてっ! 約束する!!」

「良い子。これで安心して逝けるわぁ! 頑張るのよっ!!」


 なんだろうか。最初と違い泣く様子もなく、笑顔でその時を迎えた。割とあっさり。チープな感じすら漂う。

 あれ? 考え過ぎだったかな?


 ──もう一回だけ会いたい。会って確かめたい。ごめんね。あと一回だけだから……。


 ◇◆◇◆◇◆


「あらやだ、また来ちゃったのね」

「うんっ来ちゃった!! 約束したもんっ!」
「もうっ、そんな嬉しそうにして。いけない子! でも……いいこいいこよしよし」


 多分、ちょうど30回目。


 俺はこのループが楽しくて楽しくて楽しくてッ仕方がなくなっていた。

 足繁あししげくキャバクラに通うような……なんかそんな感じになってしまった。


 ──でも、やましい気持ちだけかと言うと、ちょっと違う。

 ◆

 どうやらお姉さんは寝て起きる感覚らしい。

 つまり、このループに入らなければ寝たまま起きない? って事になるのだろうか。

 考えれば考えるほど、当初とは逆の考えになる。

 もちろんやましい気持ちはあるし、隠すつもりもない。だけど、この世界のお姉さんをこのまま消してしまうのは間違っていると思う。


 どうにかして救いたい。


 要は単純なんだ。このまま10分で終わらなければいい。
 10分のその先に進めばいいだけ。

 しかしその進み方がわからない。

 単純なのに難解。恐らく答えなんかない。



 〝降ってこないかなぁ奇跡〟

 ──本音を言うとこれに尽きる。



 お姉さんはもう来ちゃダメだよと毎回釘をさしてくる。

 それでも俺は来てしまう。

 だって少し、嬉しそうにしてくれるから。

 その理由もなんとなくわかる。
 俺が来る事によってお姉さんは目覚めるんだ。

 きっと、起きれる事が嬉しいからだと思う。

 寝たら起きるんだよ。当たり前に毎日起きる。起きて然りなんだ。

 お姉さんの中に恐怖があるとしたら、起きない事なんじゃないかな。

 感覚としては寝てるから無意識下に他ならないけど、寝る前は意識がある。ただ、明日への補償がないだけ。


 だから俺は今回もお姉さんに笑顔で言うんだ!

「また来るねっ!!」っと。

 そう言うとお姉さんからは決まってこう返ってくる。

「もう来ちゃダメよ……」

 ギュッと手を握りながらニコッと笑い「おやすみ」をする。


 さよならじゃなくておやすみなんだ。俺がこのループに来る限りは永遠に。


 寝たらさ、起きなきゃいけないんだよ。
 当たり前の事を当たり前にしてるだけっ。


 だから、また来るんだっ!!

 ◇



 ──さぁて、次の10分は何しようかなぁ!! えへへっ! じゅるりっ。
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