【BL】1000年前の恋の続きを

茶甫

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2 前のあなたを今のあなた。そして今のわたし

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『それで? 結局まだ言ってないの? 自分がアイラの生まれ変わりだって』
 たっぷりと休んだアインは昼前に起き出して軽く食事をとった後、思い立って鏡台のある部屋へ入った。姉として慕っているラナンキュラス=アネモーネへ鏡を通じて応答を求めたら以外とあっさりと反応があった。聞けばどうやら彼女は本日非番だったらしい。アインたちのいるマーロン魔法学校から東に真っ直ぐ向かった先にあるクロノス王国の王宮魔術師として卒業後は勤めている。ラナンキュラス=アネモーネは、橙色の髪を肩まで伸ばし、赤い瞳を柔らかく細めて鏡を通じて久方ぶりに顔を合わせたアインの近況を尋ねての先ほどの発言である。
「……言うもなにも。あいつは記憶をしっかり持ってるわけじゃない。それにそんなこと言う必要ない。アイラは死んだ。そしてアイラの恋人だったシエルードもとうの昔に死んでる。終ったんだ、俺達は」
 アインには秘密がある。彼には明確な前世の記憶がある。そしてその前世こそ、滅びた最後の古代帝国の最後の王子アイラ。シェルミールが何度も夢にみたという前世の恋人その人である。それなのに真実を言わないのは――終ってしまった話だから。それに尽きる。
『終ったって言う割には一緒にいるわ、恋人の真似事してるんでしょ? そして決して彼には好きだと言わない。シエルードの生まれ変わりのシェルミール・ベルドハンドのこと、彼は彼として好きなんでしょ? どうして認めたくないの?』
 ラナンの問いかけにアインは視線を落とした。
「……あいつが俺への思いを混同してるからだ。前世に引きずった恋人、アイラへの未練と思いを俺にぶつけてるだけだ。そんなのはひとときの夢と同じ事だろ?」
『……本当にそう、なの?』
「そうじゃなかったら、あいつが俺を側に置きたがる理由が分からない。アイラを求めて、似てる俺を側に置きたいだけだ。俺を求めてるんじゃない」
 悲しげに目を伏せるアインにラナンはため息をつく。
『もし君が言う通りのことなんだったら、尚更一緒にいたら駄目だよ。君が壊れちゃう。アイン……今は本当の姉じゃないけど、君のこと本当の弟のように思ってるんだよ? アイラの分も重ねているのは確かだけれど。だからこそ心配だし、本当にそうなら僕はシェルミール先生を殴ってでも僕のところに連れて行くよ』
「姉さん……」
『核心してしまっているなら尚更離れないと君が壊れてしまう。ただ意地を張っているだけなら……彼が喜ぶだけだからいくらでも焦らせばいいと思うけど。そうじゃないなら君のほうがしんどいでしょ?』
「……」
『研究したいならクロノス王国の王宮研究室に来ればいい。僕が陛下に口利きしてあげるし、なんならマーロンさまがきっと入りたいって言えば紹介状書いてくださるはずだよ?』
「……」
『アイン。前の人生では、全く姉らしいこと出来なかったけど、今なら僕はある程度君のために動くことができるし、そのつもりが充分にある。途中で投げ出すようなことはしないし、こっちの人は皆親切で優しいよ? 安心して来ればいい』
「ねえさん……」
『まあ、急に来いって言われても戸惑うだろうし、準備もあるだろうから今すぐに決めろとは言わないよ。そうだね……来週の水の日ならまた非番だから連絡できる。それまでに考えておいて。シェルミール先生に直接話せないなら僕から話すし』
「……」
『アイン。君が好きなようにしていいんだけど、僕は君が苦しい思いをするなら、悪いけど前世で君の一番大切な人で今も恐らく君にとって大切な人であったとしても、遠慮無くぶんなぐるし敵になるから』
「ね、姉さん」
『……折角生れ変われたんだよ? 奇跡みたいな偶然が重なって僕は君に会えたし、君もかつて引き離された恋人の生まれ変わりに会えた。そんな奇跡はそうそう無い。精霊達の気まぐれと慈悲で生まれた奇跡さ。次は、きっとないよ。記憶まで引き継いで何の問題も無く生まれ直せたこと自体、とんでもないことだって君だってわかるでしょ?』
「……わかってる」
『なら、尚更。後悔しないようにしてほしいし、苦しい思いはしてほしくない。また、連絡するね。それまでに気持、固めて置いてね』
 言いたいだけ言ってラナンは交信を終えた。アインは、しばらく呆然と鏡の前で過ごしていた。

*********

「アインにはああいったものの……さて」
 ラナンは自室でひとりごちる。交信を終えた後もアインのことを考えていた。彼とラナンは、同じ魔法学校の卒業生で先輩と後輩という関係以外に因縁があった。前世の実の姉と弟という関係。物心つく頃にはあった記憶は、思ったよりもラナンにもアインにも混乱を与えなかった。そうして偶然再会した魔法学校でお互いに再会できたことを喜んだ。それなのに。
「あの男……前世でもあの子を振り回しておいて今もそうとか。ふざけてるにもほどがあるんだけど……大体、あいつがしっかりしてなかったからアイラは殺されちゃったんだし。なあにが近代魔術の祖だよ。馬鹿馬鹿しい。アイラが死んで精霊達がごっそり精霊界に消えてしまったから慌てて代換えの存在を探し回って幻獣たちを見付けただけだろうに。ああ、腹が立つ!」
 座っていた椅子から立ち上がるとラナンは部屋の中を歩き回る。
「……そもそもあの男、どういうつもりでアインを側に置いてるんだ。今までは単純に囲いたいから手っ取り早く弟子って形にしたんだと思ってたんだけど、本当にアイラの身代わりに? 本当にそうだとしたら絶対許さないんだけど」
 ぶつぶつと独り言をひとしきり言ってからラナンは決断する。
「ああもう、じれったい! ていうか、僕としてはあんな駄目男から可愛い弟を引き離したいけども! アインが納得しないまま引き離しても多分ぐだぐだなるだろうし……ああもう、やんなるな! あいつに塩を送ってやるようでいやだああああ! だけどアインのため……うぐぐぐ」
 ひとしきり一人で悶えた後、ラナンはようやっと部屋から出る。目指す場所は――かつて彼女が過ごした母校だ。

*********

 シェルミールの屋敷の周りを囲む森の外れにある、小さな湖は今では珍しい精霊たちのたまり場だ。とはいえ、その事実をシェルミール自身が知ることはないだろう。何せそこは、彼女のかつて祀られていた神殿のあった場所であり、彼女の許しのない人間が立ち入ることなど許されていない。
