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第7話
「オールディーズトレイン_03」
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鉄道車輛製造メーカー(と言っても巨大コングロマリットの一部門だが…)に勤める俺の親友からプレミアムトレインのアイディアを求められて、好き勝手な妄想のアイディアを出してから早2ヶ月が過ぎていた。
その間は特に変わったイベント(個人的な)も無く、日々淡々と業務をこなしていた。
仕事柄、印刷会社との打ち合わせが多く、ゲラやデータの管理、イラストレータとの打ち合わせなど、やる事は山積している。ただ原稿を書いていればいいわけではないのだ。
出版社に入社して3年目の未だ新人編集者の俺は、小間使いというポジションだ。
奈美さんは相変わらずモテモテで、日本中を駆けずり回っている。
最近では、ほぼ専属となっていた『鉄道ライフ』より、ライターと共著という形で単行本の出版が増えていた。
トピックスや特集記事と違い、一冊丸々専門的なテーマでの取材なので、その期間も2週間~1ヶ月と長期に及ぶ。しかも取材対象の事業者は首都圏だけではないので、長期出張ばかりだ。原稿作成も写真の現像(RAWデータから誌面に使えるEPS(CMYK)データの作成)や、紙面構成のラフなど、最早単なるカメラマンの業務を超えていた。
しかも出張先でできるため、奈美さん一人で充分なのだ。(というより、邪魔になるので行かせてくれなかったというのが真相だ(涙))
ただ、奈美さん本人はどっぷり鉄三昧なので、ちっとも苦になっていないとメールで知らされた(涙涙)。
そんな訳で、俺はそろそろ腐り始めていた。
それはPCがメールの着信を知らせるメロディとともに訪れた。
「ひっさしぶりぃ~! ちゃんと起きてた?」
この奈美さん特有の挨拶も3週間ぶりだ。
ちなみに“起きてた?”というのは、奈美さんと初めて仕事を組んだ時に俺は『あこがれの女性鉄道カメラマン』ということで、テンパってたことに由来する。
奈美さんにしたら、夢遊病者のような印象だったと言われた。
『目は開いてるけど、頭は停止してたもんね』
(それはあなたが魅力的だったからですよ)と、その時言いかけた。
が! 今思えば、そんなこと言ってたらきっとどん引きされた上、一緒に取材などしてくれなかっただろう。あぶないあぶない(汗)
でも気持ちは、変わるどころか崇拝の域にまで達してますが(笑)
「奈美さんがいなかったから、なかなか耄けてる暇がありませんでしたよぉ~」
「それって普段は私に頼ってるから、耄ける暇があるってこと? かな?」
「あ~滅相も無い! いつも俺の予想の右斜め上を行ってるから、俺が出る幕がないというか…」
奈美さんが一所懸命に意味を解析し始めた。
「う~~む。…意味わかめ…三陸海岸…」
「あ、それそれ。『意味わかめ』は解るけど、三陸海岸って、何? …ことで耄けることができるんです」
「余計解んない。もしかして私をからかって楽しんでる?」
奈美さん久しぶりの三白眼! 怖いけどこの顔もお気に入りなんですよ。言えないけど(笑)
「おい! おまいら~ 仲良いのは良いけど、編集部の入り口でバカ話はやめとけよ!」
編集長がシビレを切らせて爆発した。
「はいっ! すみません!」
ここは素直に謝っておかないと、後で徹底的にいじられるんだよなぁ。奈美さんがいない時に(汗)
「あ、そうだメール来てたんだ…」
何気にPCを見ると、デスクトップにメール着信のダイアログが点滅していた。
「え? ええっ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「何よ、いきなり大声だして…<ぺちっ!>」
奈美さんが呆れながらいつものハリセンで俺の頭を叩く。…というより、どこから出したのこれ?
