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第8話
「新!東武東上線_04」
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「いよいよ坂戸駅ね。今回の大改革の起点となる駅よ」
「うれしそうですね、奈美さん」
満面の笑みで窓外にキョロキョロ視線を移す。
まだ坂戸駅の手前なので、沿線の風景は以前とほとんど変わっていないんだけどね(笑)
奈美さんのこういう少年っぽいところが、バイタリティの源なんだろうね。
「そりゃそうよ。私が生まれてから初めての東上線の大変化なんだもん。これ以上の事件はそうそう起きないわ」
「? あれ? 和光市~志木間が複々線になった時は?」
「あれは1987年8月25日! 私が生まれる…あ、…ン年前よ!」
惜しい! もう少しだったのに(笑)
奈美さんはジト目で俺を睨みながら“あぶない、あぶない”とか呟いた。
「と、とにかく! 初めてよ!」
と言って、窓に貼付いた。
まるでヤモリみたいだなぁ…とか思いながら、奈美さんの後ろ姿を見ていたら、前の座席の同業者たちがニヤニヤこちらを眺めていた。
何だろう?
と、思う間もなく気付いた。
今、奈美さんが〈初めてよ!〉って言ったのを勘違いしてやがる!
池袋での一件があったから、きっとアノ意味に取られたんだろう。
奈美さん…爆弾宣言多過ぎですよぉ(涙)
550系は坂戸駅の大分手前で速度を落とした。
何だろうと思って、奈美さんの頭上から外を眺めたら、丁度その時550系が大きく揺れて俺はバランスを崩して…、
<ごっちぃ~~ん!>
<ぶぎゃ!>
奈美さんの頭に激突! 奈美さんは反動でさらに窓ガラスに顔をぶつけてしまった。
「きゅ~~! あんなおよっ! いたたっ~」
「ごめんなさい。ごめんなさいっ!」
涙目で恨めしそうに睨みつける奈美さんにひたすら謝る。
さすがにわざとじゃないことは理解してもらったけど、不機嫌オーラはマックスだ。
坂戸駅は今回の大改良で池袋方に6両編成用の留置線が新設された。
臨時列車などに対応するため、池袋方からも入ることができる。
越生線のホームが塞がっている場合などで入線できない時に、後続の列車に影響がでないよう一時的に退避できる構造だ。
これはダンパー線と呼ばれる線路システムなのだ。
そして今回、550系が早速使用する事になった。
同じ様な線路は和光市駅の朝霞方にもある。
地下鉄折返し始発列車などがホームに停車していて、先行列車が地下鉄直通ホームに入れずに駅手前で停車している場合、後続の東上線池袋行き普通列車は、さらに手前に設置されたシーサースポイントを渡り、東上線ホームに入線できる配線となっている。
因に東京地下鉄小竹向原駅の池袋方にもあるが、有楽町線への(からの)パイパスができた現在は使用される機会が少なくなっている。
「はう! ここで抜かれたぁ~」
また何かされやしないかと、思いっきり窓際によってチロチロ外を見ていた奈美さんの眼前を30000系が通り抜けた。
「どうかしたんですか?」
なるべく当たり障りのない言い方で、声をかける。
確かに俺が悪かったんだからしかたないけど、精神力が持ちませんよぉ、奈美さん(涙)
「私たちの5分後に発車した30000系快速急行よ。追いつかれちゃった」
ジト目のまま奈美さんは残念そうに言う。
…何が残念なのか俺には判りませんが(笑)
奈美さんはそんな俺の疑問に応えるように続けた。
「私たちが乗ってる550系は、今日は臨時列車のスジだから特急より所要時間がかかってるから、後続の快速急行は坂戸で並ぶかなって思ってたのよ」
「並ぶって言っても、この550系は1番線に入るだろうから、間にはホームと2番線の線路が挟まりますよ?」
あ、途端に奈美さんの唇が尖った。
「そんなこと言われなくても判ってるわよぉ、でもね550系が越生線のホームにいて、東上線の10両編成と絡むのがレアなんじゃない!」
そうなんですか…そうなんですね。俺にはやっぱり判りませんけど(汗)
「あ、でもここで並んだからいいじゃないんですか?」
俺が何気なく言ったことに奈美さんが目を丸くして驚いている。
あれ? なんかマズった?
