ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第3話 飛べないドラゴン

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 「怖がっていたら、いつまでたっても飛べないぞ。……さあ、もう一度」

 太陽が照りつける訓練場の片隅で、セロはタークを見上げていた。

 午前も終わりに近いこの時間帯は、訓練場のどこにも日陰はない。じりじりと体力を奪う暑い日差しに、セロはすっと目を細めた。

 茶色いドラゴンの背中で、タークは額に浮かんだ汗を手で拭う。鎧を着けた体は蒸れ、ヘルムの下では湿気た癖っ毛から汗が滴っている。

 タークは真剣な顔をしているが、なかなか動き出そうとしない。

 セロは仕方なく、次の行動を促した。

 「ほら、何してるんだ。合図の出し方はわかっているだろう?」

 タークは小さく頷くと、手綱を握りなおす。

 ドラゴンの首をまっすぐにして、足で肩を圧迫する……が、ドラゴンは身じろぎ一つしなかった。

 「やっぱり……できません」

 タークの弱音に返ってきたのは、厳しい答えだった。

 「できません、ではすまされない。ドラゴン乗りになる覚悟を決めたなら、最後まで貫かないと駄目だ」

 セロは腕を組んで、タークをじっと見つめた。

 不安そうな表情が、飛ぶことへの恐怖を切に物語っているが……なんだか、しょんぼりと落ち込んでいるようにも見える。

 セロは少し考えると、すっかり意気消沈したタークに言葉をかけた。

 「ドラゴンは、馬とは違う。上手く乗れないからといって、他のドラゴンに乗り代わることはできないんだ」

 タークは目を合わせずに、こくりと頷いた。

 「最初に血を与えた人間だけに、ドラゴンは命を捧げる。人間よりも長生きできるドラゴンが、乗り手と共に死んでしまう理由も、最初の座学で習ったはずだ」

 茶色いドラゴンは話を邪魔することなく、大人しくしている。この子も、タークがドラゴン乗りになると決意したから、生まれ持った自由を捨てて学舎へ来たのだ。

 「タークがここへ来たとき、ドラゴン乗りになるか、騎士になるか選んだはずだ。厄介事の多いドラゴン乗りではなく、比較的安牌な騎士になることもできたのに。どうして、君はドラゴン乗りになろうと思ったんだ?」

 タークは「うーん……」と首を傾げると、黙り込んでしまった。

 彼が考え事に夢中になっていても、ドラゴンは暴れたりしない。飛ぶのが嫌なら、乗り手が無防備なうちに振り落としてしまえばいいだけの話だ。

 だが、そうしない。

 なぜなら、タークを乗り手として認めているからだ。

 そうなると、ドラゴンが飛ばない理由は……タークの技術不足か?それとも、他に問題が?

 あれこれ考え込むセロの思考は、ある一言によって遮られた。

 「……かっこいいからです」

 はっとして向き直ると、暗く沈んだタークの目が、輝きを取り戻していた。鐙に掛けた足を揺らしながら、タークは懐かしそうに話す。

 「本当は、ドラゴンが怖かったんです。ここに来たときは、馬に乗っている方が、ずっと安全だって思ってました。でも……ドラゴンに乗っている人たちを、はじめて見たとき、ぼくもあんな風に空を飛びたいって思ったんです」

 タークが照れくさそうに笑った、そのとき。

 突然、ドラゴンが地面を蹴って、立ち上がった。

 固まるセロの前で、ドラゴンは砂埃を巻き上げながら、ゆっくりと羽ばたいている。

 タークはドラゴンの首にしがみつき、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 彼の悲鳴によって我に返ったセロは、チャンスを逃すまいと声を上げた。

 「いいぞ、ターク!そのまま飛べるか?」

 セロの声が届いたのか、タークは手綱をぎゅっと握りしめると、前屈みになった体を懸命に起こした。

 ドラゴンの羽ばたきが、速くなっていく。

 『頑張れ……!あと、もう少し!』

 セロは祈るような気持ちで見守った。

 だが、彼の期待とは裏腹に、ドラゴンの気勢はどんどん薄れていく。

 そして、ついに。

 ドラゴンは翼をたたむと、浮いた前足を地面へ降ろしてしまった。

 鋭い爪が砂に突きささり、土の欠片が辺りに飛び散る。着地の衝撃で落ちそうになったタークは、またドラゴンの首に抱きついた。

 一体、何が起こったんだ……?

 セロは、静かに佇むドラゴンを見つめた。
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