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2章:幽霊少女の願い
幽霊少女4
しおりを挟む「お邪魔しまーす!」
日はすっかり落ちて、和人の住むマンションはどの部屋も静けさに満ちていた。点々と明かりが灯り始め、『安城』と書かれた家からもうっすら光を放ちだす。人の気配が全くしない暗い廊下が長く伸びている。
ゆうきの声が廊下に響きわたり、それに反応するように黒い猫が首輪の鈴を鳴らしながら歩み寄ってきた。
ゆうきは和人に促されて入ると、その黒猫に目を光らせた。
「みてみて白猫さん! 白猫さんと真逆の黒色だよー」
「そいつは『みお』って言うんだ」
ゆうきは抱えている白猫さんを黒猫━━━━みおの前に突き出して、腹話術をするように
「んにゃあー、白猫じゃぞぉ、よろしくなみおぉ」
とどこから出したか分からないようなドブ声を発した。
白猫さんはゆうきの意味不明な行動にいつも通り欠伸していると、白猫さんの垂れたしっぽをみおが飛び跳ねながら手で転がして遊んでいた。
白猫さんはヒヤヒヤしながらみおの様子を見ていると、ついに尻尾を掴んで爪を出しながら自分の体を登ってきてしまう。
白猫さんは痛みに堪らずゆうきの手元から降りて奥の方に逃げていった。
白猫さんを手放したゆうきは追いかけようとしたが、和人に止められた。
「母さんこの時間は居間で寝てるんだ。夜ご飯のころには起きると思うから少しだけ静かにしててほしいな」
廊下の暗がりに消えてしまった白猫さんが気になりながらも、ゆうきは和人の指示に従った。
和人はゆうきを自分の部屋に案内し、適当な場所に座らせて飲み物を取りにいった。
ゆうきは1人、和人の部屋に取り残された。
ゆうきは生粋の子供だ。
禁止すれば駄々をこね、欲求には忠実に、興味を前にしてはどんなものも無意味にしてしまう。
一応高校生ではあるが、その子供っぽさは絵に書いたように酷いものだ。
そんなゆうきが、和人の部屋に1人。知らない異性の部屋に1人。
イタズラだって考えてしまうお年頃。ゆうきの脳内には『探検する』以外の思考はなかった。
なにか面白いものがないかとベッドの下、引き出し、タンス、クローゼットと乱雑に探してみるが、なにも見当たらない。
もちろん、探しているものは言うまでもない。思春期の男の子なら誰でも持っているようなものだ。
ゆうきはただの子供ではない。強調なのだ。
ゆうきの頭には、『和人さんでもそういう本を持っているのかしら?』『和人さんの好みは?』『隠れて筋トレとかしているのかな??』と妄想に満ち溢れている。
和人が帰ってくる様子がないので、しばらく探しているが、ゆうきは何も見つけることができなかった。
薄い本も、水着の女の子が表紙の本も、筋トレ道具でさえも。
けれど、たったひとつ、クローゼットにあった大きな箱がゆうきの興味をひいた。
ダンボール箱には『大切なもの』と書かれた紙が貼ってあった。
ガムテープで固定されていたが、ゆうきは迷うことなく、ガムテープを引き剥がした。後々のことなどゆうきの計算にはない。
その中には、ゆうきの望んでいたもの·····ではなく、バスケットボールや背番号に『5』と書かれたユニフォームなどのスポーツ用品が入っていた。
お目当てなものではなかったことに、ゆうきは残念というように肩を落として、元のとおりになるよう、器用に部屋を元通りにした。
和人はまだ部屋に帰ってこない。
和人のベッドに背中から寝転がったゆうきは、次第に疑問に思えてくるものがあった。
『なぜ、バスケットボールが大事なのだろう』
普通、大切なものといえばアルバムや大切な人との思い出の品々。バスケットボールをやっているようにはゆうきには感じられなかった。