 アインが湖を訪れて着ていた上着を取り去る。かつて彼女の元に挨拶に行くときには正装とされていた真っ白な一枚の布を巻き付けて衣類のように身につける、トガと呼ばれる衣装で湖に裸足になった足を踏み入れた。
「……プミア、ユ、ミ、カムア、ネプリア……プミア、プミア」
 かの上位精霊を呼ぶための文言を口にしながらアインは湖に入っていく。腹まで浸かると右手を空に掲げる。
「プミア、ユ、ミ、カムア……ネプリア――我が魂の名はアイラ・サンライズ。最後の太陽の民である」
 アイラの宣言に水が、応えた。湖の水が重力を無視して無数の水滴として空へ浮かびアインの目の前で一つの大きな塊となる。そして、七色の光が空から降り注ぎ――水の塊は一瞬にして美しい女性の姿となった。
『アイラ……よかった。あなたが無事に人の世へ戻るまでは見守れたけれど、それ以上は追えなかったの。記憶も引き継いで生まれ直したのね』
「ネプリア……ずっとお礼を言いたかったんだ。遅くなってごめん」
 アインが謝るとネプリアと呼ばれた女性は首を振った。
『いいえ。むしろ私こそ、ごめんなさい。あの時はあれしか浮かばなかったとはいえ、あなたの了承なく肉の器のないまま精霊界へ連れて行ったりして……あやうく人の世に返せなくなるところだった』
 ネプリアの謝罪にアインは驚く。そして慌ててネプリアに言葉をかけた。
「謝らないでほしい。あなたのお陰で、あの時受けたはずの呪いの影響は今も感じない。あの死の呪いは精霊の加護すら打ち砕く呪い。あのままだと無事に黄泉の国に行けたかどうかも分からなかった。あなたが守ってくれなかったら俺は……」
 アインは、生れ変われなかった。ネプリアの強行がなければ、きっと。
『……あなたの魂を人間の枠組みから外さないように、ゆっくりと癒しの力を与えていたからとても時間がかかってしまったわ。そう……千年も』
 千年。改めて告げられた年月の長さにアインは目眩がする。
「……ずっと聞きたかったんだ、ネプリア。どうして助けてくれたんだ。そして、どうして……そこまで俺を人の枠組みから外さないようにと気を遣いながら守ってくれたんだ?」
 アインの問いかけにネプリアは少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
『そもそもあなた達、太陽の民……そして花の民たちは、皆、私達精霊の子であり弟妹であり愛し子。そして貴方は私のいっとう可愛い子だからよ。他に理由がいるかしら?』
 逆に返されてしまい、アインは困惑する。
「……俺達太陽の民は、初代女王が精霊王さまと結ばれて生まれた子どもの子孫。花の民は、王族にのみ受け継がれる性質。男でもあり女でもある、それを示したもの……精霊の力が強い証でもあるけど。だけど今の体も花の民のような状態なんだ。それはどうして?」
 アインの前世であるアイラ王子は、その太陽の民であり花の民でもある。しかし前世の花の民の性質を今世でも引き継いでいるのは偶然だろうか。
『私が深く関わりすぎたせいでしょうね。そして今も私はあなたへ加護を与えることを辞めていないから、その影響が出てしまったんでしょう。もしくは』
 ネプリアは、くすりと笑う。
『あなたが強く望んだから、かしら。彼の生まれ変わりに愛されるために。彼が女性に生まれ変わっていても男性に生まれ変わっていても諦めなくていいように、じゃないかしら?』
「な!?」
 思わぬ回答にアインは固まる。そして、それはそれは酷くうろたえる。
「な、なにを言って!? 大体、お、俺は別にあいつのことなんか……」
『あらあら。素直じゃないのね。昔もあまり素直じゃなかったけれど……だけどね、アイラ。あなたが望まなかったら私だってここまでしないわ』
「え?」
 驚くアインにネプリアは笑う。
『あなたが願ったのよ? 彼にもう一度会いたいって。私はそれを守護精霊として――全ての乙女の守護者であり愛の女神でもあるネプリアとして叶えただけよ』
 上位精霊である彼女は古代において神としても祀られていた。その権能をいかんなく発揮してみせたということだろうか。
「……そうだとしたら、かなり恥ずかしいんだが」
『そう? 恥ずかしがる前に素直になることをおすすめするわ。それに……分かっているんでしょう、本当は。彼が、前世のあなたを愛したから貴方を愛したわけではないことくらい』
 ネプリアの言葉にアインは眉根を寄せる。
『……ねえ、アイラ。あなたは一度死んで、あなたたちの関係は終ったって思っている。確かにそうよ。正しいわ』
「俺は……あいつには幸せになってほしい。生まれ変わった俺は、別になんの取り柄もない。家柄がいいわけじゃない。魔術師としても平凡だ。だけどあいつは前世で俺と関わったことを無意識下に覚えていて、それを夢にまで見て……ただの夢と切り捨てず前世だと認定した。あいつの本来の性格なら、そんなことあり得ないはずなのに」
 初めて彼に認識されて、関わるようになった時に言われたのだ。
――お前は俺が夢に時々見る相手に、よく似ている。あまりにも頻繁に見るから、何か予知夢などに目覚めたのかと期待したが……もしかしたら前世の記憶だとか、そういった類いなのかもしれないな――
「……昔のあいつに、囚われて欲しくない。終ったんだ。俺達は。無理して今の俺と一緒になったって」
『幸福の形は人によって違うものよ。そして前世の因縁は確かに強いこともある。だけど彼は、昔だって、そして今だってそんなものに縛られるのを良しとする人間かしら? そんな人間でないことくらい、あなたが一番分かっているでしょう?』
「……だから、わからないんだ。どうしてあいつが、あんなに……俺を側に置きたがるのか。どうして執拗に側にいようとするのか」
『あら。そんなの決まっているじゃない』
 ネプリアは笑う。それはそれは楽しそうに。
『今の貴方を愛しているからよ。それ以外に何があるの?』
「でも俺は」
『逆に聞くわ。アイラ、いいえ、アイン。貴方は仮に素晴らしい名声を持たず、一介の魔術師だったとしたら、いいえ、もしかしたら魔術師ですらなかったとしたら、彼を愛さなかった?』
 アインは、その質問に戸惑う。
「……分からない。だけど、俺は別にあいつが賢者でなくても構わない」
『なら、彼もそうなんじゃないかしら? だって本当にそういった肩書きがある相手が必要なら今の貴方に声をかけることもなかったでしょうし、執着する意味がない。そうでしょう?』
