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第1章

07予感

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 「よし! これでこの辺りの浮遊霊はあらかた片付いたわね」
 木刀を振り払い、辺りに気配がないことを確認した上で、いずみはインカムに向かって“Vサイン”を見せる。カメラなどついていないので大介たちに見えるはずないのだが…。
 「了解」
 「で、この後はどうする?」
 チームリーダーでありながら、作戦進行は大介に丸投げというお気楽姫君だ。
 今は出動前に宗主より渡された“インカム”に夢中だった。
 浮遊霊の掃討という気の重い作戦で落ち込んでいたいずみは、インカムセットを見た途端に“特撮ヒーロー番組”みたいで『かっこいい~』と絶賛した。
 大介は宗主の気持ちを汲んで、はしゃいでみせたいずみに感心した。
 みんなの不安を少しでも和らげようと、いずみならではの配慮だろう。
 しかし今は作戦そのものより、“インカム”で通話すること自体が、楽しくなっているのはご愛嬌だろう。
 「校長の娘さんが消えた場所に行こうと思います」
 「了解! じゃあ亀島橋の西詰で落ち合いましょ」
 「は? 姫、今どこにいらっしゃるんですか?」
 いつもは4人一組で活動するが、今日はインカムがあるので『散らばって捜索しましょ』と、いずみが言い張った。
 危険度が高くなるので好ましくないのだが、今いずみのやる気を削ぐのは得策ではないと思い、「お互いに視認出来る範囲で」という条件付きで賛同した。
 …のだが、既にそれすら忘れている。
 「高橋たかばし渡ったとこだけど?」
 大介はこめかみを抑えながら、
 「姫~、今日は打ち合わせで、新川エリアのみって言いましたよね。何故、高橋渡ってるんですか?」
 「あれ? そうだっけ? 浮遊霊追っかけてたらみなとの方に逃げて行ったから、つい…ね」
 「は~、判りました。すぐに亀島橋に向かいます」
 今さら追究しても時間が無駄になるので、大介は渋々諦めた。
 「それから姫。今後、単独行動は危険ですからやめてくださいね。あと、運河挟んだら我々の方術では援護できない事もお忘れなく」
 それでも、最低限の警告はしておいた。
 「わ、わかってるわよぉ~」
 「ほう」
 インカムの効果か? 珍しくいずみが応えた。大介はこういうのもアリだなと考え方を改めた。
 しかし、大介でさえ視認できないところへの援護は難しい。まして他の二人は100m以内でなければ見えていても指弾すら届かない。
 急いで合流しなければ…と、大介は焦りを感じていた。

