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第一章 はじまり
第19話 影の反撃
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耳を貫く金属音が、悲鳴のごとく鳴り響く。
少女は二本の剣を交差させ、セロの攻撃を受け止めていた。彼が体重をかけて押しても、微動だにしない。
「馬鹿なっ!」
動揺するセロに、不死身の少女は容赦なく反撃を始めた。
少女は右手の細い剣でセロの剣を弾きながら、左手の短剣でとどめを刺すチャンスを狙っている。少女の攻撃を何とか受け流しながらも、セロの足は一歩、また一歩と後退させられていた。
少女の隙をついては攻撃するが、その抵抗はいとも簡単に短剣でいなされてしまう。焦って深追いすると、今度は右手の剣でかわされて即座に突きが来る。
少しの油断が命取りになった。
気がつくと、二人は壁の中央まで戻っていた。ここは、ちょうど彼らが出会った場所だ。
このまま、反対側の物見塔まで追い詰められたら……セロの頭に最悪な光景が思い浮かんだのと同時に、少女は細い剣で突きながら、素早く間合いを詰めてきた。
短剣が、セロ目がけて突き出される。
『駄目だ、間に合わないっ!』
セロは少女の剣を受け止めながら、短剣が自分の腹へ吸い込まれていくのを見つめていた。
息を止め、ぎゅっと目をつむる。
『その手に剣を握る以上、何があっても相手から目をそらしてはいけない』
真っ暗な視界に、バドリックの声が響いた。
セロが初めて、剣を持ったときに言われた言葉だ。
最初は、バドリックが剣を構えるだけでも怖くて目をそらしていたが、稽古を重ねるうちに少しずつ逃げなくなっていった。
それなのに、最期の最期で目をつむってしまうとは……なんて情けないんだろう。
「兄さん……」
セロは短く呟いて、時が来るのを待つ。
目を閉じていると、故郷の家族のことが頭をよぎった。
厳しい父さん、優しい母さん。そして、姉のネオと兄のジアン。家族の輪は、兄さんが家を出て行ったときに欠けてしまったが、それでも心の底から帰りたいと思う懐かしい場所。
家族の姿が霞んで、今度は学舎に来て間もない頃の記憶が顔を覗かせた。
生前、兄が使っていた部屋に閉じこもって、十四歳のセロが膝を抱えて泣いている。家族や兄を求めて泣き続ける彼に、クウェイはとても悲しそうな顔をして、グシャグシャになった手描きの地図を差し出した。
クウェイは北の地に付けられたバツ印を指さして、教えてくれた。
『ここが、君の帰る場所だよ』
当時、セロは地図という物を見たことがなく、机の上に置かれた紙切れが何を示すのか、よくわかっていなかった。だが、あのときクウェイがくれた古地図は、地図が読めるようになった今でも大切に残してある。
いつか故郷へ帰る日、迷わず帰れるように。
――ごめんなさい……僕は、もう……。
叶わぬ願いと一緒に、思い出がふっと掻き消される。セロは先の見えない闇の中で、これが走馬灯かと妙に納得していた。
そろそろ、不死身の少女がとどめを刺してもいいはずだが……いくら待っても、想像していたような死の瞬間はやって来ない。それどころか、何の痛みも感じないのだ。
不思議に思ったセロは、ゆっくりと瞼を開く。
恐る恐る視線を落としてみると、不死身の少女の頭が顔のすぐ真下にあった。驚いたセロの口から、止めていた息が一気に吐き出される。
少女は右手の剣でセロの剣を押さえながら、完全に懐に入り込んでいる。思った通り、セロの腹には短剣が突きつけられているが、剣先は彼の体に傷一つ付けていない。
短剣が腹に突き刺さる寸前で、少女の動きが止まっているのだ。
自分の身に何が起こっているのか理解できず、セロは少女の短剣と自分の腹を交互に見ていた。
時が止まったのかと錯覚しそうになるが、壁の下では松明が忙しなく動き回っている。
セロの頭で疑問が渦を巻き始めた頃、少女はようやくその身を動かした。
さっと弾かれたように跳び退き、宙返りをしながら彼の頭上を跳び越える。
少女は空中で二本の剣を鞘に収めると、ふらつくことなく着地してみせた。
二人の間合いは、会話をするのにちょうど良い距離だ。
手に持った剣を収めるのも忘れて、セロは小さな背中にたずねた。
「なぜ、とどめを刺さない?」
少女はふり返り、黙ってセロを見つめた。
「……おまえの狙いは何だ?」
セロの声に怒気が混じる。
「何を知っている……答えてくれ!」
四年前の遠征から生きて帰った人間はいない。
遠征時、魔界軍が拠点としている大草原で何があったのか。真実を知っているのは、不死身の少女ただ一人だ。
