ねえねえ、あのねあのね、聞いて‼︎ わたしの右手にはね、邪神龍が眠ってるの! ガォー!

おひるね

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 九月。新学期初日の朝、事件は起こった。

 カリンが学校には行かないと言い出した。

 行きたくないとか休むとか、はたまた仮病を使うわけでもなく断固たる意志として「行かない」そう、言い出したんだ。

 ◇
「カリン。それはいくらお兄ちゃんと言えど、はいそれと聞けないぞ?」

「そっか。少しお兄ちゃんのことを侮ってた。ただ甘やかしてくれるだけの、優しい人だと思ってたのに」
 
 カリンはベッドから起き上がろうともせず、横になりながらため息混じりに言った。

 部屋には『神話系』の書物が至る所に転がっている……。

 ほんとに変わってしまった。
 これが厨二病ってやつなのだろうか。

「それはカリンのことが大切だからだぞ? ただ甘やかすだけが優しさとは限らないんだ」

 俺はいったい、九歳相手に何を言っているのか。

「うん知ってる。お兄ちゃんわたしのこと大好きだからね。でもね、大切に思うからこそ、踏み込んでほしくない一線っていうのがあるの。わかってくれないかな?」

 妙に艶っぽかった。
 そして、言葉遣いも大人びている。

 これが図書館に通い詰め「神話系」の書物を読み漁った成果なのか。

 カルシウムとかマグネシウムとか言ってた頃とは大違いだ。

 俺が知る限り、カリンはいつも楽しそうに学校に行っていた。学校での話もたくさん聞かされた。

 あの夏祭りの日を境に、俺とカリンはあまり話さなくなった。俺からは何度も話しかけたけど、その都度素っ気なくされてしまったためだ。

 やはり兄離れかと思うと、それ以上深くは突っ込めなかった。

 そのツケとも言うのだろうか。

 夏休み、時間はたくさんあった。
 いくらでも話す機会だってあったというのに。

 俺は何もできなかった。いや、しなかった。

 嫌われるのが怖くて、距離を置いてしまったんだ。

 その結果、新学期初日の朝。
 この土壇場で、カリンは学校へは行かないと言い出した。

 ◇
 話は平行線を辿った。
 学校には行かないと言うだけのカリン。それはダメだと言う俺。

 そしてついに、カリンは本当のことを話すから落ち着いて聞いてほしいと言った。

 ゴクリ。俺は生唾を飲み込んだ。
 虐めか、嫌がらせか。はたまた喧嘩か。
 カリンが何かしらの事情を抱えていることは明白だった。

 兄として、何ができるのか。
 どこまでしてしまっていいのか。初めてのことで戸惑いを隠せない。

 それでも、カリンの笑顔を守りたい。
 その気持ちだけは揺るがず変わらず、ずっと胸の中にある。

 大丈夫だよカリン。お兄ちゃんがついてる!

 頑なにベッドから起き上がらず、ゴロゴロしていたカリンがついに起き上がった。

「ふぁ~あ。……はぁ」

 大きなあくびをつくと、ため息を一つ。

 そして、左手で右手首を抑えると覚悟を決めたのか神妙な面持ちに変わり、静かに口を開いた。

「お兄ちゃん。わたしの右手にはね、邪神龍が眠ってるの」

 俺は言葉を失った。
 真面目な話をしていたはずだ。それがここにきて、まさかの厨二病。

 でも、カリンの表情はとても切なそうな顔をしていた。それとは別に申し訳なさそうな雰囲気も漂っていた。

 その右手に邪神龍が眠っていると言う事・・・に後ろめたい気持ちがあるのだろう。


 あの日、夏祭りの日、涙を流していた。

 カリンの心のうちに一歩、踏み込めたであろう場面。

 それを、俺は怖い夢と決めつけた。

 あの時、あの瞬間、悩みを聞こうともしなかった俺に、今、カリンを問い詰める資格があるのだろうか。

 きっと、色々と溜め込んでしまったんだ。

 あの出来事が、最悪な形となって今を紡いだ。

 今はただ、カリンの気持ちを汲んであげよう。それくらいしか……。

「そ、そうだったのか。昔から言ってたもんな。右手に邪神龍が眠ってるって」

 少し噛んでしまった。
 もっと上手いことを言わなければいけないのに、言葉が出てこない。

「違う。そうじゃない。此処とは別の世界。異世界に召喚されて、色々・・あって右手に邪神龍を封印してこの世界に戻って来たの。今までお遊びで言ってた邪神龍とは根本的に違う」

 じっと俺の目を見つめてきた。
 その目からは嘘など微塵も感じさせない、確かな真実だけが映し出されていた。

 なんとなくそんな気はしていたんだ。
 そういう設定でいくんだろうなとは思っていた。

 そうか。異世界帰りを自称するんだね。

 いいよ。お兄ちゃんはその設定、受け入れるよ。カリンがそれで、少しでも笑顔を取り戻してくれるのなら。
 
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