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第5章

5-01トラウマ

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 「いずみっ!」
 突然いずみが硬直したように立ちすくんだ。
 いち早く異変に気付いた湧がいずみに飛びつかなかったら、いずみは消滅していただろう。
 いずみが立っていた地面に大きな穴が穿たれたのは、その半秒後のことだった。

 侵攻作戦は概ね順調に推移していた。
 湧の自宅まであと100mというところまでは…。
 半径3km以内には湧たち、作戦遂行する6人以外、生物は皆無だ。
 不発弾処理を行うダミーの米軍兵士も、朝8時の作戦終了までは圏外に退去しているのだ。
 それは作戦失敗の場合、湧の自宅を中心に300m以内を根こそぎ爆破するためである。
 爆破の威力は半径5km圏内に及び、米軍の爆破担当兵士はギリギリ5kmで状況を監視しているのだ。
 水無月スタッフの験力よって、動物はもちろん、虫類も3km圏外に追いやられている。
 つまり、湧たち6人は高次元の生命体(意識体)から見れば、唯一の生命エネルギー体と認識されている。
 だからと言ってすぐにモンスターを迎撃されることはできなかった。
 対抗させられるモンスターを召喚する、圧倒的なエネルギー源がエリア内に無いためだ。
 それこそがルイーナの提案した作戦の最も重要な部分だった。
 生物はおろか、地脈、霊体、思念などすべてのエネルギーを排除しているため、アルフも現地に来なければ状況の確認ができないのだ。
 あくまで、何も無い空間に湧たちの生命エネルギー体が“ある”としか認識できない。
 そして、あと100mほど。というところで、ついにモンスターの迎撃が始まった。

