ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第108話 決別

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 セロはゆっくりと丁寧に話した。

 タークが落ち着いて話を聞けるように。

 「一週間前、ここで話した日のことを覚えているか?僕はあのとき、タークとの会話で大切なヒントを見つけたんだ」

 「ヒント?」

 「さっき話したディノの話に、おかしな部分があったんだが……わかるか?」

 うーん、とタークは首をひねった。素直な彼なら、ディノに起きた不自然な現象に気づくかも知れない。

 「難しくて、わかりません」

 どうやらタークは、この謎を解くには素直すぎたようだ。眉をぎゅっとしかめるタークに、セロはそっと頷いた。

 「僕は三年前に、兄からディノを受け継いだ。だが、そのとき兄はすでに、大草原遠征で命を落としていたはずだった」

 「えっ!」

 タークが驚きの声をあげる。

 「兄が死んだのに、なぜディノは生き続けているのか。その矛盾に気がついた僕は、もしかすると、兄はどこかで生きていたのかも知れない。そう思うようになった」

 夢のような話に、タークはぱあっと顔を輝かせた。

 「英雄さんが生きてるってことは、また学舎に戻って来るかも知れないってことですよね?」

 「いや……それは、わからない」

 セロは沈んだ表情で首を横にふる。

 「兄が生きていたと断言できるのは、僕がディノを継ぐまでの短期間だ。僕が受け継いだ時点で、兄が死んでもドラゴンは死なない。だから、兄が今も生きているかどうかは、わからない」

 可能性を否定するのは辛いが、最悪の事態は常に想定しておかなければならない。

 「だが、僕は兄とディノに起きたことを、この目で確認したい。たとえ、兄がもうこの世にいないとしても、生きていた痕跡はどこかに残っているはずだ」

 「……どういうことですか?」

 話の流れが変わったことで、タークは混乱しているようだ。

 セロは単刀直入に本題を切り出した。

 「明日から、兄を探すために学舎を出ることになった。当分の間は帰って来られない」

 タークは息を呑んだ。

 「それじゃあ、ぼくたちは旅に出るんですか!英雄さんたちを探す旅に!」

 さっきとは打って変わって、タークは大きな瞳を輝かせている。

 セロは顔を背けた。

 期待に満ちた少年の瞳を、直視できなかった。

 「いいや……タークは学舎に残ってもらう。君を連れて行くことはできない」

 「えっ!ちょっと待ってください!それじゃあ、ぼくはどうなるんですか!」

 困惑と不安が入り混じるタークの視線に、セロはやっと向き直った。

 この瞬間のために考えてきた台詞も、本人を前にすると滅茶苦茶になってしまう。

 「タークは、明日からバドリックの班に移動してもらう。彼とは話をしてあるから、飛翔訓練や剣の稽古、今まで僕が指導してきたことは――」

 「嫌ですっ!」

 セロの言葉を遮って、タークは叫んだ。

 「そんなの、絶対に嫌です!」

 凄まじい気迫に、セロは何も言うことができなかった。

 タークはセロに駆け寄ると、涙をいっぱいに溜めた目で訴えかけた。

 「ぼくは、セロさんと一緒に一人前のドラゴン乗りになりたいんです!他の人は嫌なんです!だから、セロさんが学舎を出るって言うなら、ぼくも英雄さんを探すお手伝いをします!」

 無言を貫き通すセロを見て、タークは絶望の表情を浮かべた。

 「……ぼくが一緒だと、邪魔になるからですか?」

 「違う!」

 セロの青い瞳が鋭く光る。

 否定してもらっても、ちっとも嬉しくない。

 拗ねたように俯くタークの口から後悔が溢れた。

 「ぼくが、あのとき……ドラゴンの話をしなければ……っ!」

 心が強く締め付けられるように痛む。

 セロは静かに答えた。

 「タークがあのとき、ドラゴンの話をしてくれなかったら。きっと僕は、これからも矛盾に気がつくことなく過ごしていた思う。タークがきっかけを与えてくれるまで、僕は兄に向き合うことを恐れていたから」

 タークは息を吐き出して、苦しそうに肩を震わせた。

 明日から一人ぼっちになる不安。

 セロの勝手な都合に対する怒り。

 そして、何の前触れもなく明かされたセロの過去や、英雄に関する影の噂を受け止め、現実を直視しなければならないことも、タークの純粋な心を深く傷つけていた。

 数え切れないほどの感情を小さな背中に背負って、タークは今にも押し潰されてしまいそうだった。

 それでも、彼は声を絞り出して訊ねた。

 「もし……英雄さんたちが死んでいたら……?」

 セロはタークの弱々しい呟きに答えた。

 「限りなく不可能に近いが、彼らが亡くなったという、確実な証拠が見つかるまで探し続ける。
 学舎には、英雄に関する資料はもう何も残されていないが、首都まで行けば二人の目撃情報や文献が見つかるはずだ。それが、彼らの最期を知る手がかりになるかも知れないし、英雄の死を証明するものになるかも知れない」

 「もし……英雄さんたちが生きていたら……セロさんは、どうするんですか?」

 タークは真剣な眼差しで、セロを見つめている。

 「彼らを無事に見つけることができたら、僕は二人を学舎に連れ戻す。決して見逃すことはしないと、学長に約束したんだ。……二人が学舎を裏切っていたとしても、そうでなかったとしても」

 「セロさんは……一体、どっちの味方なんですか?」

 タークは泣きそうな顔で問う。

 「自分のお兄さんを、裏切り者だと思ってるんですか?」

 セロは首を横にふった。

 「僕は誰の味方にもなれない。僕は旅を通して、この目で見たものだけを信じたいんだ。たとえ、旅路の果てに辿りついた答えが、望まないものだったとしても。僕は、真実を知りたいんだ」

 「そんな……ひどいですよ!」

 大粒の涙をぼろぼろと流して、タークはさっと踵を返した。

 「セロさんのバカッ!」

 タークはテーブルにぶつかりながら、ドタバタとホールを走り去って行く。

 タークの叫びを飲み込んだ闇が、一人になったセロへ忍び寄って来る。力なく椅子に腰掛けて、セロは遠のく足音を黙って見送っていた。
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