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プロローグ
しおりを挟む「汚ねーんだよ、この悪魔が!」
罵声と共に頬を叩かれたクロアは物置部屋の床に倒れ込む。叩いたのはクロアと同じ孤児院で1番年上の男の子だ。名前は覚えていないが10歳かそこらだったと思う。
続けてなにか罵声を言いながらクロアを踏みつけていたが痛みを我慢するのに必死で何を言ってるのかは聞き取れない。子供の力でも、まだ5歳のクロアにとっては十分痛かった。
だが、もう慣れたことだ。いつもの事だから。
その場にはあと二人人がいた。クロアに暴力を振っている男の子に腰巾着のようにいつもついて歩いている男の子と女の子の2人組。当然クロアを助けるなんてするわけなく、むしろ面白がるようにニヤニヤと笑っている。
いつもの事。
物置部屋の戸が少し開いて孤児院の廊下が見えた。そして廊下で窓を吹いていた女性と目が合う。たしか、孤児院の院長だったか。その人は少しこちらを見ていたが何事も無かったように仕事に戻る。あれは見えなかったんじゃなく見なかったことにしたんだろう。
これもいつもの事。
暴力を振るわれることも、それを見世物にされることも、見て見ぬふりされることもいつも通り。そして、
「ちょっと!なにやってるの!」
その現場をみつけて駆け込んでくるのはクロアの3つ上の姉、アイシャ。男の子は舌打ちをすると取り巻きの2人を連れて物置部屋を出ていく。
「大丈夫、クロア?」
心配そうに声をかけるアイシャを安心させるため、クロアは笑顔を作る。
「大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん。」
「あいつら、いつもいつも…いい加減また私が」
「お姉ちゃん!」
アイシャの言葉を遮る。
「ぼくは大丈夫だから。そもそも悪いのはぼくだし、お姉ちゃんは心配しなくていいよ。」
以前にも何度かアイシャが男の子達に文句を言ったことがあった。そのあとはいつもより酷い暴力を振るわれたものだ。
クロアはこの現状を改善することは既に諦めていた。
「今日はぼくが食器を片付けるのが遅かったから、それでみんな怒ってただけだよ。」
「でも、クロアはしょうがないじゃん…だって…」
アイシャはクロアの体を見て黙る。そのあとの言葉は言われなくてもわかる。
クロアは冗談などではなく本よりも重たいものは持てないほど非力だった。それはクロアが生まれた時から持っていた呪いのようなもので、いくら力を鍛えようとしても無駄らしい。
「そう、しょうがないんだよ。ぼくは忌み子だから、みんなが怒るのもしかたない。」
忌み子とは世界に溢れる、『魔素』と呼ばれる目に見えない毒を大量に吸って生まれてきた子どものことで、生まれつき身体機能のどこかが不便になるのだが、クロアの場合はこの非力さということだ。
忌み子はほかにも外見に特徴があり、髪の色素が異常に薄かったり瞳が赤かったりする。その点においてクロアは完璧だった。真っ白な髪に真っ赤な両眼。姉であるアイシャは水色の髪と青い瞳なので本当に姉妹なのか疑わしくなるほど違った。
忌み子は不吉の象徴とされ、各地で迫害を受けている。だからクロアの扱いも別におかしいものでは無い。
「クロアがそんなふうに諦めてるからあいつらも調子に乗るんだよ…」
悔しそうに呟いたアイシャの言葉をクロアは聞き流す。これもまたいつもの事だった。
しかしいつもの事じゃない事があった。
「ねぇクロア、お姉ちゃん、大事な話があるんだけど。」
いつにもなく真剣な表情のアイシャの瞳に映る不安の色に、何事かと心配になったクロアはとりあえず落ち着いて話せる場所に移動することにした。
※
「それで、話って?」
2人の寝室へと移動したクロアは話を促す。
言いにくそうに俯いていたアイシャだったが、やがてぽつりと呟くように話した。
「お姉ちゃんね、養子として引き取られることになったんだ。」
つまりこの孤児院を出ていくということ。それは
「よかった…ね、お姉ちゃん。どんなお家にいくの?」
「貴族のお家なんだけど、子供がいないらしくって。それに、前に私のステータスを調べた時に分かった私の祝福、覚えてる?」
祝福とは誰もが生まれつき持っている物で、その魂の質によって神から与えられる職業の事だ。アイシャも数日前に調べに行っていた。
「たしか、《勇者》だったよね。世界を救えるくらい強い祝福なんでしょ?」
「そう、だから世界を救う勇者としてしっかりした教育を行わないといけないからって事で私を引き取りたいんだって。」
世界の命運を託すかもしれない存在を小さな孤児院で腐らせておくべきではない。当然のことでめでたいことだ。だが、アイシャの表情は曇っている。
「お姉ちゃん、嬉しそうじゃないね?」
「うん…だってさ」
アイシャは1度言葉をとめ、悔しそうに拳を握る。
「クロアは一緒に行けないって言われたんだ。」
聞いて、なるほどとクロアは思う。アイシャが喜んでいない理由はそんな事かと。
「私はね、クロアと一緒じゃないなら行かないって言ったんだけどね。もう決まった話だからって全然聞いてくれなくてね。」
