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しおりを挟む目の前の少女は両腕をクロスさせ、十字を作る。その瞳は自信に満ち溢れ、勝利を確信するものだった。
そう、これは最初から勝敗の決した戦い。
俺に勝ち目はない。ここは戦場。命のやり取り。
ではなく、我が家のリビングでの一コマ。
「くらえ! おっにいちゃん! スッペシャル超電磁カルシウムぅぅ邪神龍ビーム!」
俺……音坂スバルの可愛い可愛い妹、音坂カリンの必殺技が炸裂した瞬間だった。
小学三年生のカリンと高校二年生の俺。
戦う前から……勝敗は決している! ここだけは何一つブレない。
カリンは閉じた唇から大きく息を吐き出し「ぶるぶるぶるぶるぶるぶる……」と可愛く効果音まで演出した。
俺が取るべき行動はただひとつ。
「ぐはぁ、やーらーれーたー!」
派手にやられる! ソファーにダイヴ!
「えへへ。かりんつおい! さいきょー!」
握った拳をえいえいっとして右手を上げる。可愛い可愛い勝利ポーズだ。
と、次の瞬間、カリンもダイヴ。
俺が倒れ込むソファーへとお腹めがけて躊躇なくダイヴ!
「えーい! おにいちゃんすきぃ!」
これはさすがに痛い。
けど、楽しそうに振る舞うカリンを見ると、そんなことはどうでもよくなる。
「おにいちゃんもカリンのこと好きだぞ~。こちょこちょしてやる!」
「あっ、そ、それはだめー!」
最強を自負するカリンもくすぐりにはめっぽう弱かったりもする。
そんな、ありふれたリビングでのひととき。
◇
築十年。5LDKの一軒家に俺とカリンは二人で暮らしている。まだ九歳。寂しいこともあるはずなのに、それを誰かに見せることはない。
俺が父親と母親の代わりになれるとは思っていない。でも、カリンの笑顔だけは何があっても守りたい。そう、思っている。
◇
「じゃあお兄ちゃん夕飯の買い出し行ってくるから。いい子にお留守番してるんだぞ」
「かりんもいくー!」
「さっきは暑いから行かないって言ってなかったか?」
「おにいちゃんよわっちいから、ひとりじゃ、しんぱい! かりんのみぎてにねむる邪神龍でまもってあげないと!」
なんとも健気で優しい妹だ。
今日は少し、オーバーにやられ過ぎたかな。今後は気をつけないとな。
「ありがとうな。そしたらカンカン帽被って来なさい。外は日差しが強いから」
「うん。かんかんぼうかぶるー! ごーごーおにいちゃん! おかしはみっつまでだ!」
「ふたっつまでだろ」
「やだあ! みっつ! このみぎてでまもってあげるんだから、いーのー!」
そう言うとフッとし右手を見せつけてきた。
昔から魔法少女や美少女戦隊が好きでよく真似ていた。けど、ここ最近は空前の邪神龍ブーム。ちょっと、厨二病っぽいんだよなぁ。
とは思うも、まだ九歳。
ま。いっか!
なんて、思っていた夏休みも中盤に差し掛かったある日。
この日はカリンが楽しみにしていた夏祭りの日。
りんご飴、わたあめ、バナナチョコ。
楽しみにするあまり、夜更かしをしてしまいお昼寝してからいくことにしたんだ。
遠足気分のカリン。この日をどれだけ楽しみにしていたのかは言うまでもないだろう。
でも、夕方になっても起きて来ない。
カリンの部屋へ様子を見にいくと、既に起きていて呆然としていた。
よく見ると涙を流していた。
流れる涙を拭こうともしない。
ただ、流れていく。止まらない涙。
明らかに様子がおかしかった。
「どうしたカリン? 夏祭り行かないのか?」
開いたドアの前から声を掛けるも気づく様子はない。放心状態に近い何か。
カリンが座るベッドまで近づき肩を叩くと、ようやく俺の存在に気付いた。
「お兄……ちゃん?」
その言い方は、とてもよそよそしかった。
「そうだ。お兄ちゃんだぞ! 怖い夢でも見ちゃったか?」
不思議そうな顔を見せると、「え」と、眉を捻らせた。
「……夢。あはははっ。夢なら……どれだけ幸せなことか」
ん? んんん?
なんだ。新しい設定が始まったのか?
妙に口調が大人っぽいが……。
それなら。
「ふっふっふ。よくぞ夢より舞い戻った! 待っていたぞ。この地で、姫の帰還を! 右手に眠りし邪神龍の力、披露してみせよ!」
と、まぁ。こんなところかな?
「う……そ? え。誰? お兄ちゃんじゃないの? まさか、この世界までも?」
慌てて壁際に背を向けると、俺を警戒しだした。
うん。これは完全に寝ぼけてるな。
「うそうそ。冗談! 夢の続きを演じてみた的な? なんかそれっぽい夢見てたんだろ?」
俺がそう言った直後、カリンの瞳孔が広がった。
「ふざ……けるな‼︎ やっていいことと悪いことの分別もつかないのか。この、ノーマルヒューマンが‼︎」
その言葉は真に迫るものがあった。
俺は一歩、後ずさってしまった。
「ど、どうしたカリン?」
「あ。……ごめんお兄ちゃん。そうだよね。いつも一緒に遊んでくれてたもんね。異世界ごっこの続きだったんだよね。……少し寝ぼけてたみたい」
うんうん。
とんでもない悪夢を見ていたんだろうな。
「ほら、カリン。怖くないよ。お兄ちゃんが側に居るからね。怖くなーい。怖くなーい」
俺はカリンを抱き寄せた。
その体は酷く震えていて、どれだけ深い悪夢にうなされていたのか、想像に容易いほどだった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……懐かしいな。本当にお兄ちゃんだ」
背中をトントンと暫く叩いてやると、落ち着きを取り戻したのか、気付くとカリンの涙は止まっていた。
「よしっ。じゃあ行こうか。カリンが楽しみにしてた夏祭りだぞ~? わたあめふたっつ買っちゃおう!」
「……今日はやめとく。ありがとうねお兄ちゃん。すごく温かかったよ」
涙は止まったと言うのに、とても切ない顔をしていた。いつだってニコニコと笑顔を絶やすことのなかったカリン。それが今、こんなにも……。
ほんと、どうしたって言うんだよ。
「どうしたぁ、カリン? あんず飴もバナナチョコもふたっつ買っちゃおう!」
「ごめんね。いま、そんな気分じゃないんだ」
「お、おう。そうか。気が変わったらいつでも言えよ。お兄ちゃんリビングに居るから」
「行かないよ。今からでも間に合うなら、お兄ちゃんは友達との予定を優先して。いつもわたしのためにありがとう。これからはもう、大丈夫だから」
あれ?
あれれ?
なに……これ?
その日からカリンは塞ぎ込むように、部屋からあまり出てこなくなった。
俺は、リビングに一人で居る時間が多くなった。
◇
「そっか。この体だと、食べないと活動できないんだった」
こんなことをぼやいてご飯を食べたり。
「また、十時間も寝てしまった」
とか。
「やはりこの世界に……マナは存在しない」
とか。自分ワールドを形成し始めていた。
度々、図書館にも通い、不思議な書物を借りてくる。玄関でチラッと見た限りタイトルは『神話系』。
どうやらうちの妹は、ガチの厨二病に目覚めてしまったらしい。
メガ粒子がどうとかカルシウムがなんたらとか、言ってた頃が懐かしい。
ていうかカルシウムってなんだよ。ははっ。
お兄ちゃんお兄ちゃんってうるさいくらい、連いてきてたのに。
外に出れば俺のズボンの脇をギュって握っていた。
隣に……いつも居たんだよ。
なのに……。
もう、隣にカリンの姿はない。
リビングの大きなTVでアニメを観る、その姿もない。
なにもない。ないないない。
これが、兄離れというやつなのだろうか。
大人の階段を登ってしまったのだろうか。
切なさだけが、ただただ心に染みわたる。
そんな、高二の夏休み。
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