17 / 122
第一章 はじまり
第17話 影を見据える者
しおりを挟む
連絡橋へ続く階段を駆け上がり、セロは欄干から壁に向って勢いよく跳び出した。壁は階段よりも高い位置にあるから、しっかり踏み切らないと届かない。
「くっ……!」
なんとか片足で着地し、ぎりぎりの所で両手をついた。壁に乗り切らなかった方の足を引き上げて、その場に立ち上がる。あと少し助走が足りなければ確実に落ちていただろう。心臓が早鐘のように打っているのを感じながら、セロは壁の下をのぞきこんだ。
底の見えない暗闇から風が吹き上がり、セロの髪を乱していく。吸い込まれそうなその闇に、彼の背筋はたちまち凍りついた。
煙たい夜風に導かれて顔を上げる。このまま壁の上を行けば、突き当たりに物見塔がある。その塔を経由しないと、不死身の少女の元へは行けない。
暗さに目が慣れ始めたのか、闇の中にうっすらと壁の全貌が浮かび上がっている。足を踏み外せば軽い怪我では済まないだろうが、今は前に進むしかない。せめて月が出てくれればいいのだが……生憎、ついさっきまで雨が降っていた空は、今も厚い雲に覆われている。
「ついてないな……」
セロは呟いて、ゆっくりと駆け出した。しんと静まり返った壁の上では、彼のブーツの音だけが寂しくこだましている。
――カツンッカツンッ
汗のにじんだ寝間着に夜風が吹きぬける。身を刺すような冷たさに、セロの吐く息は震えた。夏とはいえ、日が沈んでからは肌寒い。
ふと、視界の下で揺らめく松明に目を移すと、その灯りが時折ちらちらと途切れることに気がついた。きっと、松明の近くに人がいるのだろう。そういえば……あの大きなブラッドウルフはどこにいる?
――カツンッカツンッ……ガッ
「……っ!」
そのとき、眼下に集中していたセロは壁の亀裂につまづいてバランスを崩した。前のめりになる体を戻そうと腕を大きく振りまわし、すんでの所で体勢を立てなおす。
セロの頬を冷たい何かが伝っていくが、それが汗なのか涙なのか、考える余裕などなかった。
セロは空を見上げ、肺いっぱいに息を吸い込んだ。煙臭い空気が胸を満たしていく。生きている……こんなに実感したのは随分と久しぶりだ。少しだけ息を止め、詰め込んだ息を一気に吐き出す。
もう大丈夫、先へ進まないと……。
前に向き直ると、永遠に続くかと思われた壁も、そろそろ終わりを告げようとしていた。あと少しで物見塔までたどり着く。
――ウオオオオーンッ!
学舎中に響く咆哮とともに、闇の中で揺らめく松明がどんどんなぎ倒されていく。その姿をはっきり捉えることはできなくても、ブラッドウルフの親玉が大暴れしているのはわかった。
セロが先を急ごうとしたそのとき。
――うおおおおおおおーっ!
突然、歓声にも似た叫び声が訓練場に響き渡った。ブラッドウルフの咆哮にも負けない、腹の底から湧き出るような力強い雄叫び。声を追ってふり返ると、騎士の訓練場へ繋がる門から、馬に乗った大勢の騎士が駆け出して来るのが見える。
「よくやったな、ターク。……ありがとう」
セロは微笑み、今度は立ち止まることなく物見塔まで駆け抜けた。塔に近付くにつれて、風が鳴く音が聞こえてくる。
ようやく辿り着いたセロは、展望台の隙間から中へ入り込んだ。石造りの塔の内部は何もない空間が広がっており、壁には空っぽの松明掛けが掛かっている。床の一部は古びた木の戸になっており、それを開ければ縄梯子で下に降りることができるが、今は必要ないだろう。
セロは壁に身を隠しながら外の様子をうかがった。この先に……不死身の少女がいるはずだ。
鼓動が早まるのを感じたセロは、胸に手をあてて深呼吸をした。目を閉じて、しっかりと自分に言い聞かせる。
落ち着け……さっき、タークが教えてくれただろう。こんなところで平常心を失って、チャンスを無駄にするものか。相手はただの少女だ、怖いことなんて何もない。
セロは決意を固めて目を開いた。彼の鋭い瞳がじっと目の前の闇を見つめている。
彼は展望台から東側の壁へ降り立つと、足音一つ立てずに歩き出した。静かに抜いた剣を片手に、その先にいる影をしっかりと見据えながら。