「チッ! その手があったかぁ~~~~」
あからさまに悔しそうです。そんなに並びにこだわってたんですか?
「ま、確実に撮れる方がいいから仕方ないか…」
ブツブツ言ってるの聞こえてますよ? 奈美さん…。
…ところで… なんのこと?
坂戸駅のホームが空いたらしく、550系は最徐行で坂戸駅1番線に入る。
しかし、停車はせずに駅を通り抜けた。
どうやら今回は乗務員の交代はしないようだ。
ホームでは見慣れない550系に驚いた客が、皆んな慌ててスマホで撮影している。
じきにSNSには沢山の動画がアップされるのだろう。
奈美さんの様子を覗き込むと…あ、ヨダレが(笑)
よっぽど坂戸駅越生線ホームを通過する550系が撮りたかったようだ。
余りにアレなのでそっとティッシュを渡す。
「あ、ありがと…じゅる…」
音、いらないから…(汗)
あ、もしかすると! 奈美さんってJK時代に恋バナより鉄バナだったんじゃないかな?
でも、女の子同士で鉄バナ出来るとは思えないから…Y談なんてできる友達がいなかったのかも…。
それはそれで…コワい(汗)
<ばこ~~ん>
「いたっ!」
え? なんで? 今絶対声出してなかったよ? 俺?
それに…いつもどこから出てくるの? そのハリセン(汗)
「また何か失礼なこと考えてる! 君はすぐ顔に出るんだよっ!」
「何も考えてませんってば!」
なんでこういうことには敏感なんだ?? この女!
そして、確信をもって俺の顔を覗き込んでくる。
「え~、絶対に失礼なこと考えてたよ」
「違いますよっ! 奈美さんの高校生時代ってどうだったのかな? って思っただけですよっ!」
さっきからハリセンでパタパタ俺の頭を叩いていたが、そう言われてパタリとやめた。
「ふ、普通のじぇ~け~よぉ~」
ムリくさい…。
「え~と、1年の時は鉄道研究会だったっけ? 途中から写真部になったけど…」
この時点でもう普通のJKじゃ無い気が(笑)
「その頃、友達と恋バナとかしなかったんですか?」
「な、何? いきなり! それに恋バナって… …ン?」
「(汗) …あの…恋バナ… 意味判ってます? よね?」
「もぉ~ちろん、知ってるわぁ~よぉ~」
奈美さんは言いにくそうに応えるが、何か不自然だった。
このまま続けたら地雷原突入の予感がするので、慌てて話題を変えてみた。
「あ、ところでさっきから気になってたんですけど…、何を真剣に見てたんですか?」
「う…、うん、まあ…ちょっとね…」
奈美さんキョドってます。不思議な女だなぁ、一般的会話が成立しないんですが…(笑)
「まあ、いいかな。実はね今回助っ人を頼んだのよ」
「へ? 助っ人? ってぇ~~他の人に撮影頼んだってことですかぁ??」
「うん」
至って普通に応えるが、これは問題発言ですよ? 奈美さん(涙)。
「だって、それじゃ奈美さんの名前で掲載できないじゃないですか!」
「うん」
「『うん』じゃないですよ! 奈美さんが撮影しないと著作権とか版権とか色々マズい事になるんですよ?」
写真や動画などは撮影者に権利が発生する。もちろん被写体自体の権利は、電車などは鉄道会社、人物ならその当人に肖像権などがあるため、勝手に雑誌やネットなどで配信出来ない。
しかし、雑誌などに掲載する場合は被写体の権利者が画像の権利まで有していない限り、撮影者本人が撮ったものでなければならない。
今回の奈美さんの助手が撮影したものは、助手の公式権利譲渡書類がなければ奈美さんに使用権利はないのだ。
「仕事とは別だから心配しなくて大丈夫よぉ」
「じゃあ、何に使うんですか? その…写真?」
「私のコレクション。編集して、自宅で楽しむのよ」
「ならいいですけど…、? 編集? 画像を加工するんですか?」
パンフみたいなものでも造る気かな? ああ、電車カード…みたいな?