 一方、大介たちに要らぬ心配をかけている元凶いずみは、気ままに路地を歩いていた。
 護岸に立ち並ぶビルが邪魔で運河そのものは見えないが、ここはいずみが生まれ育った街なので道に迷う事はない。
 けれど、この道はあまり好きではなかった。
 「あ~、この先にアレがいるんだった…」
 いずみが進む方向にはビルの谷間にひっそりと“日比谷稲荷神社”がある。
 普通の人には“お稲荷様”として土地の神様として祀られているのだが…。
 そして案の定、ビルの陰からぼんやりと光が見えている。
 「あ~、やっぱり。どうして私にばっかり…」
 通常、稲荷神社といえば、おきつね様である。ところがいずみはいつもここで、何故か大きな“犬”の霊に出会う。
 そして、行く手を阻まれる。要するに“いぢめ”られるのだ。
 「見つからなきゃいいんだけど…」
 いずみが隣のビルの陰から祠を覗き込む。駐車場の真ん中にドンと鳥居と祠があり、その後ろ側が仄かに青白く光っていた。
 「ん? いつもと違う? “ちび(犬の霊の名前)”は緑色のはずなのに…」
 そっと近づいて後ろ側を覗き込むいずみ。
 「あ!」
 そこには幼い少女の霊が怯えて屈んでいた。
 少女の霊は震えながらいずみを見つめている。反射的に木刀を突きつけると、少女の霊はアタフタと逃げ出した。
 「あ、こら。待ちなさい!」
 移動できることから地縛霊ではない。しかし、浮遊霊には違いないので成仏して貰わなければならないだろう。
 いずみは決心して気を練り上げる。その間にも少女の霊は車や倉庫の間を逃げ回る。
 「ごめんね。でも、いつまでもこのままにしておけないの…」
 少女の霊に聞こえるはずはないと思いつつ、つい口に出して弔った。
 <シュッ!>
 木刀の先から指弾が放たれ、少女に迫る。
 <バシュッ!>
 いずみの指弾が少女の霊に当たる直前に弾け散った。
 「な,何??」
 いずみが驚いて木刀をかざすと、
 <バリッ! バリッ! バリッ!>
 今度はその木刀が先端から3回破裂した。
 「きゃっ!」
 いずみが思わず悲鳴を上げる。
 「姫っ! どうしました?」
 即座に大介の叫び声が返る。トランシーバーと違って、インカムは常時双方向通信状態になっている。先ほどの独り言も当然大介は聞いていた。
 いずみは粗雑な性格に思われることが多いが、実は霊に対しても非常に真摯に向き合う優しさを生まれながらに持っている。それは誰よりも大介が一番理解していた。
 だから今までも霊に対して気遣うことも、敬う心から話しかけることも度々あった。
 その上で普段は決して悲鳴など上げないいずみが、インカム越しとはいえ、これだけ極限的な悲鳴を上げたのに大介は驚き、ただ事ではないことを直感したのだった。
 いずみは破裂した木刀を見つめた。仮に銃で狙撃されたのなら、ここまでささくれ立たないだろう。といっても実際に銃で撃たれたことはないので、あくまで勘だが…。
 「これって、指弾?」
 まさか大介がいずみを驚かせるためにいたずらしたのかも…とほんの一瞬疑ったが、お務めの間は決して不真面目な事はやらない。そもそも普段からド真面目だった。
 バカな思考を振り払って、状況を分析した。
 「あ、あの少女は??」
 と、逃げて行った倉庫の隙間へ追いかけようと覗き込むと…。
 そこにいた…。咄嗟に手刀を構える。
 「… … …え?」
 何ともドンくさい霊だなぁ~と思った。
 「あぅ、ううう…え~~~ん…」
 思考が伝わったのか、少女の霊は突然泣き出して座り込んでしまった。
 「…(あんぐり)…か、勘弁してよぉ~。これじゃ私が悪者じゃない(涙)」
 突き出した手刀を引き、思わず指先を見る。
 何とも居心地の悪さを感じて、深い溜息を吐いた。
 「判ったわよぉ~。何もしないから安心して」
 と言いながら、しゃがみ込んでやさしく少女の霊の頭を撫でた。
 「…って、どうしよ…コレ…」
 苦笑いで霊を見つめると、最初は驚いていたが、すぐに気持ち良さそうに微笑み返した。
 少女の霊はいずみに何かを言ったようだったが、聞き取れなかった。
 やがて少女の霊は笑顔のまま、闇に溶け込む様に消えてゆく。
 たぶん成仏したのだろう。
 「…ま、こういう除霊もいいか…な…」
 いずみは心に暖かいものを感じ、少しうれしくなった。
 「姫! お怪我はありませんか?」
 大介が駆け寄っていずみの周りを回りながら、装束の汚れなどを確認する。
 「うん、大丈夫。ちょっと躓いちゃって…なはは」
 「驚かせないでくださいよぉ」
 「ごめん、ごめん」
 (疑ったこともごめんね~)と追加で精神的に謝っておいた。
 「なら、すぐに八丁堀商店街に向かいますよ。あっちで何かあったようです」
 大介が焦っていたのは、そのこともあったようだ。
 いずみも新大橋通りの向こう側で、何か黒い想念が澱の様に淀んでいるのを感じた。
 「解ったわ行きましょ」
 大介たちの後に追って走り出すが、さっきの指弾らしきものが気になって振り向く。
 明らかにいずみを狙っていた。だが怪我を負わせる意図はなかったらしい。
 何故ならあんなに細い木刀に正確に命中させる技量があるのだ。相当の使い手だということは間違いないだろう。
 理由すら判らない状況では、大介には相談すらできない。
 いずみはもやもやした気持ちを無理矢理抑え込み、今すべき事に集中することにした。

