ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第39話 鼻向けの言葉

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 背後で待機していたドラゴン乗りたちが、ぞろぞろと飛翔準備を始めた。

 「ターク、ここにいると邪魔になってしまう。場所を変えよう」

 飛翔を妨げないように、セロは開け放たれた正門に背を向けて歩き出した。場所を変えるとはいえ、人が集まっている門に近付くのは嫌だった。

 「あれ?……あっ、ちょっと待ってください!」

 タークが嬉々とした表情で呼び止める。

 「ケリーさんが手を振ってますよ!ほらっ!」

 「え……?」

 セロがパレードに目を向けると、タークの言う通り、ケリーがこちらに向かって手を振っていた。

 どうやら、エダナも気がついたらしい。鐙の上に立ち上がって、ケリーの背後から笑顔を覗かせている。

 「ケリーさーんっ!」

 タークは両手を上げて、ピョンピョンと飛び跳ねている。こんなにはしゃがれると、他の騎士も気になってよそ見をしてしまうだろう。

 そのとき、ケリーが手を口の横に構えて、何かを叫んだ。

 『わ……って……!』

 歓声に掻き消されて、ケリーの声が聞こえない。彼は一体、何を伝えようとしているのだろう。

 セロはケリーの口の動きを読み取ろうと、前へ進み出た。

 ケリーは口の動きを大きくしてくれたのだろう。声が聞こえなくても、今度はしっかりとメッセージを受け取ることができた。

 『わらえって!』

 「ケリー……」

 セロはふっと笑みを漏らした。そんなこと、言われなくてもわかっているさ。

 今度は、セロが声なき言葉を叫んだ。

 『……!』

 声を出すことはしなかったが、セロの言葉はちゃんとケリーに届いたようだ。

 彼は拳を高く掲げて答えてくれた。

 ケリーの隣では、弓を背負ったエダナが手をふっている。

 そして、二人の背後には優しく見守るクウェイの姿があった。彼の微笑みを見るだけで、セロの心に蔓延っていた不安は薄まっていく。

 いってらっしゃい。無事に帰って来るんだぞ。

 セロは歯を見せて笑うと、大きく手をふった。

 ぎこちないかも知れないが、通り過ぎて行くケリーが爆笑しているということは、セロの見送りに満足してくれた……ということだろう。

 三人が門をくぐって見えなくなるまで、セロは一瞬も目を離さなかった。やがて、笑い慣れていない頬が引きつって痛みだしても、彼は決して笑顔を消さなかった。

 とうとう……行ってしまったか。

 遠征軍は学舎前の丘を下って、西の森へ消えていく。仲間を最後まで見送るために、学生たちが門に押しかけていた。

 セロは息をつくと、痛む頬を手でほぐした。

 これで、しばらくは騒がしい友達に突撃されることもなくなるわけだが……。

 セロは肩の荷が下りるというよりも、心に小さな穴が空いたような、なんとも言えない気持ちになっていた。

 鉛色の空みたいな、名前のない感情。

 きっと、期待と寂しさが入り混じって、自分の気持ちがわからなくなっているだけだ。明日には、ケリーたちの帰りを楽しみに待てるはずだ。

 浮かない顔をしているセロの前で、タークは正門に群がる学生たちを眺めながら呟いた。

 「セロさん……」

 タークはくるりと軽やかに回って、こちらを向いた。踊るようにふり返る彼は、まだまだお祭り気分が抜けないらしい。

 「今日のセロさん、なんだか、すっごくいい笑顔でしたよ!」

 タークが無邪気に笑う。

 セロが恥ずかしそうに眉をしかめた、そのとき。

 「飛翔っ!」

 響き渡る号令とともに、待機していたドラゴンが次々に飛び立った。訓練場が歓声に包まれる一方、セロとタークを含めた数人の学生たちは、もうもうと立ち込める砂煙に呑まれてしまう。

 タークが苦しそうに咳き込んでいる。ケリーたちを見送ることに気を取られて、移動するのをすっかり忘れてしまった……。

 とにかく、ここから離れないと。

 息苦しい砂埃からタークを連れ出したセロは、ふと空を見上げて感嘆の声を漏らした。

 青く晴れ渡った空に舞う、色とりどりのドラゴンたち。それはまるで、宙に咲く花のようだった。

 壁を越えても、ドラゴンは空に溶け込むまで上昇し続ける。

 やがて、豆粒ほどにまで小さくなったドラゴンたちは、列をなして旋回を始めた。学舎の上空を何周か回ったら、また訓練場に戻ってくるだろう。

 ドラゴンは馬よりもずっと早く飛ぶことができるから、ドラゴン乗りたちが出発するのは、騎士団が大草原に到着する目処がついてからだ。

 時が来れば、伝達のために選ばれた騎士が学舎に帰って来る。

 それを合図に、ドラゴン乗りが出陣して騎士団と落ち合う。そして、空と地上の両方から魔界軍の拠点である大草原を偵察するという計画になっているそうだ。

 さて、そろそろお昼になるだろう。

 セロが物見塔へ目を向けたのと同時に、パレードのために打ち鳴らされていた鐘の音が、ほんの一瞬だけ鳴り止んだ。

 一息おいて、正午を告げる鐘が学舎に鳴り響くと、見送る者たちの歓声は一段と大きくなった。

 彼らはもう、何が起こっても面白いと言わんばかりのはしゃぎようだ。

 浮かれた学生たちが、夜には落ち着いてくれるといいが……。セロはため息をついて、一人静かに願った。
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