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第2章

2-02蘇生

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 如月湧は確かに死亡した。
 宮内庁病院に到着直後、医師団による死亡判定がなされ、午前10時05分に死亡が確定したのだ。
 湧の亡骸はすぐに検死用のステンレス製のストレッチャーに乗せられ、特殊病棟に移された。
 湧は左肩から胸にいたる切断傷が致命傷とされたが、他にも重篤な傷が多く、即死でなかったのが不思議なくらいだ。
 「こりゃあ酷すぎるなぁ。他の傷もそれぞれが致命傷になるほどなのに、この肩口の傷も生体反応がある」
 「つまりここに至るまで抵抗していた。…と、いうことだろうな」
 医師たちがもっとも驚いたのは正にその一事にあった。
 とにかく、どういう状態ならここまで生きていられるのか? が、最大の問題なのだ。
 死体を見慣れた検死官にとっても、これほどの惨状は滅多になかった。
 あまりに凄惨なので、準備中はブルーシートで覆っていた。
 そのために検死官が検死を始めるまで、湧の身体の変化に気付けなかったのだ。
 ブルーシートを取り、致命傷の切り口を覗いた検死官は、切り裂かれた肺の奥に動き出した心臓を見つけた。
 「お、おい。これは!」
 「うそだろう。こんなことが…」
 この状態ではどんな奇跡が起こっても、再び心臓が動くはずはない。
 けれど実際に動いていた。何がエネルギー源になっているのか全く不明だが、心臓は徐々に力強く鼓動していった。
 検死官はすぐさま院長を呼び、状況の確認を願った。

 医師団が成す術も無く、ただ見守る中、湧の心臓は切断された動脈から突如大量の血液を吐き出した。
 見る見る湧の体内に血が充満して行く。
 「血が溢れ出した。バキュームよろしく!」
 医師の一人が叫ぶものの、看護師がいないので誰も動けなかった。
 「あ、私が…」
 別の医師がワンテンポ遅れて、バキュームの吸い込み口をあてがった。
 「あ? あれ? 吸い込めない」
 医師は慌てて、吸い込み口を動かすが、その度に血が凝固してしまう。
 その間にも湧の体内は血で一杯になってゆく。
 ところが、血は湧の傷口までくると固まり始め、次々と傷口を塞いで行く。
 何かの意志が働いているとしか思えないが、それが何かは医師団には想像すらできなかった。
 見た目には、プルプルと揺らいでゼリーの様な質感になっている。
 しかし、鉗子などを当てると即座に凝固する。
 「院長、これはどういうことでしょうか? 何故こんなことが?」
 医師たちは今、己の目で見ているものが信じられなかった。

 「メスで切開できないかな?」
 と、いいつつ一人の医師が傷口を塞いでいた血のゼリーに刃を当てた。
 その途端、ビシッ!と音を立てて、傷口が結晶化する。
 他の傷口も全て同様に塞がった。
 やがて、皮膚からも滲み出した血の様なものは、湧の身体全体を完全に覆い尽くしてしまった。
 「どうやら拒まれているようですね?」
 もはや医師団は完全にお手上げ状態だった。

 「そうだ。X線なら中が見えるかも知れない。すぐに準備を!」
 院長が見るに見かねて、指示を出した。
 「時間が惜しいから、このままX線撮影室に移したまえ」
 検死用のステンレス製ストレッチャーで移送した後、レントゲン撮影用のベッドに乗せようと医師たちが数人で持ち上げようとした。が、
 「なんだ? この重さは? 人一人の重さじゃないぞ」
 結晶化した湧の身体は300kg程の重さになっていた。
 「…なんだか…さなぎみたい…だな…」
 「『それだぁ!』」
 医師たちはみごとなユニゾンでハモった。