ふと、放課後のことを思い出した。ゆうきがベンチで一人を待っていたときのこと。
和人は自販機の前で、バスケットボールを持った人達と仲良さそうに話していた。バスケをやっているなら、ゆうきとは話さなかっただろう。
ゆうきは再び疑問に思う。
『和人さんはどうしてバスケをやっていないのだろう』
大切なものであって、バスケの友達も和人にはいる。
そのような環境下で部活に入らない理由はないだろうとゆうきは確信する。
『辞めなきゃいけない理由があったのかな·····』
ゆうきは知ってはいけないことなのかもしれないと嫌な予感がした。
ふいに優しい風がゆうきの頬を撫でた。ゆうきはその風の方へ目を向けた。
ベッドの奥にあるブラウンのカーテンが風に晒されていた。
ゆうきはそのカーテンの隙間から、その奥を見つめた。
窓から見える街は夜に包まれていた。
ポツポツと店の明かりが灯り始め、屋台を作る。少し遠くの方では、『桜町商店街』と書かれた大きな看板が光で文字を描いている。
街の賑やかな雰囲気にゆうきは興奮し、空いた窓から身を乗り出す。それと同時にゆうきの肩に手が置かれた。
「危ないよ、ゆうきちゃん」
和人が優しく微笑むと、ゆうきは前のめりになった体を起こした。
和人はすかさず窓とカーテンを閉めたが、その一瞬、ゆうきは不思議なものを見た。
小さな公園のような場所に、光り輝く1つの存在。
ものの一瞬だったため、ゆうきはそれがどういったものなのかを認識することはできなかったが、なんとなく、女の子であるのだと確信した。
ゆうきはもう一度確認しようとカーテンを開けるが、なにもいなかった。
気になって見つめているゆうきに、和人から声がかかった。
「お菓子と飲み物持ってきといたから、好きに食べてね」
ゆうきは即座にお菓子に飛びついた。気になるけれど、まあ見間違いなのだろうと思うことにした。
食べたことのある味だと、ゆうきは思った。思ったついでにもうひとつクッキーを頬張った。甘さとバターの香りが絶妙なバランスを·····なんて適当なことを言いながら。
「ごめんね、うち、あまりお金持ちじゃないから安い市販のお菓子しかないんだ」
「めちゃくちゃ美味しいよ!」
ゆうきは和人に顔をグンっと近づけて言った。迫り来るゆうきに和人は体を引きながら、「ありがとう·····」と気圧されていた。
「白猫さんにも食べさせてあげたいなー」
ゆうきが呟くと、
「猫にクッキーって食べさせていいのかな·····」
と和人は苦笑いを見せる。
カチカチ、と秒針が進む音が響く。
ゆうきはあっという間にひとりでお菓子を平らげ、和人は時間を気にしながら、ゆうきに話す機会を伺っていた。
ゆうきは和人がそわそわしていることに気がついて首を傾けると、ちょうど和人のスマホが音を出した。
「今起きたよ」
同じ家にいるはずの和人の母親からの電話だった。
和人は待っていたかのように顔に安堵を見せた。
「今俺の部屋にいるから、一緒にリビング行くね」
しばらく2人の会話を見ていたゆうきは、母親であることを察して、自分の身なりを気にした。
おちゃらけた性格ではあるが、自分と白猫さんを無料で受け入れてくれることに感謝をしたいと思ったのだ。
ネクタイを整えて、和人が電話を切ったと同時に立ち上がる。
「準備は出来ました!」
自信を持つゆうきを見ると、和人は呆れたように目を棒にした。
「ゆうきちゃん、ネクタイ結べていないよ·····」
和人に言われて、ゆうきはあたふたとネクタイを結び直す。
手を頭の後ろにやって「えへへ」なんていう姿は実に子供らしく、荒んだ和人の心を和ませた。
その頃、白猫さんは底知れない残酷な悲しみを目にしていた。
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