「奈美さんだってこのメール見れば、大声出さずにはいられなくなりますよ」
わざとニタッと嫌らしい笑顔を浮かべ、PCを指差す。
「? 見ていいの? どれどれ?」
…などと余裕ぶっていたものの、次第にモニターにかじりついた。
「え? きゃっ! 本当にぃ??」
などと、女子高生のような黄色い歓声を上げ始めた。
「あ、ところで、さっきのいやらしい笑顔はあなたに似合わないわよ。チンパンジーが唇を裏返して笑ってるみたいだから…」
「(涙)…それ、意味解んない以上に『気持ち悪い』と素直に言われる方がダメージ少ないですよぉ」
俺たちが無責任に、好き勝手に、書いた提案書は、親友がちゃんとした提案書にまとめてくれたものの、実際にプレゼンしたのは『幕式表示器』『ロール式カーテン』そして『回転式表示器』の3点だった。
その中で『回転式表示器』が取り上げられたとのことだった。
ただ、そのまま再現されるわけではないことも付け加えられていた。
「どういうこと…かな?」
「そのままではないって、他にどういうやり方があるんでしょうね?」
「東武の担当者が納入前の最終チェックにくる直前なら、開発スタッフとして見学できるってあるけど…どうしますか?」
「もちろん。行くしか無いでしょ」
奈美さん即答。既にスケジュールを調整してます(笑)
「じゃあメールしときますね」
ということで、工場見学がすんなり決定。
そして…
今、俺と奈美さんは山口県下松駅前に立っている。
「迎えに来てくれるのね? ここまで…」
「ええ。さすがに歩いて行ける距離じゃないので…」
確かに某製作所笠戸事業所の正門までは下松駅から2km程なのだが、親友の配属部署は正門から1kmくらい奥なので自家用車で迎えに来てくれることになっていた。
「よお。久しぶり!」
メールやSNSでは、毎週の様に連絡し合っているが(主に俺が鉄道関連の知識を教えてもらっているのが実情だけどね)実際に会うのは大学を卒業して以来だった。
「元気そうだな。ってか…黒いな…」
「そうか? ああそういえば言ってなかったっけ、今俺、釣りにハマっててさ。毎週舟出してるからかな?」
道理で車内が少し生臭かった。ワゴン車なのでラゲッジルームに載ってるクーラーボックスが見える。多分釣りに使ってるのだろう。それが臭っているようだ。
「それで日焼けしてるのか…、羨ましいな」
「何言ってる。仕事とはいえあちこち取材に出かけてるお前が羨ましいよ。俺なんか研究室と自宅の往復だけさ」
「それで釣りを?」
「まあそれもあるけど、意外と面白くてな」
「メカふぇちのお前がねぇ…変わるもんだ」
大学時代は学部こそ違うものの、鉄道研究会で妙に気が合ったのだ。
とはいえ、俺は運用や車輛デザインが好みだったが、親友は技術方面が専門だった。
ひっくり返しても釣りなどに興味を持つ様なタイプではなかったのだが…。
「お前こそ、異性に無縁な顔してたくせにしっかり彼女作ってやがって」
「え? か、彼女なんかじゃないって! この人は我が社のカメラマン兼ライターで、鉄道に詳しくて…今回のアイディアもこの人の発案で…」
「(…なんか…)」
え"? 後ろの席で奈美さんが何か呟いてる…。微妙にやばい…。
「あはは、判ってる判ってる。片思いなんだろ?」
「おいおいそんなに大声で…」
車内だからしっかり聞こえてる…よね(汗)。後が怖い…。
「あ、ここで入場者記録に名前書いてくれ」
そういって、さっさと車を降りて守衛所にむかって行った。
「だそうです。奈美さんもお願いします」
「……」
無言のまま、ドアを開けて歩いて行った。
気まずさMAX。
研究開発部のある社屋で作業着に着替え、早々に実車を見学に向かった。
明後日に行われる東武鉄道担当者の最終チェックのため、養生は外されて編成全体が見渡せた。屋根付のドックの中は天井からのライトだけが灯り、少し薄暗かった。
「今照明を点けるから待っててくれ」
そういって親友は通用口横の配電盤のスイッチを入れた。
「わ、わぁこれが? オールディーズトレインなのね」
奈美さんが歓喜の声を上げた。少々声が裏返っているところから、かなり興奮してることが伺える。
「正式には『東武730系』と呼ばれ、認可も取得済みです」
