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第8章

8-02タイムパラドックス

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 三人は連れ立ってミーティングルームに入った。
 初美と坂戸も既に帰還していた。
 すぐさまルイーナはキーボードを叩いて、大スクリーンに一つの図形を表示させる。
 「前に全てを話すって言ったのウソだったんだ…」
 残念そうに呟いたいずみ。
 「いいえ、全て話しましたよ。アノ時点で話せることは…」
 聞こえていないようなフリをしていたが、ごく自然な口調でルイーナは答えた。
 「アノ時点ね。うまい言い訳だわ…」
 「いずみっ! いい加減にしろっ! お前は毎回毎回同じようにルイーナに突っかかって!」
 とうとう大介がキレて怒鳴りだした。
 「へ? 大ちゃん?? なんで大ちゃんが… …そ、そんなにルイーナのことが好きなの? …って、アレ? 毎回毎回同じように?」
 大介とルイーナが好き合っていたのは、薄々感じていたから、半分冷やかすつもりで言い返したが…奇妙なフレーズに引っかかって意識を変えた。
 「“毎回同じように”って…?」
 「大介さん、順を追って説明するので、感情的にならないでください」
 好きと言うことには、さほど動揺せずに大介をたしなめるルイーナ。
 さすがに何百年も生きて来たエルフの末裔だった。

 「「え?」」
 ところが、まるで夫婦のようなやり取りにいずみと湧は面食らってしまった。

 「以前、タイムパラドックスについてご説明したと思いますが…」
 ルイーナは仕切り直すつもりで、大スクリーンの図形を指差しながら唐突に解説を始めた。
 「え? 大ちゃんとのことはスルー?」
 いずみが大声で遮った。
 「あ~…、~…~、その事にも関係してるので、とにかく今は黙って聞いてください」
 ルイーナの声は途端に小さく、顔を真っ赤に上気して、うつむき気味に呟いた。
 その仕草が二人の関係を如実に表していた。
 が、いずみにはそれが却って面白くない。
 でも素直に認めるのも癪だ。
 「あ、そ。じゃあ続けて…、聞いてるから…」
 お嬢モード全開で、冷ややかに告げた。