 「相手は盲目的に俺たちの生命エネルギーに向かって攻撃しているだけだ。しっかり見据えて、回避すれば無駄な時間を取られずに侵攻できる」
 大介が渇を入れる。その間もルイーナはモンスターをエネルギー体として検索し、待ち伏せを防いでいた。
 「10m先マンホールから来ます!」
 物理的な攻撃を行う以上、地面をすり抜けての攻撃はさすがにできないらしい。
 マンホールの蓋が吹っ飛び、研ぎ澄まされた刃で形作られた“アルファクリーチャー”がついに出現した。
 「きたぞっ! 展開っ!」
 2人ずつ3方に回避する。大介とルイーナは左前方に、坂戸と大山は右前方に、そして湧といずみが右やや後方に飛んだ。
 6人がいた部分は直後に大穴が開いた。
 「このまま前進だ。歩みを止めるなっ!」
 大介の指示が飛び、4人が即座に前進を再開する。
 が、いずみが…。
 焦点が定まらない目つきで、立ち尽くしていた。
 湧が引き返そうとして、いずみの頭が道路に大きく張り出した庭木に半ば埋もれているのに気づく。
 「! いずみっ! まさかっ」
 猶予はなかった。
 湧はいずみに飛びかかり、いずみの頭を庇うようにして路面を転がった。
 <ギャンっ!>
 直後に庭木はフェンスごと粉砕され、いずみが立っていた地面も大きく穿たれた。
 湧は即座に起き上がり、いずみを抱きかかえて向かい側の公園にあったコンクリート製の公衆トイレに駆け込んだ。
 「いずみ。しっかりしてくれ!」
 湧が少し強めに頬を叩く。
 「いっやぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
 途端にいずみが絶叫を上げ、湧の腕から逃れようともがき出した。
 「いずみっ!」
 「ややややややっ! 死にたくないっ! 痛い、痛い、熱いっ! もう嫌っ!」
 半狂乱で湧の腕や頬を引っ掻く。
 それでも収まることなく、次第に目つきが怪しくなっていった。
 「怖い。怖いの。奴がまた私を殺しに来るっ!」
 完全に自意識を失っていた。
 しかし、幻覚や妄想ではなく、既に一度経験した“記憶”の再生なのだ。
 小菅に殺されるまでの苦痛や絶望が、後頭部を鷲掴みにされて永遠に近い苦痛を与えられた記憶が、庭木の枝に頭が埋もれたことで鮮明に蘇ってしまったのだろう。
 いわゆるートラウマーだった。
 いずみは弱々しく両手で自分の身体を抱きしめ、現実から逃避しようと震え始めた。
 湧も同じようにアルファクリーチャーに惨殺された記憶を持つだけに、いずみが怯えるのが痛いほど理解できた。
 できたが…。
 「いずみ…、ごめん!」
 そう言って自分の手の甲に嚙みつき、自分の血を口いっぱいに含んだ。
 そして、嫌がるいずみの口を開き、口移しで血を飲ませた。
 「!」
 最初は激しく湧の頬を引っ掻き、手に爪を立てて抵抗したが、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
 目に色が戻り、焦点が定まってきた。
 自分の状況が解るにつれ、今度は顔が真っ赤になってゆく。
 「ンググぐっ!」
 湧を力一杯突き飛ばし、息荒く立ち上がると、
 「な、な、なにしてんのよっ! こんな時にっ!」
 「いずみ? よかったぁ 戻ってきたんだね」
 「はいぃぃぃ?? よ、よかったって… せ、セクハラっ!」
 “よかった”の意味をはき違えているらしいが、敢えて湧はツッこまずにいた。
 プンプンと怒ってはいるが、湧の様子を見て、今の自分の立場を思い出す。
 「あ、作戦は?」
 脱力するのをなんとかこらえて、湧は簡潔に状況を説明した。
 「あ、ご、ごめんなさい。私のせいで…」
 「いずみが悪いんじゃない。何かしら後遺症が出ることは予測しておくべきだった。気づかないで作戦に参加させてしまった俺たちの落ち度だ」
 湧はもはや自分の考えを何一つ隠す気は無かった。
 「時間がないから説明は帰ってからだ。今は作戦遂行に全力をかけよう」
 「うん。あ、それと…引っ掻いたりしてごめんね。痛かったでしょう?」
 「大丈夫だよ。校内バトルの方が酷かったくらいだよ。それにもう傷はほとんど治ってるから」
 湧が自分で噛み付いた手の怪我ももう傷口が塞がり始めていた。
 「校内バト…? はうっ! そんなこともありました…」
 いずみはいよいよ縮こまってしまった。
 「さて、大介さんたちと合流しないと…」
 湧がそう言いながら表の様子を伺おうとすると、すぐ目の前に銃撃されたような穴があいた。
 「なんだ?」
 慌てて後退る。さすがに湧も驚いたらしい。
 「湧! あれ」
 いずみが湧の背後から指差したところを見ると、銃撃のような跡は真っ赤に溶解している。
 「あれ、銃弾じゃないわ。レーザーのような高エネルギーみたい」
 「ああ、そうらしいね。でもあれだけの威力があるなら、こんなコンクリートのトイレなんか簡単に破壊できると思うんだけど…」
 「なんで攻撃しないのか? …ね?」
 「そういうこと。ここに何かあるのかもしれないね」
 狭いトイレの中を見回す。しかし、匂いこそしないものの決してきれいな空間ではなく、個室や男子便器が一つずつ、暗い蛍光灯の下でぼんやり見えるだけだ。
 「…って、ここ男子トイレ…だったのね。ははは」
 いずみは今更ながら自分が男子トイレに、しかも湧と二人でいることに気づいてドキドキし始めた。
 湧の横顔を見つめる。唇が目に止まった。
 ついさっきキスしたことを思い出して、顔まで火照ってくる。
 「(湧は私のことをどう思っているんだろう?)」
 時と場所をわきまえず、いずみの鼓動はどんどん高まっていった。

 午前4時、作戦開始から1時間が経った。
 大介たちとは、はぐれてしまったが自分達がすべきことは理解している。
 湧は、未だに集中力が欠けているようないずみをどうするか真剣に悩んだ。
 「(このまま作戦に参加させて大丈夫かな? とはいえ、撤退させるわけにもいかないし…)」
 いずみはさっきから何故かソワソワしている。
 湧には、いずみがトラウマからくる恐怖心と闘っているようにも見えた。
 「いずみ。このまま作戦に参加できるか?」
 「え? 何言ってんの?」
 いずみがキョトンとした顔で応えた。
 「あ、いや。やっぱり怖いのかな…って思って…さ」
 「こ、怖いわけ…、怖く…こ、怖くないわけないじゃない!」
 言い直した途端に、いずみの両目から涙が溢れた。
 「ゆ、うが…一緒だから…、ここまで頑張ってきたのにっ! 今更何いうのよっ!」
 「! ごめん! 俺が無神経だった。いずみが以前と変わらないから、つい大丈夫だと思い込んでたんだ」
 「そんなに…私…強くないよぉ~。今までも強がってきたの。でも、それでうまくいってたから隠してこれたけど…」
 泣きじゃくりながら、湧にしがみついて嗚咽する。
 「本当にごめん。もう言わなくていい」
 それ以上喋らせないようにいずみを強く抱きしめた。
 湧は、しばらくはそのままで落ち着かせようとしたが、敵が許してくれなかった。
 「湧、…あれ…、なに?」
 いずみが何かに気づいて少し顔を上げた。
 頬にはまだ涙の跡が付いているが、いずみの表情は驚きの色を強く表している。
 まだ午前4時半前。この季節はまだ夜明けは遠い。
 にもかかわらず、空がうっすらと明るくなった。
 湧がいずみの視線を追って、夜空を見上げた。