「くっ……!」
なんとか片足で着地し、ぎりぎりの所で両手をついた。壁に乗り切らなかった方の足を引き上げて、その場に立ち上がる。あと少し助走が足りなければ確実に落ちていただろう。心臓が早鐘のように打っているのを感じながら、セロは壁の下をのぞきこんだ。
底の見えない暗闇から風が吹き上がり、セロの髪を乱していく。吸い込まれそうなその闇に、彼の背筋はたちまち凍りついた。
煙たい夜風に導かれて顔を上げる。このまま壁の上を行けば、突き当たりに物見塔がある。その塔を経由しないと、不死身の少女の元へは行けない。
暗さに目が慣れ始めたのか、闇の中にうっすらと壁の全貌が浮かび上がっている。足を踏み外せば軽い怪我では済まないだろうが、今は前に進むしかない。せめて月が出てくれればいいのだが……生憎、ついさっきまで雨が降っていた空は、今も厚い雲に覆われている。
「ついてないな……」
セロは呟いて、ゆっくりと駆け出した。しんと静まり返った壁の上では、彼のブーツの音だけが寂しくこだましている。
――カツンッカツンッ
汗のにじんだ寝間着に夜風が吹きぬける。身を刺すような冷たさに、セロの吐く息は震えた。夏とはいえ、日が沈んでからは肌寒い。
ふと、視界の下で揺らめく松明に目を移すと、その灯りが時折ちらちらと途切れることに気がついた。きっと、松明の近くに人がいるのだろう。そういえば……あの大きなブラッドウルフはどこにいる?
――カツンッカツンッ……ガッ
「……っ!」
そのとき、眼下に集中していたセロは壁の亀裂につまづいてバランスを崩した。前のめりになる体を戻そうと腕を大きく振りまわし、すんでの所で体勢を立てなおす。
セロの頬を冷たい何かが伝っていくが、それが汗なのか涙なのか、考える余裕などなかった。
セロは空を見上げ、肺いっぱいに息を吸い込んだ。煙臭い空気が胸を満たしていく。生きている……こんなに実感したのは随分と久しぶりだ。少しだけ息を止め、詰め込んだ息を一気に吐き出す。
もう大丈夫、先へ進まないと……。
前に向き直ると、永遠に続くかと思われた壁も、そろそろ終わりを告げようとしていた。あと少しで物見塔までたどり着く。
――ウオオオオーンッ!
学舎中に響く咆哮とともに、闇の中で揺らめく松明がどんどんなぎ倒されていく。その姿をはっきり捉えることはできなくても、ブラッドウルフの親玉が大暴れしているのはわかった。
セロが先を急ごうとしたそのとき。
――うおおおおおおおーっ!
突然、歓声にも似た叫び声が訓練場に響き渡った。ブラッドウルフの咆哮にも負けない、腹の底から湧き出るような力強い雄叫び。声を追ってふり返ると、騎士の訓練場へ繋がる門から、馬に乗った大勢の騎士が駆け出して来るのが見える。
「よくやったな、ターク。……ありがとう」
セロは微笑み、今度は立ち止まることなく物見塔まで駆け抜けた。塔に近付くにつれて、風が鳴く音が聞こえてくる。
ようやく辿り着いたセロは、展望台の隙間から中へ入り込んだ。石造りの塔の内部は何もない空間が広がっており、壁には空っぽの松明掛けが掛かっている。床の一部は古びた木の戸になっており、それを開ければ縄梯子で下に降りることができるが、今は必要ないだろう。
セロは壁に身を隠しながら外の様子をうかがった。この先に……不死身の少女がいるはずだ。
鼓動が早まるのを感じたセロは、胸に手をあてて深呼吸をした。目を閉じて、しっかりと自分に言い聞かせる。
落ち着け……さっき、タークが教えてくれただろう。こんなところで平常心を失って、チャンスを無駄にするものか。相手はただの少女だ、怖いことなんて何もない。
セロは決意を固めて目を開いた。彼の鋭い瞳がじっと目の前の闇を見つめている。
彼は展望台から東側の壁へ降り立つと、足音一つ立てずに歩き出した。静かに抜いた剣を片手に、その先にいる影をしっかりと見据えながら。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる