ねえねえ、あのねあのね、聞いて‼︎ わたしの右手にはね、邪神龍が眠ってるの! ガォー!

おひるね

文字の大きさ
1 / 18

1

しおりを挟む

 目の前の少女は両腕をクロスさせ、十字を作る。その瞳は自信に満ち溢れ、勝利を確信するものだった。

 そう、これは最初から勝敗の決した戦い。

 俺に勝ち目はない。ここは戦場。命のやり取り。

 ではなく、我が家のリビングでの一コマ。

「くらえ! おっにいちゃん! スッペシャル超電磁カルシウムぅぅ邪神龍ビーム!」

 俺……音坂スバルの可愛い可愛い妹、音坂カリンの必殺技が炸裂した瞬間だった。

 小学三年生のカリンと高校二年生の俺。
 戦う前から……勝敗は決している! ここだけは何一つブレない。

 カリンは閉じた唇から大きく息を吐き出し「ぶるぶるぶるぶるぶるぶる……」と可愛く効果音まで演出した。

 俺が取るべき行動はただひとつ。

「ぐはぁ、やーらーれーたー!」

 派手にやられる! ソファーにダイヴ!

「えへへ。かりんつおい! さいきょー!」

 握った拳をえいえいっとして右手を上げる。可愛い可愛い勝利ポーズだ。

 と、次の瞬間、カリンもダイヴ。
 俺が倒れ込むソファーへとお腹めがけて躊躇なくダイヴ!

「えーい! おにいちゃんすきぃ!」

 これはさすがに痛い。
 けど、楽しそうに振る舞うカリンを見ると、そんなことはどうでもよくなる。

「おにいちゃんもカリンのこと好きだぞ~。こちょこちょしてやる!」

「あっ、そ、それはだめー!」

 最強を自負するカリンもくすぐりにはめっぽう弱かったりもする。

 そんな、ありふれたリビングでのひととき。

 ◇
 築十年。5LDKの一軒家に俺とカリンは二人で暮らしている。まだ九歳。寂しいこともあるはずなのに、それを誰かに見せることはない。

 俺が父親と母親の代わりになれるとは思っていない。でも、カリンの笑顔だけは何があっても守りたい。そう、思っている。

 ◇
「じゃあお兄ちゃん夕飯の買い出し行ってくるから。いい子にお留守番してるんだぞ」

「かりんもいくー!」

「さっきは暑いから行かないって言ってなかったか?」

「おにいちゃんよわっちいから、ひとりじゃ、しんぱい! かりんのみぎてにねむる邪神龍でまもってあげないと!」

 なんとも健気で優しい妹だ。
 今日は少し、オーバーにやられ過ぎたかな。今後は気をつけないとな。

「ありがとうな。そしたらカンカン帽被って来なさい。外は日差しが強いから」

「うん。かんかんぼうかぶるー! ごーごーおにいちゃん! おかしはみっつまでだ!」

「ふたっつまでだろ」

「やだあ! みっつ! このみぎてでまもってあげるんだから、いーのー!」

 そう言うとフッとし右手を見せつけてきた。

 昔から魔法少女や美少女戦隊が好きでよく真似ていた。けど、ここ最近は空前の邪神龍ブーム。ちょっと、厨二病っぽいんだよなぁ。

 とは思うも、まだ九歳。

 ま。いっか!

 なんて、思っていた夏休みも中盤に差し掛かったある日。

 この日はカリンが楽しみにしていた夏祭りの日。

 りんご飴、わたあめ、バナナチョコ。

 楽しみにするあまり、夜更かしをしてしまいお昼寝してからいくことにしたんだ。

 遠足気分のカリン。この日をどれだけ楽しみにしていたのかは言うまでもないだろう。

 でも、夕方になっても起きて来ない。
 カリンの部屋へ様子を見にいくと、既に起きていて呆然としていた。

 よく見ると涙を流していた。
 流れる涙を拭こうともしない。

 ただ、流れていく。止まらない涙。

 明らかに様子がおかしかった。

「どうしたカリン? 夏祭り行かないのか?」

 開いたドアの前から声を掛けるも気づく様子はない。放心状態に近い何か。

 カリンが座るベッドまで近づき肩を叩くと、ようやく俺の存在に気付いた。

「お兄……ちゃん?」

 その言い方は、とてもよそよそしかった。

「そうだ。お兄ちゃんだぞ! 怖い夢でも見ちゃったか?」

 不思議そうな顔を見せると、「え」と、眉を捻らせた。

「……夢。あはははっ。夢なら……どれだけ幸せなことか」

 ん? んんん?
 なんだ。新しい設定が始まったのか?

 妙に口調が大人っぽいが……。

 それなら。

「ふっふっふ。よくぞ夢より舞い戻った! 待っていたぞ。この地で、姫の帰還を! 右手に眠りし邪神龍の力、披露してみせよ!」

 と、まぁ。こんなところかな?

「う……そ? え。誰? お兄ちゃんじゃないの? まさか、この世界までも?」

 慌てて壁際に背を向けると、俺を警戒しだした。

 うん。これは完全に寝ぼけてるな。

「うそうそ。冗談! 夢の続きを演じてみた的な? なんかそれっぽい夢見てたんだろ?」

 俺がそう言った直後、カリンの瞳孔が広がった。

「ふざ……けるな‼︎ やっていいことと悪いことの分別もつかないのか。この、ノーマルヒューマンが‼︎」

 その言葉は真に迫るものがあった。
 俺は一歩、後ずさってしまった。

「ど、どうしたカリン?」

「あ。……ごめんお兄ちゃん。そうだよね。いつも一緒に遊んでくれてたもんね。異世界ごっこの続きだったんだよね。……少し寝ぼけてたみたい」

 うんうん。
 とんでもない悪夢を見ていたんだろうな。

「ほら、カリン。怖くないよ。お兄ちゃんが側に居るからね。怖くなーい。怖くなーい」

 俺はカリンを抱き寄せた。
 その体は酷く震えていて、どれだけ深い悪夢にうなされていたのか、想像に容易いほどだった。

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……懐かしいな。本当にお兄ちゃんだ」

 背中をトントンと暫く叩いてやると、落ち着きを取り戻したのか、気付くとカリンの涙は止まっていた。

「よしっ。じゃあ行こうか。カリンが楽しみにしてた夏祭りだぞ~? わたあめふたっつ買っちゃおう!」

「……今日はやめとく。ありがとうねお兄ちゃん。すごく温かかったよ」

 涙は止まったと言うのに、とても切ない顔をしていた。いつだってニコニコと笑顔を絶やすことのなかったカリン。それが今、こんなにも……。

 ほんと、どうしたって言うんだよ。

「どうしたぁ、カリン? あんず飴もバナナチョコもふたっつ買っちゃおう!」

「ごめんね。いま、そんな気分じゃないんだ」

「お、おう。そうか。気が変わったらいつでも言えよ。お兄ちゃんリビングに居るから」

「行かないよ。今からでも間に合うなら、お兄ちゃんは友達との予定を優先して。いつもわたしのためにありがとう。これからはもう、大丈夫だから」

 あれ?
 あれれ?
 なに……これ?

 その日からカリンは塞ぎ込むように、部屋からあまり出てこなくなった。

 俺は、リビングに一人で居る時間が多くなった。
 
 ◇

「そっか。この体だと、食べないと活動できないんだった」

 こんなことをぼやいてご飯を食べたり。

「また、十時間も寝てしまった」

 とか。

「やはりこの世界に……マナは存在しない」

 とか。自分ワールドを形成し始めていた。

 度々、図書館にも通い、不思議な書物を借りてくる。玄関でチラッと見た限りタイトルは『神話系』。

 どうやらうちの妹は、ガチの・・・厨二病・・・に目覚めてしまったらしい。

 メガ粒子がどうとかカルシウムがなんたらとか、言ってた頃が懐かしい。
 ていうかカルシウムってなんだよ。ははっ。

 お兄ちゃんお兄ちゃんってうるさいくらい、連いてきてたのに。
 外に出れば俺のズボンの脇をギュって握っていた。

 隣に……いつも居たんだよ。

 なのに……。

 もう、隣にカリンの姿はない。

 リビングの大きなTVでアニメを観る、その姿もない。

 なにもない。ないないない。

 これが、兄離れというやつなのだろうか。
 大人の階段を登ってしまったのだろうか。

 切なさだけが、ただただ心に染みわたる。

 そんな、高二の夏休み。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...