東武730系イベント用車輛4両編成は、オレンジとベージュのツートンカラーに塗装され、見た目には古くさいデザインだった。
そして、運転台窓下には黒い窓が付いた箱が付いていた。
「一番興味があるのはアレでしょう。まず説明いたしますので、お待ちください」
そう言うや、無線機で誰かと通話する。しばらくすると2輛目の屋根に取り付けられているパンタグラフが立ち上がり、架線に接触するやスパークを放ちながら一度跳ね返った。
「本来の7300/7800系は4両編成で2パンタでしたが、この車輛はVVVF制御の最新型の動力ユニットでSIV搭載なので、通常走行時は1基しか使いません。もう一基は予備として搭載します」
運転台にいる担当者らしき人がせわしなく動いて、機器のチェックを始めた。
しばらくすると先の黒い窓が光り、駅名が表示された。
「ご提案いただいた回転式表示板は、走行中に気流により脱落する可能性が高いので却下されましたが、こうしてケースに入れたLED表示器で、回転式表示板を再現すれば問題ありません」
「へえ、でも随分リアルね。今までの表示器とは違うんですか?」
「近くまで行きましょう。その方が判り易いと思います」
そう言いながら運転台の前まで近づいた。
「この時代の車輛は、サボや車掌側窓上部に幕式表示器を付けたものが多いのですが、東武は東上線で運転台窓下に回転式表示器を付けていました。なので、幕式は不採用。
で、どういう表示器が似合うかと模索した時に、この回転式表示器のデザインを見た設計担当が絶賛したのです」
何も非常扉に苦労して取り付ける必要はない。運転台前なら他の機器と干渉しないということで、そこにLED表示器が入った箱を取り付けることになった。
この表示器の面白いところは車体外板に合わせて、窓を開けたり、形状をデザインすることなく、四角い箱そのもので良いということだ。
しかも表示内容は回転式表示器と同じものにこだわる必要はない。
単に“貸切”とか“特急むさしの”など自由に変更できる。
「奈美さんの夢が叶いましたね。7300系に良く似てる」
「ここまで再現されてるなんて、思ってもなかった」
涙ぐんでそっと車体に触る。本当に電車が好きなんだなと今更ながら思う。
この女の車輛を愛する気持ちを超えられる男って本当にいるのかな? かなり絶望感が…奈美さんとは別の意味で涙が出たよ…俺。
「おまえ…苦労しそうだな…」
親友が俺の肩に手を置きそっと呟いた。
東武730系と名付けられたオールディーズトレインは、外観は7300系に合わせたデザインになっているものの、エアコンだけは設置スペースの関係から、集中型が車体中央屋根に架装されている。
しかし、かまぼこ形の屋根の中央部分だけは、エアコンを埋め込んだ様に設置されているので違和感はあまり感じない。
それ以上にインテリアは、旧型電車の雰囲気を味わうに留まり、7300系とはかなり印象が違っている。
「運転台ってこんなに広かったっけ?」
早速奈美さんが質問を始めた。車内は中央部だけ歩行用に養生されていた。
運転台は直後のドアまでの間に客用窓があったはずだが、この車輛には客用窓がなかった。
「あれ? ここに窓なかった?」
「よく気付いたね。実は7300系の運転台の奥行きでは、認可が下りないんだ。制御機器も昔と違ってスイッチ関連が多いから、あの奥行きじゃ全部設置できないんだ」
確かに昔は各種メーターとマスコン、ブレーキ弁ぐらいなので、運転台というだけあって簡素なものだった。
現在の運転席/運転室というものとは雲泥の差なのだ。
「なので、運転台直後の客用窓を省略して、乗務員室扉を450mm後方にずらした。これで運転台ユニットをコンパクトにまとめて、運転席後方はクラッシャブルゾーンとしてスペースを確保できた。
客室との区分け壁は前面展望を考えて、出来る限り大きな窓を取り付けてある」
「それね。実は良いんだけど、何か違和感があったのよ」
「社内でも賛否両論だったけど、旧型にこだわり過ぎて企画が成り立たなければ本末転倒なので、一部変更もやむなし…と(笑)」
「まあ、あまり違和感がなく出来たからOKでしょ。東武廚の奈美さんでさえ、はっきり気付かなかったんだから(笑)」
