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三通目②
帰ってすぐに秀夫に声をかけたが、起きてくる気配はない。
仕方なく、ユリは昼食の準備を始めた。
きゅうりの皮を縞にむいて、斜めに薄切りし、塩を振って酢で軽くマリネする。バターを柔らかく練って、10枚切りの食パンにたっぷり塗る。先ほどのきゅうりの水気を切って挟めば、きゅうりのサンドウィッチの出来上がりだ。バターにマスタードを加えて、ハムとチーズを挟んだものも用意する。
シンプルなきゅうりのサンドウィッチはユリの好物だが、何よりお酒で荒れた秀夫の胃にも優しいはず。小さめに切れば、食欲がなくても少しはつまめるだろう。
インスタントのカップスープと、ヨーグルトをセットして、改めて秀夫を起こす。
「起きて、秀夫さん。もうお昼よ」
「うう…ユリ、コーヒー」
思いっきり顔をしかめながら、のそのそと秀夫が起きてきた。ダイニングテーブルの、定位置に座る。
すぐに熱いブラックコーヒーを差し出すと、こめかみを抑えながら一口すすった。
「昨夜、遅かったの?」
「ん…1時ころかな。帰ってから、ソファーで寝ちゃってさ。寒くて目が覚めて、ベッドに入ったのが多分3時?くらい…」
「気をつけないと、風邪ひくよ」
ユリは眠りが深く、滅多なことでは目を覚まさない。それでも秀夫は彼なりに気を使っているらしく、ベッドの端にそっと入ってくる。秀夫が入ってきやすいように、いつの間にかユリも大きなダブルベッドの反対の端のほうに、小さくなって寝る癖がついていた。
「ねぇ、外、すごく良いお天気だよ。午後は一緒に買い物に行かない?」
先ほどのうきうきした気分のまま、ユリは秀夫を誘った。
「買い物?勘弁して。おじさんは、休みはごろごろしないと疲れが取れないんです…若い子にはついていけません…」
秀夫がふざけた言い方で拒否する。普段運動の習慣のないユリより、秀夫のほうが余程体力はあるはずだが、無理強いして機嫌を損ねたくなかったので、ユリは話題を変えた。
「あのね、秀夫さん。話があるんだけど…」
「ん?何?」
改めて、向かい合ってまじめな話をする難しさに、少し緊張する。
「私たちの、これからっていうか…子供のこととか…たとえば、お金のこととか…」
「金?何、それ」
実は、ユリと秀夫の財布はまだ完全に別々だった。ユリは秀夫の通帳も、給与明細も見たことがない。秀夫も同様に、ユリの収入も預金も知らない。
このマンションの家賃と、光熱費は秀夫の口座から引き落とされている。日々の食品や、トイレットペーパーなどの日用品は、ユリが買い物に行って払っている。生命保険やガソリン代なども、それぞれの収入からだ。割合でいえば、秀夫の負担のほうがはるかに多いだろう。
結婚式の準備をしているときに、一度だけ、結婚後の金銭管理の話をしたことがある。しかしその時は、お互いに「どうしようね…」というだけで、結論らしいものは出せなかった。
ユリは、自分が家計に対して大雑把な方だと自覚していた。だから、家計管理は、秀夫に任せる提案をしようと思っていた。
「あのね。これから、子供ができたりしたら、私も一時的に働けなくなったりするでしょう?だから、準備資金とか、ちゃんと考えたほうがいいと思って。秀夫さんは、そういうの得意でしょう?だからね。私の収入も、秀夫さんに管理してもらって、そこから生活費とお小遣いをもらうような形はどうかな?」
「それ、今とたいして変わらないよね」
あまり乗り気ではない声がする。
「だったら、しばらくこのままでいいんじゃない?実際に子供ができたら、その時改めて考えようよ。子供ができたって、いきなり次の日から働けなくなるわけじゃないんだからさ」