色々考えてみたが…、
「違うわよ? あ、そうか。写真じゃなくてビデオなのよ?」
「ビデオ? え? 奈美さんビデオもやってるんですか?」
「趣味でね。自分で撮ってきたのをMacで編集して、自宅でBGVにしてるの」
「すごい…よくそんな時間ありますね。感心しました」
「あい? そんな時間? いつも編集部で暇な時にチョコチョコやってるんだけど(笑)」
… …? え? そんなに簡単なものなの? ビデオ編集って?
「あ~ そうか! あなた放送局みたいな大掛かりな機材を考えてない?」
「違うんですか? だって、ABロールとか合成とかミキシングとかそれぞれ機材が…」
「古! 何時の時代のビデオなのよ(笑)。 今は8KでもMacのHDDにデータを入れておけば、ソフトだけで全部編集できるわよ」
「でもそんなに長いカットは編集できないですよね?」
「HDDの容量があれば、2時間映画でも作れるわよ?」
「え? そうなんですか?」
「今時の編集はいつでもどこでもできるの。しかもネタがあれば、カットも合成も自由自在。さらにオフライン編集だから、昔のアナログビデオみたいに5分のカット編集は必ず5分以上かかる、なんてことはないし…」
「へえ、そうだったんですか…動画は全くやってないので知りませんでした」
「スマホで動画撮ってないの? 勿体ない」
「だって、撮ってもそんなに画質良くないでしょ?」
「…本当に知らないのね。今のスマホなら大抵はHD以上の画質よ。ヘタなビデオカメラより画質がいいことが多いわ」
「ええっ! 本当ですか? 俺も撮ってみようかな」
「うんうん、これだけ取材で歩き回ってるんだから勿体ないわよ。って、ああ~ここ。あ、あそこにいたぁ!」
奈美さんが急に叫んで、窓の外を指差す。
「あの人…ですか? あれ? 二人?」
線路から少し離れた畑の中に、人影が見えた。
「うんうん。二人」
「プロ? でもなんか雰囲気が…」
そうなのだ。その人影はどう見ても線路際でよく見かける“撮り鉄”とは、明らかに違っていた。
「誰に頼んだんですか? まさかそこらにいるのを適当に?」
「あ、失礼な。彼女たちは私の後輩…友人…ご近所のじぇーけー…だよ?」
正にその通り、どうみても鉄道に興味を持ってる風には見えない、普通の女子高生の様だ。
JKといっても、まあ真面目な部類に入る感じ…かな? 私服なので、余計真面目っぽく見える。
「この前、笠戸に行ったって言ったよね? 丁度その頃彼女たちと萩に行く約束してたんで、ついでに笠戸の仕事請けたのよ。彼女らも一緒にね。
その時にビデオを撮らせたら結構面白かったから、今回お願いしたの」
「ああ、それで今回進行方向右側に座ったんですね?」
「あ、判った?(笑)」
奈美さんは試乗の時、必ずと言っていい程進行方向左側に座る。
車内から外を撮る時に、対向列車に被られる心配がないからだそうだ。
その奈美さんが今回に限っては、右側に固執した。
「550系が単線区間を走るのは滅多にないだろうから、右側から撮る様に指定したのよ」
「なるほど、それなら手前に線路がないことがハッキリ判りますよね」
「そうそう、左側じゃ複線でも単線でもあまり差がないからね」
「二人なら別々の場所でも良かったんじゃないですか?」
「あのね、女の子一人で畑の真ん中に立たせられる訳無いでしょ。二人一緒でなきゃ頼めないわよ」
「あ、確かに」
「それにもう一人は私のスタイルに似た感性を持ってるから、教え易かったしね。同じ所でスチルとビデオを両方抑えられるのが嬉しいわ」
遠ざかっていく彼女たちに優しい眼差しで見送り奈美さんはシートに座った。
越生駅で折返しの8000系4両編成ワンマン車の横をすり抜ける、小川町に向けていよいよ本当の新線区間に入った。
路盤から作り直したお陰で、単線とはいえしっかりと大地を踏みしめてる安定感が伝わってくる。
50N/mの都市型のレールに交換され、揺れが少ないために最高速度も100km/hにあがった。
これで、もっとカーブが少なければ120km/hも夢ではなかっただろう。
ただ、越生線区間は支線扱いなので過剰な設備投資は行われなかった。
それを物語っているのが、小川町から先の東上北線と呼ばれることになる新線部分だ。
こちらはきっちり最高速度が120km/hになった。
そしてアッと言う間に小川町に到着した。
小川町は今回の大改革で一番変化が激しかった駅といえるだろう。