「あ、ひどい。廚って何よ廚って。せめて東武フリークでしょ」
「はは、東武オタクであることは否定しないんですね」
「そういう女なんですよ。奈美さんって(汗)」
頬を膨らませながらも、片時もこの『東武730系』の運転台から目を離さないところはさすがです。
インテリアは床が不燃化処理を施した板厚5mmのフローリング。壁面も本木目の化粧板。照明は電球色のLED照明に加えて、ダウンライトを装備。
シートはロングシートだが、一人分の区分けがされたバケットシートになっている。ドア間は7人がけ(7300系は8人がけ)で、2・3・2で袖きりがついている。
手すりは車内の視界が悪くなるため、ドア横のみに設置。荷物棚はアーム部分に簡単な装飾が施され、茶色に塗装された。
レトロというより、木造家屋の装いで落ち着きある配色でまとめられていた。
東武730系が正式に報道会見でデビューしたのはそれから10日後だった。
報道関係者にはエクステリアの素晴らしさが評価された。特にあの回転式表示板を模したLED表示板は絶賛されていた。逆にインテリアは阪急車のマネだと否定的な意見が多かったのが意外でもあった。
「何だか各紙の評価がバラバラで、今ひとつだね」
「そうですね。ただ、イベントに使用することを考えると、あのインテリアは素晴らしいと思いますけど…」
「乗ってると外観より居住性の方が大事だもんね。その点、前面展望やトイレまで完備されているんだから、優れていると思うけどね? みんな固執しすぎだと思うなぁ」
運転台直後のいわゆるかぶりつきと言われた2人がけシートが無いというのが、どの専門誌でも“残念評価”のトップだ。7300/7800系の再現じゃないので、新しい解釈も必要だと感じた。安全基準が満たせず認可されなければ、実現は不可能だったのだから、少しは評価基準を変えるべきなのだ。
そうは言っても走行写真を撮ってる時に、画一的な現在の車輛たちより面白いと思える。
東武730系は先頭車から“クハ730-1”+“モハ730-2”+“モハ730-3”+“クハ730-4”となった。
俺は7300/7800系の再現とこだわるなら、形式も“クハ30-1”+“モハ730-2”+“サハ30-2”+“モハ730-1”とすべきなので、外観だけはクラシカルムードを味わえるイベント車である。というような内容を記事にした。
東武730系は土曜日曜を中心に今日も東武線を快走している。
<第7話 おわり>
その間は特に変わったイベント(個人的な)も無く、日々淡々と業務をこなしていた。
仕事柄、印刷会社との打ち合わせが多く、ゲラやデータの管理、イラストレータとの打ち合わせなど、やる事は山積している。ただ原稿を書いていればいいわけではないのだ。
出版社に入社して3年目の未だ新人編集者の俺は、小間使いというポジションだ。
奈美さんは相変わらずモテモテで、日本中を駆けずり回っている。
最近では、ほぼ専属となっていた『鉄道ライフ』より、ライターと共著という形で単行本の出版が増えていた。
トピックスや特集記事と違い、一冊丸々専門的なテーマでの取材なので、その期間も2週間~1ヶ月と長期に及ぶ。しかも取材対象の事業者は首都圏だけではないので、長期出張ばかりだ。原稿作成も写真の現像(RAWデータから誌面に使えるEPS(CMYK)データの作成)や、紙面構成のラフなど、最早単なるカメラマンの業務を超えていた。
しかも出張先でできるため、奈美さん一人で充分なのだ。(というより、邪魔になるので行かせてくれなかったというのが真相だ(涙))
ただ、奈美さん本人はどっぷり鉄三昧なので、ちっとも苦になっていないとメールで知らされた(涙涙)。
そんな訳で、俺はそろそろ腐り始めていた。
それはPCがメールの着信を知らせるメロディとともに訪れた。
「ひっさしぶりぃ~! ちゃんと起きてた?」
この奈美さん特有の挨拶も3週間ぶりだ。
ちなみに“起きてた?”というのは、奈美さんと初めて仕事を組んだ時に俺は『あこがれの女性鉄道カメラマン』ということで、テンパってたことに由来する。
奈美さんにしたら、夢遊病者のような印象だったと言われた。
『目は開いてるけど、頭は停止してたもんね』