「だけど、前世の因縁が」
『彼はあなた達と違って明確な記憶はないんでしょう? むしろもっと確かにあったのなら……彼はあんなに大人しくしてるかしら』
「大人しく? どういうことだ」
『……アイラ。あなたたちの国を滅ぼしたのは敵対していた国でも、腐敗を良しとした大臣たちでもないわ』
「え? それじゃあ、一体どうして」
 史実では、帝国に敵意を持っていた国々が奸計と武力でもって帝国を滅ぼしたと言われている。しかしネプリアは悲しげにアインの疑問に答えた。
『あなたたちの国を滅ぼしたのは、シエルードよ。前世の貴方の恋人。貴方を救わなかった国を、貴方を殺した国を、そして貴方の死を簡単に受け入れた民を彼は許せなかった。そして彼は貴方を助けられなかった私達精霊すらも憎んだ。だから彼は幻獣や魔獣たちを、私達精霊に代わる人間のパートナーにしたの』
「……うそ、だろ」
『本当よ。だから彼に明確な記憶があって、前世の因縁だけで貴方を思っていたら……あなたが精霊に関わることすら許さないでしょう。だって彼にとっては仇なんですもの。そしてもっと束縛すると思うわ。あなたの安全を守るために』
 ネプリアの告白にアインは何と答えれば分からない。ただ呆然と彼女の言葉を自分の中で反芻するしか、できない。
『私達は自分達で精霊界にこもったんじゃない。彼が私達精霊を世界が否定するように、仕向けたから。存在を保持するために精霊王の加護で満ちた精霊界に逃げるしかなかった。あなたを助けたのも、実はそれがあるの。貴方という愛し子を助け、いつの日か人間の世界に戻すということは私達の存在を補強してくれる。あなたという存在を軸にして私達は世界にいる余地が欲しかった。だから貴方は別に私に感謝する必要はないわ』
「……でも、少なくはなったが今でも精霊はいるだろう?」
『それは、シエルードが死んだ後で精霊の力を求めた他の魔術師たちの努力のお陰よ。シエルードでも完全に私達精霊を否定しきることは出来なかったんでしょう。アイラを愛した彼だからこそ』
「……」
 ネプリアの言葉を胸に刻む。そして1000年越しに彼の――シエルードの嘆きを初めてアインは、否、アイラは聞いた。
「……お前を一人、置いていったせいなのか、シエル」
 アインは――アイラは涙を流す。愛しい人に絶望を与え、そして彼に手を汚させた罪に対して。
『……どうすることも、出来なかったことよ。私も、助けられるものなら助けたかった。だけど、もうあの頃には私たちの力はあまり貴方達に使えないように制限されていたものね』
「……加護の印さえもらえれば王族の証明になったからな。むしろ、大きな力を得られたらあいつらの好きに出来ないから、あなたへの参拝も滅多に許されなかった」
 どのみち滅びたのだろう、あの国は。アインは前世のアイラの記憶をたどる。アイラの時代は既に王族は大臣達の手によって転がされるだけの存在になっていて優秀すぎても殺され、愚かすぎても殺された。だから姉と二人必死に殺されないように気を張っていた。結局、意味はなかったけれど。
『……アイラ、もう分かってくれた? 今の彼は本当にあなたを愛したいのよ。せめて、それは分かってあげて。そして貴方も……今度こそ幸せになってほしいの、私は』
「ネプリア……」
『どうか、今度こそ穏やかな生を送って。あなたが年老いて、穏やかに最後を迎えられるよう私はこれからも見守りつづけます』
 アインの右手が光る。光が消えた頃には水の上位精霊ネプリアの加護の印が浮かんでいた。
『あなたの魂にも私の存在が染みついているから、今さらだけれどね。改めて、私はあなたの側にいるって証っていうことで』
「ネプリア……ありがとう」
 アインの感謝にネプリアは嬉しそうに笑った。

*********

 時は数時間巻き戻る。
 補講を終えたシェルミールは、何故だかマーロン学校長に呼び出され、その姿は学校長室にあった。
「ねえ、何があったの?」
 呼び出されソファに座れと言われてすぐの、言葉である。シェルミールは意味が分からずマーロンを睨む。
「何がどういうことだ」
「睨まないでほしいなあ。いや、だってえ……君、すっごく楽しそうにいつになく講義してたから、何があったのかと思って。しかも、今後もちゃんとするって聞こえたから……頭でも打ったのかと思って」
「殴るぞ」
「ひいっ! やめてよ! 君、滅茶苦茶力強いんだから!」
 間髪入れずに放たれた言葉にマーロンは身震いする。そんなマーロンを見つめて、シェルミールはため息をついた。
「……別に、何も無い。久々に講義をして、アインに任せきりでは生徒たちが堕落すると判断した」
「そう? アインくん、すっごく頑張ってるけどね。君のせいで頑張らざるを得なかったというか」
「……まあ、確かに。本来なら准導師(弟子を取ったり、見習いへの指導をすることができる資格。所持せずに指導しても罰則には当たらない)の資格くらいはあったほうがいいが、取らせてないからな。ほぼ独学でやっているだろうし」
「そうだよ。それなのに、君が丸投げしたから」
「ああ、そこは反省した」
 シェルミールのいつにない殊勝な言葉にマーロンは椅子から転げおちそうになる。
「え、え、えええ!? 本当にどうしたんだい!? 何があったの? アインくんと喧嘩した?」
「別にしてない……多分」
「多分!? 君は喧嘩とは思ってないけど、もしかしたらアインくんのほうは違うかもってことかい?」
 マーロンの言葉にシェルミールは苦い顔をする。
「……ちゃんと謝るんだよ。それも早急に。君、アインくんに見放されたら、生きていけなさそうだし」
「……」
「ねえ、半分以上冗談のつもりだったけど、肯定みたいな空気出さないで!? ああ、もう! どれだけ大好きなんだい! いや、君が彼のこと大好きなのは知ってたけど」
「結婚したい程度には好きだが」
 まさかの回答にマーロンは電撃を受けたように固まる。しばらく動けずにいたが、何とか再起動する。
「……君が? 基本自分以外の他人は敵、もしくはどうでもいい認定の君が? いや、アインくんと出会って関わるようになってから大分丸くなったのは分かってるし、昔の君ならこんなに素直に私の呼び出しに応じなかっただろうことを考えるとさもありなんなんだけど」
 マーロンはシェルミールを真っ直ぐに見据えた。
「まだアインくん18才だからね? 結婚はできるけども!」
「問題ないだろう」
「いやいや! 君、私よりは若いけど28でしょ!? 10も離れてるよ!?」