 ーそこには、湧に抱えられたいずみの姿が…ー

 湧といずみが潜んでいる公衆トイレの入り口が夜空に映し出されていた。
 「何よあれ! 私たち?」
 いずみが叫ぶのと同時に、湧はいずみをトイレの奥に引き込んだ。
 その刹那、湧の左足を光線が貫いた。
 「グアッ! しまったっ!」
 「湧っ!」
 肉が焼ける嫌な臭いが立ち込めた。
 「いやぁ! 湧っ! ゆう!」
 「だ、大丈夫だ。骨は外した」
 とはいうものの、出血がひどい。
 しかもさっき、いずみを正気付かせるために血を飲ませてもいたから、血液量が減っている。
 「でも…ゆう、どうしよう。どうしたらいいの?」
 いずみは血の気が失せる湧の顔を見て、半狂乱になりかけた。
 「(今ここで私がしっかりしないと…湧が…湧が…)」
 傷が塞がりさえすれば、出血が止まる。でもその分の血が不足していたら、塞がるまでに時間がかかってしまう。
 いずみは、さっき湧がしてくれたことを思い出して、今度は自分がやらなくてはならないと決心した。
 御守り代わりに持っていた小刀で、自分の手首を切りつける。
 途端に吹き出す血液。
 気が遠くなりそうな気分だが、その血を思いっきり口に吸い込んだ。
 「(湧、湧、今度は私が…、だから頑張って、お願い)」
 強い願いとともに、湧の口に自分の唇を押し付けた。
 血を押し込もうとした途端、すごい勢いで吸い込まれていった。
 まるで、いずみの全てを吸い込もうとしてるみたいで、意識すら取り込まれかけた。
 「(ゆ、ゆ~う~、すごいよぉ~、私まで吸い込まれそうだよぉ~)」
 驚きよりも、湧に激しく求められているようで嬉しかった。
 いずみの全てが湧と一体になる感覚を覚えた。
 恍惚とした時間は一瞬だったが、いずみには一生にも近く感じた。
 この感覚は、あの古文書と対話した時の宇宙空間を漂っていた時と酷似していた。
 「いずみ。ありがとう。君のおかげで、足の怪我は治ったよ。すごい術式使えるんだね」
 見れば、削り取られた足の筋肉も、怪我そのものも綺麗になくなっていた。
 「え? 私、何をやったの?」
 「無意識だったの? 俺に血を飲ませながら、身体の隅々までエネルギーを循環させて、怪我を一瞬で直してくれたんだよ」
 無我夢中だった。でも、いずみはその時、確かに湧との一体感を覚えた。
 「ゆ、湧の中に入っていったような。というか、湧に吸い込まれたような感覚はあった…けど…意識的にできたわけじゃ…」
 「う、うん。まあ、それは俺も…」
 二人して顔を赤くして、俯向く。
 心が繋がったというような、軽い感覚ではない。
 完全に自分が相手と一体化し、身体を共有した感覚なのだ。
 「ところで…、さっきのは?」
 と言って、空を覗く。
 が、今は何も写っていない。
 「あれは地上からの映像じゃなかった。まるで空の一点から見たような、しかも望遠カメラで写してるような印象だった」
 「そうよね。でもどうやって映してるんだろ?」
 そうこうしているうちに、また明るくなり、二人の映像が焦点を定めるように鮮明に映りだした。
 「いずみっ!」
 <ばしゅ>
 さっきよりは威力が弱いが、再び狙撃された。
 「今の見たか? あの光線はあの映像から発射されたようだ」
 「うん、うん。しかも角度的にあの映像の辺りから見たような感じよね」
 「だとすると、あの辺りに何かが潜んでいる可能性がある」
 「でもあんなところを飛んでいたら、すぐに見つけられそうな気がするけど…」
 二人は再び陰から慎重に見上げた。
 やはり空のその一角には何もなかった。
    <続く>
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