(それはあなたが魅力的だったからですよ)と、その時言いかけた。
が! 今思えば、そんなこと言ってたらきっとどん引きされた上、一緒に取材などしてくれなかっただろう。あぶないあぶない(汗)
でも気持ちは、変わるどころか崇拝の域にまで達してますが(笑)
「奈美さんがいなかったから、なかなか耄けてる暇がありませんでしたよぉ~」
「それって普段は私に頼ってるから、耄ける暇があるってこと? かな?」
「あ~滅相も無い! いつも俺の予想の右斜め上を行ってるから、俺が出る幕がないというか…」
奈美さんが一所懸命に意味を解析し始めた。
「う~~む。…意味わかめ…三陸海岸…」
「あ、それそれ。『意味わかめ』は解るけど、三陸海岸って、何? …ことで耄けることができるんです」
「余計解んない。もしかして私をからかって楽しんでる?」
奈美さん久しぶりの三白眼! 怖いけどこの顔もお気に入りなんですよ。言えないけど(笑)
「おい! おまいら~ 仲良いのは良いけど、編集部の入り口でバカ話はやめとけよ!」
編集長がシビレを切らせて爆発した。
「はいっ! すみません!」
ここは素直に謝っておかないと、後で徹底的にいじられるんだよなぁ。奈美さんがいない時に(汗)
「あ、そうだメール来てたんだ…」
何気にPCを見ると、デスクトップにメール着信のダイアログが点滅していた。
「え? ええっ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「何よ、いきなり大声だして…<ぺちっ!>」
奈美さんが呆れながらいつものハリセンで俺の頭を叩く。…というより、どこから出したのこれ?
「奈美さんだってこのメール見れば、大声出さずにはいられなくなりますよ」
わざとニタッと嫌らしい笑顔を浮かべ、PCを指差す。
「? 見ていいの? どれどれ?」
…などと余裕ぶっていたものの、次第にモニターにかじりついた。
「え? きゃっ! 本当にぃ??」
などと、女子高生のような黄色い歓声を上げ始めた。
「あ、ところで、さっきのいやらしい笑顔はあなたに似合わないわよ。チンパンジーが唇を裏返して笑ってるみたいだから…」
「(涙)…それ、意味解んない以上に『気持ち悪い』と素直に言われる方がダメージ少ないですよぉ」
俺たちが無責任に、好き勝手に、書いた提案書は、親友がちゃんとした提案書にまとめてくれたものの、実際にプレゼンしたのは『幕式表示器』『ロール式カーテン』そして『回転式表示器』の3点だった。
その中で『回転式表示器』が取り上げられたとのことだった。
ただ、そのまま再現されるわけではないことも付け加えられていた。
「どういうこと…かな?」
「そのままではないって、他にどういうやり方があるんでしょうね?」
「東武の担当者が納入前の最終チェックにくる直前なら、開発スタッフとして見学できるってあるけど…どうしますか?」
「もちろん。行くしか無いでしょ」
奈美さん即答。既にスケジュールを調整してます(笑)
「じゃあメールしときますね」
ということで、工場見学がすんなり決定。
そして…
今、俺と奈美さんは山口県下松駅前に立っている。
「迎えに来てくれるのね? ここまで…」
「ええ。さすがに歩いて行ける距離じゃないので…」
確かに某製作所笠戸事業所の正門までは下松駅から2km程なのだが、親友の配属部署は正門から1kmくらい奥なので自家用車で迎えに来てくれることになっていた。
「よお。久しぶり!」
メールやSNSでは、毎週の様に連絡し合っているが(主に俺が鉄道関連の知識を教えてもらっているのが実情だけどね)実際に会うのは大学を卒業して以来だった。
「元気そうだな。ってか…黒いな…」
「そうか? ああそういえば言ってなかったっけ、今俺、釣りにハマっててさ。毎週舟出してるからかな?」
道理で車内が少し生臭かった。ワゴン車なのでラゲッジルームに載ってるクーラーボックスが見える。多分釣りに使ってるのだろう。それが臭っているようだ。
「それで日焼けしてるのか…、羨ましいな」
「何言ってる。仕事とはいえあちこち取材に出かけてるお前が羨ましいよ。俺なんか研究室と自宅の往復だけさ」
「それで釣りを?」
「まあそれもあるけど、意外と面白くてな」