 ータイムパラドックスー
 時間逆行による過去の事象改変によって起こる矛盾を表す。
 例えば過去に戻って自分が生まれる前に、自分の親を殺害した場合、殺した“自分”の存在に矛盾が生じる。
 仮にその過去世界の時間的延長線上に、“自分”がいる場合は存在自体が“ありえない”こととなる。
 そのような事態をタイムパラドックスという。
 しかしながら、そういう状況は起こりうるはずもなく、その場合の解釈の仕方は数通りあるだろう。
 その一つ“パラレルワールド”がその際たるものだ。
 つまり、過去に遡った“自分”はその世界の未来ではなく、異なった世界の未来から来た”自分”と言う考え方だ。
 もしくは“自分”が過去に遡った時点で、その世界の未来が変化するというものだ。
 この考え方は一見矛盾を回避しているように見えるが、実は大きな問題が内在されていることはあまり気付かれていない。
 「どういうこと?」
 我慢しきれずにいずみが口を挟んだ。
 「例えば過去に遡行するまでの歴史(様々な事象)は、その世界の未来ではないので、人類が破滅するような出来事も過去の人間にとっては単なる夢想話でしかないのです。つまり証明しようのない大ボラ吹きとされてしまうでしょう」
 「あ~、そうか。でもその可能性を警告することはできない?」
 「どうやって? 逆にその本人が世界に混乱を、破滅を招くテロリストと思われるかもしれませんよ?」
 「あ~そうかぁ」
 いずみの発想はあっさりと否定された。
 「ところが、現実的にはタイムパラドックスは発生しません」
 が、ルイーナはそれまでの話を根本的に否定した。
 「な、なんでよっ! 今までの話ってなんだったのよっ!」
 「今まで、それを説明しようとしてきたのです」
 ルイーナも少しムッとして答える。
 「なあ、いずみ。とりあえず一通り話を聞こう。でないといつまでも堂々巡りのような気がするんだ」
 湧が宥めるようにいずみの肩に手を置いて囁く。
 そんな湧の顔を唇を尖らせて不満そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
 「この図のように、穴の開いた板が時間軸に沿って並んでいると考えてください。その穴に糸を通して行きます。その糸とは記憶の連鎖、一人一人の経験とでも言いましょうか、その人の歴史とも言えるでしょう…」
 ルイーナはすぐさま大スクリーンの図を指して、説明を始めた。
 「穴の開いた板は時間軸に沿って並んでいるので、通り抜けると次の板の穴を目指すことになり、次々と板を抜けることによって、様々な事象を経験して行きます」
 図形にはアニメーションで透明な板に開いた穴を次々と糸が通り抜けて行った。
 「ただ、この穴に通る糸はたった一本だけです。そして次の板の穴は決められていないので空いているところならどこでも通れます」
 糸は意識的に遠い穴に通った。
 「糸が通るための制限は、この3次元においては時間の流れに逆行することはできないということぐらいです」
 何気なくいずみを見ると何か言いたそうにしていたが、湧に手で口を押さえられていた。
 その仕草がおかしくて思わず吹き出しそうになったが、ルイーナはなんとか耐えて説明を続けた。
 「さて、時間がこの方法で流れてゆくなら、過去に戻ることは基本的に不可能です。仮にこの“時の板”とでも称するものが見えて、逆行しようとしても一度通った穴は二度と通れません。他の穴ももちろん通れなくなります」
 アニメーションの糸は板を逆行しようとするが、穴が全てふさがっているために行き場を失い、さまよっていた。
 「3次元世界では時間に逆行ができない以上、タイムパラドックスが起こることはないのです」
 「でも、俺たちは…」
 湧が口を挟んだ。
 「そうです。YOUが言いたいことはよく分かります。私たちは6次元から3次元に戻ってくる時、時刻の制約は受けていません」
 「そうだよね。その時に6次元に転移する以前の時刻にも戻れるって言ってたよね?」
 「はい。しかし、皆さんがあの爆縮の時刻より前に戻ってしまうと、最悪の場合、あの爆縮という事象そのものが無くなってしまう可能性があります」
 「あの爆縮は最初から予定されたものじゃなかったってことか?」
 「そういう意味ではなく、何らかの妨害を受ける可能性もあるということです。あの爆縮を確認した直後でないと6次元に転移できなかったのです。戻ってきた時に爆縮そのものが起こっていない場合、異なった世界軸に戻ってきてしまうことになりますから…」
 「ん?」
 それがどういう意味なのか湧にはピンとこない。
 「しかし、爆縮後であっても実際にはこことは違う世界軸に戻ってしまったのです」
 「んがぁ! ど、どういうことよっ!」
 呆気にとられていた湧の隙をついて、口を押さえていた手を払いながら、いずみが毒づいた。
 「さっき大介さんが“何度も何度も…”と言ってた通り、私たちは6次元から3次元に何十回も転移をやり直したのです」
 「「「「え?」」」」
 こればかりはいずみと湧だけでなく、今まで一言も言わずに聞いていた初美や坂戸も思わず声をあげてしまった。
 「六人とも総時間にして約5年もの時間を何度もやり直したんだ」
 大介が割って入った。
 「私たち…」
 と言いながら、湧や初美、坂戸を見て確認をした後、いずみは続けた。
 「知らないよ? というかそんな覚えはないよ?」
 「だろうな。それは2回目の帰還で分かったよ。なぜか前回の記憶を俺は持っていた。ルイーナは元々6次元の人間…エルフだから、今までのすべての記憶を保持していても不思議じゃないが、何故か3次元人の俺も…俺だけが6次元から今までの全てを記憶しているんだ」
 「さっきの板と穴、糸の話で言えば、大介さんは何度も何度も同じ時間の板の穴に行ったり来たりしたことになります。しかし、他の皆さんは過去に戻った時点で、それ以降の未来に伸びた糸は無くなり、時間軸上は一本の糸に戻っていることになります」
