「ふっざけんな──ッ!」誰も居ない夜の教室で、イケ好かないギャルの机を蹴飛ばしたら──。ぼっちで陰キャな俺の日常はハレンチに包まれた。

おひるね

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     ごめんなさいマシーンからの卒業(後編)

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 こんなにも自分の部屋が居心地の悪い場所になってしまったのは、中学二年の夏休みからだった。

 その理由は壁一枚隔てた隣の部屋に『ライオン』が住み始めたからだ。
 百獣の王とひとつ屋根の下に住んでいるともなれば、サバンナの物陰に潜みながら暮らすようなもの。

 しかも我が家に引っ越してきたライオンはとてつもなく凶暴だったんだ。
 物音ひとつで壁ドン。逆鱗に触れればノックもなしに強襲。心ない言葉とともに、蔑んだ視線を向けてくる。

 かつては図書室やトイレの個室よりも安らぎを与えてくれた自分の部屋は、安らぎからは最も遠い場所になってしまった。

 でも、こればかりは仕方がないとも思っている。

 こうなる未来は親父が俺に再婚を打ち明けてすぐの、顔合わせの段階で大方の予想はついていたから。

 当時、楓は中学一年生。にも関わらず、校則から逸脱した短いスカートの丈を着こなす者だったんだ。──即ち、ギャル。

 思春期真っ只中のお年頃に突然できた歳の近い兄ともなれば、世間一般的な兄妹のように仲良くできる道理はどこにもない。

 しかも冴えない日陰者の兄と、今をきらめくギャルの妹ともなれば尚のこと。

 親父が新しい母ちゃんと出会って、再婚を決めた時点でこうなる未来は決まっていた。避けようなんて、どこにもなかったんだ。だから、仕方ない。……仕方ないんだよ…………。

 ……ってことで! 危機は去ったのだから続きをしないとだな!
 極力静かにすることを心掛けて、まずは定番中の定番。腕立て伏せをしてみようかな!

 腕が上がらなくなるまでに何回できるのか!
 己の限界を知ることが始まりって言うしな!

 俺は今日から変わるんだ。よしっ!


 ☆ ☆ ☆

「にじゅうぅぅ、よ…………んん!」

 だ、だめだ。三十回が果てしなく遠い。
 俺ってこんなにもひ弱だったのかよ……。先が思いやられるな。

 なんて、思っていると──。

「いや、まじでキモいんだけど? 隣の部屋で筋トレしてると思うと落ち着かないんだよね。やっぱ、やめてくんない? つーかもう、やめろ」

「うおおっ──」

 いつから居たんだ?!

 楓がドアの横で腕を組みながら壁に寄り掛かっていた──。

「ご、ごめん……」
「あ~、そういうのいいから。今すぐやめろ。わかった?」
「で、でも静かにしてたと思うんだけど……。物音はたてないように最善の注意を払うから……」
「は? なに口ごたえしてんの? やめろっつってんの。やりたいなら公園でも行ってこいよ。あ~、でも近所でやられると恥ずいから、どっか遠くの公園行ってね~」

 ……なんだよ、これ。
 俺は家の中で筋トレもできないのかよ。それじゃあ、もう……。

 ……なんだって言うんだよ。そうやってすぐに諦めるのかよ!

 ここで諦めたらなにも変わらないだろ! 明日も明後日もずっと虐げられるだけの毎日だろ!

 NOと言える男になるって決めただろ!

 軽井沢さんの机を三度も蹴飛ばした男だろ!

 大丈夫。……大丈夫。今の俺なら、抗える!

「なんで黙ってんの? 家で筋トレすんなって言ってんの。わかったら返事しろよ? あーもう、イライラすんなー」

「………………………」

 大丈夫だ。恐れることはない。
 ギャルとは言っても相手は身内だ。血の繋がりはないけど家族なんだよ。

 歯向かったからって、学校に行けなくなるわけじゃない。
 軽井沢さんや瀬須川さん相手にNOと言える男になるって誓ったのに、こんなところで躓いていたら、到底無理だ。

 それになにより、俺と楓の関係がこれ以上悪くなることはない。もう行き着くところまで来ている。ここが底なんだよ。

 だから恐れるな、言え! 言っちまえ!

 ここで逃げたら、俺は一生NOと言えない子ネズミだろ!

「可愛げのねえ妹だな。お前の部屋からする訳わかんねー音楽のほうがうるせえだろうが!」

 い、言っちゃった! やばいやばい。言っちゃったよ!

「……え。ど、どうしたのお兄?」

 あれ、なんだか少しおどけてる……?

 それなら!

「ハウス」
「えっ、なに? えっ?!」

 いける。いけるぞ!

「ハウスって言われたら自分の部屋に戻れ! そんなこともわかんねぇのかよ! ハウスッ!」

「えっ。待ってお兄。本当にどうしたの? 変な物でも食べちゃった?」

 正面からメンチを切られる覚悟もしてたけど。案外いけそうだな……。

 柄にもなく心配そうな顔をしている。
 ……そりゃそうだよな。こんなの、楓の知っている俺じゃないもんな。

 それにしても、これは……。まるで病人を見るような目だ。

 散々ストレスの捌け口に使って来た『ごめんなさいマシーン』の義理の兄が歯向かってきたら、そりゃ病気を疑うよな。

 でも、それじゃだめだ。
 俺は病気じゃない。至って健康体だ。

 だからここは──。

 推して参る! 

「本当に可愛げのねぇ妹だな。話すことなんてないから出てっけって言ったんだよ。お前よ、可愛いのは顔だけで性格ひん曲がってんだよ。おまけにおっぱいも大きいから、男からはちやほやされてんだろ? 悪いけど俺、お前にそういう感情一切ねぇから? あんま勘違いして調子のんなよ? わかったらハウスッ! さっさとハウスしろ!」
 
 今日までの、自分との決別──。
 こんなことを言うのは間違っているだろうか?

 答えはNOだ。

 楓は俺にこれだけのことを言われて当然なんだ。
 この百倍。いや千倍以上、俺は虐げられてきた。
 俺が日陰者で、こいつがギャルだから……。その後ろめたさからずっと受け入れてきたんだ。

 それも今日で終わりだ。

 俺は筋トレをするんだ! 腕立て伏せがしたいんだよ!

「ひどいよ……お兄……なんでそんなこと言うの……」

 しかし楓は驚いたような顔を見せると、次第にぽろぽろと涙を流し始めてしまった。

 え……。あれ。なんか思ってたのと違う! ……ど、どうしよう……!
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