以前は3面6線で、1~4番線が東上線。5、6番が八高線だった。
寄居方面への乗換の利便性を考え、1番線に寄居方面行き8000系4両編成ワンマン車が発着する時は、池袋からの10両編成列車は2番線に到着。2番線が塞がっている時は4番線に10両編成が到着するが、その場合は8000系4両編成ワンマン車は3番線に発着する。
5、6番線の八高線とは渡り線などが設定されていないので、相互乗入れはできなかった。
※八高線は非電化なので、東上線の車輛は勿論走行出来ない。
池袋からの折返し10両編成と特急/快速列車、越生線からの直通列車が入り乱れるために配線が工夫された。
「以前はここからそれぞれの線路を走っていったけど、ダイヤ改正後は今の東上線のルートは廃止されて、しかし輸送密度は倍増するのよ」
「なるほど、毎時普通列車が2本、快速が1本、特急が1本だから、東上線の分だけでも本数的に2倍。快速と特急は6両編成なので、八高線が2両で毎時1本走っていたとしたら、丁度2倍になるんですね」
「うんうん。そして、この小川町が改正後の要の駅になるのよ」
「でも珍しいですよね。普通は東上線用が2面4線で、越生線用が1面2線になって以前と変わらなくてもいいと思うんだけど…」
「ここが普通のターミナルならそれもあるよね。東上線の池袋口と高崎口のターミナルで、越生線が加わるだけならね」
「それじゃダメなんですか?」
「乗換が大変なのよ。そのままじゃ」
そこで工夫されたのは、以前のように接続する列車によって入線ホームを変更する方法だ。
先ず池袋からの10両編成が2番線に到着する。2番線は両側にホームがあり、到着後は1番線側のドアが開く。
次に1番線に越生線から直通する8000系4両編成ワンマン車が到着。
1番線は進行方向右側(2番線側)にのみホームがあり、乗降が済み次第発車する。
そのあと2番線に停車中の10両編成は1番線側のドアを閉じ、3番線側のドアを開ける。
3番線に高崎からの8000系4両編成ワンマン車が到着し、2番線側のドアを開けて客扱いを行ってから発車して行く。
2番線に10両編成が停車中に、さらに10両編成が到着した場合は3番線に到着して、両側の扉を開く。その場合は越生線列車は4番線に発着することになる。
池袋口の10両編成は2番線3番線にしか発着しないが、越生線直通の8000系4両編成ワンマン車と快速/特急は下りは1・2番線、上りは3・4番線を使い分けるのだ。
「要するになるべくホーム上で乗換が出来る様になってるんですね」
「そうそう。でも特急/快速は時間によってパターンが変わるから、停車中の10両編成は両側のドアを開いてホームを渡れる様にするのよ」
つまり3面4線になり、池袋方には越生線上り(旧八高線)の立体交差が活用されている。
駅舎は橋上駅となり、線路数は減ったものの、乗り換えのために階段やエレベーターで昇降する手間は大幅に軽減された。
橋上駅舎になったために以前の駅舎は取り壊されて、駅前は再整備された。
「ダイヤ改正後にもう一度来て、乗り継ぎのレポートしたいですね。帰ったら編集長に提案しようかな」
「それ、面白そうね。がんばってね~」
奈美さんが他人事の様に言ってくれた。
まあ、他人事…か(涙)。せめて正社員なら他人事では済ませなかったんだけど…ね。
小川町駅直前の線路配置が素晴らしかった。
越生線上り線との間に東上線が降りて来て、3基の立派なシーサースポイントが三角に並ぶ。
そして、550系はゆったりとした動きで1番線に滑り込んだ。
<続く>
「うれしそうですね、奈美さん」
満面の笑みで窓外にキョロキョロ視線を移す。
まだ坂戸駅の手前なので、沿線の風景は以前とほとんど変わっていないんだけどね(笑)
奈美さんのこういう少年っぽいところが、バイタリティの源なんだろうね。
「そりゃそうよ。私が生まれてから初めての東上線の大変化なんだもん。これ以上の事件はそうそう起きないわ」
「? あれ? 和光市~志木間が複々線になった時は?」
「あれは1987年8月25日! 私が生まれる…あ、…ン年前よ!」
惜しい! もう少しだったのに(笑)
奈美さんはジト目で俺を睨みながら“あぶない、あぶない”とか呟いた。
「と、とにかく! 初めてよ!」
と言って、窓に貼付いた。
まるでヤモリみたいだなぁ…とか思いながら、奈美さんの後ろ姿を見ていたら、前の座席の同業者たちがニヤニヤこちらを眺めていた。
何だろう?