面倒くさそうに、秀夫は話を切り上げた。
仕方なく、ユリは昼食の準備を始めた。
きゅうりの皮を縞にむいて、斜めに薄切りし、塩を振って酢で軽くマリネする。バターを柔らかく練って、10枚切りの食パンにたっぷり塗る。先ほどのきゅうりの水気を切って挟めば、きゅうりのサンドウィッチの出来上がりだ。バターにマスタードを加えて、ハムとチーズを挟んだものも用意する。
シンプルなきゅうりのサンドウィッチはユリの好物だが、何よりお酒で荒れた秀夫の胃にも優しいはず。小さめに切れば、食欲がなくても少しはつまめるだろう。
インスタントのカップスープと、ヨーグルトをセットして、改めて秀夫を起こす。
「起きて、秀夫さん。もうお昼よ」
「うう…ユリ、コーヒー」
思いっきり顔をしかめながら、のそのそと秀夫が起きてきた。ダイニングテーブルの、定位置に座る。
すぐに熱いブラックコーヒーを差し出すと、こめかみを抑えながら一口すすった。
「昨夜、遅かったの?」
「ん…1時ころかな。帰ってから、ソファーで寝ちゃってさ。寒くて目が覚めて、ベッドに入ったのが多分3時?くらい…」
「気をつけないと、風邪ひくよ」
ユリは眠りが深く、滅多なことでは目を覚まさない。それでも秀夫は彼なりに気を使っているらしく、ベッドの端にそっと入ってくる。秀夫が入ってきやすいように、いつの間にかユリも大きなダブルベッドの反対の端のほうに、小さくなって寝る癖がついていた。
「ねぇ、外、すごく良いお天気だよ。午後は一緒に買い物に行かない?」
先ほどのうきうきした気分のまま、ユリは秀夫を誘った。
「買い物?勘弁して。おじさんは、休みはごろごろしないと疲れが取れないんです…若い子にはついていけません…」
秀夫がふざけた言い方で拒否する。普段運動の習慣のないユリより、秀夫のほうが余程体力はあるはずだが、無理強いして機嫌を損ねたくなかったので、ユリは話題を変えた。
「あのね、秀夫さん。話があるんだけど…」
「ん?何?」
改めて、向かい合ってまじめな話をする難しさに、少し緊張する。
「私たちの、これからっていうか…子供のこととか…たとえば、お金のこととか…」
「金?何、それ」
実は、ユリと秀夫の財布はまだ完全に別々だった。ユリは秀夫の通帳も、給与明細も見たことがない。秀夫も同様に、ユリの収入も預金も知らない。
このマンションの家賃と、光熱費は秀夫の口座から引き落とされている。日々の食品や、トイレットペーパーなどの日用品は、ユリが買い物に行って払っている。生命保険やガソリン代なども、それぞれの収入からだ。割合でいえば、秀夫の負担のほうがはるかに多いだろう。
結婚式の準備をしているときに、一度だけ、結婚後の金銭管理の話をしたことがある。しかしその時は、お互いに「どうしようね…」というだけで、結論らしいものは出せなかった。
ユリは、自分が家計に対して大雑把な方だと自覚していた。だから、家計管理は、秀夫に任せる提案をしようと思っていた。
「あのね。これから、子供ができたりしたら、私も一時的に働けなくなったりするでしょう?だから、準備資金とか、ちゃんと考えたほうがいいと思って。秀夫さんは、そういうの得意でしょう?だからね。私の収入も、秀夫さんに管理してもらって、そこから生活費とお小遣いをもらうような形はどうかな?」
「それ、今とたいして変わらないよね」
あまり乗り気ではない声がする。
「だったら、しばらくこのままでいいんじゃない?実際に子供ができたら、その時改めて考えようよ。子供ができたって、いきなり次の日から働けなくなるわけじゃないんだからさ」
面倒くさそうに、秀夫は話を切り上げた。
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