「メカふぇちのお前がねぇ…変わるもんだ」
大学時代は学部こそ違うものの、鉄道研究会で妙に気が合ったのだ。
とはいえ、俺は運用や車輛デザインが好みだったが、親友は技術方面が専門だった。
ひっくり返しても釣りなどに興味を持つ様なタイプではなかったのだが…。
「お前こそ、異性に無縁な顔してたくせにしっかり彼女作ってやがって」
「え? か、彼女なんかじゃないって! この人は我が社のカメラマン兼ライターで、鉄道に詳しくて…今回のアイディアもこの人の発案で…」
「(…なんか…)」
え"? 後ろの席で奈美さんが何か呟いてる…。微妙にやばい…。
「あはは、判ってる判ってる。片思いなんだろ?」
「おいおいそんなに大声で…」
車内だからしっかり聞こえてる…よね(汗)。後が怖い…。
「あ、ここで入場者記録に名前書いてくれ」
そういって、さっさと車を降りて守衛所にむかって行った。
「だそうです。奈美さんもお願いします」
「……」
無言のまま、ドアを開けて歩いて行った。
気まずさMAX。
研究開発部のある社屋で作業着に着替え、早々に実車を見学に向かった。
明後日に行われる東武鉄道担当者の最終チェックのため、養生は外されて編成全体が見渡せた。屋根付のドックの中は天井からのライトだけが灯り、少し薄暗かった。
「今照明を点けるから待っててくれ」
そういって親友は通用口横の配電盤のスイッチを入れた。
「わ、わぁこれが? オールディーズトレインなのね」
奈美さんが歓喜の声を上げた。少々声が裏返っているところから、かなり興奮してることが伺える。
「正式には『東武730系』と呼ばれ、認可も取得済みです」
東武730系イベント用車輛4両編成は、オレンジとベージュのツートンカラーに塗装され、見た目には古くさいデザインだった。
そして、運転台窓下には黒い窓が付いた箱が付いていた。
「一番興味があるのはアレでしょう。まず説明いたしますので、お待ちください」
そう言うや、無線機で誰かと通話する。しばらくすると2輛目の屋根に取り付けられているパンタグラフが立ち上がり、架線に接触するやスパークを放ちながら一度跳ね返った。
「本来の7300/7800系は4両編成で2パンタでしたが、この車輛はVVVF制御の最新型の動力ユニットでSIV搭載なので、通常走行時は1基しか使いません。もう一基は予備として搭載します」
運転台にいる担当者らしき人がせわしなく動いて、機器のチェックを始めた。
しばらくすると先の黒い窓が光り、駅名が表示された。
「ご提案いただいた回転式表示板は、走行中に気流により脱落する可能性が高いので却下されましたが、こうしてケースに入れたLED表示器で、回転式表示板を再現すれば問題ありません」
「へえ、でも随分リアルね。今までの表示器とは違うんですか?」
「近くまで行きましょう。その方が判り易いと思います」
そう言いながら運転台の前まで近づいた。
「この時代の車輛は、サボや車掌側窓上部に幕式表示器を付けたものが多いのですが、東武は東上線で運転台窓下に回転式表示器を付けていました。なので、幕式は不採用。
で、どういう表示器が似合うかと模索した時に、この回転式表示器のデザインを見た設計担当が絶賛したのです」
何も非常扉に苦労して取り付ける必要はない。運転台前なら他の機器と干渉しないということで、そこにLED表示器が入った箱を取り付けることになった。
この表示器の面白いところは車体外板に合わせて、窓を開けたり、形状をデザインすることなく、四角い箱そのもので良いということだ。
しかも表示内容は回転式表示器と同じものにこだわる必要はない。
単に“貸切”とか“特急むさしの”など自由に変更できる。
「奈美さんの夢が叶いましたね。7300系に良く似てる」
「ここまで再現されてるなんて、思ってもなかった」
涙ぐんでそっと車体に触る。本当に電車が好きなんだなと今更ながら思う。
この女の車輛を愛する気持ちを超えられる男って本当にいるのかな? かなり絶望感が…奈美さんとは別の意味で涙が出たよ…俺。
「おまえ…苦労しそうだな…」
親友が俺の肩に手を置きそっと呟いた。
東武730系と名付けられたオールディーズトレインは、外観は7300系に合わせたデザインになっているものの、エアコンだけは設置スペースの関係から、集中型が車体中央屋根に架装されている。