と、思う間もなく気付いた。
今、奈美さんが〈初めてよ!〉って言ったのを勘違いしてやがる!
池袋での一件があったから、きっとアノ意味に取られたんだろう。
奈美さん…爆弾宣言多過ぎですよぉ(涙)
550系は坂戸駅の大分手前で速度を落とした。
何だろうと思って、奈美さんの頭上から外を眺めたら、丁度その時550系が大きく揺れて俺はバランスを崩して…、
<ごっちぃ~~ん!>
<ぶぎゃ!>
奈美さんの頭に激突! 奈美さんは反動でさらに窓ガラスに顔をぶつけてしまった。
「きゅ~~! あんなおよっ! いたたっ~」
「ごめんなさい。ごめんなさいっ!」
涙目で恨めしそうに睨みつける奈美さんにひたすら謝る。
さすがにわざとじゃないことは理解してもらったけど、不機嫌オーラはマックスだ。
坂戸駅は今回の大改良で池袋方に6両編成用の留置線が新設された。
臨時列車などに対応するため、池袋方からも入ることができる。
越生線のホームが塞がっている場合などで入線できない時に、後続の列車に影響がでないよう一時的に退避できる構造だ。
これはダンパー線と呼ばれる線路システムなのだ。
そして今回、550系が早速使用する事になった。
同じ様な線路は和光市駅の朝霞方にもある。
地下鉄折返し始発列車などがホームに停車していて、先行列車が地下鉄直通ホームに入れずに駅手前で停車している場合、後続の東上線池袋行き普通列車は、さらに手前に設置されたシーサースポイントを渡り、東上線ホームに入線できる配線となっている。
因に東京地下鉄小竹向原駅の池袋方にもあるが、有楽町線への(からの)パイパスができた現在は使用される機会が少なくなっている。
「はう! ここで抜かれたぁ~」
また何かされやしないかと、思いっきり窓際によってチロチロ外を見ていた奈美さんの眼前を30000系が通り抜けた。
「どうかしたんですか?」
なるべく当たり障りのない言い方で、声をかける。
確かに俺が悪かったんだからしかたないけど、精神力が持ちませんよぉ、奈美さん(涙)
「私たちの5分後に発車した30000系快速急行よ。追いつかれちゃった」
ジト目のまま奈美さんは残念そうに言う。
…何が残念なのか俺には判りませんが(笑)
奈美さんはそんな俺の疑問に応えるように続けた。
「私たちが乗ってる550系は、今日は臨時列車のスジだから特急より所要時間がかかってるから、後続の快速急行は坂戸で並ぶかなって思ってたのよ」
「並ぶって言っても、この550系は1番線に入るだろうから、間にはホームと2番線の線路が挟まりますよ?」
あ、途端に奈美さんの唇が尖った。
「そんなこと言われなくても判ってるわよぉ、でもね550系が越生線のホームにいて、東上線の10両編成と絡むのがレアなんじゃない!」
そうなんですか…そうなんですね。俺にはやっぱり判りませんけど(汗)
「あ、でもここで並んだからいいじゃないんですか?」
俺が何気なく言ったことに奈美さんが目を丸くして驚いている。
あれ? なんかマズった?