セロの問いかけも虚しく、少女の口は固く閉ざされたままだった。
少女は二本の剣を交差させ、セロの攻撃を受け止めていた。彼が体重をかけて押しても、微動だにしない。
「馬鹿なっ!」
動揺するセロに、不死身の少女は容赦なく反撃を始めた。
少女は右手の細い剣でセロの剣を弾きながら、左手の短剣でとどめを刺すチャンスを狙っている。少女の攻撃を何とか受け流しながらも、セロの足は一歩、また一歩と後退させられていた。
少女の隙をついては攻撃するが、その抵抗はいとも簡単に短剣でいなされてしまう。焦って深追いすると、今度は右手の剣でかわされて即座に突きが来る。
少しの油断が命取りになった。
気がつくと、二人は壁の中央まで戻っていた。ここは、ちょうど彼らが出会った場所だ。
このまま、反対側の物見塔まで追い詰められたら……セロの頭に最悪な光景が思い浮かんだのと同時に、少女は細い剣で突きながら、素早く間合いを詰めてきた。
短剣が、セロ目がけて突き出される。
『駄目だ、間に合わないっ!』
セロは少女の剣を受け止めながら、短剣が自分の腹へ吸い込まれていくのを見つめていた。
息を止め、ぎゅっと目をつむる。
『その手に剣を握る以上、何があっても相手から目をそらしてはいけない』
真っ暗な視界に、バドリックの声が響いた。
セロが初めて、剣を持ったときに言われた言葉だ。
最初は、バドリックが剣を構えるだけでも怖くて目をそらしていたが、稽古を重ねるうちに少しずつ逃げなくなっていった。
それなのに、最期の最期で目をつむってしまうとは……なんて情けないんだろう。
「兄さん……」
セロは短く呟いて、時が来るのを待つ。
目を閉じていると、故郷の家族のことが頭をよぎった。
厳しい父さん、優しい母さん。そして、姉のネオと兄のジアン。家族の輪は、兄さんが家を出て行ったときに欠けてしまったが、それでも心の底から帰りたいと思う懐かしい場所。
家族の姿が霞んで、今度は学舎に来て間もない頃の記憶が顔を覗かせた。
生前、兄が使っていた部屋に閉じこもって、十四歳のセロが膝を抱えて泣いている。家族や兄を求めて泣き続ける彼に、クウェイはとても悲しそうな顔をして、グシャグシャになった手描きの地図を差し出した。
クウェイは北の地に付けられたバツ印を指さして、教えてくれた。
『ここが、君の帰る場所だよ』
当時、セロは地図という物を見たことがなく、机の上に置かれた紙切れが何を示すのか、よくわかっていなかった。だが、あのときクウェイがくれた古地図は、地図が読めるようになった今でも大切に残してある。
いつか故郷へ帰る日、迷わず帰れるように。
――ごめんなさい……僕は、もう……。
叶わぬ願いと一緒に、思い出がふっと掻き消される。セロは先の見えない闇の中で、これが走馬灯かと妙に納得していた。
そろそろ、不死身の少女がとどめを刺してもいいはずだが……いくら待っても、想像していたような死の瞬間はやって来ない。それどころか、何の痛みも感じないのだ。
不思議に思ったセロは、ゆっくりと瞼を開く。
恐る恐る視線を落としてみると、不死身の少女の頭が顔のすぐ真下にあった。驚いたセロの口から、止めていた息が一気に吐き出される。
少女は右手の剣でセロの剣を押さえながら、完全に懐に入り込んでいる。思った通り、セロの腹には短剣が突きつけられているが、剣先は彼の体に傷一つ付けていない。
短剣が腹に突き刺さる寸前で、少女の動きが止まっているのだ。
自分の身に何が起こっているのか理解できず、セロは少女の短剣と自分の腹を交互に見ていた。
時が止まったのかと錯覚しそうになるが、壁の下では松明が忙しなく動き回っている。
セロの頭で疑問が渦を巻き始めた頃、少女はようやくその身を動かした。
さっと弾かれたように跳び退き、宙返りをしながら彼の頭上を跳び越える。
少女は空中で二本の剣を鞘に収めると、ふらつくことなく着地してみせた。
二人の間合いは、会話をするのにちょうど良い距離だ。
手に持った剣を収めるのも忘れて、セロは小さな背中にたずねた。
「なぜ、とどめを刺さない?」
少女はふり返り、黙ってセロを見つめた。
「……おまえの狙いは何だ?」
セロの声に怒気が混じる。
「何を知っている……答えてくれ!」
四年前の遠征から生きて帰った人間はいない。
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セロの問いかけも虚しく、少女の口は固く閉ざされたままだった。
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