言いながらついには泣き出してしまったアイシャをクロアは抱きしめる。
「私クロアと離れたくなんかないよ!」
腕の中で泣くアイシャの姿がクロアにはとても愛おしかった。
クロアだってアイシャと離れたくはない。親の顔を知らないクロアにとって唯一の家族であるアイシャを失いたくはなかった。
「お姉ちゃん。」
だからこそ、クロアがアイシャに言えることは
「ぼくはお姉ちゃんがいなくなっても大丈夫だよ。今の生活だって慣れればそんなに酷いものじゃないし。」
「…え?」
アイシャはクロアから体を離し、クロアの方を見つめる。
涙を溜め込んだ視線を受けたクロアは笑顔を返す。
「クロアは…お姉ちゃんがここから居なくなってもいいの?」
「ぼくは大丈夫。お姉ちゃんはお姉ちゃんが幸せになれる道を選んで。」
その言葉を聞いたアイシャはぎゅっと口を結び、
「クロアのバカ!」
叫んで部屋を飛び出していってしまった。
1人残されたクロアは少しの間呆然とアイシャが走り去ったあとのドアを眺めていたが、ふと思いついたことがあり立ち上がった。
※
コンコンと部屋がノックされた。
戸を開けるとそこには先程クロアを叩いていた男の子が立っていた。
「よう、悪魔。アイシャと喧嘩でもしたのか?」
ニヤニヤといやな笑みを浮かべながらクロアを見下す。
「なんですか。ぼくはもう怒られることはしてませんよ。」
目を合わせずにそう言うとドアを閉めようとする。
「おおっと、まてまて、院長先生が呼んでるんだよ。」
慌てて呼び止める男の子の顔にはまだ笑みが張り付いている。
「そうですか。じゃあぼくは院長先生のところにいくのでそこをどいてください。」
やれやれといった様子で道を開ける男の子を尻目にできるだけ急ぎ目に部屋から出るクロア。
歩き去っていくクロアをみながら男の子はもう一度笑みを浮かべる。
「じゃあな。悪魔。」
そう零した言葉はクロアには届いていない。
※
院長室の前に着いたクロアは上がった息を落ち着かせる。
小さい孤児院の廊下を少し歩いただけで息が切れる自分の体のひ弱さは相変わらず煩わしい。
息が整うとコンコンとドアをノックして中に入る。
中では先程目が合った女性がやけに機嫌が良さそうに椅子にふんぞり返っている。
「呼んでいたと聞いたのできました。何かありましたか?」
目を合わせないように俯いて問いかけるクロアに院長は前の席に座るように促す。
「わざわざ来てもらって悪いね。君にいい話が来てね。」
すっと書類をクロアの前に出す。そこにはクロアを引き取りたいといった内容の事が書いてあった。出発は明日の朝になっている。
「随分急な話だが、君にも引き取り手がついて私は心底ほっとしているよ。アイシャも明後日にはここを出ていくし。幼いうちにちゃんと引き取り手がつくのはいい事だ。」
心からの言葉だろう。クロアという厄介者を手放せるのが余程嬉しいのかさっきから笑顔が離れない様子だ。
「わかりました。今までありがとうございました。準備をするので今日はこれで失礼します。」
事務的に返事を返してクロアは書類を受け取り、院長室を後にする。閉じたドアの向こうからは鼻歌が聞こえてきた。
自室に戻りながらクロアはこれからの事を考える。
持っていくものはなにもない。孤児院から出たことすらないクロアには自分の物と言えるものは無かった。
しかし、出発が明日でよかった。とクロアは胸を撫で下ろす。これで決心が揺らがないと。
部屋の前に着いたクロアは悲しく笑ったのだった。
※
気まずい思いを抱えながらアイシャは自室に戻ってきた。恐る恐るドアを開ける。
クロアは既に寝ていた。ほっとして音を立てないように部屋に入る。
すぅすぅと小さな寝息をたてるクロアの寝顔をすこし見つめていたが、自然に撫でようとしていた手に気づいてその気持ちをぐっと堪える。
撫でてしまえば、別れが辛くなると思いぎゅっと手を握る。すると涙が溢れそうになった。
クロアは5歳にしては随分と大人びている。それは特殊な生まれのせいだろうか。物心着いた時から両親がいなく、忌み子とよばれ虐げられていたから。
多分違うな。とアイシャは自分の考えを否定する。きっとアイシャのためだろう。自分を庇い続けるアイシャを少しでも傷つけないように、気を使えるようになってしまった。
さっきの言葉だってアイシャを気遣ってのものだった。それなのにアイシャは引き止めてくれないのが嫌でそんな妹を突っぱねてしまった。
「ごめんね…クロア…」
小さく発せられた言葉に返事が返ってくることは無かった。
※
朝早く、クロアは目を覚ました。まだ日が登ってまもない時間だ。隣のベッドではアイシャが眠っていた。
ベッドからおりて備え付けてある机の引き出しをゆっくり開ける。そして1枚の紙をいれてまたゆっくり閉める。
「大丈夫、わかってるよお姉ちゃん。ぼくの方こそごめんね。」
ぼそりと呟くと音を立てないようにドアを開けて廊下に出る。
「じゃあね。お姉ちゃん。」
そしてドアを閉めた。
※
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