「魔術師に年の差を説く意味のなさを、お前だって分かってるだろ」
「そうだけども! あんまり意味無いけど! 魔力が多い魔術師なんて魔力で生命力補強しちゃって長命なことが多々あるけども! ええ……そんなに好きなの?」
「なんだ、悪いのか」
「いや……悪くないのかもしれないけど、アインくんみたいな優秀で若い子が……君と結婚しちゃうのは私ちょっと心配」
「はあ?」
「やめてよ、本気で睨まないで! はあ……まさか君がそんなことを言う日が来るなんて思わなかったよ」
「……私だって思わなかったさ。まさかこんなに……離れているだけで不安になるくらい誰かを思う日がくるなど」
 いつになく悲しげで、苦しそうなシェルミールにマーロンは目玉が飛び出るかというほど驚いた。
「う、うそ……君がそんな……はかなげな事を言うなんて。アインくんってすごい」
「……どうしたら結婚してくれるんだ」
「え? あ、もしかしてプロポーズは既にしてるの?」
「ほぼ毎日してるが?」
「……逆に冗談だと思ってるんじゃない? 毎日って……それか重いなあって思っていやなのかも」
「……いやなのだろうか」
 マーロンの言葉にシェルミールは、落ち込む。それはもう、シェルミールの周りだけ雨が降っているのかとばかりに。
「……駄目だ。あいつを手放すくらいなら死ぬ」
「ええええ!! そんなに!?」
「嫌だ。あいつが優秀なのは分かっていたから、アカデミーやら他の研究所や王宮に招かれたり自分から行かないように根回ししたのに」
「えっ、何したの」
「……卒業生の論文は基本アカデミーに送ることになっているだろう?」
「そ、そうだね。うまく行けば何らかの称号もらえるからね。それに新人魔術師だけの論文集にまとめてもらえるし、いい出来のものは」
 その論文集は各国の研究所や王宮に配られ欲しい人材検索の目安にされるのだが。
「……あいつのだけ送ってない」
「はあああ!? ちょ、ちょっと! なんてことしてくれてるの! どうりで彼ほどの成績とあの論文の出来ならアカデミーとかから何か言ってきそうなのになあと思ってたのに!」
「あいつのしたい研究、精霊学だぞ? ローレライ導師あたりが興味もったらどうしてくれる!」
「どうしてくれるじゃないよ! 導師に興味もってもらえたら、いい研究所紹介してもらえるだろうし、あの世話好きな方なら多分弟子にするって言ってくださったかも」
「だからだ! それだけは阻止したかった」
「馬鹿なのかな、君は! ああ、もう! 今からでも事情を話してアカデミーに送るからね! 論文」
「いや、流石にあいつが弟子になった後に罪悪感に駆られて送った。送り忘れていた生徒がいると一応手紙をつけて」
「……返事は?」
「……来ているが怖くて開けてない」
「馬鹿なのかな!? 開けて! 万が一導師からの招集の手紙だったら長いこと無視してることになるでしょ!? 彼の将来潰す気!?」
「……それが、無くした」
 シェルミールの言葉にマーロンは絶句する。
「……こんなことしてる場合じゃない。今からローレライ導師に謝りに行くよ。そして手紙の内容聞くよ」
「いやだ」
「子どもみたいなこと言うんじゃない!」
 マーロンが怒鳴っていると、第三者の声が聞こえた。
「……手紙の内容は、准導師の称号と精霊使いを名乗ることを許可するものです。ローレライ導師から直筆で“興味深い論文だったが、まだ未検証なところが多い。再度検証をすすめ、書き直したら読ませて欲しい”と書かれていたそうですよ?」
 不意に聞こえた声にシェルミールもマーロンも一瞬固まったが、すぐに誰か察した。
「ら、ラナンくん!? い、いつの間に」
「……いつからいた」
 驚くマーロンと警戒するシェルミールにラナンキュラス=アネモーネは苦笑してみせる。
「失礼しました。一応、事務の方に扉前まで案内して頂きノックしたのですが……気配と声はすれど反応がなかったもので。そして、私が聞いていたのは先生がアインの論文をわざと送らなかった辺りからですね」
 ラナンの発言にシェルミールは青ざめる。
「……ラナン」
「はい、先生」
「……お前がここにいるということは、アインに会うためにきたのか」
「いえ、本日はそのつもりはなかったのですが……急に会いたくなってきましたね!」
「まて、待ってくれ。これには深い、わけが」
 見るからに慌てるシェルミールにラナンは何ともいえない顔をしてみせるが、不意に笑った。
「……多分聞いてもアインのことです。呆れるだけでしょうね。手紙のことも」
「いや、だけど……というか、どうしてラナンくん、手紙の内容を知ってるんだい?」
「ああ、アインが何処からも声がかからなくて、かといって何処に就職試験を受けに行けばいいか分からないと言っていたので知人を介してローレライ導師に聞いてみたんです。そしたら……ええ、論文が送られていないことを知りまして」
 笑顔で告げるラナンにシェルミールは青ざめる。
「さてどうしたものか、マーロン先生に相談をと思っていたらアインからシェルミール先生に行く宛てがないなら弟子になれと言われたので受けたと聞いてピンと来まして」
「……」
「ま、後から一応論文送ってくださったようで何よりです。で、手紙の件ですがローレライ導師にはシェルミール先生がどうしても自分の弟子にしたくて弟子にした子なので、恐らく勧誘しても阻止するし何なら手紙を送っても返事なんて来ないですよと先にお伝えしましたら僕に一通、預けてくださいましたので。アインには既に渡してますので大丈夫ですよ」
「わ、渡す時はなんと言って渡したんだ」
 恐る恐るといった風に聞くシェルミールにラナンは微笑んだ。
「……手違いでアインの分の論文を導師が確認するのが遅れてしまい、導師が手紙を書いていたところに私が挨拶に伺った際に預かったと。導師からは謝罪と激励を頂いたので励みなさいとつたえました。アインは納得したどころかわざわざお手紙をくださったと喜んでましたよ」
 笑顔で告げるラナンにシェルミールは頬を引きつらせる。
「……今、どんなご気分です? まさか知らない間に僕に借りを作っていたなんて今さら知って」
「……何が、望みだ」
「ふふ。そんなこと聞いていいんですか? 僕の望みなんてあなたとアインが離れることに決まってるじゃないですか! ほんっとに……己が欲望のために可愛い僕の弟の将来潰そうとしやがって、この屑!」
「ぐっ……だ、だが、お前の本当の弟じゃないだろうが!」
「気持は本当の姉弟です! でも、まあ……いいです。今のあなたの反応で色々分かったので」
「なにを、だ」
