ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第106話 告白

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 月明かりに照らされたホールに足音が響く。待ち合わせの相手がやって来たようだ。

 「セロさん、遅くなってすみません」

 セロはまぶたを開けて、頬杖をついていた腕を下ろした。

 訓練場以外の場所に呼び出されたことがないからか、タークはいつになく不安そうな顔をしている。

 彼はセロの正面にやって来ると、テーブルの前でおずおずと姿勢を正した。

 「あの……それで、用って何ですか?」

 「……今日の野外訓練はどうだった?」

 「えっ?」

 予想外の質問に、タークは驚きの声を漏らした。てっきりお説教を受けると思っていたのだ。

 タークは大慌てで感想を考えた。

 「あ、えっと、すごく楽しかったです!はじめて、チャアと心が繋がった感じがして……セロさんが帰るって言ったとき、もっと飛んでいたいなって思いました!出発したときは怖くて、早く帰りたいって思ってたんですけど、飛んでいるうちに楽しくなったんです。とても不思議な感じでした!」

 ゆっくりと言葉を紡ぐタークに、セロは何度も相槌を打った。

 「今日の感覚はしっかり覚えておくんだ。タークが飛ぶことを楽しいと思えるようになったのは、チャチャと繋がることができた証なんだ」

 ぱっと顔を輝かせるタークに、セロはそっと頷いた。

 「おめでとう、ターク。また一歩前進したな。これからも、その調子で頑張ってほしい」

 「えへへっ!」

 タークは照れ笑いをして、恥ずかしそうに顔をそらす。

 そのとき、彼の視界にあの絵が入ったのだろう。

 タークは柱にかけられた絵に近づくと、額縁の英雄を見上げた。

 「英雄さんも訓練が上手にできたときは、こんな気持ちだったのかな?」

 タークの独り言に、英雄は答えない。

 しばらく絵を眺めたあとで、タークは不思議そうにセロをふり返った。

 「あれ……?もしかして、セロさんの用ってこれだけですか?」

 頷くことも、首をふることもしないセロを見て、タークはほっと安堵の息をついた。

 「なあんだ!ぼく、怒られるのかなって勘違いしてました。でも、訓練のふり返りなら、部屋でもよかったんじゃないですか?」

 ごもっともな意見に、セロは素直に頷いた。

 「そうだな。でも、今日は後輩の成長を、英雄の二人にも見てもらいたかったんだ」

 「そうだったんですか!でも、なんだか、そういうのはセロさんらしくない気がしますね」

 セロは机上に腕を置いて、タークをじっと見つめた。絵に見入る少年の横顔は、出会ったときよりも、ほんのり勇ましくなっていた。

 今なら……すべてを話せるかも知れない。

 しかし、いざ真実を打ち明けるとなると、何を話せばいいのか、わからなくなってしまう。兄のことやディノのこと、そして自分自身のこと。

 隠し事が多すぎて、セロは嘘の塊のような存在だ。

 セロは迷った末に、昔話をすることにした。

 「……ジアン・オルティスは、森で遊ぶのが好きだった」

 突然の呟きに、タークは体ごと向き直った。

 「彼は毎日、家の裏に広がる森に出掛けては、動植物の声を聞いて遊んでいた。大自然に包まれながら、日が暮れるまで森で過ごしていたんだ。帰るのが遅くなって父親に怒られても、彼は森に行くことを止めなかった。そんな彼がなぜ、故郷を離れてドラゴン乗りの道に進もうと思ったのか……僕には、わからない」

 「ジアンさんが森で遊んでいたなんて、知らなかったです!……でも、言われてみると、たしかに不思議ですね?そんなに森が好きなら、騎士団に入った方が楽しいはずなのに。空は飛べないけれど、森を馬に乗って走り回るのは、騎士さんにしかできないことですよね!」

 タークは両手をぎゅっと握りしめた。

 「ジアン・オルティスさん……!忘れないように、名前を覚えておかないと!それにしても、セロさんは本当に物知りですよね!英雄さんについての面白いお話って、他にもありますか?」

 恐らく、その名前は嫌でも忘れられなくなるだろう。

 セロは話を進めた。
 面白い話ではないかも知れないが。

 「第一回大草原遠征で、彼のドラゴンは乗り手を失った。だが、彼に血の繋がった姉弟がいたおかげで、ドラゴンは命を繋ぎ止められたんだ。彼の弟に受け継がれたドラゴンは、今もこの学舎で生き続けている」

 「ええっ!本当ですか!」

 しーんと静まり返った広間に、タークの甲高い声がこだました。

 「ぼく、弟さんとドラゴンに会いたいです!セロさんは知っているんですか?」

 セロが黙って頷くと、タークはテーブルにバンっと勢いよく手をついた。いつもなら注意するところだが、今日のセロはたしなめることもしない。

 「お願いします!絶対に迷惑はかけないので、弟さんの名前を教えて下さい!もし駄目なら、ドラゴンの名前だけでもっ!」

 「……わかった」

 タークをまっすぐに見据えて、セロはドラゴンの名を伝えた。

 聞き間違えることがないよう、ゆっくりと丁寧に。

 「ディノ」

 「えっ?」

 「ドラゴンの名前は、ディノだ」

 タークの目が大きく見開かれる。

 ディノ――その聞き慣れた名前が、乗り手のものでないことは嫌でもわかっただろう。

 雲の切れ間から覗く青白い月が、セロの姿を闇に浮かび上がらせる。

 緊張に張り詰めた空間で、二人は黙って向き合っていた。

 長い時間が流れたあと、先に沈黙を破ったのはセロだった。

 「僕の名前は、セロ・オルティス……空の英雄の弟だ」

 半年前に名乗ることができなかった名前を、セロはようやく告げられたのだ。
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