ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第5話 タークとドラゴン

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 ドラゴンが飛べなかった理由。

 それは、タークの心が原因だった。

 ドラゴンは賢い生き物だから、乗り手の心を見抜いてしまう。飛ぶことへの不安が強いタークの気持ちを察して、ドラゴンは飛ばなかったのだろう。

 乗り手が心を開くことで、ドラゴンは初めて人間の指示を受け入れるようになる。共に戦うことができるようになるのは、それからずっと先の話だ。

 ドラゴンの命は乗り手の命と繋がっているが、その逆はない。つまり、乗り手が死ぬときにドラゴンも死ぬが、ドラゴンが死んでも乗り手が死ぬことはない。

 これは、人間とドラゴンが共生するために、長い時間をかけて築いてきた絶対の掟……例外はない。

 ドラゴンは、馬とは違う。

 野生の個体を捕まえて調教することも、血縁関係のない他人に継承することも許されない。

 そんな、理不尽な枷に縛られるドラゴンと絆を結ぶには、ドラゴンから信じてもらえるようになるまで、何度も何度も会話を繰り返さなければならない。

 それが何日、何ヶ月……何年かかるかは人それぞれだが、長く地道な訓練を続けていくことで、お互いに命を預けられるような、信頼関係が構築されていく。

 だが……タークの場合は、信頼感よりも不信感の方が強い。

 ドラゴンが『飛びたい。』と思えるようにするためには、まずタークの緊張を紛らわす必要があった。

 緊張を解すことさえできれば、あとはドラゴンに合図を送るだけ。ほんの一瞬だけでも、タークの不信感から開放されたドラゴンは飛びやすくなる……という訳だ。

 手荒な方法にはなってしまったが、ドラゴンが飛べなかった理由がはっきりした。

 だが、これからはドラゴンがタークの指示だけに従う、主従関係を築いていかなければ。

 乗り手以外の人間に足を押されただけで、飛び上がるドラゴン。もし、そんな状態で戦場に出ることになったら……考えただけでも恐ろしい。

 タークのドラゴン乗りとしての道は、まだまだ始まったばかりだ。

 セロは、学舎の狭い空を見上げた。

 「ターク!大丈夫か!」

 さっきは『落ちるしかない。』と弱音を吐いていたが、どうやら持ちこたえたようだ。タークはドラゴンの長い首の後ろから、ひょこりと顔を覗かせた。

 「セロさーん、どうしたらいいですかーっ!」

 「何を?」

 「降りたいときは、どうしたらいいですかーっ!」

 「ああ、そうか。まずは――!」

 セロが説明を始めると、ドラゴンはタークの望み通りに、ゆっくりと降下を始めた。

 太い後ろ足で着地したドラゴンは、長い尻尾で器用にバランスを取る。そして、その羽ばたきが少しずつ小さくなっていくと、宙に浮いていた前足がそっと地面に降ろされた。

 ドラゴンの翼がたたまれるより先に、タークは鞍の上でぐったりとうなだれる。

 「よかったな、ターク。ようやく、ドラゴン乗りへの第一歩が踏み出せたじゃないか。最後の着地も完璧だった」

 ドラゴンの首にもたれて、タークは消え入りそうな声で呟いた。

 「今度からは、躓かないように気をつけてください……。ドラゴンが飛び上がるのは、もう嫌です……」

 「申し訳ないが、その……あれは、ちょっとした演技だったんだ」

 セロの言葉に、タークは白くなった顔を勢いよく上げた。これだけ素早く動けるなら、まだまだ訓練を続けられそうだな。

 「ど、どういうことですか?……照れ隠しに、嘘をついているんですか?」

 タークは、むっと怒ったような顔をする。

 「違う、嘘なんかついてどうするんだ。やっとわかったんだよ、ドラゴンの飛べない理由が。だから、君たちが飛べるように、少し手伝いを――」

 タークはぐっと身を乗り出して、セロの言葉を遮った。

 「本当ですか!セロさんっ、教えてください!どうすれば、ぼくは飛べるようになるんですか?」

 「それは……」

 セロの青い瞳が、タークの茶色い瞳を見すえる。

 ひとつ息を吸って、セロは堂々と答えた。

 「もっと自信を持つこと。そして、ドラゴンを信じてあげること」

 「ええ……っ!それって、いつものアドバイスと同じじゃないですか!」

 「そうだ。タークが上達するためのヒントは、いつもの訓練の中にある。……これだけでは、不満か?」

 期待外れの答えに、ガクッと肩を落とした瞬間。タークはドラゴンから落ちそうになって、慌てて鞍につかまった。あれほど身を乗り出していれば、そうなるのも当然な気がするが。

 鞍にしがみついたタークは、そのままドラゴンから降りようとしている。

 「ターク。自分のことで精一杯にならずに、もっと広く心を構えておくんだ。そうすれば、すぐ飛べるようになるよ」

 「えっ、何ですか?」

 ズルズルとすべるようにドラゴンから降りて、タークはセロをふり返った。

 聞いていなかったのか、聞こえなかったのか……。

 「……同じことは、二度言わないからな」

 踵を返して、セロはさっさと歩いていく。

 「ちょ、ちょっとセロさん!置いて行かないで下さいよーっ!」

 からりと晴れた、夏空の下。

 学生たちの活気に溢れた訓練場に、正午の鐘が鳴り響いた。
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