「チッ! その手があったかぁ~~~~」
あからさまに悔しそうです。そんなに並びにこだわってたんですか?
「ま、確実に撮れる方がいいから仕方ないか…」
ブツブツ言ってるの聞こえてますよ? 奈美さん…。
…ところで… なんのこと?
坂戸駅のホームが空いたらしく、550系は最徐行で坂戸駅1番線に入る。
しかし、停車はせずに駅を通り抜けた。
どうやら今回は乗務員の交代はしないようだ。
ホームでは見慣れない550系に驚いた客が、皆んな慌ててスマホで撮影している。
じきにSNSには沢山の動画がアップされるのだろう。
奈美さんの様子を覗き込むと…あ、ヨダレが(笑)
よっぽど坂戸駅越生線ホームを通過する550系が撮りたかったようだ。
余りにアレなのでそっとティッシュを渡す。
「あ、ありがと…じゅる…」
音、いらないから…(汗)
あ、もしかすると! 奈美さんってJK時代に恋バナより鉄バナだったんじゃないかな?
でも、女の子同士で鉄バナ出来るとは思えないから…Y談なんてできる友達がいなかったのかも…。
それはそれで…コワい(汗)
<ばこ~~ん>
「いたっ!」
え? なんで? 今絶対声出してなかったよ? 俺?
それに…いつもどこから出てくるの? そのハリセン(汗)
「また何か失礼なこと考えてる! 君はすぐ顔に出るんだよっ!」
「何も考えてませんってば!」
なんでこういうことには敏感なんだ?? この女!
そして、確信をもって俺の顔を覗き込んでくる。
「え~、絶対に失礼なこと考えてたよ」
「違いますよっ! 奈美さんの高校生時代ってどうだったのかな? って思っただけですよっ!」
さっきからハリセンでパタパタ俺の頭を叩いていたが、そう言われてパタリとやめた。
「ふ、普通のじぇ~け~よぉ~」
ムリくさい…。
「え~と、1年の時は鉄道研究会だったっけ? 途中から写真部になったけど…」
この時点でもう普通のJKじゃ無い気が(笑)
「その頃、友達と恋バナとかしなかったんですか?」
「な、何? いきなり! それに恋バナって… …ン?」
「(汗) …あの…恋バナ… 意味判ってます? よね?」
「もぉ~ちろん、知ってるわぁ~よぉ~」
奈美さんは言いにくそうに応えるが、何か不自然だった。
このまま続けたら地雷原突入の予感がするので、慌てて話題を変えてみた。
「あ、ところでさっきから気になってたんですけど…、何を真剣に見てたんですか?」
「う…、うん、まあ…ちょっとね…」
奈美さんキョドってます。不思議な女だなぁ、一般的会話が成立しないんですが…(笑)
「まあ、いいかな。実はね今回助っ人を頼んだのよ」
「へ? 助っ人? ってぇ~~他の人に撮影頼んだってことですかぁ??」
「うん」
至って普通に応えるが、これは問題発言ですよ? 奈美さん(涙)。
「だって、それじゃ奈美さんの名前で掲載できないじゃないですか!」
「うん」
「『うん』じゃないですよ! 奈美さんが撮影しないと著作権とか版権とか色々マズい事になるんですよ?」
写真や動画などは撮影者に権利が発生する。もちろん被写体自体の権利は、電車などは鉄道会社、人物ならその当人に肖像権などがあるため、勝手に雑誌やネットなどで配信出来ない。
しかし、雑誌などに掲載する場合は被写体の権利者が画像の権利まで有していない限り、撮影者本人が撮ったものでなければならない。
今回の奈美さんの助手が撮影したものは、助手の公式権利譲渡書類がなければ奈美さんに使用権利はないのだ。
「仕事とは別だから心配しなくて大丈夫よぉ」
「じゃあ、何に使うんですか? その…写真?」
「私のコレクション。編集して、自宅で楽しむのよ」
「ならいいですけど…、? 編集? 画像を加工するんですか?」
パンフみたいなものでも造る気かな? ああ、電車カード…みたいな?
