ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第34話 過去の轍

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 セロはクウェイと並んで階段に腰掛けた。

 ここに座ったのは、本当に久しぶりだ。懐かしい景色を眺めていると、緊張がほぐれていくみたいだった。

 「今回の遠征はね……」

 クウェイはおもむろに口を開いて、のんびりと話し始めた。

 「どうやら、魔界軍の偵察が目的みたいなんだ。交戦は避けて、いくつかの部隊に分かれて、敵の様子を伺うんだって」

 「そうだとしたら、ケリーはとてもがっかりしたでしょうね。彼は魔界軍……特に不死身の少女と戦うことを、とても楽しみにしていたんです」

 ふうっとため息をついて、クウェイは苦い笑みを浮かべた。

 「そうなんだよね。作戦を話したら、ケリーが遠征に行かないって言い出して……説得するのが大変だったよ。きっと、ケリーは魔界軍と正面から戦いたいんだろうね」

 偵察か……。学舎は先日の夜襲で痛手を負っている。損傷したのは門や壁、宿舎などの建物だけではない。

 学生たちも傷ついたのだ。

 こんな時期に偵察部隊を送るのは、はたして正しい判断と言えるだろうか。

 夜襲が成功したからと言って、魔界軍が油断するとは考えにくい。どんな偵察にもリスクが伴う。謎多き魔界軍に近づく以上、絶対に安全な作戦なんて存在しないのだ。

 未知なる敵を相手に、完璧な作戦を立てるのは無理な話だろう。もちろん、魔界軍の情報がないに等しいからこそ、今回の偵察が必要なのだろうが……。

 学長はなぜ、遠征軍を送ろうと思ったのだろう。

 「もし、敵と出くわしてしまった場合は、どうするのでしょうか。相手は、あの魔界軍です。偵察中に戦わなくてはならない状況になったとき、招集された人数のみで、太刀打ちできるとは思えないのですが……」

 本来であれば、出陣前の戦士を不安にさせる言動は慎むべきだ。だが、セロは心に引っかかっていたことをクウェイに打ち明けたくなっていた。

 ケリーたちが遠征軍に選ばれた日から、抱えていた疑問。クウェイなら、答えを教えてくれるかも知れない。そんな気がした。

 なぜかはわからないが、今日はお喋りが過ぎるようだ。もっと、発言に気をつけなければ……。

 セロの反省とは裏腹に、クウェイは何度も相槌を打っていた。

 「強化訓練はきっと、その万が一に備えてのことだったんじゃないかな。魔界軍に偵察がばれてしまったときのために、戦う術を身につけておく。いわば、準備運動みたいなものかな。こんなこと、あまり言いたくないんだけどね……。もし、魔界軍と鉢合わせてしまったら、僕は……ケリーとエダナを守りきれないと思う」

 少し間を置いてから、クウェイは再び口を開いた。

 「だから……強化訓練の期間、僕は二人に戦い方を教えたことは一度もないんだ。戦う術は、日頃の訓練で身についているはずだからね。僕はこの数週間、二人に逃げ方を教えていたんだ」

 どうやら、クウェイは学長が指示した訓練内容に従わなかったようだ。

 セロはふっと笑みをもらした。学長が無茶な訓練を発表したときから、クウェイが従うはずないと思っていたのだ。

 きっと、クウェイは訓練内容を咎められない程度に変更して、ケリーやエダナが無理をしないよう配慮するはずだ。

 セロは、そう信じていた。

 なぜなら、セロはクウェイのそんな一面を何度も見てきたからだ。

 馬場での訓練では飽き足らず、ケリーたちはよく、馬に乗って西の森を走って帰って来る。

 ケリーが退屈しないように。そして、やんちゃな彼の面倒を見るエダナが、大好きな馬と羽を伸ばせるように。

 クウェイはいつだって、二人のことを最優先に考えている。

 彼の仲間を思う気持ちを、ケリーとエダナの二人を通して見たとき、セロの心は日だまりができたみたいに、心地よい温もりに包まれる。

 「勝算がない戦いを続けるよりも、さっさと撤退した方がいいに決まっています。もし、僕が遠征に参加していたら、タークにも同じことを教えたはずです。彼には犬死にして欲しくないですから。それに……」

 膝に置いた手を、セロは強く握りしめた。

 心の奥底で抑え込んでいた記憶が溢れ出して、彼の心を蝕もうとしている。

 不死身の少女と出会ったときのように。

 「死んでしまったら、それでおしまいなんです。生きてさえいれば……何だってできる。命あるからこそ、僕たちは魔界軍と戦うことができるし、奪われたものを取り戻すことができる。でも……死んでしまったら、何もできない。一度落とした命は、拾い上げることすらできないんです」

 静かに言葉を吐き出して、セロは目を閉じた。

 何度も見た悪夢を、記憶の底へ押し込めるために。

 「……君は命ある限り、魔界軍と戦っていたいのかな」

 クウェイの短い問いが冷たく突き刺さる。

 セロが物言う隙を与えず、クウェイは落ち着いた口調で続けた。

 「今の話を聞いているとね。まるで、自分の命は魔界軍と戦うためにあるって、言っているように聞こえたんだ。本当に、君がそう思っているのなら。出陣する前に言っておくね。僕にこんなことを言う資格は、ないだろうけど……独り言だと思って聞いて。セロ、君は間違っているよ」

 クウェイはセロの肩に腕を回す。

 「君は、お兄さんのことを思い出していたね。違うかい?」

 ゆっくりと頷くセロの動きが、クウェイの腕を伝う。

 『そうか……セロも、あのときの僕と同じなんだ。』

 クウェイは覚悟を決めた。

 セロに伝えていないことは、たくさんある。

 「セロがお兄さんを思って苦しむ気持ちは、よくわかるんだ。僕もね……たった一人の親友を、魔界軍に奪われたから。
 でもね、君には命を無碍にしてほしくない。だから……もう少しだけ、僕の独り言に付き合ってもらえるかな」

 東の空から、暗く冷たい夜が忍び足で近づいている。闇に囚われないように、クウェイはセロの肩をより一層強くつかんだ。
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