しかし、かまぼこ形の屋根の中央部分だけは、エアコンを埋め込んだ様に設置されているので違和感はあまり感じない。
それ以上にインテリアは、旧型電車の雰囲気を味わうに留まり、7300系とはかなり印象が違っている。
「運転台ってこんなに広かったっけ?」
早速奈美さんが質問を始めた。車内は中央部だけ歩行用に養生されていた。
運転台は直後のドアまでの間に客用窓があったはずだが、この車輛には客用窓がなかった。
「あれ? ここに窓なかった?」
「よく気付いたね。実は7300系の運転台の奥行きでは、認可が下りないんだ。制御機器も昔と違ってスイッチ関連が多いから、あの奥行きじゃ全部設置できないんだ」
確かに昔は各種メーターとマスコン、ブレーキ弁ぐらいなので、運転台というだけあって簡素なものだった。
現在の運転席/運転室というものとは雲泥の差なのだ。
「なので、運転台直後の客用窓を省略して、乗務員室扉を450mm後方にずらした。これで運転台ユニットをコンパクトにまとめて、運転席後方はクラッシャブルゾーンとしてスペースを確保できた。
客室との区分け壁は前面展望を考えて、出来る限り大きな窓を取り付けてある」
「それね。実は良いんだけど、何か違和感があったのよ」
「社内でも賛否両論だったけど、旧型にこだわり過ぎて企画が成り立たなければ本末転倒なので、一部変更もやむなし…と(笑)」
「まあ、あまり違和感がなく出来たからOKでしょ。東武廚の奈美さんでさえ、はっきり気付かなかったんだから(笑)」
「あ、ひどい。廚って何よ廚って。せめて東武フリークでしょ」
「はは、東武オタクであることは否定しないんですね」
「そういう女なんですよ。奈美さんって(汗)」
頬を膨らませながらも、片時もこの『東武730系』の運転台から目を離さないところはさすがです。
インテリアは床が不燃化処理を施した板厚5mmのフローリング。壁面も本木目の化粧板。照明は電球色のLED照明に加えて、ダウンライトを装備。
シートはロングシートだが、一人分の区分けがされたバケットシートになっている。ドア間は7人がけ(7300系は8人がけ)で、2・3・2で袖きりがついている。
手すりは車内の視界が悪くなるため、ドア横のみに設置。荷物棚はアーム部分に簡単な装飾が施され、茶色に塗装された。
レトロというより、木造家屋の装いで落ち着きある配色でまとめられていた。
東武730系が正式に報道会見でデビューしたのはそれから10日後だった。
報道関係者にはエクステリアの素晴らしさが評価された。特にあの回転式表示板を模したLED表示板は絶賛されていた。逆にインテリアは阪急車のマネだと否定的な意見が多かったのが意外でもあった。
「何だか各紙の評価がバラバラで、今ひとつだね」
「そうですね。ただ、イベントに使用することを考えると、あのインテリアは素晴らしいと思いますけど…」
「乗ってると外観より居住性の方が大事だもんね。その点、前面展望やトイレまで完備されているんだから、優れていると思うけどね? みんな固執しすぎだと思うなぁ」
運転台直後のいわゆるかぶりつきと言われた2人がけシートが無いというのが、どの専門誌でも“残念評価”のトップだ。7300/7800系の再現じゃないので、新しい解釈も必要だと感じた。安全基準が満たせず認可されなければ、実現は不可能だったのだから、少しは評価基準を変えるべきなのだ。
そうは言っても走行写真を撮ってる時に、画一的な現在の車輛たちより面白いと思える。
東武730系は先頭車から“クハ730-1”+“モハ730-2”+“モハ730-3”+“クハ730-4”となった。
俺は7300/7800系の再現とこだわるなら、形式も“クハ30-1”+“モハ730-2”+“サハ30-2”+“モハ730-1”とすべきなので、外観だけはクラシカルムードを味わえるイベント車である。というような内容を記事にした。
東武730系は土曜日曜を中心に今日も東武線を快走している。
<第7話 おわり>
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