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91話
しおりを挟むピンポーン。
停学三日目。午後一時。俺は最側の住む団地のベルを鳴らしていた。手にはメロンソーダの缶ジュースを袋いっぱい持って。
ここまで辿り着くのは大変だった。
バーガー屋さんに行けば会えると思っていた。
最側もまた、俺同様にバイトを辞めていたんだ。
連絡先も知らない、家も知らない。
それでも、俺は辿り着いた。店長の協力を経て。
最側の携帯番号を教えてもらい、何度も電話を掛けた。留守電も残した。メッセージも送った。
でも、返事が来ることは一度もなかった。
七夕の日から四ヶ月以上経っている。俺と最側の関係はあの日のまま止まっているんだ。
当然と言えば当然。だから俺は……家に来た。
何処で何をしているのかもわからない。此処に来るほか、無かったんだ。
──それだけ、俺と最側の心の距離は遠くなってしまった。
◇
ガチャンッ。
「えっと、どちら様ですか?」
出たのは最側のお母さんだった。まるで不審者でも見るかのような冷たい視線が突き刺さる。
平日の昼下がり。そりゃそうだ。
でも、一秒でも早くお前に会いたい。このドアの奥に……居るんだろ?
「初めまして。バイト仲間の八ノ瀬です。彩乃さんに……会いに来ました」
他に言いようがない。辞めてからだいぶ経つけど。バイト仲間……と、しか。
って、お母さんめっちゃ袋見てる。大量のメロンソーダ。不審者が際立つ大きな手荷物……。
袋に向けられてた視線が徐々に上へ。や、やばい。……ニコッ。
「っっ?!」
「あらぁ、あなたが八ノ瀬くんね! よく来てくれたわね。彩乃もきっと喜ぶわ」
「っっ?!」
二度、目が見開いてしまった。
冷たい視線から一転。初めて会うのに俺を知っているかのような、フレンドリーで優しい口調。これは、いったい?
「でもあの子、今日予備校行ってるのよ。お弁当いらないって言ってたから、もうじき返ってくると思うのよね~」
「あっ、そうですか……出直します。失礼しました」
予備校……頑張ってるんだな。
「待って、八ノ瀬くん。本当にすぐ帰って来ると思うから、上がって待っててちょうだい。時間、大丈夫? 今日は学校休みなの?」
手を引かれ、あっという間に玄関IN。
そして質問責め。この強引なグイグイ具合、さすがは最側のお母さんだ。
◇◇◇
そうして、最側の部屋へと案内された。「すぐ帰ってくると思うから、遠慮せずくつろいでてちょうだい」と、言われた。お母さんに何の権利があるのか。俺は本当にここに居ていいのか。
だ、ダメでしょう!!?
娘の部屋に男である俺を、娘不在の中……案内するのはどうなんですかね?!
でも、さすがは親子。俺を男として見ていないんだろうな。悲しいほどに痛いくらい伝わってくる。
に、しても……目の毒が所狭しと、
脱ぎ捨てられたパジャマ。飲みかけのメロンソーダ。出しっ放しの鏡、コテ、コスメ。そして……下着……ピピピピピンクイロ。
寝坊して忙しい朝を過ごした女子の部屋。
そしてこの匂い。懐かしい。隣に最側が居るような、甘い匂いが部屋を包み込んでいる。
すぅぅ。はぁぁ。すぅぅぅ。はぁぁ。
とめどない想いが込み上げてくる。
息を吸うと最側が心の中に入ってくるような、あの日、あの時に戻ったような不思議な気持ち。
掴むことの出来なかったもう一つの未来。
結局、俺は逃げたんだ。自分の気持ちと向き合うのが怖かったから。
だから、もう逃げない。自分勝手なのは承知の上。
俺はこの部屋で最側を待つ。
◇◇◇
30分くらいだろうか。最側の怒鳴り声がドアの向こうから聞こえてきた。
「なにやってんのお母さん?! どうして家に上げちゃうの? 勝手なことしないでよ」
「ちょっと、なにを怒ってるのよ。だって八ノ瀬くんよ? あんたがいつも楽しそうに話してたじゃない。友達が出来たって」
「ねぇ、いつの話してるの? そんな昔のこと。あー、もう、お母さんのバカッ!!」
「はいはい。わかったから。ほら、部屋に居るから早く行きなさい。あやのの事を待ってるのよ」
「ちょ、ちょっと、押さないでよ。無理だから、帰ってもらうようにお母さんが言ってよ」
──ドクンッ。ドア一枚隔てて最側が居る。
あの、扉の向こうに最側が居るんだ。
ドクンッ。ドクンドクンドクン。
「もう、会いたくないの!! ねぇ、お母さん。責任とって帰ってもらうように言ってきてよ」
「なによそれ。自分で言いなさい。お母さんは知りません」
「じゃあもういいッ。出掛けてくる。帰ったら連絡して」
「ちょっと何処行くのよ?」
「知らない。てきとー」
バタンッ。タタタタタタッ!
また、居なくなってしまう。それだけは嫌だ。もう、嫌なんだ。
気付いたら、玄関で最側の事を抱きしめていた。
お母さんの居る、その目の前で。
「先輩は……やっぱりズルイです。今更……こんな事されても……は、離して下さい」
抱きしめる俺の手を解こうと精一杯に抵抗をしてくる。掠れた声で「離して」「嫌だ」と続けた。
──俺は抱きしめた手を離すことが出来なかった。今、離したら……もう二度とこの手が届かなくなるような、そんな気がしたんだ。
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