色々考えてみたが…、
「違うわよ? あ、そうか。写真じゃなくてビデオなのよ?」
「ビデオ? え? 奈美さんビデオもやってるんですか?」
「趣味でね。自分で撮ってきたのをMacで編集して、自宅でBGVにしてるの」
「すごい…よくそんな時間ありますね。感心しました」
「あい? そんな時間? いつも編集部で暇な時にチョコチョコやってるんだけど(笑)」
… …? え? そんなに簡単なものなの? ビデオ編集って?
「あ~ そうか! あなた放送局みたいな大掛かりな機材を考えてない?」
「違うんですか? だって、ABロールとか合成とかミキシングとかそれぞれ機材が…」
「古! 何時の時代のビデオなのよ(笑)。 今は8KでもMacのHDDにデータを入れておけば、ソフトだけで全部編集できるわよ」
「でもそんなに長いカットは編集できないですよね?」
「HDDの容量があれば、2時間映画でも作れるわよ?」
「え? そうなんですか?」
「今時の編集はいつでもどこでもできるの。しかもネタがあれば、カットも合成も自由自在。さらにオフライン編集だから、昔のアナログビデオみたいに5分のカット編集は必ず5分以上かかる、なんてことはないし…」
「へえ、そうだったんですか…動画は全くやってないので知りませんでした」
「スマホで動画撮ってないの? 勿体ない」
「だって、撮ってもそんなに画質良くないでしょ?」
「…本当に知らないのね。今のスマホなら大抵はHD以上の画質よ。ヘタなビデオカメラより画質がいいことが多いわ」
「ええっ! 本当ですか? 俺も撮ってみようかな」
「うんうん、これだけ取材で歩き回ってるんだから勿体ないわよ。って、ああ~ここ。あ、あそこにいたぁ!」
奈美さんが急に叫んで、窓の外を指差す。
「あの人…ですか? あれ? 二人?」
線路から少し離れた畑の中に、人影が見えた。
「うんうん。二人」
「プロ? でもなんか雰囲気が…」
そうなのだ。その人影はどう見ても線路際でよく見かける“撮り鉄”とは、明らかに違っていた。
「誰に頼んだんですか? まさかそこらにいるのを適当に?」
「あ、失礼な。彼女たちは私の後輩…友人…ご近所のじぇーけー…だよ?」
正にその通り、どうみても鉄道に興味を持ってる風には見えない、普通の女子高生の様だ。
JKといっても、まあ真面目な部類に入る感じ…かな? 私服なので、余計真面目っぽく見える。
「この前、笠戸に行ったって言ったよね? 丁度その頃彼女たちと萩に行く約束してたんで、ついでに笠戸の仕事請けたのよ。彼女らも一緒にね。
その時にビデオを撮らせたら結構面白かったから、今回お願いしたの」
「ああ、それで今回進行方向右側に座ったんですね?」
「あ、判った?(笑)」
奈美さんは試乗の時、必ずと言っていい程進行方向左側に座る。
車内から外を撮る時に、対向列車に被られる心配がないからだそうだ。
その奈美さんが今回に限っては、右側に固執した。
「550系が単線区間を走るのは滅多にないだろうから、右側から撮る様に指定したのよ」
「なるほど、それなら手前に線路がないことがハッキリ判りますよね」
「そうそう、左側じゃ複線でも単線でもあまり差がないからね」
「二人なら別々の場所でも良かったんじゃないですか?」
「あのね、女の子一人で畑の真ん中に立たせられる訳無いでしょ。二人一緒でなきゃ頼めないわよ」
「あ、確かに」
「それにもう一人は私のスタイルに似た感性を持ってるから、教え易かったしね。同じ所でスチルとビデオを両方抑えられるのが嬉しいわ」
遠ざかっていく彼女たちに優しい眼差しで見送り奈美さんはシートに座った。
越生駅で折返しの8000系4両編成ワンマン車の横をすり抜ける、小川町に向けていよいよ本当の新線区間に入った。
路盤から作り直したお陰で、単線とはいえしっかりと大地を踏みしめてる安定感が伝わってくる。
50N/mの都市型のレールに交換され、揺れが少ないために最高速度も100km/hにあがった。
これで、もっとカーブが少なければ120km/hも夢ではなかっただろう。
ただ、越生線区間は支線扱いなので過剰な設備投資は行われなかった。
それを物語っているのが、小川町から先の東上北線と呼ばれることになる新線部分だ。
こちらはきっちり最高速度が120km/hになった。
そしてアッと言う間に小川町に到着した。
小川町は今回の大改革で一番変化が激しかった駅といえるだろう。
以前は3面6線で、1~4番線が東上線。5、6番が八高線だった。
寄居方面への乗換の利便性を考え、1番線に寄居方面行き8000系4両編成ワンマン車が発着する時は、池袋からの10両編成列車は2番線に到着。2番線が塞がっている時は4番線に10両編成が到着するが、その場合は8000系4両編成ワンマン車は3番線に発着する。
5、6番線の八高線とは渡り線などが設定されていないので、相互乗入れはできなかった。
※八高線は非電化なので、東上線の車輛は勿論走行出来ない。
池袋からの折返し10両編成と特急/快速列車、越生線からの直通列車が入り乱れるために配線が工夫された。
「以前はここからそれぞれの線路を走っていったけど、ダイヤ改正後は今の東上線のルートは廃止されて、しかし輸送密度は倍増するのよ」
「なるほど、毎時普通列車が2本、快速が1本、特急が1本だから、東上線の分だけでも本数的に2倍。快速と特急は6両編成なので、八高線が2両で毎時1本走っていたとしたら、丁度2倍になるんですね」
「うんうん。そして、この小川町が改正後の要の駅になるのよ」
「でも珍しいですよね。普通は東上線用が2面4線で、越生線用が1面2線になって以前と変わらなくてもいいと思うんだけど…」
「ここが普通のターミナルならそれもあるよね。東上線の池袋口と高崎口のターミナルで、越生線が加わるだけならね」
「それじゃダメなんですか?」
「乗換が大変なのよ。そのままじゃ」
そこで工夫されたのは、以前のように接続する列車によって入線ホームを変更する方法だ。
先ず池袋からの10両編成が2番線に到着する。2番線は両側にホームがあり、到着後は1番線側のドアが開く。
次に1番線に越生線から直通する8000系4両編成ワンマン車が到着。
1番線は進行方向右側(2番線側)にのみホームがあり、乗降が済み次第発車する。
そのあと2番線に停車中の10両編成は1番線側のドアを閉じ、3番線側のドアを開ける。
3番線に高崎からの8000系4両編成ワンマン車が到着し、2番線側のドアを開けて客扱いを行ってから発車して行く。
2番線に10両編成が停車中に、さらに10両編成が到着した場合は3番線に到着して、両側の扉を開く。その場合は越生線列車は4番線に発着することになる。
池袋口の10両編成は2番線3番線にしか発着しないが、越生線直通の8000系4両編成ワンマン車と快速/特急は下りは1・2番線、上りは3・4番線を使い分けるのだ。
「要するになるべくホーム上で乗換が出来る様になってるんですね」
「そうそう。でも特急/快速は時間によってパターンが変わるから、停車中の10両編成は両側のドアを開いてホームを渡れる様にするのよ」
つまり3面4線になり、池袋方には越生線上り(旧八高線)の立体交差が活用されている。
駅舎は橋上駅となり、線路数は減ったものの、乗り換えのために階段やエレベーターで昇降する手間は大幅に軽減された。
橋上駅舎になったために以前の駅舎は取り壊されて、駅前は再整備された。
「ダイヤ改正後にもう一度来て、乗り継ぎのレポートしたいですね。帰ったら編集長に提案しようかな」
「それ、面白そうね。がんばってね~」
奈美さんが他人事の様に言ってくれた。
まあ、他人事…か(涙)。せめて正社員なら他人事では済ませなかったんだけど…ね。
小川町駅直前の線路配置が素晴らしかった。
越生線上り線との間に東上線が降りて来て、3基の立派なシーサースポイントが三角に並ぶ。
そして、550系はゆったりとした動きで1番線に滑り込んだ。
<続く>
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