ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第32話 繋ぐ者

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 出陣のパレードが明日に迫っている。

 それだけのことなのに、学舎には浮かれた風が吹いていた。

 遠征への期待や緊張のせいか、学生たちは一日中そわそわしていて、まるで落ち着きがない。その居心地の悪さは、セロが部屋にいても肌で感じるほどだった。

 息が詰まりそうな、異様な雰囲気。

 セロは耐えきれなくなって、逃げるように宿舎を抜け出した。だが、外に出ても気分はちっとも晴れなかった。

 そうだ、ケリーに会いに行こう。

 夕日に照らされた階段を登って、騎士の訓練場へ向かう。

 パレード前日の忙しいときに、会えるだろうか。それも、訓練終わりの夕方に。

 忙しそうな友達を訪ねるのは気が引けるが、何も言わずに送り出すのも寂しい気がする。

 いや……やはり迷惑だろうか。黙って見送る方が、ケリーも気兼ねなく出陣できるかも知れない。それに、明日は早いのだから。ゆっくり休息したいのでは……。

 あれこれ悩んでいるうちに、セロはいつしか連絡橋の階段を登り終えていた。このまま反対側の階段を降りれば、騎士の訓練場へ行くことができるが、セロの足はぴたりと止まってしまう。

 この先に行くことが、次の足を一歩踏み出すことが、どうしてもためらわれるのだ。

 カラスの濁った鳴き声が、西の森へ遠のいて行く。しばらくして橋が静寂に包まれたとき、セロは迷いを吐き出すように深く息をついた。

 「せっかくここまで来たんだ。ケリーがいなければ、帰って来ればいい」

 自分に言い聞かせると、セロはとぼとぼ歩き出した。

 階下に広がる騎士の訓練場には、数人の人影が見える。だが、肝心の馬は一頭も見当たらない。

 どうやら、今日の訓練は随分と早く終わったらしい。いつもなら、馬場に馬が出ていてもおかしくない時間だ。

 長い階段を降りて、セロは辺りを見渡した。

 さっきは気づかなかったが、騎士に紛れてドラゴン乗りもいるようだ。騎士とドラゴン乗りの制服は少し違うから、服を見れば一目でわかる。

 騎士の訓練場で、他のドラゴン乗りを見たのは初めてだ。自分以外にも、騎士に会いに来るドラゴン乗りがいると知って安心したのだろう。油断して顔が緩んでいたのか、繋ぎ場にいた少年騎士が親しげに声をかけてきた。

 「こんばんは!あなたも誰かに会いにいらしたんですか?ボクでよければ、お手伝いしますよ」

 「ああ……ありがとう。『あなたも』ということは、もしかして彼らも……」

 セロは騎士と談笑しているドラゴン乗りを目で示した。

 少年の胸元に刺繍された紋章を見ると、ドラゴンの胴体に翼は一つ。どうやら、彼は二年生のようだ。

 気さくな彼は、初対面のセロにも明るく接してくれる。 

 「はい、そうです。ドラゴン乗りの方は普段もよく来るんですが、今日は特に多かったんですよ。そういえば……あまりお見かけしないお顔ですね。ここに来るのは、はじめてですか?」

 「いや、まあ……何回か来たことはあるんだ。でも、長居はしないようにしていたから、僕の顔を覚えている人の方が珍しいと思うよ。ケリー以外の騎士とここで話したのは、君が初めてだな」

 「そうだったんですか!では、あなたはケリーさんに用があるんですね。……あの、その人って。イヴァさんといつも一緒にいる、赤毛の男の人じゃないですか?」

 『イヴァ』はエダナの苗字だ……間違いない。

 セロが頷くと、少年はにっこり笑って騎士の宿舎を指さした。厩舎裏にある、赤い屋根の大きな建物だ。

 見た目はドラゴン乗りの宿舎と変わらない。

 『まるで双子みたいだ。』

 騎士の訓練場にはじめて来たとき、セロはそっくりな建物を見てそう思ったものだ。

 「ケリーさんなら、ついさっき食堂に向かいましたよ。まだ、そこにいると思うので呼んで来ましょうか?」

 少し遅かったか。

 セロは首を横にふって、丁重に断った。

 「彼も疲れているだろうから、今日は失礼するよ。……ご親切にありがとう」

 会釈をして立ち去るセロを、少年は申し訳なさそうに見送っていた。しかし、彼は馬場から歩いて来る人影に気がつくと、慌ててセロを呼び止めた。

 「あのっ……!ちょっと待って!」

 突然腕をつかまれたセロは、驚いてふり返った。腕をギュッとつかんだ少年は、やけに明るい笑顔を浮かべている。

 「せっかく来て下さったのに、誰にも会わずに帰るなんて、もったいないですよ!そこに、先輩がいるんです!ケリーさんと同じ班ですし、伝言して頂くのはどうですか?出陣前にお友達が会いに来てくれたって知ったら、きっとケリーさんは喜びます!今、呼んで来るので、ちょっと待ってて下さいっ!」

 セロが引き止めるのも聞かず、少年は走って行ってしまった。少年の言う『先輩』が誰なのかは、もうわかっている。

 ケリーへの伝言であれば、あの人は喜んで引き受けてくれるだろう。しかし、彼がセロと話をしてくれるかどうかは別の問題だ。

 さて、どうしたものか……。

 ぽつんと取り残されたセロは、少年が戻るのを待つしかなかった。
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