 警戒するようなシェルミールにラナンは微笑む。
「方法は褒められたものじゃないですけど、あの子を側に置きたくて仕方なかったってことでしょう? あなたが本気であの子に執着して愛したがってるのは分かりました。アインは貴方が幻に囚われていると信じていたので確かめたかったのです」
「幻?」
 いぶかしむシェルミールにラナンは頷く。
「前世の記憶がおありだとか?」
 ラナンの言葉でシェルミールは渋い顔をする。
「……頻繁に見る夢が、どうしても忘れられなくてな。私も何故あの夢を前世の記憶だと信じたのか分からないが、あの夢があったからこそアインを気にするようになった。まさかここまでのめり込むとは思わなかったが」
「きっかけ程度ってことですね?」
「まあ、そう、だな」
「……分かりました。それが知りたかっただけです」
 ラナンは満足したように頷いて背を向ける。
「……とはいえ、別にあなたに塩を送るつもりは一切ないんで。あの子が本当にあなたを愛するかどうかは、あなたのこれから次第ですよ、先生。正直、僕も先生なんて辞めてせめてもう少しまともな相手と恋してほしいと思ってますけど」
「ああ、それは私も思ってる」
「マーロン……貴様」
「いや、だって!? ラナンくんが気を利かせてくれてなかったら今頃どうなってたことか。君はもう少し恥を知るべきだと思う」
「全くその通りだと思いますよ、マーロン先生。一回死なない程度に苦しめばいいのに。本当に死んだらアインが泣くので、死にかけくらいで」
 ラナンの呪詛をシェルミールは鼻で笑ってみせる。
「ふん。まだ死ぬわけにいかない。それに今俺が死んだら……お前、あいつのこと連れて行くだろ」
「当たり前じゃないですか! 可愛い弟一人養うくらいはお給料頂いてますし」
 振り向いて笑顔で告げるラナンにシェルミールは苦い顔をする。
「……困る、それは」
「自分が死んだ後なのに?」
「……それでも、だ。どうしても俺は、あいつが俺以外の人間と添い遂げるという話が、妄想であっても許せない。心の臓が……激しく痛む」
 本当に苦しそうにしているシェルミールにラナンは呆れた様子で声をかける。
「やれやれ。本当にとんでもない人に愛されてしまったんですね、あの子は。自分の死後すら自由恋愛を許されないとか……業が深すぎるでしょ」
 言いながらラナンはふと思い出す。遠い遠い記憶。前世の記憶を。記憶の中で目の前の男と似た顔をした男は、弟をどういう気持で愛していたかと。
(……昔の、いや、前世の彼の方がまだまとも、だったかな? まあ、あんまり僕、直接話したことないから曖昧だけど……でも、ここまで狂うほど)
 ラナンは目を伏せる。彼女を前世から密かに守り続ける彼女の守護精霊に聞いた、かの帝国の終わり。
(今も昔も愛していたってことか。国を一つ滅ぼすほど)
 弟を見捨てたどころか殺した国を許さず、本当に国一つ、民を全て殺し尽くした男。その男と同じ魂を持つ、彼。
(……やだなあ。多分この人自身も、本気で国を滅ぼそうと思ったらできてしまう。噂では数百以上の魔獣、幻獣との契約や使役権を持つって聞いてるし。その力をフルに使えば下手をすればいくつかの国が滅ぼせる)
 そしてそれを防げるのはきっと、弟だけだ。彼が唯一執着し愛してる彼だけ。
(ほんと、なんでこんなのに好かれちゃったんだろね、あの子。幸いなのはあの子が彼を憎からず思っていること。少しでも嫌ってくれたら引き離すんだけど、できないじゃん)
 一人苦悩しつつもラナンは、それをため息一つで抑える。まだ未確定な未来を不安がっても仕方ないのだから。
「……あの子には幸せになってもらいたいんです、僕」
「急に、なんだ」
「……昔、実は色々ありまして。僕があの子に過保護なのはそのせいなんです。本当に昔、僕はあの子を助けられないまま離れてしまった。いくつもの偶然と奇跡が重なってやっと今、あの子をその気になれば助け、守れる機会が訪れた。まあ、僕の自己満足でしかないのは分かってるので、そんなことあの子には言ってないんですけどね」
 ラナンは、ふとシェルミールを見る。じっとラナンの言葉に聞き入る彼を見て、彼女は意地の悪いことを思いついた。
「……ああ、そういえば。もしかしたらあの子が先生に素直になれないのは、あの子自身も迷っているというか、戸惑っているのかもしれませんね」
「どういうことだ?」
 ラナンは、笑う。これくらいはいいだろう、そしてどうせ――自分がどうにか邪魔をしようとしたところできっと二人は一緒に居続けるのだろうからと開き治った。
「あの子には忘れられない人がいるんです。そう、とても大切な、愛していた人が。先生……すごく貴方に似ていたそうですよ?」
「……なに」
 顔色を変えるシェルミールにラナンは舌を出す。
「あの子の全部が欲しいなんて欲張りは無理ってことです。あの子の心の一番柔らかいところはその、忘れられない人のものでしょうからね」
 これが負け惜しみだと分かっているのがラナンだけなのが救いだった。
「せいぜい勝てもしない勝負してればいいですよ。ああ、僕を脅して相手を聞き出そうとしても駄目ですよ。僕も大昔に一度聞いたきりなので。それに名前も知らないので」
「……マーロン、もういいか。俺は帰る」
「え、ちょ……すごい早さで帰っちゃった」
 学校長室を飛び出していったシェルミールにラナンは笑う。
「さて、僕も用事は済んだのでおいとまします。突然失礼いたしました」
 マーロンに挨拶してラナンは部屋を後にした。そして弟から、恐らく近日中に自分の提案への断りの連絡が来るだろうなと予想して、少しだけ悲しんだのだった。

*********

 アインは湖から戻るとバスタブに湯を張って体を温めた。
『私の加護が改めて与えられたから、望まない妊娠はしないわよ』
 聞いてもいないのに別れ際にそんなことを言われて顔を赤くしてしまったのは、アインだけの秘密である。
「……シエル」
 アインは、改めて思い返す。シエルードのことを。前世で彼はアインの前世、アイラの教育係兼護衛だった。恋人になったきっかけは、当時アイラには正式な婚約者がいたが反りが合わず、おまけに相手はアイラを馬鹿にして目の前で浮気を繰り返すような真似をしていた。少なからず婚約者を大事にしようと決意していたアイラの心は次第に摩耗して、あろうことかある日の公式の舞踏会で婚約者はアイラを差し置いて別の相手と踊り、あまつさえ暗がりに消えていったのだ。それで完全にアイラは諦めた。そして自分の不甲斐なさを嘆いた。ずっとそれを見守って時に励まし、時に叱咤していたシエルードは婚約者に対し腹を立て、そして――アイラに告げたのだ。本来であれば告げてはならない思いを。
