ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第92話 ディノの飛翔

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 「あの……セロさん」

 タークは、言いにくそうに切り出した。

 「どうした?」

 「ここから、岩の所に戻れますか?」

 「……えっ?」

 タークは轟く谷を、じっと見下ろしている。

 「もう一度、挑戦したいのか?」

 「あっ、いえ。違うんです」

 タークは慌てて顔を上げると、ヘルムの下で照れたように笑った。

 「セロさんとディノが全力で飛んだら、どんな風になるのかなって。……ちょっと、見てみたいなって思ったんです」

 タークは両手を顔の前で合わせた。もちろん、手綱はしっかりと持ったままだ。

 「お願いしますっ!セロさんの本気、見せてください!」

 セロはディノに目線を送って、どうしようかと尋ねた。

 答えはわかりきっていたが、ディノからの返事は『もちろん!』だった。彼女の強い意志を受けて、セロはゴーグルをつけ直した。
 
 「……わかった。タークは上からついて来てくれ。この先の滝で合流しよう」

 「ありがとうございますっ!」

 タークが礼を言い終えるより早く、ディノは身をひるがえすと、真っ逆さまに落ちて行った。あっという間に谷へ舞い戻ったディノは、翼を目一杯に広げて、目の前に迫る岩をすり抜ける。

 速ければ速いほど、低ければ低いほど。ドラゴンが体を自由に動かせる範囲は限られる。

 常に形を変える水面に、翼が引っかからないように。岩に接触しないように。セロは行く先の状況を瞬時に捉えて、ディノにイメージを送り続けた。岩の割れ目を這う蛇のように、ドラゴンは柔軟に身をくねらせて飛んだ。

 ディノの姿が隠れたと思えば、まったく別の場所から現れる。予想できないディノたちの動きを、タークもチャチャも興味津々で見ていた。

 体を真横に傾けた勢いで、さらに一回転する。その間にも、ディノはいくつもの岩を越え、次の岩柱にたどり着く頃には体制を整えていた。翼を閉じたら、水面を強く叩くようにして推進力を取り戻し、身動きが取りやすい高さまで浮上している。

 「すごい……っ!あのときと一緒だ!」

 セロの飛翔を初めて見た日の記憶が蘇り、タークの心臓は高鳴った。

 まるで、野生のドラゴンみたいだ。

 ディノの動きを見ていても、乗り手の指示で動かされている感じがしない。

 お互いの意思がしっかりと伝わった上で、次の動きに繋がっている。瞬間的に重ねられる会話が、一連の動きを作り上げているのだ。

 「うわあっ!」

 ふいに止まったチャチャに驚いて、タークは声を上げた。

 周囲を見渡して、彼はそそり立つ巨大な滝に目を見張った。どうやら、セロたちを見守っている間に、滝へ辿り着いていたようだ。

 崖の切れ目から溢れ出した川は、耳を塞ぎたくなるほどの轟音とともに、遥か下の谷に注ぎ込まれている。崖下の景色は白く霞んで、よく見えなかった。

 「あれ……っ?セロさんは?」

 ほんの少し目を離してしまった隙に、見失ってしまった。タークが谷底に立ち込める霧に、目を凝らしたそのとき。

 ――バシャアッ!

 「うあっ!冷たい!」

 突然、滝の水が跳ね上がり、凍るように冷たい水が鎧を伝って制服に染み込んだ。タークは降り注ぐ水滴に顔を濡らして、空を見上げた。

 山頂から差し込む光の中で、身をひるがえす黒い影が見える。

 「セロさーん!ディノーッ!」

 名を呼ばれたドラゴンが、降下を始める。濡れた鱗をキラキラと煌めかせて舞い降りるディノは、天からやって来た神聖なドラゴンみたいだ。

 「おかえりなさい!お二人とも、すごく、すごく、かっこよかったですよ!」

 ディノがチャチャの隣に留まると、セロはドラゴンの首を優しくなでた。ディノはとても満足そうなため息をついて、それに答えている。

 「ありがとう、ターク」

 「ぼくも、チャチャとあんな風に飛べるようになりたいです!」

 「もちろん。タークなら、きっとできるよ」

 「本当ですかっ!」

 「僕だって、最初からこんな風に飛べた訳じゃない。何度も繰り返し練習して、そのたびに失敗して……死ぬかと思ったときもあった」

 珍しく過去のことを話すセロに、タークの興奮が収まっていく。

 「タークもチャチャも、さっきは危ない目に遭っただろう。これからも、きっと様々な経験をすると思うが、そうして壁を乗り越えていけば、君はいつか必ず、理想のドラゴン乗りになれる。ただ……失敗のせいで大怪我をしたり、トラウマになるのは話が違う。まずは、自分の実力の範囲内でできることを、確実にこなせるようにするんだ」

 「はいっ!」

 「すまない、長話をしてしまったな。……慣れない訓練で疲れただろう?そろそろ、学舎に戻ろう」

 太陽が森を照らし、川の水が輝いている。

 彼らは川を離れると、山脈に背を向けて飛び始めた。

 学舎を目指す途中で、セロはふいに視界の下をかすめる鮮やかな色に目を引かれた。

 木々の緑一色が広がる中で、一際目立つ黄色の群れ。よく見ると、それは小さな花畑だった。

 そこだけ木々がないのを見ると、森中の花たちが日の光を求めて集まって来たみたいだ。

 「ターク、少し寄り道をしよう!あの花畑で休憩するぞ!」

 ディノに続いて、チャチャも旋回を始める。

 お互いの尾を追って輪を描くドラゴンたちは、まるで追いかけっこを楽しむ幼竜のようだった。
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