 八丁堀商店街は異様な静けさに包まれていた。
 東京駅から1km程の都心のど真ん中で、24時間車の往来が途絶えないこの辺りではありえない静けさだった。
 新大橋通りを渡るまでは、この付近一帯の上空に靄の様なものが広がっている様に見えた。
 それが原因なのか音の反響が鈍い。
 商店街は深夜なので全ての店がシャッターを下ろしていて、通行人の一人もいない。
 「大ちゃん、ここだよね? 何か濃密な気配がするんだけど…」
 そういいつつ、商店街のアーケードをくぐったところで一同は驚愕する。
 「こ、これは!」
 大介はその光景に言葉を失った。
 「うひゃぁ~、こりゃひどいねぇ」
 「姫ぇ~、その不謹慎な言い方の方がひどいですよ」
 「だって、ここまで見事に結界で隠されてたら、そうとしか言えないじゃない」
 いずみは、商店街の地面に倒れている大勢の通行人を指差して呟いた。
 商店街のアーケードを境にして、光学系の結界が張り巡らされていたようだ。
 通常の結界と違って、出入り自体は制限がないようだが、上空にはびこっている瘴気が人払いをしているらしい。
 「どうする? 結界を先に吹っ飛ばす?」
 珍しくいずみがやる気を出していた。
 なので、大介の頭の中には警報音が鳴り響いていることは言うまでもない。
 「まず、あの瘴気の固まりからいきましょう。姫、一発強力なのをよろしく…」
 「待ってましたっ!」
 浮遊霊の滅却よりは、遥かに気が楽だ。いずみは木刀をバトントワラーの如く、クルクル廻しながら念じ始めた。
 「ホーリーブレッシングアクアイリュージョン!」
 まるで、特撮ヒーロー番組の必殺技のような…安直なネーミングだ。
 大介は脱力しつつも、商店街を一回り大きく囲む、垂直方向の防御結界を展開した。
 何故か? といえば…、いつもいずみの強力な方術で目撃者が大騒ぎするからなのであった。
 いずみの放った方術は、木刀の先からシャワーの様に上空に向かって広がった。
 結界面と接触した光る水流は放電現象を起こし、しばし昼間の様な眩しい光を放つ。
 大介の防御結界の効果で外へは漏れていないはずだった。
 しかし、今回ばかりはこの結界がアダになり、放電の圧力で瘴気が圧縮されて地面の方向に突風となって襲いかかった。
 「大ちゃん! きゃぁ!!」
 いずみがその異変に気付いた時、大介たちは瘴気の突風に弾かれ、地面に叩き付けられた。
 「だい …ちゃ…」
 いずみも瘴気の渦に飲み込まれ、意識をもぎとられる。
 「ご、ごめ…ん。しっぱい…し…」
 暗黒に落ちる瞬間、いずみは何かに謝った。

 「ぶへっっ!」
 とても女の子の悲鳴とは思えない音が、いずみの口から発せられて意識が無理矢理戻された。
 「あ、あれ??」
 いずみの頭は、ホースで水をかけられた様にずぶ濡れになっていた。
 しかし、瘴気は浄化されたのか、さっきまでの息苦しさが無い。
 「だ、大ちゃん!」
 大介の元に駆け寄る。幸い爆風で叩き付けられただけのようで、見た目に怪我はない。
 「う、ううっー」
 喝を入れると大介はすぐに気を取り戻した。
 「大丈夫? とにかくここから脱出しましょ」
 いずみと大介は他の二人を抱えて、脱兎のごとく商店街から抜け出し、一時的に路地裏に逃げ込む。
 直後にサイレンとパトライトの大群が押し寄せてきた。
 いずみはパトライトの赤い光を見つめながら、何かのはじまりを予感した。
    <つづく>
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