『あなたをお慕いしております、アイラさま。どうか、泣かないでください。私だけはあなたのお側におります。あの者のように殿下の気持を裏切る真似はしません』
 そう言って熱心にアイラに訴え、アイラの許しを請うた。
『愛させてください。愛を告げる罪をお許しください。けれどもう、限界なのです。あんな、あなたをないがしろにする者のために、あなたが悲しむ姿など見たくない。私なら、絶対にあんな真似はしないのにとずっと悔しかった。どうか、あなたのその涙をぬぐう許可をください』
 何度も何度も告げられてアイラは、頷いてしまった。そうして二人は、密かに愛し合った。
『月の影での出来事は誰にも知られない。影でしか愛せないのは苦しいですが、あなたの側にいるためなら耐えましょう』
 暗がりで口づけられて、愛された。アイラも愛した、シエルードを。それは現実逃避でしかなかったのかもしれない。けれど、確かに愛していた。少なくとも自分は――アイラはシエルードを本気で愛していた。彼のためならば命でも差し出せると本気で思っていた。だからこそ、あの、雷鳴の鳴り響く夜に抵抗せずに売国奴たちに従ったのだ。
『殿下! お待ちください! 何故、何故です! 何故あいつらの偽りの裁判に出るなど……おやめ下さい。それだけは……あいつらは貴方を殺すか奴隷のようにするだけ。真っ当な裁判などするはずがない! どうかお逃げ下さい。必ずお守りします。命に代えても』
 嵐のような夜だった。逃げるなら、きっとあの日しかなかった。けれど、アイラは逃げなかった。
『それならシエル、お前だけで逃げてくれ』
『な、にを言っているのです……そんなこと出来ません!』
『私の腹心でもあるお前をあいつらが放っておくはずがない。お前が強いことは知っている。けれど……お前はきっとその言葉に偽りなく私を救うためだと言われたらあいつらに従うだろうし、命だってやってしまうだろう? 駄目だ。絶対にそんなことは駄目だ……お前の枷になどなりたくない』
『殿下……だったら共に』
『逃げ続けろと? お前と二人で? 駄目だ。私は、この国の最後の王族。例え、目に見える破滅の道だとしても自分のために国を捨てるなど、できない』
 アイラの言葉にシエルードは絶望したような顔をした。
『……シエル、シエルード……どうか、生きて。愛してる』
『殿下……それならせめて供を……させてください。あなたが逃げないで王族として散るというのなら』
『シエル……お前が死んだら誰がこの愚かな王子を覚えていてくれるんだ? 罠と分かって誇りだけで敵陣に入る愚かな王子を。王族の誇りを守るためと理解してくれるのはきっと、お前だけだというのに』
 アイラの言葉にシエルードは膝をついて、泣いた。
『……なんて、ひどい……共に死ぬことも許して、くださらない、のですか』
『すまない……だけど、ありがとう。お前にそれだけ思われたという思い出だけで私は……例え虫けらのように扱われても、絶望せずにいられる』
 アイラの言葉にシエルードは泣いた。泣いて、泣いて、そしてやっと顔を上げた時には、まるで感情を全てそぎ落としたような顔をしていた。
『……あなたを、憎みます。あなたを愛しただけ、憎む。私に生きろと、逃げろと言うあなたを』
『……それでお前が生きてくれるなら』
『ああ、ああ、嗚呼! 誇りなど、捨てて欲しかった! けれど、そんな貴方だからこそ、愛したのも事実。嗚呼……貴方が憎い。貴方が憎くてたまらない。貴方が……』
 顔を上げたシエルードは泣いていた。泣いてアイラの頬を撫でる。
『愛しくて、たまらない』
『シエル……私も……愛してる』
 アイラの言葉に感極まってシエルードはアイラを抱きしめた。強く、強く。
『……もしも、来世があるなら……今度こそ添い遂げてくださいますか。私と、共に、最後まで』
 シエルードの言葉にアイラは笑った。泣きながら。
『お前が来世も私を愛して、くれたなら。心から望んでくれたなら――きっと』
『……必ず見付けてみせる。必ず、あなたを手に入れる。次があったなら今度は誰にも、渡さない』
 シエルードは、そう告げて離れた。アイラも名残惜しくはあったが、それ以上は許せなかった。決意も全て鈍りそうだったから。
『……諦めない。あなたを。たとえ1000年かかったとしても』
『シエル……もう、その言葉だけで救われた。私の魂はきっと、楽園にいける』
『私は行けない。あなたなしで行けるはずがない……だからきっと、約束を果たして下さい。でなければ』
 シエルードは暗い瞳で告げた。
『私は永遠に地獄をさまようだろうから』
 ぱしゃん、と水が跳ねる音がしてアインは正気に戻った。アイラとシエルードの最後の別れを思いだして気づけば泣いていた。
「……約束、したんだったっけ」
 まさか本当に再会できる時が来るとは思わなかった。
(添い遂げてほしい、か……)
 シエルードの願い。そして、それを知らないはずなのにシエルードの生まれ変わりのシェルミールは、アインを愛した。
(……その事実だけで救われるのに)
 だけどそれは自分だけ、なのだろう。だけど、少しだけ不安なのだ。だって
(シェルミールがもし俺に飽きたら? 飽きてやはり別れたいって言われたら?)
 耐えられない。それならまだ、このぬるま湯のような、曖昧なままのほうがいい。
(不誠実でも……まだ、耐えられる。これなら)
 そんなことを考えていると浴室の向こうから気配がした。
「アイン? いるのか?」
「……ああ」
 シェルミールがいつの間にか帰ってきていたらしい。バスタブの湯は大分冷めている。これ以上は湯冷めするだけだろうし、長く浸かりすぎた。
(考え事なんてしながら入ったらいけないな)
 反省をして、ゆっくり立ち上がる。その時、浴室のドアが開かれた。無遠慮に入ってくるのはシェルミールしかいない。
「ば、馬鹿! 何入ってきて」
「泣いているのか」
「え」
 アインは、はたと気づく。涙をぬぐわぬままだったことを。
「何故だ。何処か痛むのか?」
「……何処も痛くない。少し、昔を思いだして」
 アインの言葉に何故かシェルミールは、あからさまに動揺する。アインの肩を掴んで真っ直ぐ目をのぞき込んできた。
「昔のこと、とは……忘れられない相手のことか」
「っ!? な、何を言って」
「ラナンから聞いた。お前には俺に似た忘れられない相手がいると」
(何をしゃべったんだ、ねえさーん!!)
 アインは青ざめる。なんということをしてくれたのだ、あの人は。
「そいつを思って泣いていたのか」
「……だったら、何かあるのか?」
 もう開き治ってやろうと言葉を発した、瞬間。
「……誰だ」
「え?」
「誰だ。何処の、誰だ。お前に、思われて、お前が泣くほど思っている相手は、誰だ」
 まるで死人のように青ざめ、目だけはギラギラと光っている。
「……シェルミール?」
「ふざけるな……ふざけるなよ」
「シェルミール……どうしたんだ。そんな、顔して」
「どうした? どうしたもこうしたもあるか……駄目だ。駄目だ……お前が他の相手を、何処の誰か分からない相手を心に宿していると思うだけで怒りで気が狂いそうになる。ああ、ああ……何故、何故なんだ!」
 シェルミールは、絶望したようにアインを抱きしめる。強く、強く。まるで、最後のシエルードとのあの日のように。
「こんなに愛している俺よりも、そいつが大事だと、愛してるとでも? ああ、許せない。殺してやりたい、そいつを。お前の目の前で」
「シェルミール……お、落ち着け」
「落ち着け? 落ち着いていられるか! お前を側に置くために俺は俺を疑うような真似までしたのに……肝心のお前が手に入らないなんて。そんな馬鹿なことあってたまるか」
 呆然とするアインを置いて、シェルミールは暴走する。アインの思いを独り占めできないことに、アインを手に入れられないことに憎んで、怒っている。
「許せない。許さないからな、アイン。俺は、お前を……他の誰かにやるくらいなら……」
 シェルミールの手がアインの首に伸びる。首に手を添わせ、シェルミールはアインを手にかけようとしている。
「殺してやる。お前を殺して……」
 アインの首に手をかけて力を入れようとした時、シェルミールは気づく。アインは何処か救われたような顔をして、抵抗もせず――目を閉じたことに。
「……なん、でだ。なんでお前は……こんなことになっても、俺を……受け入れようと、するんだ」
「……殺さないのか?」
 アインの言葉にシェルミールは驚愕する。
「なん、で」
「……お前になら、殺されてもいい」
「なんで、そんな……嗚呼、嗚呼っ! わからん、分からない! どうして」
 アインは彼から離れて悶え苦しむシェルミールを見つめる。ひたすらに静かな目で。
「俺に、殺されてもいいという癖に、俺を……愛してくれないのは、なんでだ!」
「……」
 シェルミールの嘆きにアインは、唇を噛みしめる。目の前にいるのは、アインを欲して、愛が欲しいと嘆く愛しい人。
「……シェルミール」
「……」
 アインの呼びかけにシェルミールは、ゆっくりと顔を上げた。まるで死刑宣告を待つ、罪人のように。
「……ずっと、怖かったんだ。お前に、捨てられたら、何もない俺には引き留めるものもないし、みっともなくすがりつく以外に何も出来ないから」
「……捨てるわけがないだろう。どれだけ俺がお前を、狂うほど愛しているか」
「うん、ごめん。やっと……分かったよ」
 アインはシェルミールの前に膝を突いて、その頬に触れた。
「……まだ、俺のこと愛してるか?」
「愛してるに決まってるだろう。そうでなければ、こんな」
「……なら、あげる。本当に俺が欲しいなら……全部」
 シェルミールに微笑んでアインは両手を広げた。
「全部あげる。お前に……好きだ、シェルミール」
 アインの言葉を聞いた瞬間、シェルミールはアインを抱きしめて唇を奪った。何度も何度も。
「ん、んんっ」
「は……今さら、駄目だと言っても聞かないからな。離さない。誰にもやらない。俺の、俺だけのものだ」
「うん……お前だけ、だよ」
 アインの答えにシェルミールは興奮したように息を荒げ、アインを抱え上げるとそのまま寝室へ連れ込んだ。寝台に放り投げるようにして覆い被さり、夢中で、それこそ――全てを忘れてアインを貪った。
 互いに気絶するまで求め合って――気づけば夜は明けていた。

*********

 数日後。
 三年生の特級クラスの生徒たちは、何処か落ち着かない様子で始業の鐘を待っていた。
「……アイン先生、じゃなくてアインさん、本当に見かけないよね」
「噂は本当だったのか? シェルミール先生の元から独立したって」
「ええ!? そ、そうなの?」
「噂だけどな。マーロン先生が、准導師の資格があるならシェルミール先生の弟子しなくてもいいじゃないかってシェルミール先生に言ってたのを聞いた奴がいるらしい」
「ああ……学校長、時々勧誘してたもんね。アインさんのこと」
「なんだかんだ言いながらも面倒見良いし、わかりやすいもんな。それに確か下位クラスの一年生担当のボンダ先生、確か実家の都合で帰らなきゃいけないとか何とか言ってたし」
「ああ。実家が確か商家らしいぞ。人手が足りないからボンダ先生に戻って来いって滅茶苦茶言ってるらしい」
 ざわざわと、教室のあちらこちらで耳にしたらしい噂をそれぞれがしていく。
「俺はアイン先生、シェルミール先生に性転換薬飲まされて子ども作っちゃったとか聞いたけど」
「えっ!? いやいや、それはないっしょ」
「……ないと思いたいけど、先生、アインさんのこと好きなのは確実じゃない。それに聞いたの。先生って龍人族の末裔なんでしょ?」
「は!? あの伝説の?」
「え!? 番のこと滅茶苦茶愛するけど、その分滅茶苦茶愛が重いって言われてる?」
「せめて一途って言ってあげて」
 そんなことを言っているうちに始業の鐘が鳴った。
「ああっといけない。ちゃんとノート出しとかないと。当てられたら答えられないもん」
「シェルミール先生、容赦ないからな……とはいえ、アインさんみたいに色々補足してくれるわけじゃないから、イマイチピンと来ないのもあるんだよな」
「だから調べながら覚えなきゃなんでしょ。あんたは、ほんと他人任せだから後々大変なことになるんじゃない」
 そんなことを言っている間に足音が聞こえてきた。それも――複数の。
「……あれ?」
「シェルミール先生だけじゃ、ない?」
 不思議に思っているとドアが開いた。入ってきたのはシェルミールともう一人。
「……講義を開始する前に紹介する。とはいってもお前達は既に顔見知りだがな」
 シェルミールがそう告げて、横に立つ人物を促した。
「……本日から正式に、このクラスの副担当になったアインだ。改めてよろしくな」
 何処か気恥ずかしそうに告げるアインに全員が目を丸くする。
「え、え?」
「ど、どういうこと?」
 一同が困惑していると生徒の一人が気づいた。
「え、あ! アインさん、准導師の資格取ったんですか?」
 アインの紺色のローブに描かれた紋章の上に、見慣れないブローチがついていた。それは美しい緑色の宝石がはめこまれ、翼の意匠が施されたもの。准導師を示すブローチである。
「……まあな。先日これが届いたから折角だからつけてみた」
「おお……じゃあ、アイン先生って言っても間違いじゃなくなったんですね!」
「一応な。だが、あくまでも俺は副だからな? それにシェルミールの弟子なのは変わらないから、俺が他のクラスを担当することはない。シェルミールは二年生も持ってるからな。そっちと時間が被ったときに出てくる程度だと思っておけ」
「ということは……」
「あっちと被ってる時はアイン先生が来てくれる?」
 目を輝かせる生徒たちにアインは呆れる。
「何を期待してるか知らないが……早々被らないようにしてあるからな?」
「断っておくが、アインが受け持った時間は後で私が講義した後にお前達の反応や成績でこいつの指導評価として記録する。つまり、お前達があまり舐めたことをしているとアインは、ここで講義ができなくなるということだ。それが続けば、准導師の資格は返還させる」
『え』
 固まる生徒たちを見たアインがシェルミールを小突く。
「馬鹿。そんなこと言ったら気にするだろ、こいつら」
「それで真剣になるなら良し。ならないならお前の人望もそれまで。大人しく私の弟子兼助手で生きていくんだな」
「……悪役みたいなこと言ってるぞ」
 呆れた風に言うアインにシェルミールは、我関せずとばかりに教本を開く。
「大体お前が甘すぎるから、こういう措置にしたんだ。まあ、私としてはお前が私の助手に専念してくれたほうが助かるが」
「いや、やることあんまり変わらないんだけど。まあ、お前がちゃんと授業やる気になってくれたならいいけどな。ま、俺は別にこだわりないし、資格無くなったら無くなったで論文に専念できるからいいけどな」
 アインの言葉にシェルミールが固まる。
「なに?」
「……論文は、まさかアカデミー用か」
「そうだけど」
「お前、アカデミーには行かないと言ったじゃないか!」
「ローレライ導師が折角見て下さるって言ってくださったんだから、ちゃんとやらないと駄目だろ! お前が隠してた手紙にちゃんと添削も、足りない考察のヒントも書いてあったからな。導師の気が変わらないうちに書いてしまわないと」
「お前の師匠は私なんだから私に見せればいいだろうが!」
「はあー!? 姉さんから聞いたけど、お前、俺をアカデミーとか他の所にやらないようにわざと論文送らなかったらしいじゃないか! そんな奴に大事な論文預けられるか」
「ラナンめ……結局言ってるじゃないか」
「姉さんに八つ当たりすんな! ほんっとにお前はどうしようもない奴だな! 兎に角、今書いてるのはお前じゃなくて直接アカデミーに出すからな」
 アインの言葉にシェルミールがうめく。
「だからお前ら、気にしなくて良いぞ。ほんっとに」
「……分かっているだろうな?」
 とても柔らかい笑顔のアインと対照的にシェルミールの鬼のような顔に生徒達は顔を引きつらせる。
(ええ……てか、先生。まじでか)
(アインさんのこと大好きすぎじゃん……しかもかなり今、焦ってたし)
(ローレライ導師ほどの人がお世辞で論文見てやるなんて言わないだろうから、かなり良かったんだろうな。うまくすればアカデミーから声かかっちゃうかも)
(アイン先生のためを思うなら、適当にしたほうが? だけど絶対後で荒れるな、シェルミール先生)
 生徒たちを他所にアインは暢気に更に爆弾発言をした。
「ていうか、そんなに言うなら別に准導師の資格、返却してもいいけど?」
「は?」
「なに? だって俺の指導が頼り無いから、そういう話になったんだろ? だったらお前だって忙しいし、俺に構う暇があったらお前だってやりたい研究も仕事もあるんだからそっちすればいい。俺の負担だって減るし?」
 アインの発言に固まるシェルミールにアインは首を傾げる。
「なんでそんな焦ってるんだ?」
「……何のためにお前を副担当にしたと思ってる」
「職権乱用で俺のこと構うため」
「分かっててそういうことを言うか!」
(一体何を見せられてるんだ……)
 生徒たちが困惑している間に二人だけの世界に入っている。
「お前がそういう意地悪言うからだろ?」
「悪かった。悪かったから、本当に辞めてくれ。お前がいなくなったら本気で生きていけない」
「……大げさな」
「本当だ。お前を無理にでも連れて行くとラナンに言われたときは本気で死にそうになった」
 まるで拗ねた恋人に許しを請うような勢いでシェルミールが熱心にアインに訴えている。生徒たちは黙って見守るしかない。
「俺が悪かった。だから、そんなことを言わないでくれ。そして出来れば論文は送らないでくれ」
「……それはやだ」
「頼むから! あの人がそんなことを言うなんて本当に滅多にないんだ! 褒めは確かにするかもしれんが、また精査した論文を寄越せなんて言わないんだ! 似たようなものを何度も読むのは嫌いなんだぞ、あの人は!」
「それってつまり期待されてるってことだろ?」
「だから辞めてくれ! あの人に気に入られたらアカデミーに呼ばれるだろうが! そしたら絶対にお前離してもらえなくなる。俺には分かる。それに……」
「それに?」
 シェルミールが爆弾を投下する。
「あの人は……他人の恋人にちょっかいをかけるのが好きなんだ。そしてあわよくば横からつまみ食いするのも好きだ」
「……」
「だから行くな。送るな。いいな?」
「ふ、ははは!」
「笑い事じゃない! 俺は」
 必死に言うシェルミールにアインは笑って言った。
「仮にちょっかいかけられても、応じないしそういう意味で興味ないから大丈夫だよ。お前だけって言ったろ?」
 甘く優しい笑み。シェルミールが見とれているといたたまれなくなった生徒たちから声が響いた。
『そういうのは、二人きりの時にしてくださーい!』
 生徒たちの声に我に返った二人は――シェルミールは咳払いで誤魔化したがアインは恥ずかしかったのか頬を染めてしまう。
「これは引き離すために俺達は、ふざけるべき?」
「貴様ら……」
「はいはい。まあ、でもどの道お前達しばらくは頑張らないとな? まあ、別に頑張らなくてもいいけど」
『え?』
 生徒達が目を丸くするとアインは、それはそれは楽しげに笑った。
「特級クラスの再試験日、来週だからな。楽しみだな」
 アインの発言に全員が現実に戻る。
「別に俺は困らない。しかしお前達は特級クラス在籍という証を失って就活に挑むわけだ。苦労するぞ? 初めから入っていなかった奴らより多分もの凄く」
「……それはそうだろうな。やる気がないという証明だからな。普通何処も取らん」
『ひい!?』
 生徒達の青ざめた顔にシェルミールもアインも、それはそれは楽しそうに笑った。
「「来週が楽しみだな、お前達!」」
「ほ、補講をお願いしますうう!」
「お、お慈悲をおおお!!」
 口々に叫ぶ生徒達にアインは楽しそうに笑っていた。


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