 ―――――・―――――・―――――

 「な、なんですと? 今何と言われた!」
 兼成が宮内庁病院に到着して、如月湧の死亡が伝えられた直後、院長室に招かれた。
 部屋のドアを閉じ、ロックを確認してからおもむろに
 「如月湧くんは、生き返るかも知れません」
 と、呟いた。
 およそ現代医学の最先端にいるものの言葉とは思えなかった。
 何一つ治療を行えなかったばかりか、現状を把握さえできていないのだ。
 ただ、湧の身体が勝手に何かをしているとしか判っていない。
 「それはどういうことですか? 報告では搬送中に絶命したと…」
 頭をハンマーで叩かれた様な衝撃が走った。
 何故か兼成は湧が死亡したとは感じられなかったのだ。
 その想いを見透かした様に院長は続けた。
 「まずはこれを見て下さい」
 そう言って兼成に、電照パネルに掲示したレントゲン写真を見る様に勧めた。
 「何ですか? これは?」
 「如月湧くん…だったものです」
 院長は過去形で説明する。その意図するところは聞かずとも明白だった。
 「死亡判定後、検死の為に検死室に移送したのですが、何故か心臓が動きだしてあり得ない量の血液が彼の身体を満たしました」
 「あり得ない量? どういうことですかな?」
 「成人男性は体重60kgで大体4リットルの血液が体内を流れています。しかし、如月君は死亡時までに3リットル近い出血がありました。通常体内の3分の1の血液が失われれば失血で死亡します」
 「なのに4分の3も…」
 兼成は院長が言いたいことが少しは理解できた。と、思った。
 「問題は出血量ではないのです。あり得ない状況で動き出した心臓は、切断された動脈から溢れだして、如月君の体内を満たしました。左肩から胸までの切断傷は肩口が10センチ以上も開き、左足も腿から切断され、その他内蔵にも甚大な損傷がありました」
 「な、なんという…」
 聞くに堪えないとはこの事を言うのだろう。が、院長の話しはここからが本題だった。
 「我々は大量の血液を吸引しようと試みましたが、バキュームをあてがうとこの部分から硬化し、カンフル剤などの注射も薬液が体内に注入された途端に硬化し、反発されて押し出されてしまいました」
 「! 彼の身体が拒否してる…と?」
 「そうです。ところが、生理食塩水だけはすごい勢いで吸収して行きました。そして…」
 院長は再びレントゲン写真を指差して…
 「彼の身体の表面、つまり傷口まで満たされるとゼリー状に変化。他の傷口も同様です」
 生理食塩水は最終的に12リットルも吸収した…
 「最後は満足したのか、点滴の針は体内から押し出される様にして外れ、その直後に皮膚表面から滲み出した血液らしいものが、彼の身体を覆い尽くしました」
 院長はお手上げのジェスチャーで戯けた。
 「? ということは、院長が生き返る…かも知れないと仰ったのは…」
 「我々は経過を見守ることしか出来ない様です。神というものがいるなら、『お前たち人間は大人しく見とれ!』とドヤされた感じです」
 もはや自虐的に聞こえる。
 「さて、大人しくレントゲンで10分ごとに様子を見てみると…」
 湧の身体は切断された骨や内蔵が何らかの物体で繋がれ、徐々に元の形に戻ろうとしている様が伺える。
 「問題は欠損部位です。左足は殆ど残っていませんから、このあとどのような形で修復されるのか…不謹慎ですが、正直に言って楽しみです」
 兼成は様々な怪異を見て、闘って、倒してきたが、如月湧の様なケースは初めてだった。
 もっとも彼を“怪異”と同列に扱っていいのかは疑問だったが…。
 「インフォームドコンセントなどとは恥ずかしくて言えませんが、今は我々もここまでしか説明できないのです。ご了承ください」
 院長はそう言って湧の治療(経過観察)に戻った。
 兼成は湧が処置を受けている部屋の前にある、ガラスで仕切られた部屋のベンチに腰掛けた。
 時刻はそろそろ正午になる。
 昨夜から何も口にしていなかったが、今でも食欲が湧いてこなかった。
 事後処理は如月湧だけではない。消滅した二人のことも精一杯の補償をしなければならないからだ。
 遺族に対してだけではなく、消滅した二人の霊に対してもきちんと謝罪しなくてはならないのだ。
 そんな兼成に声をかけるものがいた。
 誰なのか判らないが、兼成に何かを訴えているらしい。
 「そ、宗主っ! 何なんですかっ! なんで湧くんが怪異に…かいいに殺されなければ…ならないんですか…」
 「ゆ? 湧くん? ああ如月湧…くん…か」
 「宗主! しっかりしてくださいっ!」
 さくらが必死に呼びかけているのを呆然と見つめていたが、やがて焦点が合ってくる。
 「あ、さくらか…。君は湧くんと…そうか…」
 さくらが湧を“湧くん”と呼んだことで、さくらの想いを知った。
 そして、その言葉は兼成を糾弾するような、言葉の暴力に思えた。
 「今回の一件、全て儂の落ち度じゃ。すまない、さくら。謝ってどうにかなるならいくらでも謝ろう…」
 兼成はさくらに対して、土下座した。
 「…じ、じゃあ…本当に…湧くんは…ゆうく…んが、しんだ?…」
 さくらは兼成の前に崩れた。兼成が支えたもの、そのまま床にへたり込んでしまう。
 「う…うわぁぁぁぁぁぁ~っ! いやぁ~湧くんっ! いやぁぁぁっ!」
 さくらは床にうつ伏せのまま絶叫し、カーペットにツメを立てて嗚咽する。
 兼成は湧が本当に再生しているのなら、早く戻って来て欲しいと何者かに祈り続けた。
    <続く>
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