 「つまり、この後の未来に何度も行ったにも関わらず、私たちのその記憶は失われた? ってこと?」
 「そうです。そしてタイムパラドックスが起こらない理由の一つがその事象なのですが、大介さんのように未来の記憶を維持したまま過去に戻ってしまうと矛盾が生じる可能性が多々あります。そのため、未来の事象を過去の人に伝えようとすると、伝えるべき情報が記憶内でロックされて、伝えようとしたこと自体を忘れてしまいます。その記憶は消去されるわけではないので、伝えようとしなくなればすぐに思い出せます」
 「つまり余計なことは喋るな! って口封じされてるわけね」
 「まあそういうことです。そしてもう一つ大事なことは…」
 ルイーナは大介に目配せして、大介も軽く頷いた。
 そのやりとりにムカつきはしたが、いずみはジト目だけでやり過ごした。
 「記憶の糸はその人の実年齢となります。つまり記憶がショートカットされたいずみたちは6次元で生活した約半年分だけがこの世界での年齢に加算されますが、大介さんはさらに何度も転移した約5年分の時間が加算されます」
 「え? っていうことは、最近疲れてると感じてたのって…」
 「大介さんの実年齢は23歳くらいってことですか?」
 「そ、そういうことになる…かな」
 さすがに同じ時間を5年ほど繰り返していたら、多少は老け込んでしまうものだろう。
 「あれ? ちょっと待ってよ。さっき大ちゃんが未来のことを話そうとすると、その話題自体を忘れてしまうって言ったよね? なら、なんで今、私たちは未来のことを聞けるの?」
 「やっと気付いたか…」
 やれやれというていで大介が両手を掲げた。
 「へ? どういうこと?」
 「それについては私がお話しします」
 そう言って、ルイーナはいずみのバトルウェアを指差した。
 「実は前回の闘いで、いずみやYOU、初美、坂戸さんは死んでいます。原因はいずみと湧は全身打撲と窒息死。初美、坂戸さんは五体バラバラの状態で隅田川に浮かんでいました」
 「「「「げっ」」」」
 さすがにみんな心底嫌そうに吐いた。
 「なので、私と大介さんだけですぐに6次元に戻って、対衝撃性及び酸素供給能力を組み込み、バトルウェアを支給するところからやり直しました」
 「その効果があって、即死は回避できましたが部位欠損までは防げませんでした」
 「? ぶ、部位欠損ん? どこよそれ」
 「はい。お話ししてもいいのですか?」
 「教えなさいっ!」
 いずみはルイーナに迫った。なぜなら、湧もいずみもコクーン内で部位欠損を修復している。
 なので、欠損箇所がそのままというのが解せなかった。
 「いずみは両足を大腿部から、YOUは両手・右足を、初美と坂戸さんは欠損を防げたものの、脊髄損傷によって全身不随になってしまいました」
 「う、うわぁ~、悲惨」
 「仕方なく6次元に転移し、全身を修復した後この3次元に戻ってきました。その間、みなさんは意識不明状態だったので、記憶はないはずでしょう」
 「そして、どの時点に戻ってきたの?」
 いずみは不満そうに呟いた。
 「いずみとYOUはビルの中で埋まってるところに…、初美と坂戸さんは隅田川に浮かべて記憶の連続性を維持しようとしたのですがぁ~」
 「どうしてお社に戻してくれなかったの? その方が手っ取り早かったでしょ?」
 「今思うと確かにその通りです。まさかみなさんが6次元にいたことで、大介さんの記憶縛りが解けていたとは考えてもみませんでした」
 ルイーナは無駄な行いを悔いるように肩を落とした。
 「で? なんでその縛りとやらが解けたのかな?」
 いずみは三白眼でルイーナに迫った。
 「多分、大介さんが5年分の記憶を保ったまま、一緒に6次元に転移したため、記憶も意識もないみなさんも縛りから解放されたんじゃないか? …と」
 「うわっ、なにその適当な“縛り”って、いい加減すぎるわ」
 「そうでもないと思いますよ? ただ単に未来の話ではなく、実際にその時間を過ごしていながら、記憶だけがリセットされてた訳ですから、6次元に転移したことで未来の情報を共有できるようになったんじゃないですか?」
 「あ~、つまり。ただ単に忘れてただけってことにされたのかな?」
 「そうだと思います」
 ルイーナは軽く答えた。
 「? でもさ。なんで何度も何度もやり直してたの?」
 ルイーナは大介とアイコンタクトし(もはやこの二人の関係に口を挟む気力すらいずみにはなかった)、頷く。
 「一番最初に戻った時、ここには私と大介さんしかいませんでした」
 「… … へ?」
 ルイーナは躊躇うような息継ぎをして、続けた。
 「あの爆縮の後、少しマージンを取って午前11時に戻ってきたのです。しかし、私と大介さん以外はいません。後日、爆縮によって消失したエリアのすぐ外側で何者かによって殺害されていたのです。しかも、なぜ一介の高校生が立ち入り禁止エリアに入っていたのか? しかもどうやって殺害されていたのかが大問題になりました」
 「私たちが殺害? 誰に?」
 「もちろんクリーチャーです。ただ、警察などはクリーチャーの存在を否定していますから、犯人の特定には至りませんでした」
 「それで? そのあとは?」
 「私と大介さんは6次元に戻り、3次元に帰還する直前に皆さんと合流しました」
 「…まさか…、何度もやり直したのって…」
 いずみは蒼白な表情でルイーナに問いた。
 「気付きましたか…、何度やってもいずみやYOU、初美、坂戸さんが死んでしまったり、…いずみの代わりにさくらがいたり、最悪だったのは…YOUの代わりに有紀さんがいました」
 「「え?」」
 思わぬ名前にいずみと湧の思考は停止した。
    <続く>
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